2017.5.28

 

2015年に時事通信社配信で連載。十勝毎日新聞などに掲載されました。

 

 母と娘の関係は難しい。世間は母親にも、娘にもつい理想の愛を求め、当の本人たちもその理想に縛られがちである。つまり母は娘に、娘は母に包容力と忍耐力を求める。

「麦子さんと」(2013年公開)は、ある母娘を描いた映画である。父が亡くなり、兄の小岩憲男(松田龍平)と暮らす麦子(堀北真希)は、声優に憧れるフリーター。ある日、消息不明だった母親(余貴美子)が部屋に転がり込み、母に屈託を抱える兄は家を出る。

 麦子は、一緒に暮らした記憶がなく他人も同然の母との同居に戸惑う。そして麦子が作ったとんかつがきっかけで、2人の関係は壊れてしまう。

 とんかつのルーツは、子牛などをたっぷりの油で焼くコートレットというフランス料理である。1871(明治4)年の肉食解禁以降、日本人はこれを自分たちの口に合うよう改良を重ねた。昭和初期に定着したのが、油でからりと揚げた豚肉に、生のキャベツの千切りを添える一品。油脂をほとんど使わない食文化を築いてきた日本では、いかに油っぽさを抜くかが課題だった。

 とはいえ、とんかつは油で揚げた料理であり、そのことが劇中で重要な役割を果たす。麦子は母に愛情を寄せ始めて、とんかつを作る。娘の料理を母は喜んで食べようとするが、重い病に侵されていた体が油を受け付けず吐いてしまう。事情を知らない麦子が、その反応を不愉快に思ったことが引き金になり、母を追い出してしまうのだ。その行為は、母の愛情を渇望していた裏返しでもある。愛がすれ違う切なさが、とんかつが登場する場面に集約されている。

 後半は、その後亡くなった母の遺体を引き取った麦子が、納骨のために故郷へ赴く物語へと展開する。自分にそっくりだった若い母は、村のアイドル的存在だった。母の青春時代を知り変わり始める麦子。守り慈しんでくれる母性を求める少女が精神的に自立するには、一人の女性としての母を認めなければならない。まず距離を置き、別の角度から母を見る必要がある。とんかつにまつわる出来事は、麦子が母を知って大人になる最初の一歩だったのである。