こんにちは☆11月15日は誕生日でしたにひひ
そして、人生で初めて、レストランで号泣しましたしょぼん

私をそこまで泣かせた人は・・・
コート・ドールオーナーシェフであり
『調理場という戦場』の著者、斉須政雄氏です

シェフの魂の一部が食の中に生きていて、それを食べる私の身体に宿るんです
他者と一体化するというこの感覚を、言葉で表すことは不可能で
溢れ出る感動を抑制することもできず
ただただ涙がボロボロとこぼれてきたのです

斉須シェフの本を読んでから、私は、彼の自己内リーダーシップを自分の中に宿る、自分自身のリーダーと重ねていたのでしょう

リーダーであるということは
フォロワーであるということ

私は彼の中に、自分のリーダーを見いだし
そのリーダーは、フォロワーとなり、私を彼に会わせにいったのです

彼の著書の中で、リーダーシップについて、
自らが『使用人のようなリーダー』になること、と言っていました
その根底にある信念は、自分と真剣に向き合うこと、だと思います

自分と向き合うって、面倒で、怖いし、正解もなければ、とにかく疲れる
決して、悩む事でもなく、自己中心や自分に意識をむけることでもない
もっと単純なことで

おかしい、と思う事を問う(内省・洞察する)
素晴らしい、と思う事を他者に分ける(共有する)
苦しいと、と思う事から逃げない(感じきる)

つまり、人間であることをとにかく前向きに『体験』すること

だと、今の私は思っています

真のリーダーは、
自分の中の、泥臭く、最も人間らしい自分、を思い出させてくれる人
そして、そのリーダーは、『それでいいんだ』と大きな愛で包んでくれる

斉須シェフの人生の味を、3時間かけてゆっくりと堪能することができました

完食し、斉須シェフがテーブルまで来てくださいました
私は『感無量で涙が止まらなかったです。斉須さんの人生の味がしました』
と泣きながら彼にお礼をすると

65歳のベテランシェフは私の声を心でしっかり聴いて
右目に涙を少し浮かべながら
『嬉しいです』と一言いって力強く握手をしてくれました

私はハグをしました

シェフもハグをしてくれました

初めて会う二人が、このようにつながる瞬間が
私の人生で最も貴重な時間なのです



目が真っ赤な私ですが記念撮影ピシャリ得意げ

最後に『調理場という戦場』から斉須シェフの人柄がわかる部分を
いくつか抜粋しました

『・・・自分は一体、どうしたかったのか?
ぼくの場合は、単純に言って、「人に喜ばれたい」というだけなんですよ』

『リーダーになってやっていること自体に対しても、「ほんとかよ」と思っちゃうと言いますか・・明らかに、ぼくはそういう資質の子どもではありませんでしたから。それにぼくはもともと使用人のプロとしてやってきましたので、使用人の意識はよくわかっているんです。ぼくは、使用人のようなリーダーのいるところで働きたかったそれを実行すればいいというだけ・・・』

『ぼくは「いい人」が嫌いです。みんなに対しては、「ぼくは悪い人です」と言っています。いじわるもしますし。』

『ぼくの場合はフランス語を喋ることに不自由を感じていたので、食材の中から聞こえる声に耳を傾けるしかなかったのです。・・(省略)・・自分で材料に問いかけて答えを出して作って食べて自分で頷いて・・・という日々にならざるをえなかった。・・(省略)・・自分への問いかけを醸成する時間があってよかった』

そして、ある方のブログにシェフと食事をされた事のエピソードが下記のように示されていました。

・・・その時どんなものを食べたのか、すでにほとんど記憶にはないが、地元レストランの店主が、「本日召し上がっていただく新潟の小鴨です」と、まだ羽がむしられる前の小鴨をテーブルまで持ってきたとき、斉須シェフはそれを両手に載せ、優しいまなざしで、しばらくじっとその小鴨を見つめておられた表情が印象的だった。(http://eatoutjp.blog65.fc2.com/blog-entry-66.html)

そして、『調理場という戦場』の最後のページは、下記の文章で締めくくられています

『・・・運命という名前の楽譜を手にしても、それぞれが独特の演奏をしますよね。演奏の価値は、それぞれからにじみ出てくる個性ひとつでガラッと変わる。

それを人は「かけがえのないもの」と呼ぶわけでして・・・調理場でも、ほんとうは人間の生き方から出るダシが「いちばんおいしいもの」なのです』

斉須シェフのダシは涙がでるほど、最高に美味しかったです。



メッセージまで書いてくださいました

最高の誕生日でした

今年はやっとジャンプできそうな気がしています
とてもとても高く





(※その他の著書、十皿の料理、メニューは僕の誇りです)
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