渡辺 穣二 の 『組織は「人」。されど評価は「仕事基準」』です。

旧ソ連、東南アジア、アフリカ、日本国内と様々のコンサルティングをしてきています。「人基準」「仕事基準」と言う概念の圧倒的な力、それが、組織経営において、どのように皆様の正しい意思決定に役立つかを、少しづつアップします。http://iedi.org/across/

私は、既に20年近く、経営コンサルティングをしています。


技術者としての10年間の後、通産省外郭の社団法人海外コンサルティング企業協会に入り、国連機関のコンサルタントをしたこともあります。


また、米国でMBAを取得し、ボストンコンサルティンググループの創始者であったJames C. Abegglen氏と共に外資系企業にコンサルティングをしたことも貴重な経験でした。


若い頃、コンサルタントは、社会のあり方を変えることができるのでは、と思っていたのですが、開発途上国への援助が、不正取引につながる場合があることは、驚きでした。


また、緊急災害の援助物資が、現地の産業を破綻させたり、現地の人々や産業の自立を妨げるケースも見ました。


しかし、現在、私の心は、非常に明るいものになっています。


前田卓三が提言してきた「仕事基準」「人基準」という概念が、国内だけでなく旧ソ連でも、大きな改善をもたらすことが分かったからです。


カザフスタンでは、2007年の末頃から、建設ブームが終わり、建設会社の倒産が始まっています。不動産価格が100倍にもなった後ですから、たいへんな急変です。


しかし、私の顧客企業は、見事に再生しました。建設会社が、エンジニアリングに転換したのですが、市場を冷静に観れたためです。


彼らは、全く経験のない営業にも力を入れました。

その結果、既に、給与が4倍になっている従業員が多数出ています。


真に挑戦できる組織文化は、「仕事基準」です。「仕事基準」は、マネージされたリスク下であれば、失敗を許します。(失敗を許さなければ、誰も挑戦しなくなり、企業も経済も発展できません。)


また、ロシアの顧客企業は、アルコール中毒のため年20%の従業員が脱落していたのですが、組織全体に高いモーティベーションが生まれました。


仕事への正当な評価があれば、生きがいが生まれます。かつて社会主義で報酬が一律であったような組織でも、命を得ます。


評価と報酬の方法を「仕事基準」にすれば、急速な業績改善が可能です。


それは、働く人々の精神活動を支配するDNAが変わり、表情、言葉、会議が変わり、チームワークと挑戦する意欲が生まれ、経営者を含め働く人々全体の知恵と労働から大きな相乗効果が生まれるからです。

これは、極めて有用なノウハウです。


その意義を皆様と共有したいと思います。


-------------------------------------------------------

渡辺 穣二 略歴  http://iedi.org/across/

・外資系石油会社勤務、技術・経済評価などに従事。英国・オランダに留学(語学・技術研修)

・(社)海外コンサルティング企業協会 局長補佐。米国に留学しMBA取得。
・ボストン・コンサルティング・グループの創始者、ジェームス・C・アベグレン氏と主に外資系企業へのコンサルティングに従事。その後、独立。

・現在、株式会社 アクロス・コンサルタンツ 代表取締役、また、ヒューマンキャピタルソリューション研究所 パートナーなどとして、「仕事基準」に基づくコンサルティングに従事している。


大阪大学工学部、バージニア大学ダーデン経営大学院卒業

【業務経験】
・人材育成、事業再生、事業継承、国際ビジネス
・公的セクター案件:行政改革、インフラ(地下鉄、道路等)、PFIなど
・組織の国際化、組織・社員の動機付け、付加価値報酬制の導入


posted by across-iedi
テーマ:

若い頃、技術者としてシェル系の石油会社にいたことがある。

 

当時、不思議に思ったのは、考えられないような人たちがその外資系の石油会社にいたことである。私に米語を話すなと言い、国際交渉を教えてくれた近藤国太渉外室長もその一人で、彼は、生涯を通して岸信介元総理大臣の通訳をしていた。岸信介は、自民党の重臣として外交を支えていたのである。また、取締役の一人は、白洲次郎が通商産業省を創設し3カ月で退任した後、通産次官になった永山時雄であった。社長は、経済企画庁次官をした中野正一氏だった。

 

私のような技術者は、ウブで歴史を知らなかった。

 

それは、シェル石油がイギリスからのユダヤ人マーカス・サミュエル(1853~1927年)により日本の横浜で設立されたことである。もう一点は、彼が、日本の日清戦争での勝利に大いに貢献した点であった。

 

彼は、1871年、18歳で高校を出て、ロンドンからひとり船に乗った。父にもらった片道切符と懐(ふところ)に入れた5ポンド、およそ今日の5万円のカネだけをもって来た。そして、湘南海岸で面白い貝を拾っては、本国に送ったので、お父さんのロンドンの商売が大いに繁盛したという。

 

また、サミュエルは、1876年(23歳の時)に、横浜で「マーカス・サミュエル商会」を創業し、日本の雑貨類をイギリスへ輸出、日本に工業製品を輸入したり、日本の石炭をマレー半島へ、日本の米をインドへ売るなど、アジアを相手に商売を大きく広げていった。

 

商売で大成功をおさめた彼は、インドネシアで石油を探させ、「ライジング・サン石油株式会社」をつくって、日本に石油を売り込み始めた。

 

やがて、サミュエルは造船の専門家を招いて、世界で初めてのタンカー船をデザインし、やがて「タンカー王」となった。サミュエルの新造タンカー「ミュレックス号」がスエズ運河を通過し、シンガポールに航路をとったのは、1892年8月23日であった。

 

1894年、「日清戦争」が勃発すると、サミュエルは日本軍に、食糧や、石油や、兵器や、軍需物質を供給して助けた。サミュエルは、これらの大きな功績によって、明治天皇から「勲一等旭日大綬章」を授けられている。

 

1897年、サミュエルは「シェル運輸交易会社」を設立し、本社を横浜の元町に置いた。彼は湘南海岸で自ら「貝(シェル)」を拾った日々の原点に戻って、「シェル」と称したのだった。こうして横浜が「シェル石油会社」の発祥の地となった。

 

1907年、ロスチャイルド財閥の仲介により、オランダの「ロイヤル・ダッチ石油会社」とイギリス資本の「シェル石油会社」が合併して、「ロイヤル・ダッチ・シェル」が誕生した。ちなみに、このイギリス=オランダ連合の「ロイヤル・ダッチ・シェル」の子会社的存在が、イギリスの「ブリティッシュ・ペトロリアム」(英国石油:略称BP)だそうだ。

 

サミュエルは、イギリスに戻ると名士となった。そして1902年に、ロンドン市長になった。ユダヤ人として、5人目のロンドン市長である。

 

彼は就任式に、日本の林董(はやし ただす)駐英公使を招いて、パレードの馬車に同乗させた。この年1月に「日英同盟」が結ばれたというものの、外国の外交官をたった一人だけ同乗させたのは、実に異例なことだった。この事実は、彼がいかに親日家だったかを示している。

 

(以上、「ヘブライの館」http://inri.client.jp/hexagon/index2.htmlを参考とさせてもらった。)
posted by across-iedi
テーマ:
皆様、新年あけましておめでとうございます。

昨秋から石油価格の急激な低下、金融バブルの崩壊など、経済の中で資金の流れに逆回転が始まった。「予測は、当たらない。」と言う若いころ、シェルのトレーニングコースで聞いた言葉が、皮肉にもよく当たった。

昨年12月24日のクリスマスイブにも仕事でロシアのウラジオストックに滞在し、顧客企業の売上が半減したので、その対策を考えていた。実にロシアの欧州復興開発銀行(EBRD)の方々に同情されてしまった。(ロシア正教会のクリスマスは、1月7日なので夕食を共にしてもらったが。)

現地では、日本からの車輸入が一大産業で、12月20-21日、日本からの輸入車の関税を引き上げた政府当局に対し、業者や市民が抗議集会を開いていた。

ウラジオストックでは、日本からの中古車輸入が主要産業の一つだが、デモ隊の中には、日の丸を掲げたものまでいて、ロシア製の粗悪車よりどれだけ品質の良い日本車が愛されているかが分かる。

その前月の11月には、同じくウラジオストックの日本センターで経営セミナーを開催し、40名足らずの経営者や経営コンサルタントの方々が熱心に参加してくれた。

内容は、簡単に言えば、ソ連時代の共産主義思想の流れそのままの組織哲学を前提とした評価・報酬制度を継続していると、市場での価値創造が限定されてしまい、企業も地域経済も本当の意味で強くならないというものである。

ソ連時代には、仕事に対して基本的にノルマによる量的管理だけだった。報酬を決めるにも仕事の価値(サービスや製品の質)への評価はなく、ただ、ポストに応じて報酬が支払われていただけである。

ロシアで仕事の質への評価がないと言えば、ホテルなどでの従業員に顧客志向がなく、ニコリともしないサービスに顕著に出ている。

これは、普段のロシア人が外国人に対して親切で人懐こい性質と正反対である。つまり、ロシア的な組織経営下に入ったとたんに、本来これほど親切で気持のよいロシア人が、労働における質にまるで注意が向かないのである。セミナーの中で、英語ができないからだと言うロシア人の意見もあったが、タイ人もインドネシア人も全然できなくとも、顧客サービスは良いのだから、語学が障害にはならないのである。

同様のことは、日本の中央官庁や地方自治体についても言えるのではないかと思う。彼らは、仕事による創造価値とは無関係に年功や学歴、さらに採用時の成績など、つまり仕事上の努力で変えられない要素で報酬や昇進が決められている。そのため、タックス・ペイヤーである市民への意識が限られ、自分の組織防衛、生活防衛に大半の注意が向ってきている。

かつてのソ連以外の共産圏諸国においても国民生活レベルが向上しなかったり、極端な場合、食糧不足・もの不足に陥るのは、すべての組織で働く人々のモーティベーションが上がらない制度を持つからである。

働く人々のモーティベーションが生む相乗効果・複利効果が非常に小さいことは、日本の公的セクターの問題と酷似している。

ソ連時代は、制度の中でダーチャ(Second Houseとしての郊外の家)が与えられ、夏季休暇と冬季休暇を合わせて5週間程度の休暇制度を、国民すべてが享受できたようである。つまり、官庁、農場、製造工場などの職場にとにかく毎日出てきてさえおれば、報酬がもらえ、様々の便宜が提供されるという形があった。

しかし、仕事の価値と報酬・便益が無関係と言う状況下では、モーティベーションが極小化され、組織の外部市場での価値創造が停滞してしまう。

つまり、本来、すべての人間に共通に備わっている成長欲や物欲を活用しない制度では、経済を構成するサービスや生産活動、つまり経済活動全体が停滞してしまう。

以上が、私の価値創造セミナー(Value Management Seminars)の主題であった。 

日本の公務員に対する評価制度も、職員が自然に持つ欲望を無視し、抑圧しているが故に、モーティベーションが不当な手当て(市役所の前に住んでいる職員にも通勤手当を出すとか)や業者からの賄賂の獲得に使われるようになっていくのである。

私が、昨年から傍聴させてもらっている自民党の「無駄撲滅プロジェクトチーム」の「政策棚卸し」では、文部科学省は、全国で実施されているモデル事業などで数百億円の無駄を削減すべきという結果が出ているが、各事業を30分程度で評価するという、かなり乱暴な手法である。

「政策棚卸し」は、たいへん有効で役立つ手法であることは、理解できる。

しかし、全国の地方自治体や中央官庁、さらに、その特殊法人などの下部組織の無駄をなくそうとすると、気が遠くなるような時間がかかるであろう。

さらに心配なのは、短時間の議論で、しかも業務知識の不十分な人材が評価する場合も否定できず、中長期的に見て我国にとって有用な活動まで切り捨てられる可能性もあるだろう。

「政策棚卸し」を推進している構想日本の加藤秀樹氏(慶応大学教授)や参加した衆議院議員チーム(河野太郎、亀井善太郎、木原誠二、福田峰之、山内康一、越智隆雄、以上敬称略)の第137回「J.I. フォーラム」(12月17日)の話では、一日をかけて「政策棚卸し」をするにも、彼ら議員が、東京都、神奈川県の出身だからできることで、選挙対策を考えると地方議員は、参加できないだろうと言う。

私の地方自治体での仕事の経験からでも、組織経営に哲学上の不備があることが明らかであると思う。

つまり、職員全体に市民・市場での価値意識が、殆ど皆無であるため、彼らは、市場価値で1千万円~数億円の損失など、殆ど気にせずに意思決定する。

彼らの意思決定プロセスを現場で観察すると、民間企業に勤めてきている人なら、唖然とするようなことが、かなりの頻度で現れる。彼らの基本哲学は、前任者がこう言った。こういう内容の文章が残っている。規則(実際には、明文化されない組織の掟のようなものも含めて)に従ってと言うことであり、市場価値(市民から見たサービス価値)や時間価値への配慮は、殆どないと言ってもよい。

ロシアの場合、未だにソ連時代の組織内部の「人をみて人に支払う(仕事を見て仕事に支払うことの反対)」と言う「人基準」制度が現在も生きており、その影響が官僚の腐敗を生み、民間経済に抑圧感を与え、このままでは、いつまでたっても足腰の強い経済にならないだろうと思う。

東南アジアに限らず、発展が遅く失業率が高い開発途上国の政府職員の評価・報酬制度にも、仕事の価値を考えた評価がない。殆どの政府職員は、彼らに海外旅行の機会を与えたりする先進諸国からの政府開発援助(ODA)を受けることには、熱心であるが、自国の発展への配慮は、二の次である。私の経験では、明治維新や戦後しばらくの日本の政府職員の公に貢献する気高い精神を見たのは、80年代のシンガポールくらいのものである。

むしろ、政治家や政府職員には、民間企業の輸出入や直接投資のための手続きなどを邪魔して遅延させることで、袖の下(賄賂とかProcessing fee)を得ることが重要であり、そのことが、さらに経済発展を阻害しているのである。

旧ソ連や開発途上国の話を出したが、先進国でも様々の組織の問題について、同様の考え方が適応できる。

例えば、最近米国の自動車産業の衰退が大問題となっているが、UAW(全米自動車労働組合:United Auto Workers)と米ビッグスリーが結ぶ労働協約書は、仕事の価値と評価・報酬金額のほぼ完全な離反と言う意味で、信じられないような内容である。

例えば、レイオフされても給与の約9割が保証され、レイオフ期間後、職場復帰できなくとも、「ジョブバンク」という制度で会社から給与の100%を受け取る制度である。

勤続30年を超えた従業員が退職すると、国の年金支給までの間、企業が代わりに年金を支払う。例えば、22歳で入社し52歳で退職すれば、10年間にわたって会社から十分な年金が受けられると言う。

私の友人で米国生活の長かった日本人コンサルタントは、GMの閉鎖された工場近辺にある失業者が住む1億5千万円以上もする豪華な家々と退職者の生活を見て、憤慨したと体験を語ってくれた。彼によれば、労働契約の交渉では、職場では手袋を、机の3番目の引き出しに入れるべきか、2番目にすべきか、市場価値の観点からは全く不要な交渉を、高い弁護士料を支払って延々としているのだと言う。

最低限の年金や福祉は、どこの国でも地域でも絶対に必要である。

しかし、報酬制度は、あくまで、誠実に職務をこなした結果としてのサービス価値に基づき報酬を決めなくてはならない。そうでなくては、論理的に組織の永続性や社会の経済を含めた健全性を確保できないのだ。

そのためには、仕事の価値を評価して、その価値と報酬制が連動するように組織の制度を設計する必要がある。(この場合、仕事の価値を正確に評価できないと言う反論・疑問がある。しかし、2-3倍の誤りが当り前の日本社会である。精度などと言う以前に誰の目にも明らかな非公正さがあるのだ。仕事の価値評価、つまり、トップや経営幹部の全員が合意した評価制度が、「仕事基準」と言う哲学に基づいていることが大切なのである。)

日本の民間経済には、世界の中で見れば、たいへんな技術的・文化的優位性がある。幸いにも今回の米国サブプライムに端を発した大不況では、世界の先進諸国経済の中では、最も被害が少なく、我国経済にはかなりの体力が温存されている。

金融機関だけでなく、製造業など他業種も海外の外資系企業を安価に買収する絶好の機会が、訪れているのだ。

しかし、この場合に「人を見て人に支払う」従来型の経営哲学では、外人プロフェッショナルの多くは、マネジメントを不服としてやがて組織から離職するであろう。

どこでも「仕事を見て仕事に支払う」と言い、人を人種、出身、性別、年齢、学歴などの人的な属性では差別しない「仕事基準」の哲学を採用することが大切である。行き当たりばったりでなく経営の基本で説得性のある哲学を語ることが必要なのである。

宣伝になり恐縮であるが、来月2月9日(月)、東京永田町の都道府県会館で、自治体・公共事業体などを対象に人事改革セミナー「改革の本質とその手法」を実施することになった。私がパートナーをしているIHCSの前田卓三とともに、キャリア官僚を経た後、佐賀市長として改革を推し進めた木下敏之氏にもパネラーになってもらう予定である。

人事改革セミナーとなっているが、本質は、あらゆる組織の経営哲学に有用な内容である。

日本の経済も公的部分が非常に多い。日本は、GDP500兆円のうち60-70%以上が一般会計と特殊法人を通して使われる公的支出の大きな国であり、自由経済ではないと言う批判もある。

これまでのところ、日本の公的組織は、非効率であると言われることが多いが、しかし、なぜ、非効率になるのかと言う議論がない。できるだけ、民間企業組織にした方が、効率は上がると言うが、なぜ、そうなのか。

その答えは、簡単で、私に言わせれば公的か私的かは、実のところ重要ではないのだ。

共産主義だろうと官僚国家であろうと、問題ではない。仕事の価値を評価して(仕事を見て)、それに応じて、仕事に支払えば良いだけなのである。(もちろん、市民が価値を認めないとか、市民がサービスを受けない公的サービスの提供者は、報酬が下がることは、当然のことである。また、逆に現在より高い評価を得る仕事もあるだろう。)

もし、民間経済がそれほど効率が良いのであれば、米国を代表する自動車産業が衰退するのは、なぜだろう。前に書いたように衰退の原因は、仕事の価値と無関係の報酬の支払い方なのだ。

仕事(の価値)を見て仕事に支払うべきであるとする考え方(仕事基準)で言えば、日本の1千万人と言われる派遣労働者の失業問題も、彼らの労働(仕事の価値)に対して、正規労働者レベルから見たら全く非公正な報酬や便宜しかないことが問題なのである。

正規雇用、派遣とかパートとか、人間にラベルを貼り付け、カースト制度のようなことを導入することが、社会不安や経済の混乱を招く原因を作るのである。それは、片務的な契約関係と同様、非公正な関係は、いつまでも続けられないのだ。

戦後、社会の上下階層をできるだけ無くし、機会均等の社会を我々日本人は、築こうとしてきた。にも関わらず、派遣労働者の不安定な雇用形態では、結婚しようにもできず、子供を育てられない若い人々が、多数存在する。

どこかの奴隷制度と似ているのではないかと言うのは、言い過ぎであろうか。

90年代の金融危機で日本の大手銀行は、合計10兆円以上の公的資金注入を受けた。それは、金融危機回避のために必要なことであったが、現在そのような金融機関を退職した人たちの多くが、月々約50万円という多額の年金を受け取っている。

もちろん、この年金は、彼らが仕事をしている期間に報酬から積み立てたものだと主張するかも知れない。しかし、その原資は、税金と言う公的資金ではなく、彼らが創出した価値から出ていると言い抜けられるのだろうか。

働いている時期に重責を担い相当の報酬を得ることは、問題がない。しかし、仕事の価値を社会に提供していない退職後、過大の年金を得ることには、多くの国民は、納得できないだろう。

それは、米自動車会社の退職者が、働かなくとも高い報酬を得ている図と同じであり、日本で医療費や介護制度、さらには、教育制度に問題があることを考えると、「仕事基準」と言う哲学に従い、是正すべきことなのである。

「小泉・竹中改革」の司令塔として「郵政民営化」や「道路公団民営化」「公務員制度改革」を実現した元財務官僚で東洋大学教授の高橋洋一氏の著書「さらば、財務省」によると、財務官僚には、経済成長により財政再建しようとする「上げ潮」派と税率を上げて財政均衡を図ろうとする「財政タカ派」に分かれるらしい。

経済大不況で政府予算を大幅に増加せざるを得ない今、財政均衡は、予定よりもっと先のことになるだろうが、日本経済の大きな部分を占める公的セクターで働く人々の意識変革をすることで、国民負担を減らし、国民経済を支援することが大切である。

残念ながら、今回の「公務員制度改革」の評価制度は、能力評価を重視する方向になってしまっている。立派な大学で博士号を取得した人材は、組織の中で仕事がなくとも、高い能力があるが故に高い報酬を支払わなければならないが、それでは、国民経済の助けにならないだろう。変えられない「人の属性」を評価すると、多くの人間は、安住して仕事の価値を提供しなくなるのだ。

当然ながら、仕事の価値とは、経済面だけではない。経済面の価値評価ができない場合には、学術面だろうと、芸術面だろうと構わない。組織が有する目的から見て仕事の価値として定義すれば良い。

いずれにしても仕事の価値を定義した価値軸に従って評価する制度でなくては、そこで働く人々に永続的に高いモーティベーションを維持させることができないし、組織の提供価値は、上がらない。

社会主義的な組織であろうとなかろうと、問題ではない。労働組合が強かろうと弱かろうと問題ではない。

組織の永続性を担保し、人間的な働き方を重視する価値軸を決め、「仕事基準」と言う評価・報酬制度を適応することで、働く人々の意識変革をして社会の健全性を増進すべきなのである。

健全な価値軸に従い、仕事の価値評価を行い、仕事に報酬を支払うようにすれば、旧ソ連の企業(*)でもできたように、どのような地域や国の経済でも、大いに活性化するだろう。

日本に訪れた未曽有のチャンスを生かすために、組織の内部ではなく、仕事が提供するサービス価値と言う外からの視点で考える「仕事基準」の哲学を大いに活用して欲しいと願うのである。


*健全な評価・報酬制度を導入することで、日本だけでなく、カザフスタンでは、1年で事業再生をし、幹部従業員の報酬を4倍にし、ロシアでも生産性を倍に、また、それまでアル中などによる高い離職率を解決することができた。
posted by across-iedi
テーマ:
20歳代のころ、私は、技術屋として英蘭のShell本部との窓口調整業務を担当していた。

当時、技術通訳をしていたが、私の苦労の一つは、役員レベルによる国際会議で、日本側の技術担当役員のBody Languageだった。

その担当役員は、かなりの勉強家で、殆ど話せないが聞き取れることを自慢にしていた。そして、そのことを相手に示すためだろう、何かと少し大げさに頷いて見せる癖があった。

そこで問題なのは、日本人の頷きは、合意や同意でなく、相手の話を聞いていますということにしか過ぎない場合が多いのだが、英語の世界で頷くと、相手に同意したことになる点だった。

それが、後になって大きな問題を生んだ。

日本語と英語での頷き、このBody Languageの意味の差が分からないヨーロッパ人は、トップがOKしているのに、なぜ組織の下で反対するのかというようなことを言われ、私は、説明に苦労したものだ。

その頃に比べると、今は、随分、異文化コミュニケーションが楽になったと感じる。

過去10-20年ほどだろうか、日本文化の深い部分が海外に紹介され、その価値が評価されてきているのではないかと思うのだ。

例えば、2001年2月10日、米潜水艦「グリーンヴィル」が、ハワイ沖で練習船「えひめ丸」に衝突した事件では、日本に謝罪に来た米海軍関係者らは、頭を深く垂れて謝罪の意思を示した。

日本人には、分からない感覚だと思うが、欧米人の風習で、ここまで頭を下げるのは、王侯貴族に拝謁する場合とか、たいへんなことなのだ。

かなり屈辱的な態度であり、極端に言えば、あなたの奴隷になります。日本なら土下座と言うような感じだろうか。

しかし、彼らは、日本人は、謝罪を示す時に頭を下げることや、厳粛な謝罪方法をとれば、我々日本人がいつまでも彼らを責めることがないことを知っていた。

日本側の被害関係者達に言わせれば、「我々の相手を許す大らかな行動規範を悪用された。」とも言えるのかも知れない。

しかし、逆に、日本人の深いところでの規範上の良い部分が、外国人に理解されていたと思うのだ。

どこまでも恨みを残し、互いに地域紛争を何世代にも亘って続ける人々が多い世界である。

あの浪費は、どれほどなのだろう。

環境汚染も問題になっているが、それ以上の人類史上における経済および人命の巨大ロスと言えるだろう。

日本人の行動規範、それは、仏教にも大きな影響を受けていると思うのだが、たいへんな価値があると思うのだ。

先週、私が提供したロシアでのビジネスセミナーで、私は、サムライが楽しんだMusicalsとして能楽を紹介した。そして、その音楽である謡曲を余興として謡った。

最初、サムライと言う単語が理解されるか心配だったが、Last Samuraiと言う映画のためか、全く支障がなかった。

Last Samuraiでは、俳優の渡辺謙が「勝元」役を演じたが、2004年度の日本の映画興行成績で一位。

アメリカでも、トップ10内に7週間いたらしい。興行収入が、1億ドルを突破したと言うから、ロシアでもかなりの人々が見たであろう。

そして、サムライの持つ集中力や何かに憑かれたような高い精神性が、印象に残ったに違いないのだ。

現在でも日本の技術:匠の技というのは、こういう精神的な高さが根源にあると思うのである。

私は、国際契約での交渉などの場合、最初から不必要に首を縦に振らないよう気を付けているが、

英語コミュニケーションの初心者にとっても、それほど難しいことではない。

何を言われても”Is that so?””Really! ”などとだけで、相手の目を見ていれば良いのだ。

英語のNativesが話しているのを観察すると、中に殆どと言ってよいほど、頷かない人がいる。相手の言うことを聞いていることを示すための「頷き」は、必ずしも英語コミュニケーションで必要なものではないのだろう。


こう考えてみると、コミュニケーションをする際、多くの場合で意見交換の後は、同意することが良しとされる日本語の世界よりも、英語の世界の方が、「仕事基準」になることができる。


好ましくない事実にしても、相手と異なった意見にしても、英語の世界では、何かと不要な圧力が少なく、正直に発言できるのである。


また、英語の世界では、最初から同意見ならコミュニケーションは、不要であるし、本質的に同意見であることは、重要なことではないと考えるのではないだろうか。

互いの異論こそがコミュニケーションをする理由になるからであるし、異論があることを面白いと考えるのである。

posted by across-iedi
テーマ:

先週は、私のテーマである地域経済振興についての戦略研究と言うことで、島根県の出雲に出張し、出雲大社を含め日御碕灯台や島根県立古代出雲歴史博物館の見学もした。


同行してくれたのは、JHK-IPと言う東京に本部を置く、3名の専門家である。


彼らは、30年以上もの経験をもつ観光ホテル経営についての専門家であるが、ハワイなどの国際的な観光地でのホテル経営をしてきているので、今回は、国際的なレベルからも非常に有用なアドバイスをしてくれている。


また、現地では、出雲市役所の観光交流課の職員の方々が、実に丁寧に説明をしてくれた。(この場をお借りして、深く御礼申し上げます。)


--------------------------------

現地では、2泊だけの短い出張ではあったが、あちらで考えたことがある。

キリスト教やイスラム教などの一神教が、世界で強くなってから、もう何世紀が経過したのだろうか。

私が、世界のあちこちで仕事をしてきて気になるのは、一神教は、どうも他の宗教とその信者を認めないと言う狭量な考えに、陥りがちではないかと言うことだ。

多くの神々が登場するギリシャ神話も、実は、宗教であったと言う説を読んだことがある。一神教の人々から見ると、ギリシャ神話は、単に子供に聞かせる昔話なのだろう。

逆にギリシャ神話に示される多神教を宗教と認めずに、単なる神話にしてしまったのは、一神教の人々の明確な意思によるものだという説もあるようだ。

そう言えば、一神教の考え方からすると、神道も仏教もメッセージがはっきりしない。

新道にしても、そもそも神が多すぎて、その話から何を学べば良いのだろうと言うことになるし、仏教は、絶対神を存在させず、信者自ら、精神修養をせよとかで、短期間で結果を求めようとする現代人には、何かまどろっこしい。


狂信性があったりする新興の宗派はともかく、伝統的な仏教も神道も、現在の教えでは、それに従わなければ、死後救われないとか、今に不幸がやって来るという恐怖感を与えることもないのだから、迫力がないとも言えよう。(だからこそ、逆に人々の幸福を静かに願う伝統的で寛容な宗教の意義を私は、強く感じるのであるが・・。)

少しかじったところによると、世界の宗教は多神教が、圧倒的に多く、8割を占めていると言う。

多神教が、古代の無力で不安な人間が抱き始めた信仰の始まりの原型ではないか。


ヨーロッパでも昔話には、多くの妖精が登場する。巨大な熊や狼が生息する深く黒いヨーロッパの森は、見るだけでもいかにも恐ろしく、やさしい妖精達にもいて欲しいような気にさせるのである。

島根県の出雲では、10月になると、日本全国から神々が集合して会議を開催するのだそうだ。

10月のことを、あちらでは、神無月(カンナヅキ)でなく、神在月(カミアリヅキ)と言うが、どれほどの現代日本人がその意味を考えたことがあるだろうか。

朝鮮半島と近く、出雲の神様「ヤツカミヅオミヅヌノミコト」の国引きによって誕生したとされる「島根半島」。

そして、海に突出していながらも、入江があり港に適した地形は、大陸からの文化導入と外国人との交易に使用され、当時としては盛んな経済活動が行われたのではないかと考えるのは、極く自然のことに思える。


ましてや、16世紀から20世紀前半にかけて操業されていた島根県の石見銀山は、スペインが、世界を股にかけていた17世紀前半においては、銀の産出量が、年間約1万貫(約38t)と推定され、世界の産出銀の約3分の1を占めていたといわれる。


当時世界で最も強大であったスペインは、植民地のメキシコから銀を得て、国際通貨として利用して国際交易をしていたのであるが、島根県の石見地方は、その産出量よりも多い銀を世界市場に提供していたのである。


まして、日本は、金産出量に至っては、当時、断トツの世界一であったと言うから、Japan as No. 1と言う有名な本がなくとも、経済規模:NO.1の当時の日本の存在を大きく支えていたことになる。(ただし、日本と言う概念を当時の日本人が、持っていたかどうかと言うのも事実だろうが。)


その意味で、島根県地方は、比較的に狭い面積であったとしても、日本で最初に開発され発展した地域の一つであることに、間違いはないだろう。

平成12年4月、出雲大社で、巨大な柱根が発見された。平安時代末(12世紀ごろ)のもので、3本組で直径3mもある。

平成13年9月には、さらにその周辺で、心御柱と側柱が発見された。柱の周辺からは巨大な鉄釘やかすがい、帯状の鉄板も出土。天高くそびえる空中巨大神殿が現実のものとなった。

私も今回、島根県立古代出雲歴史博物館で大林組が、研究発表した模型を見せてもらった。

平安時代の書物「口遊」には、日本一の高層建築物だと書かれていると言う。

言い伝えでは、実際に約48mの神殿だった可能性があるのだ。これは、なんと近隣にある日御碕灯台(日本一の灯塔の高さを誇る石造灯台)の高さ:43.65mを超えるものなのである。

ちなみに、現在の本殿は国宝で、高さは約24m。やはり、神社の中では郡を抜いて、日本一だと言う。

昔の日本の発見とともに、我国の歴史文化を示す大らかな多神教の世界が、世界中で認められるようになれば、良いと思う。


宗教の世界と経済の世界を混同してはいけないと叱られそうであるが、グローバル経済の中で重要な役割を演じている規制としては、独占禁止法がある。


これは、一つの巨大企業だけが、市場を支配するようになると、弊害が大きく、消費者が長期には損失を被るために、市場の支配力を分散させ、公正な競争を担保することを目的とした規制である。


宗教の自由を認めることは、現代の多くの国々の法律によって、一般的であるが、国全体としてみると、複数の宗教、即ち、複数の神の存在を認めようということに他ならない。


また、忘れてならないのは、どのような宗教にも、大なり小なり経済的側面があるということだ。京都や奈良では、その歴史的建造物の多くが宗教に関連するものであり、世界中から多くの観光客も集まり、それ故に、莫大な観光収入が地域経済にもたらされる。


以前、私は、西アフリカで日本のオーディオ機器がよく売れている理由を調査したところ、殆どキリスト教会が購入していることが分かって驚いたことがある。


元々陽気なアフリカの人々が、日曜日毎に、教会に集まる。そして、教会は、精神を高揚させる説教と高い音楽効果で、できるだけ多額の寄付を集めるのである。そのために、日本の品質の良いオーディオ機器が最も効果があると、選ばれていたのである。


そのことを世界銀行の職員に話したら、宗教こそが、アフリカにおける最大の経済活動の一つであり、教育活動でもあると説明された。


歴史も宗教も異なる様々な人種が混在するのが、実際のこの世界である。

その全体としても、それぞれの地域でも、平和と言う状態を実現しようとするならば、多神教の持つ要素、


「人々がすべてにおいて、合意する必要はない。肝心なのは、オープンな対話を続けることだ。」


というManagment of Diversity が大いに意味をもつのではないかと思うのである。

posted by across-iedi
テーマ:

全く、安倍総理も福田総理も、予想外に早く辞任してしまうものだ。

海外、特に先進国から見たら、夏休みらしきものを殆ど取ることなく、長時間、働いている割には、日本の政治も行政機構も、仕事をしていないのではないかと、疑いたくなるのではないだろうか。

様々言われるが、私は、問題の根本には、日本社会の「人基準」性があると思う。


「人基準」と言うのは、人間をその属性で評価する価値観であり、人間関係に疲れる組織文化でもある。


「仕事」は、顧客のいる外部市場における「価値創造」であるが、「人基準化」した組織では、行動の判断基準が、組織の内部事情となり、顧客が無視されるようになる。

顧客のために仕事をしていないのであるから、いつも、合意形成が難しい。意見でも、各々発言する人が、自分の利益の最大化のために発言しているのであり、最初から合意などできる構造は、そこにはないのである。

「人基準」では、性別、年齢、学歴、職歴、人間関係 (誰を知っているか、誰の縁戚か)など、「仕事」より、多くが過去の要素などの人の属性を、評価する。

そのような世界で意見を言うと、たびたび誰が言っているかが重要である一方、何を主張しているかは重要でない。関係性が、上下だけで、両者が横の関係でWin-Winに持ち込もうと言うベースがない。

勝つか負けるか、両者が、より大きく勝とうとするだけで、フェアという概念もない。

外部では、Aさんが勝つのか、Bさんが、勝つのかで興奮するが、どちらの主張が日本の将来に幸福と繁栄をもたらすのかの議論は、少ない。


「仕事の価値」により意思決定していないから、関与する人々の気持ちがとても重要である。しかし、選挙民の多くが、特に地方では、何か公共投資が増えればと・・、それだけが重要であり、本当の意味での政策論議がなかなかできない。


実際に選挙民皆の気持ちを考えて政治をしていたら、地方自治体の職員数が、いつのまにか過剰で、報酬ベースも仕事の価値に比すと高いものになってしまった。(例:運転手の年俸が1000万円を超えるとか)


普段でも意見を整然と主張する人がいたら、「理屈っぽい」と嫌われたりする。

議論をするよりも、裏での腹芸や表でもアウンの呼吸が重要になる。
坊主憎けりゃ、袈裟まで憎まれる非合理性もある。

よい仕事よりも、人への気配りの方がもっと重要で、社会のために尽くしても、足を引っぱる人も多く、何となく安心できない。

立派な仕事をした人が、精神的サポートを受けるより、別の場面で苛められることさえある。

正しいリーダーシップ(仕事)を取っても、「仕事」が評価されないのだから、ちっとも楽しくない。坊主までもが、浮かばれないのだ。

2年近く前に、民主党の勉強会に前田卓三氏と行ったら、議員団が学力の高いフィンランドを調査に行くと言っていた。

しかし、前田は、「なぜ、フィンランドでは、勉強時間が短く、受験勉強がないのに、PISA(OECDによる学力到達度調査)で世界一になったか、分からないだろう。」と言う意見だった。

そう言えば、日本の試験は、記憶しているかどうかを問う。ある状態に達しているかどうかを問うのである。

しかし、一般に欧米の試験は、思考するという仕事を問うのだから、紙の試験は、それほど重要でない。私の行った米ビジネススクールでも、評価の半分は、クラスでの議論の内容だった。

論理的に思考し、正しい判断ができるようにするのが教育だから、記憶そのものは、課題でない場合が多い。記憶自体には、重要性がなく、議論を通して、記憶が定着するような教育方法を取る。

日本の試験は、記憶している状態であるかどうかだけを問う「人基準」試験であるが、欧米では、考える「仕事」ができるかどうかを問う「仕事基準」試験である。

紙の試験より、教育・学習の時間に、思考し議論(仕事)できることが大切である。

「人基準」社会と言うのは、人々が、「仕事」でなく「人」を評価するから、皆が疲れる。自分の仕事が終わっても、上司や仲間の気持ちを思い、残業するのだから、無駄の相乗効果は、莫大だろう。

仕事人生の後半から最後になると、適当に流して努力しない人間が急増する。鬱病の増加に寄与する。

年功など「人基準」要素で報酬が決まる官庁など政府機関で管理職などに昇格しても、大半の職員は、その前の段階で、精神的に疲れている。それまで非合理で多量の仕事に我慢してきたのだから、もう仕事は楽しくない、したくないと思っている。

第一、権限が殆ど個人(仕事=ポジションと言うべきであるが、単に座るためのポスト)に与えられていない組織なのだから、多くの場合、合理的な意思決定をしようにもできないのだ。

一般に開発途上国ほど、「人基準」性が高い。

フィリピンのアキノ大統領は、クリスマス前に、政府の全職員にケーキを配ったと言う。外国人の専門家の多くは呆れていたが、人が人を評価する「人基準」社会では、気配りが最も大切なのだ。

「人基準」のアキノ大統領は、仕事をしない大統領であることを楽しんだと思う。

色々な方面から話を聞いて、多くの業者からちやほやされ、何がしかのプレゼントもあっただろう。彼女が、仕事をしないから、開発援助のコンサルタントらは、この大統領は、相手にできないと投げていた。

しかし、「人基準」の彼女にとっては、意思決定するより、全ての人の気持ちが大切だったのだ。

彼女は、貧困層に特にやさしく、貧民地域の電気料金を抑えた。電気が使えなくては、可哀想だからである。

そのため電力会社の売上が充分なく、施設の維持管理ができなくなった。

発電量が維持できないと、電気を使用できる人口が、少なくなった。そして、さらに停電が頻発するようになった。貧困層だけでなく、経済全体の中で、富む人たちも疲弊していったのである。

そうなっても、彼女にとっては、電力確保のための意思決定と言う「仕事」は、二の次なのだった。

多分、彼女は、他人に優しいが、「仕事」と言う観点からは、大統領として全く不適任だったのだろう。

アキノ政権の終わりごろになると、首都のマニラは、毎日8-10時間の停電だった。

停電になると、町中のビルで、ディーゼル発電機がブーブー回り、騒音が耐えがたかった。(そのため、アジア開発銀行の職員であった知人は、子供の教育もままならないと、退職して日本に帰国したくらいだ。)

先進国であるにも関わらず、日本社会は、モンスーンの影響なのか、従来から「人基準」性が高いのであるが、豊かな時代を経た現在、さらに「人基準」化が進みつつある。

世論形成に影響力あるメディアは、視聴者を集めることが仕事であり、「人」を評価することが大切であると言うこともあるだろう。メディアの仕事の性質として、残念ながら、「人基準」にならざるを得ないのだ。

かなりの国会議員が、票田の相続者であるから、これは、「人基準」化である。日本では、仕事の内容や主張に関係なく、票田の相続があると選挙に勝てる。馬鹿な!と多くの人が思っている。

私たちは、いつまで、仕事でなく、人ばかりを見て判断するのだろうか。

ローマ帝国の繁栄は、実子に恵まれず、子が地位を相続しなかった五賢帝の時代にもたらされたが、最後のマルクス・アウレリウス帝には実子が帝位を継ぐことによってローマ帝国の凋落が始まったと言われる。

国の借金が増え、破綻への道から戻るための Point of No Returnは、それほど、先の未来にあるようには、見えないのだが。

Amebaおすすめキーワード