久しぶりに子供の作文を紹介したいと思います。
おやゆびしかない手
宮本彩加 (一年)
わたしのかよっていたようちえんでは、コースべつに先生とならんであるいてかえっていました。
ある日、ある男の子と手をつなごうとしたとき、わたしはドキッとして手をひっこめてしまいました。
その子のかた手にはおや指しかなくて野口英世の手のようでした。
わたしは、とてもびっくりし、ちょっぴりいやだなとおもいました。
どうやって、手をつないだらよいのかわからなかったので、先生にきいてみました。
「うでをにぎってあげればいいのよ。」
でも、へんな気ぶんでした。しばらくしていっしょにおしゃべりしながら、あるいていると、なれてきました。
話をしてみると、ふつうの男の子でした。
その子のお母さんは、
「手をつないでくれて、どうもありがとう。こういう手の子もいるのよ。」
と、話してくれました。
そのことをお母さんに話すと、
「ママだって、生まれつき、右耳が小さいままで、聞こえないのよ。でもふつうの学校に行って、えいごもフランスごも、スペインごだって話せるしエレクトーンやピアノの先生もしているのよ。
パパだって生まれつき、むねに赤いあざがあるでしょう。みんな神さまのいたずらなのよ。生まれつき、耳や目の不自由な人もじこやびょうきで手足をうしなった人たちも、みんなわたしたちと同じようにできるし、おたがい、助け合って生きていくべきなのよ。」
と、おしえてくれました。
わたしは、今、近くのじどうかんの手話クラブに入っています。学校でも手話でうたう「四季のうた」をならいました。たくさんできるようになったら、ようちえんのうらの、ろう学校のおねえさんたちと手話で、話し合えたらいいなあと思います。
このあいだ、学校で車いすたいけんをしました。まい日、通学のとき、えきのかいだんでこまっている車いすの人をみかけます。わたしもたいけんしてみて、はじめて、車いすの人の思いや、駅員さんのくろうがわかりました。
世の中にはけんこうな人ばかりでないこと、しょうがい者の人たちも、わたしたちと同じように生きていくけんりがあること、しょうがい者の人たちのよいところをみとめ、おたがい、なかよくたすけあって生きていくことがわかりました。
これからは、しょうがい者の人たちにも、へんな目で見たりしないで、やさしくしてあげたいと思います。
私が小学生の時にも同じような手の女の子がいました。
見慣れないものに対して、少し恐いような気持ちがでるのは確かなことです。だけどこの作文の女のこのように慣れてしまえばなんともなくなってきます。
あとはその子(人)を認るだけでしょう。
差別はいろんなところに根深くありますね。
以前書いたことがあるのですが、長男の小学校からの友だちにお母さんがフィリピン人の子がいます。
男の子4人兄弟の3番目です。外見は日本人とは違ったイメージです。肌の色も褐色です。
上の二人の兄はグレてしまったようで二人ともに少年院に入ってたと聞きました。
彼と弟はなんとか真っ直ぐにと案じていました。
幸い、公立高校に進んでアルバイトしながらがんばっていますが、バイクで事故を起こしたとのこと。
詳しくはわかりませんがそのときに警察に補導されたようです。
彼らが成長するにつれて知る自分の生まれと被差別感により、グレてしまいませんように。
いい友達といい大人に出会えますように。
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兄弟げんか

テーマ:
夏休みって、お子さんの兄弟げんかに手を焼かれる方も多いのではないかなと思って、子供の作品をご紹介いたします。
父のひとこと
             金澤学人(3年)
糸が
からみにからみ
もつれにもつれた
兄弟げんか
見かねた父が
六つ年上の兄は
六つ我慢でき
三つ年上の兄は
三つ我慢でき
弟は甘えすぎず
これで
けんかは終わりだねと・・・
からみにからみ
もつれにもつれた糸がとけ
父さんとの距離を感じながら
涙をこぼした
思いやりとやさしさ
             金澤学人(3年)
自分でも、あきれるほどに兄弟げんかをしています。その時、お父さんは、静かな口調で、
「自分にやさしく、相手に厳しくの考え方だから、いつまでたっても、けんかが続くんだね。自分に厳しく、相手にやさしくの気持ちさえあれば、けんかもおこらないのにね。」
と言います。また、お母さんと激しく口論しているときも、お父さんは、
「相手に対しての不満を十、思っていることを全部言ってしまうのは簡単だけど、学人にも欠点があるのだから、十のうち六ぐらいで、とどめる思いやりがないと人間として失格だし、十、全部言ってしまったら、その人との関係は、終わりになってしまうよ。」
といいます。お父さんの言葉は、いつも相手に対しての思いやりとやさしさがこめられているので、僕自身のわがままに反省してしまうのです。そして、わがままいっぱいの僕の言葉に、お母さんは、
「もう、知らない!」
と言う時があるけれど、少し時間がたつと、何事もなかったかの様に、笑顔で会話が始まり、ミルク紅茶などを入れてくれたりして、僕のわがままを許してくれ、忘れてくれることに対して、心から感謝するのです。
戦争と平和・・・。
どちらが良くて悪いかはあまり世の中を知らない僕でもわかります。でも何が戦争で、何が平和かと聞かれると、胸を張って答えることができません。とても恥ずかしいことです。でも僕は両親から、自分に厳しく相手に優しく。十を六でとどめる思いやりと相手の欠点を不満を許してあげる、忘れてあげる事を教えてもらったことで、人と人との関係、国と国との関係でも、ほのぼのとした親子関係になることができたなら、平和で戦争などおこる事がないし、地球の青さは、今以上に美しく輝くと思います。

そして僕は、お父さん、お母さんからの1つ1つの言葉を、教えを忘れずに、また嬉しいときは一緒になって喜び、悲しいときは一緒になって涙して、当たり前のことだけど、それがごく自然に表現できる青年に成長し、心から、お父さん、お母さんに、
「僕をここまで育ててくれてありがとう。」
と言える僕に、なっていきたいと思いました。
平和も、また、思いやりとやさしさのかたまりでできているものだと僕は、信じています。
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ぼくはお母さんの子
 
                                      大矢 哲【2年】
 
 ぼくの足のうらには、あざがあります。左足のふともものうらで、半ズボンをはくと、ちょうど見えるところです。今まで、だれも、あざのことをいう友だちはいなかったので、すっかりわすれていたのに、2年生になって
「足にきたないものつけている」
と言われて、気になりはじめました。何度も言われると、
「ぼくは、きたなくないよ」
と、言いかえそうと思いました。でも、声にならなくて、くやしくて泣きそうになりました。家に帰って
「お母さんのバカ。何で、ぼくの足にへんなものつけて生んだんだ」
と、言うと、お母さんは、あっけらかんと
「あっ、足のあざのこと。あれはお母さんの子どものしるしなんよ」
と、言ったので、ぼくは、ずっこけました。そして、お母さんは、あざのことを話してくれました。
 
 弟二人にも、同じようなあざがあること。とおるは、ぼくとはんたいの右足だけど、はだの色が黒いからあまり目だたない。
いたるは、色が白いから、みんなにわからないように、おなかに、うすいちゃいろのあざになっていること。
 
 いろいろ話しながら、弟たちの足や、おなかを見ると、だんだん心がおちついてきました。
話をしていていちばんうれしかったのは、お母さんにも赤ちゃんのおしりみたいな青あざがあることでした。いちばんわらえたのは、ぼくのあざを見つけたときのお母さんのようすです。
 
 生まれてすぐには気づかなかった僕のあざを見つけたとき、お母さんは
「どうしよう。紙おむつのテープがくっついてとれなくなって、あとになっちゃた。」と思ったそうです。
おちついて考えると、そんなことありえないのに、あわてもののお母さんです。弟たちが生まれて、二人ともあざがあった時、こんどは、何かびょうきかもしれないとかなしくなったそうです。
 
 ぼくだけでなく、お母さんも、なやんでくれていたなんて、うれしくなりました。
「地しんがあったって、はなればなれになっても、このしるしがあれば、お母さん、哲たちをすぐみつけてあげるからね。」
と、とくいそうに言うお母さんを見ていると友達に言われてくやしかった気持ちは、どこかにとんでいきました。
 
 こんど、何か言われたら、
「くやしかったら、あざをつけてみろ。」
といってやろうと思っていましたが、
「これは、ぼくのうちの子どもというしるしなんだ。いいだろう。」
と、じまんしたくなりました。



子どもにこんな風に言われた時、真剣に謝るという方法もあると思いますが
このお母さんのように明るく受け流してあげると
子どもも深刻に思いつめることがなくなるかもしれませんね。
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目には目を歯には歯を

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受けた害に対して、同等の仕打ちをもって報いること。ハムラビ法典の言葉。旧約聖書の出エジプト記などにも見え、これを戒めたイエスの「山上の垂訓」で有名。【大辞泉】
 
 
小学3年生のお子さんの作文です。
 
目には目を歯には歯を
 
三年 西川綾乃
 
目には目を歯には歯を という言葉があります。
これはやられたらやりかえせという意味で、よくない言葉だと思っていました。けれども、ある日、しんぷさんの田中先生はこうおっしゃいました。
 
「何か言い争いがあった時、自分は10いったつもりでも、相手には20に聞こえるのですよ。
言われた人は、20にして返すのではなく、40にして返してしまうのです。今度返された人は80、言われた人は160というふうに、倍になってだんだんふくらんでいくのです。
 
だから、けんかになってしまうのですね。目には目を、歯には歯を という言葉がありますね。あれは、目をやられたら目の程度でやり返しなさい。歯をやられたら歯の程度でやり返しなさいと言う意味で、なかなかできることではないのですよ。」
 
私は自分の心の中をさぐられたみたいでドキッとしました。
お兄ちゃんと口げんかをした時、
「なぜちょっとだけ言っただけなのにこんなに言い返してくるのだろう。」
「そんなつもりで言ったのではないのに。」といつも思っていたからです。
 
「なるほど。」とつぶやきました。
神様の教えはすばらしいものだなあとあらためて知りました。心がジーンとしてあたたかくなりました。
 
学校でも、ごかいのためにけんかをしたり、ふゆかいな思いをすることがよくあります。これも、倍、倍の言い返しのきたない心のすきまから生まれてくる小さなあくまのしわざかもしれません。
 
なんだかはずかしくなってきました。でも、そのあくまは、あたたかいもので心をいっぱいにするときえるのかもしれないと、ふとひらめきました。
 
お母さんはよくこう言います。
「人から言われた事を、わるい方にとってはいけないのよ。よい方へ、いいように、えいようにとると、心のえいようになって、綾乃ちゃんの心がゆたかに育つのよ。
ごはんのえいようは、体が育ち、心のえいようは、きれいなやさしい人にしてくれるのよ。」
 
「これだ。」と思いました。
「そんなことむりだ。」と思っていたのでは、あくまにまけたのと同じです。実行しなければあくまをたいじできません。なにしろ、小さくても、しぶといのですから。
 
今度、クラスのせんきょで私が委員長になりました。みんなの役にたつように、そして人にすかれるように、私のあくまをたいじして、がんばりたいと思います。
 
 
心の栄養について、私はほとんど考えたことがありませんでした。
確かに、体の栄養が足りなくなると栄養失調になり、いろいろな病気になりやすかったり、力がでません。
心の栄養も不足していると意欲が出ないなどの障害が出て当然ですよね。
子供への心の栄養にももっと気を配らなくてはと反省しました。

「お父さまの一言」  奥野智孝(2年)

クラスの友達のお父さまが、なくなったのでおそうしきに行くためにお母さまと二人であた川をあとにしたんだ。

ぼくたちかぞくはその日、りょ行中だったがお父さまがぼくに一言、

「友達だったらいきなさい。」といった。

ぼくはりょ行もつづけたいしおそうしきのことを考えるとふくざつなきもちになってしまったが、

「おそうしきに行くよ。」と答えた。

電車の中でお母さまが、

「お父さまは、すう年前に自分のお父さまをなくしているでしょう。だから、たった八才で父おやをなくすかなしみをだれよりも知っているからともちゃんにそういったのよ。」

と話してくれた。

まどにうつったぼくのかおは平ぜんとしたふつうのかおであったが、心の中は、冬の海のようにこおりついていた。

よこはまのみょうれん寺での友達のお父さまは、おかんのなかに入ってしまってこのまま車にのってけむりとなったら、友だちは、一生大好きなお父さまの顔が見れない。今まで作ってきた思いでも、もう少しも作れない。友だちの下をむいている顔や、お母さまの赤い目を見るのもつらかった。

きゅうにじぶんのお父さまが、なくなったような感じであふれた。ぼくは、「ハッ」とした。お父さまがぼくに言った一言の意味が少しわかった気がした。あいての立場に立って考えてごらんということだったんだ。でも、こればっかりはあいての立場に立つにはつらいよ。かなしいよ。

もし、ぼくがそうだったら、かなしみは、ぜったいにはかれないくらい大きいもので、ずっとずっとかかえて大きくなっていかなくてはならない。あまりのかなしさとなみだのおもさでつぶれちゃうよ。

ふくざつな気持ちのまんまで行くよと言ったぼくは、友達とじぶんの心にすまないという気持ちでいっぱいになった。

「がんばれ、まさきくん。

ぼく、ずっときみの友だちだからね。

うれしい時も、かなしい時も力となってたすけあおうね。」

と、心の中で大きなこえで言った。 

朝日作文コンクール入選作より「子供を変えた”親の一言”作文25選」明治図書



お父さまのリーダシップとあたたかさ、そして共通の価値観をもってサポートされているお母さまの優しさが、まだ2年生の智孝くんにも十分に伝わったようで、読んでいて思わず襟を正したくなるような作文だなと思いました。

こどもの分離不安

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おはようございます、片一方鼻つまりでもう片一方鼻水がとまりません。
『今年の花粉はすごいらしい』をあなどって、エライ目にあっている私です。
目・鼻が痒い
くしゃみ・鼻水・鼻つまり・咳
頭痛・肩こり・関節痛←何気に風邪もひいていますね。
 もともと出不精なのに、一歩も家を出たくないです。
でも明後日は長男の入学式、こんな時しか美容院にも行かないし
何とか花粉症が少しでもよくなってほしいものです。
 
この頃になると幼稚園バスに乗らないと泣いている子
幼稚園や小学校の門のところでお母さんにしがみついて泣いている子を見かけます。
お母さんの不安そうな顔もお見かけします。
 
こんなときって、憂鬱ですよね。
でも、必ず乗り越えられる日がくるので、親御さん、気持ちを楽に持ってくださいね。
決してお子さんを責めたり、怒ったり、他の子と比べないでくださいね。
 
「分離不安」という名前がついてはいますが、ほとんどがその子の個性です。
ちなみに我が家では、長男は全く人見知りも分離不安もなく幼児教室も幼稚園も通いましたが、次男は幼児教室でも幼稚園でも親と離れるときメソメソしました。
 
その子の性格もあると思うんです。
長男は向こう見ずで、新しい環境にもなじみ易かったですが、すぐ子供同士でどこかに行ってしまったり、危険なこともして、目が離せませんでした、私はお母さん同士の会話もそっちのけでいつも長男の後を追っかけていましたが、次男は逆に親の目から離れることを嫌ったので、親としてはいつもそばで遊んでくれて楽でした。
 
幼稚園や小学校の門のところで、タマにモーレツに怒って離れようとされる親御さんがいますが
全くの逆効果ですし、子供の心に傷を残しかねないので、ぜひイライラや不安をぐっとこらえて、先生に引渡し、笑顔で手を振ってお帰りくださいね。親御さんのイライラや不安はお子さんに届いてしまっていますよ。
 
うちの次男は2年保育の1学期、幼稚園に行くことは楽しんでいましたが朝、私と別れる時に必ず涙を見せました。(泣いてぐずるのではなく、寂しそうにハラハラと涙を流すのです)
長男は3年保育でもいつも「お母さーん、いってきまーす!」とにこやかに行ったのに、何でかしらと私も思いましたが、いくら次男がメソメソしてもいつも同じ笑顔で見送りました。
 
もちろん、帰ってきたら毎日園での話をきいてやり、ポジティブな気持ちで園にいけるように、こちらも励ましました。
先生に伺うと、園ではとても優等生だとおっしゃっていたので、きっと外面がいいのですね。
外で無理しているので、よけいに私に甘えるのかも知れません。
 
でも、子供は慣れればすぐにメソメソしていたこと自体、忘れてしまいます。
うちでも、次男に幼稚園の時、しばらく泣いていたねというと、びっくりして否定しますよ・笑
 
幼稚園児さんの気持ちが良くわかる作文がありますので
掲載いたします。
こんな感じで優しく温かく見守ってあげられればいいですね♪
 
はじめてのようちえん   ふじしろ ゆり(5歳)
ようちえん、とてもたのしかったのに、みずぼうそうでいっぱいやすんだら、ぽつんとしちゃっていきたくなくなってしまいました。
あさどうしてもいけなくて、いちにちおやすみしました。
よるねるとき、かなしくてなみだがとまらなくて、おもいっきりなきました。
そしたらママが、「おおきくなるには、かいだんをひとつひとつのぼっていかなければならないんだよ。
ゆりたんは、いまかいだんからおちそうになっているの。でもね、パパとママがおしりをささえているから、ぜったいにおとさないから、もうすこしがんばってみよう。」
といいました。
つぎのひ、ママからはなれられなくて、せんせいにむりやりはなされちゃったけど、せんせいが、「せんせいといっしょにおともだちをつくろうね。がんばってまいにちきてね。たのしみにしているよ。」
といってくれて、なんだかげんきがでてきました。

夢はありますか

テーマ:
大阪で、17歳の少年による殺傷事件が、その子の出身小学校内で起きたというニュースが、最近のトップニュースの一つになっています。

小学校高学年から学校を休みがちで、中学は2年から不登校であったという少年。

長男の過去のクラスメートでも全く同じような過ごし方をしているお子さんが、複数いるのです。
今の中学には3つの小学校から生徒が集まるため、一度も出席せず顔を見たこともない同級生もいます。

不登校の理由は本当に様々だと思うので、安易に語れないと思うのですが、彼らには夢があるのだろうかと思いました。

そして、今日、TVで朝、アメバブログのブローガーさんが紹介されましたが、その方のブログに行ってみると(私は相互読者なので)、普段とは全く違ったアラシによる書き込みで大変なことになっていました。

放送を見て書き込んだのだろうと思うのですが(その人のブログも、その方自身も写っていましたので)放送は朝の9時半、学校は始まっている時間です。
おそらく若者だろうと思われるアラシの書き込み、いったいどこでTVを見て、PCに向かっているのかなと不思議に思いました。

そしてやっぱり彼らにも夢があるのかと思いました。

夢がない社会で、若い人たちは疲弊しているのでしょうか?

生き易い世の中か?と問われるととてもしんどい世の中だよと答えるけれど
歴史の中で、今が一番快適に暮らせている世の中でもある。
今の子供たち、みんな頭いいんだから、みんなで協力し合っていい未来を作ってほしいな。

もっと小さいころは、みんなこんなこどもだったんだよ。

お母さんの夢

一年 平松 裕基

ぼくは、お母さんに
「ちいさいころに、なにになりたかった。」
と、ききました。
すると、お母さんは、
「いろいろなものになりたかったよ。
おつかいでクリーニングやさんにいくとクリーニングやさんになりたいとおもったし、えんそくでステキなバスガイドさんを見れば、バスガイドさんになりたいと思ったし、かぞくでレストランにいけばウエイトレスさんになりたいと思ったよ。」
といいました。
だから、ぼくは、
「そうしたら、お母さんのゆめは、かなわなかったんだね。」
というとお母さんは、
「ううん、ぜんぶかなったよ。」
といいました。だから、ぼくは、
「どうして?」と、ききました。
すると、お母さんは、
「だって、お父さんのワイシャツにアイロンをあてるときは、クリーニングやさんになった気になるし、ゆう君にべんきょうをおしえているときは学校の先生になった気になるしお父さんの車にのれば、お母さんはバスガイドよ。
そして、みんなにしょくじを出すときは、ウエイトレスさんになった気分よ。」
といいました。
大人っていいなあ。

けんこう

テーマ:
今日は次男が学校を休んでしまいました。
アレルギーと風邪です。
鼻がでて、鼻がつまって、寒気がして、ひどい頭痛がするそうです。
寒気があるので風邪もひいているでしょうというお医者様の診立てです。

彼はアレルギーの症状として頭痛があります。
症状が出始めた頃、子供の頭痛ということで、心配して小児科、眼科、小児神経科とまわり、最後に耳鼻科にてアレルギーとわかりました。
それもかなり慢性的で、私も頭痛持ちなので、彼がしかめっ面で寝込んでいるととても可愛そうに思います。

現代病と言っても、アレルギーが出るたびにひどい頭痛になり
学校を休んだり、外遊びができない事を不憫だなあと思います。
春先と秋、それに冬と必ず悪くなり、そのたびに外で遊ばないようにと
お医者様から言われてしまいます。
本人も「子供らか外遊び取ったら何のこんねん!」とぼやいています・・。

私も子供のころ、小児喘息でしたし、父、祖母ともに喘息持ちです。
仕方ないなと思いながらも、早く体力がついて、良くなって欲しいと祈っています。



私は「朝日作文コンクール入選作集」を1冊持っています。
もう古いものですが、そこからの作文を一つご紹介します。


けんけつ

守屋亜妃

きょうは、きゅうきゅうしゃみたいなバスにのりました。
おかあさんの血をわけてあげるためです。
その血は、けがをしたひとや、血がすくない人のためにつかってもらうそうです。

おかあさんは、
「かぞくが、げんきでいることがうれしいの。だから、ほかの人にもそのきもちを、わけてあげたいのよ。」とはりをさしているのにわらってた。

ぜったいみんなげんきになるよ。おかあさんの血は、げんきだからね。
わたしも、大きくなったらあげたいな。だって、わたしげんきだもん。



大人が愚痴をこぼすように、たまには、子供の愚痴も聞いてあげましょう。
これは子供の一面です。もちろん不満のない子もいると思います。
親には結構耳が痛いけれど、聞いてあげたいと思ってます。

私としては、後ろの(3男)や(2女)にも興味がありました
やはり、優等生である長男長女は辛らつな川柳は書きにくいようだなと思いました。
うちでも自由奔放なのは次男です。
お子さんがいる方もいない方も今お子さまな方も感想が聞けると嬉しいです。



『 親を見りゃ ボクの将来 知れたもの 』
三笠書房  矢 野 壽 男 著(公立中学校教諭) 

* あの親父 大学出たのはほんとかな どうも怪しい 教養のなさ   (3男)

* 父親の 面影うすく14年 お嫁に行くとき 泣いてくれるか   (3女)

* 親をみりゃ このオレの将来 知れたもの   (3男)

* ズルイ奴 図々しい奴 こすい奴 学校と反対 えらくなる奴   (3男)

* エライよな 父さんエライよ東大卒 いつもご自慢 だが俺はオレ   (1男)

* 芸人じゃ ないんだよ親父 親なんだ 駄洒落 ふざけっこ もうたくさんだ   (2男)

* 親父から このひと月に聞いたのは 「ヨオッ」と「元気か」と 「勉強しろよ」   (2男)

* 社用なら 親子のエンも切るのかよ 約束なんか いつも破って   (2男)

* おばあちゃん 邪魔にしている父なのに 親の言うこと 守れ守れと   (1女)

* 世の中が 悪すぎると父怒る でもそれだけで 何もせぬとは   (3女)

* エライ人 忙しいのはわかるけど 出世もせぬ父 今夜も遅い   (3女)

* お父さん たまには聞いてよ 子の話   (1女)

* 遺伝かな 仕方がないけど父に似て 僕もまったく ママに弱いな   (1男)

* 朝刊の 記事を親父に話しかけ その無知無関心 シラけた夕飯   (3男)

* ちょっと聞き 父の知能を試したら よくまあ大人 常識はゼロ   (3女) 

* エライ人 父にあってはみんなペケ その父さんが なんで平社員   (2女)

* 断絶と 言うほどわれら父と子は 幼い時から つながってはいず   (3男)

* 14年 父の無能を吹き込まれ ようやくわかった 母の愚かさ   (3男)

* 子どもとは 母の家来か殿様か 支配されたり チヤホヤされたり   (2男)

* 母さんは よほど勉強に恨みあり 私に仇を 討たせるみたい   (2女)

* 人権は 親子の仲ではないのかな 僕の人生 母が左右す   (3男)

* 何がいい 夕食前にいつも母 希望を聞くよで 実は無計画   (2女)

ギブ&ギブ

テーマ:
人間 無償の愛をささげることが大切
ギブ&テイクではなく
ギブ&ギブがいいのです。



相互読者のまりちゃん のマミィの言葉です。
素晴らしい言葉、まりちゃんのお母さんは素晴らしい言葉を
教えてくれるすごい人ですね。
難しいことです。なかなかできることじゃない
でも、こうやって教えてくださったら気づくことができる
それだけでも私にはプラスになりました。
まりちゃんのマミィありがとうございます!!



うちは母子家庭、そしてつつましい生活をしています。
長男は独特の優しい性格なので友人がすごく多いです。
類は友を呼ぶと言いますが、似た境遇の友人も沢山います
大阪は片親の家庭の数も多いのかも知れません。
みんな生きていくことに必死で、子供たちに優しさを向けることが
難しい世の中です。家にくる子供たちの中にも
みんな笑顔だけど、寂しそうな子もいます。

もう、随分古い詩ですが、神戸の小学1年生が書いた詩です。
彼は今はもう成人していることでしょう。
幸せであって欲しいと思います。
時代は変わっても今もネグレクトは増えています。
困っている子供がいないか気にかけてあげたいと思います。
ギブ&ギブの精神

ぼくだけほっとかれたんや

1年 あおやま たかし

がっこうからうちにかえったら
だれもおらへんねん
あたらしいおとうちゃんも
ぼくのおかあちゃんもにいちゃんも
それにあかちゃんも
みんなでていってしもうたんや
あかちゃんのおしめやら
おかあちゃんのふくやら
うちのにもつがなんにもあれへん
ぼくだけほってひっこししてしもうたんや
ぼくだけほっとかれたんや

ばんにおばあちゃんかえってきた
おじいちゃんもかえってきた
おかあちゃんが
「たかしだけおいとく」
とおばあちゃんにいうてでていったんやって
おかあちゃんがふくしからでたおかね
みんなもっていってしもうた
そやからぼくのきゅうしょくのおかね
はらわれんいうて
おばあちゃんないとった
おじいちゃんもおこっとった

あたらしいおとうちゃん
ぼく きらいやねん
いっこもかわいがってくれへん
おにいちゃんだけケンタッキーへ
つてれていって
フライドチキンたべさせるねん
ぼく つれていってくれへん
ぼく あかちゃんようあそんだったんやで
だっこもしたった
おんぶもしたったんや
ぼくのかおみたらじっきにわらうねんで
よみせでこうたカウンタックのおもちゃ
みせたらくれくれいうねん
てにもたしたらくちにいれるねん
あかんいうてとりあげたら
わあーんいうてなくねんで

きのうな
ひるごはんのひゃくえんもうたやつもって
こうべデパートへあるいていったんや
パンかわんと
こうてつジーグのもけいこうてん
おなかすいたけどな
こんどあかちゃんかえってきたら
おもちゃもたしたんねん
てにもってあるかしたろかおもとんねん
はよかえってけえへんかな
かえってきたらええのにな