流れゆく時の中、
一瞬一瞬に死んで、
一瞬一瞬に生まれ変わる。
無から有が生まれる所…
それは…、今!
今という時を心で繋げ!
これぞ、『念真合体』!!

(アニメ『アクエリオンEVOL』第14話「個の先」より)
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真夜中ばんわ。
↑この挨拶が出る時は、真面目な物思いに耽った記事をアップする時です。
久々に物思いを促す言葉に出会いました。
まずは、この作品を知らない方のためにざっくり紹介。
「アクエリオンEVOL」は以前放送された「創聖のアクエリオン」という作品の一万二千年後を描く続編。
パチンコで「創聖のアクエリオン」を知ってる方もいるかもしれませんね。
今回の続編は、アクエリア(前作のアクエリオンが別名で呼ばれてる)に乗る操縦者(エレメント)を養成する学校が舞台。
アクエリアってのは特殊なロボットで、単なる技術的な操縦だけでなく精神力と密接にリンクしている。
要するに、操縦者の精神状態が乱れれば暴走するようなロボットです。
んで、何体かのアクエリアが合体する事でもっと強力なロボットになる。
そのためには各操縦者の精神状態が安定して繋がらなければならないっていう特性がある。
そのためにエレメント候補生たちは学校で様々な訓練をしているという感じ。
そんな舞台で繰り広げられるバトルあり、ラブコメありなストーリーの作品です。
第14話では、この前の回で学校が敵の襲撃に遭い、エレメント候補生が犠牲になってしまいました。
共に勉強し全寮制で生活も共にしていた仲間が亡くなり、深い哀しみに包まれる学校。
中には、死ぬかもしれない戦いの操縦者になるかもしれない事実を目の当たりにして、学園を去る者も出ます。
そんな状況の中で学園の最高権力者の一人である「不動・ZEN」総司令は、学園に残ったエレメント候補生達にある訓練を課します。
名付けて、「墓穴特訓」。
わざと生き埋めになって死人と同じ状況になる、というトンデモ特訓です。
教師達が反対する中で、次々と意を決して地中に埋まって行くエレメント候補生達。
(アマタはどつかれてほぼ強制だったけど)
ところが、ZENはミコノという女子候補生だけは埋まらなくて良いと言います。
ただでさえ深い哀しみに打たれているエレメント候補生達ですから、みんな暗い地中で不安に怯え、絶望の底に堕ちていく。
それを地上で聞いているミコノはみんなの苦しみを目の当たりにして、耐え切れず「戻って来て欲しい!」と強く願います。
すると、あら不思議。
その瞬間にミコノから強い光が発せられて、地中で苦しんでいた候補生達が安心感に包まれて、絶望の淵から次々と希望を取り戻して地中からはい上がってくるではありませんか!
こうしてエレメント候補生でありながら今まで何の能力も持ってないと思っていたミコノ(候補生には各々特別な能力が目覚めてます)に、独自の能力「繋ぐ力」が目覚めた瞬間です。
そこで、ZENが候補生達にかけるのが冒頭の言葉です。
詳しく(画像付き)は、コチラでどうぞ↓
http://blog.livedoor.jp/ren_ka_blog/archives/51814037.htmlでは、本題。
冒頭の言葉に至るまでに、こんなZENの言葉があります。
一つは、「墓穴特訓」の前に候補生達へ向けて。
「お前たちは、生に縛られている…。
…死者と共に眠ることで、
生への念は著しく増大する。
雑念、邪念、哀念、執念、怨念。
それら全ての観念は、
お前たちの魂の自由を奪い、
死と隣り合わせの戦場で足枷となる…。
…お前たちは、ここで一度死なねばならない。
生への執着を一度爆発させ、
それを断ち切る…。
かりそめの死の果てに何があるのか…。
その目で、しかと確かめるのだ!!」
もう一つは、ミコノの能力が目覚めた時にミコノへ向けて。
「ミコノスズシロ、お前の持つ力だ。
人は、命の終わりにだけ死ぬのではない。
髪が抜け、葉が落ち枯れてゆくように…、
身体の細胞や意識も心も、一瞬一瞬に死んでゆく…。
しかし、過ぎ去った古き自分に囚われ固まる時、
人は大いなる宇宙の流れから切り離されて、バラバラになる…。
ミコノスズシロ、
お前の力は、そのバラバラな者達を、「再び繋ぐ力」…。
そう…
過ぎ去った古き自分に囚われ、
その屍を喰らい糧として伸びゆく、
キノコの菌糸のように…。
目に見えぬ大地の底と
生と死の間で離ればなれになってしまった魂を繋いでゆく…。」
この言葉を経ての、冒頭の
「一瞬一瞬に死んで、
一瞬一瞬に生まれ変わる。」
になります。
この第14話を見た直後に浮かんだ一つの言葉、《輪廻転生》。
まぁ、「創聖のアクエリオン」から輪廻転生はこの作品の根幹にあるテーマですし、♪一万年と二千年前から♪あ・い・し・てーる♪という前作の主題歌を知ってる人なら言うまでもがな。
「アクエリオンEVOL、萌えに走ったか…」と思ってましたが、やっぱりアクエリオンはこうでなくちゃねと思います。
13話と14話は河森総監督が直々に絵コンテ切ってますので、正に河森節全開です。
詳細は避けますが、14話のセリフは端々に仏教的な思想に由来するであろう言葉が散りばめられています。
恐らく14話の脚本を書いた岡田磨里さんは物凄い時間をかけてらっしゃると思います。
また、14話のタイトル「個の先」は「この先」に必要な力という表の意味に、文字通り「個の先」という裏の意味を掛け合わせた言葉遊びです。
「過ぎ去った古い自分に囚われ、固まる時」も漢字の《個》を崩した言葉遊び。
冒頭の「今という時を心で繋げ」も漢字の《念》を崩した言葉遊び。
「念真合体」も心ではなく《真》を充てる辺りもしかり、河森総監督のこのエピソードへの熱の入れ様がよく表れてますよね。
それはともかく。
冒頭の「今という時を心で繋げ!!」という言葉にグッ!ときて、衝動的に何か書きたいと思いました。
自分の中に「個性を持つ」ことと「芯を持つ」ことってのはイコールではないという事です。
自分の中で一番してはいけないこと、
それは《囚われる》ことだと思ってます。
ZENの言う「雑念、邪念、憎念、執念、怨念」のような負の感情だけではなく、正の感情も含めた喜怒哀楽の全てにおいて。
だから「墓穴特訓」も突拍子もないとは思ったけど、すぐに納得出来ました。
強い負荷に耐えられない時ほど、一旦距離を置いて外側から見るのは有効な手段です。
負荷が強ければ強いほど、視界は比例して狭くなりますので。
そういう縛りから一旦強制的にでも離れるという意味で、仮死体験する「墓穴特訓」はかなり筋が通ってる。
しかし、それは両刃の剣であるのも事実。
視界を広げるつもりが、逆に視界を狭めることもある。
なぜなら、一旦離れることで渦中にいるよりも、物事がよく見えるようになるからです。
候補生達が次々と絶望の底に堕ちていくのは、そういうことです。
囚われないつもりが余計に囚われるという事です。
そこで、《芯》が重要になるのだと思ってます。
窮地で試されるものは、個性ではなく《芯》です。
剥がされた末に残るものです。
自分自身を揺るがす環境や価値観というのは、いくらでもあります。
その何物にも揺るがないのが、人間の《芯》。
その《芯》とは、すなわち以前書いたような
『しなやかさ』とか
『中庸』とかいうものです。
「個性」のように自分を主張するものは、それが揺るがされ崩された時に空っぽになります。
しかし、多様性の中にある個々であれば、それが崩れたとしても「バランス感覚」がちゃんと残ってる。
だから、空っぽになっても倒れずに居られるんだと思うんですよね。
それが、《芯》です。
偶然にも以前の記事で「繋がり」って言葉から「中庸」にたどり着いてるんですけど、ミコノの「繋ぐ力」もそんな解釈が出来るような気がします。
「大いなる宇宙」というのは多様性のことで、「バラバラになる」とは多様性の中から繋がりをなくした個性のこと…。
「過ぎ去った古き自分に囚われ固まる」ような個性は、崩れ去った時に後には何も残らない。
「無から有が生まれる所」では、崩れ去った後からもちゃんと人が復活出来るという意味なのだと思います。
「流れゆく時の中、一瞬一瞬に死んで、一瞬一瞬に生まれ変わる」というのは、ひと所に止まらないこと。
それは多様性の中に自らを置くことであり、取りも直さず多様性を認めるということに違わないのだと。
排他的なものの見方は、視界を狭め死角を生みます。
そして、死角を突かれた時に再起不能に陥らせます。
多様性を認めるというのは、すなわち「今」という一瞬一瞬一瞬にありのまま向き合い、その中での自分自身のバランスを感じ取ること。
その「バランス感覚」ってのが《芯》になってきたように思います。
それが執着や固執でないことを理解出来るまでには、結構な時間がかかりました。
ていうか、今も出来てるのかよく分からないのが実かもしれません。
というよりは、それが分からない事が自分自身がニュートラルな状態で《芯》を保って居られているのかなぁ?とボンヤリ思ってますね。
あの記事を書いてから今までもずっと、「しなやかさ」は意識し続けてます。
そうしているうちに、多分これからもずっと分からないまま「しなやかさ」を捜し続けていくんじゃないか?と思うようになりました。
それが冒頭の不動総司令の言葉でスッキリしたんですよ。
「今という時を心で繋げ!」
そうやって《念》じ続けること、
今という一瞬一瞬一瞬に学び続けること、
今に真摯になって「気付き」を自分の中に蓄積していくこと。
そうやって、大袈裟な話しその度その度ごとに生まれ変わってるのかなーという…、
そして、廻って《輪廻転生》に戻って、そろそろ話しを締めようと思います。
プロフィールにも書いてるように「人生は終わらない生き方の勉強である。」ってトコなんでしょうね。
自分の《芯》もそれなんだなーと、自分の変わらなさに改めて呆れるやら感心するやら…(笑)
多分、10年後も20年後も、死ぬ直前でも同じ事を言ってるんだろうなぁ…。
(≡.≡)…
その頃までこんな文章書いてたり、ブログ自体があるのかも分かりませんけどね。
では、頭ん中スッキリしたので、録画していた15話を見るとしましょう。
もちろん今からです。
(現在、夜中3時過ぎ)
【余談】
大方の評判通り、自分もミコノの「ハッピーバースデー!」はチョットなかったかなぁー?と(笑)
「みんな、おかえりなさい!」とか、せめて「おめでとう!」とかだったら抵抗なかったかもしれない。
やっぱり、岡田磨里さんのアイデアなのかしらん。
(ローゼンメイデンの水銀燈の決めゼリフ「乳酸菌摂ってるぅ~?」は岡田さんのアイデアでした。)