2008-03-08 17:52:34 acnの投稿

自分を見つめるってことは。

テーマ:超勝手な共依存論。

自分を見つめるってことは、自分を客観的に見つめることとは全く違う。


だってね、自分を客観的に見つめるってことは基準がまわりにあるってこと。

世間で言うところの「一般的」「普通」そういうものと比べるっていうことなんだってところに行き着いた。


父が公務員で母親が専業主婦の家庭で育った私は、

客観的に考えることで自分を取り囲む世界の歪みを認知できないまま大人になった。


客観的になればなるほど、贅沢な悩みに感じてくる。


雨風をしのげておまけに食の心配は無い。

父と母は傍から見れば、健全な人間だ。


その「傍から」ってのが、やっかいなものであることにある時気づく。

そこにはどうやっても私の苦しみは反映されないから。


昔、試験勉強の時あったでしょ?

赤いペンで書いた文字に、赤い下敷きを重ねると字が消えるような。

あんな感じで、私の苦しみだけが消えてしまう。


私が感じている苦痛は、どこの家庭にもある「普通」のことなんじゃないか、

私が過剰に反応しているだけなんじゃないかって。


でもある時、私は客観的に見ることをやめた。


私が感じている苦痛や、悲しみを真正面から見てみた。

そうしたらやっと親から虐待されていたことを認知できた。

そうやって認知できるようになるまで、あれほどの暴力と支配の中、

まだ「あんなこともあったが本当は愛してくれていたんだ」と、現実から逃げていた。

そしてそうやることでしか私は生き残れなかった。


自分を見つめるっていうのは、一切の比較を排除してこそ成り立つ。

「私は何を感じているか」に集中すること。


案外、みんな自分の感情には鈍感だ。


好きでやっているのに「我慢」と言ったり、本当はイヤイヤのくせに楽しそうなフリをしたり。

本当は自分の言葉に従わせたい納得させたいくせに、そうじゃないようなフリをしてもっともな言葉を吐いたり。

腹の中では煮え繰り返っているくせに、そうでもないフリをしたり。

その時々の新鮮な感情にフタをしている人は多い。


感情にフタをするってことは、否認するってこと。

その感情を認めないってこと。


自分の本当の感情にフタをしたくせに、くすぶってどうしても表現したい。


そんな時、共依存的な行動が出てくる。なんだかんだ勝手な理由をつけて、自分の行動を正当化してしまう。


Aさんは、好きでやっているくせに「嫌だけど、私が我慢すればいいから」と言う。

私がこの人を助けないと、Bさんが困るから、と言う。

でも「我慢するくらい嫌だったらやめたら?」というと、こんなに頑張っているのに立つ瀬が無いワ、と言う。


Aさんは「私がいるからBさんは助かっている」と信じている。

そして「こんなに助けてあげているんだからBさんは私に感謝すべきよね」とも思っている。

こんなに頑張っている姿を見たら、誰も私が怠けているなんて思わないワとも思っている。


あまりにもAさんが大変そうだったから、Bさんは「もういいよ」と言う。

そうしたら、Aさんは困ってしまった。

なぜか、あんなに我慢するほど嫌だったこの世話をやめることで一番困るのはAさん。


貢献できている満足感と、感謝される立場が無くなってしまうからだ。

もともと、自分というものが無いから、そういった他からの評価が無くなることで

一瞬にして透明な存在になってしまう。


だからまた救いを求めていそうな人を探し、Aさんがいなくては生きていけないような

過剰な世話焼きやコントロールをする。

その満足感を養分として生きる。


その満足感は、賭け事やアルコールと同じくらいの陶酔感があるらしい。

一見、いいことをしているように見えるから曲者。


ACが育つ家庭の共依存の例を挙げてみる。


母親は常に娘を心配している。

娘が何か行動を起こそうとしても、何もかもを把握しようとやっきになる。


娘はそれが息苦しくて、自分で行動しようとするが失敗する。

そんな時、それみたことかと「お母さんの言うことを聞かないからよ」と結局後始末などを全部母親がしてしまう。


好きな男の子と電話で話をしていたら、電話を切ってしまう。

娘の部屋から電話を取り上げ、電話禁止令。

「あなたのためを思ってしているのよ。好きでこんなことしてるんじゃないの」なんていう。


逆らえば逆らうほど、娘が間違っているようになってしまうから不思議だ。


日記は当たり前のように見る。そこにキスのことなんて書いていたら大変。

制服を匂ったり、カバンの中を漁ったりもする。

その行動も、母親にすれば全てが「娘が変な道に走らないように」という正しい行動だと思い込んでいる。


そんな自分の異常な行動は棚に上げて、「若者の性の氾濫」のニュースに眉をひそめて、「最近の子はどうなっているのかしらね」なんて言っている。

でも私が監視している限り、うちの子は大丈夫だと思っている。

監視は親の務めだとも思っている。


そのくらいのことで、我が子を把握した気持ちになっている。


じき、その娘は過食嘔吐を始める。


母親は大慌てで、そこいらの本を買いあさって娘を理解しようとする。

「私の愛情不足だったんだわ!」と、監視が愛情だと信じ込んでいるから以前より厳しくする。

するとリスカまで始めてしまう。


「娘がおかしくなった!」と、娘をカウンセリングに連れていく。

そのカウンセラーには、その母親の方がよっぽど危ない状態に見える。


「中学くらいまではいい子だったんです。ねぇ先生、娘にどう言えばわかってもらえるんでしょうか」という。


言い換えれば「どうコントロールすれば娘は私の言う通りに動くのですか?」ということが言いたい。


この期に及んでまだ娘をコントロールしようとしていることに気付けていない。


「お母さんが手を離すことだけですよ」


そういってもキョトンとするだけの母親。

きっとこの母親は、自分の行動が娘を追い込んでいることには気付けない。

自分こそが正しいからだ。


そしてまた「娘を救えるのは自分しかいない!」と息巻いて、監視して干渉して娘の人生に入り込んで邪魔をする。


娘はある程度諦めて家ではいい子をやって、一歩外に出るとなんとなく体を売ってみたりする。

ささやかな親への逆襲だ。

案の定、門限を守っていい子のフリさえしていれば母親はおとなしい。

母親も「私の愛情が娘を救ったのね」とか考えている。


私は、こういう母親が大嫌いだ。

そんな人間になるような出来事があって、その親から受け継いだ関係の持ち方で娘に接しているのだとわかっていても、あまりにも酷い。

狂っているとしか言いようが無い。


共に依存と書いて「共依存」。

だけど内容はその文字通りではない。

私が言葉にするなら「寄生依存」。これぞ、ぴったりなネーミングだと思う。

宿主を死なない程度に生かし、寄生し続ける。

寄生しているくせに、自分を宿主だと思っているような横柄さがある。


その謙虚のフリの影に隠された横柄さが嫌いだ。




※2005/04/03 に書いたものです。

コメント

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1 ■うわわ

いま自分を見つめることについて考えながら何となくブログをみたら
衝撃的な記事を見つけてしまった(* ゜Д゜)!
「自分がない」と思い続けてそれについて考え続けて
でもそれ自体贅沢な悩みでそんなこと考える暇があるなら
何か有益なことをしなくちゃなんて考えて
そのこと自体も一般的な「普通」で「端から見て有益なこと」なのに
頑なに信じて
自ら自分が作り出した世間の型にはまろうとして…
ありゃりゃ、そんなのポイッチョすればよかったんだわさ~(゜Д゜
アイヤ~
帳面帳面!
また読みに来ます

2 ■無題

ボクは基本的に子供が決めたことに対して口出しをしません。あ、もちろん幼児期に何でも希望通りにしたと言うことではありませんよ、ある程度社会性を持った後のことです。
で、ボクが絶対に許さないことは「嘘」。「良い嘘」は存在しないとボクは感じています。
不思議なモノで子供が嘘を言っているときって親はピントくるじゃないですか?ボクはその段階で一発、確認をするんですよ。断定するのではなくて、訊きます。で、認めなくても本人が軌道修正すればそれで良いんです。でも、嘘を突き通そうとした場合、ボクはそのまま放置するのです。必ず破綻するから。嘘をついていたことが確認できた時は烈火の如く怒りますよ。手を挙げたこともあります。でも基本的にそれだけです。軌道修正すればそれはそれで終わりです。二度としなければいい。でももう一回くらい同じことをしますね、大概は。「今度はばれないんじゃない?」って感じで。でもわかっちゃうんですよ。ボクはそう言う勘がとても良く働いちゃって。で、そうするとボクはまた本気でケンカするわけです。子供相手に、手加減なしで。
でね、先日、妻が子供達にボクをどう思うか?と訊いたことがあるんだそうです。中学生くらいの子に、時々ものすごい勢いで怒って、叩いたりする親父ですからね、恨みに思ってるかもしれません。
だけど、子供ら(と言っても末っ子以外は成人してますが)は、今「パパが正しいんだから殴られたってしょうがないじゃん」あるいは「オヤジがああいう性格じゃなかったらアタシはグレてた」と言っていたんだそうです。
ボクは自分は間違っていないという自負があったので「当然である」と胸を張る(笑)と同時にやっぱり嬉しかったですよ。子供らだって、きっとそのころはボクを憎んだり恐れたりしたかもしれないけど、理解してくれていたわけですから。
愛情かどうかはわかりませんが、悪い自分を修正するために必死になる人間の怒りは、自分の独占欲や思考を強制しようとする笑顔の暴力より直接心にに伝わるのかな?とそのときおもったりして。

3 ■私が居る。

ここに私が居る。
あるときは娘の立場で。
またあるときは、親子が夫婦という形に代わり。


まぎれもなく私の姿。


acnさんに出会い、その病的なまでの執着に気付いた。
それが正しく、それが正義だと疑わず結婚した私が。



つい最近の事過ぎて息苦しいです。
私は間違いなくこの日記の登場人物のようだった。

あなたに出会えてホントに私は私の病的なまでの執着と嘘が見えるようになりました。


心から、ありがとうございます

4 ■こんばんは


主観と客観の違いは
主観の集合体が客観であるという事。
別の尺度が客観であり、主観でもあるんです。
だからそんなに主観と客観を区別できないし
する必要も無いと思います。そこまで極めても
答えは出ないでしょうから・・・・。

5 ■ゆかりこたん

そんなにタイムリーだったの!?
それは良かった(笑)

よくわからんけど、したいようにすればいい。
自分の思うルールに則って。
いつもありがとね。

6 ■noiz様

素敵な子育てじゃないですか!
そんな風に言われるってのは、成果になるんでしょうね。
私はまだまだだー。

うちんちは嘘について、それなりに叱り
例えを使って説明するけど、そういうもんだという思いのほうが強いです。(子供には言いませんけど)

さて、この育児が吉と出るか、凶と出るか。

私もパシコーンて行きますよ。
暴力絶対にダメ派ではない。
それを判定するのは、子供なんだろうなって思ってます。

>愛情かどうかはわかりませんが、悪い自分を修正するために必死になる人間の怒りは、自分の独占欲や思考を強制しようとする笑顔の暴力より直接心にに伝わるのかな?とそのときおもったりして。

裏があるか無いかを子供は読み取ってると思います。

7 ■梔子良香様

かつての私もだけどね。

なんてコメントしたらいいのかわかんないよ。
こちらこそ、ありがとうなんだよ。

8 ■ヒドシ様

する必要があるかどうかは私が決めるけどね(笑)

あと、答えを出すために考えているわけじゃないの。
私は私が楽しく生きていくために考えてるの。

9 ■多いですね。

自分の存在感を一番確認できるのが、
困ってる人を助けてると、自負してるとき。
その困ってる人は、以外にその人を
頼ってないときがありますね。

人のためなのか、
助けてると感じられる自分のためなのか。
原動力って、自分方向への効果に
期待することで生まれることが
多いのかもしれませんね。

10 ■母と共依存してるなんて…。

私は、気が付かなかったですよ。
父は仕事で遅くって、会うことほとんどなし。
母が生活を支配していたんだけど、
兄と弟がいて、共依存関係になったのは、
私だけです。なぜなんでしょうね?

母は原爆を受けており、その時父親を亡くしてます。
母は6才、弟2人。うち1人は赤ん坊。
母の母、つまり祖母は一家を支えて働きに出なくてはならなくて、
母は家事など、家の一切を6歳で任された。

だから、女が家のことをできるのは当たり前。
それを同じ女の私にも求めてきたのが、
たぶん原因じゃないかと思います。

私は、母の意識しない男女差別が大嫌いで、
大学生くらいから、その事は言ったんですが、
すでに、私はリストカットを少しやり始めていた。

社会人になり「虚無感」に悩まされ始め、
8年目にして鬱病になってました。
そして、境界例だとか、ACについて知ったんです。

鬱から立ち直るため、必死で勉強して、
自分が母と、共依存関係にあることも自覚しました。
自覚して思い返すと、あります、あります。
私をコントロールしていた母の言葉たちが。

未だに母には自覚がないから、
私が神経内科に通うおうが、
臨床心理士のカウンセリングを受けようが、
母から逃げて、自立するのは大変でしょう。

今、鬱状態が悪く、精神障害者になってますから、
この家から出て行くのは無理なのですが、
いつか良くなって、細々としてでもいいから、
自分の収入で、一人で暮していきたい。

そうしないと母は無自覚に、私をコントロールし続ける。
私は色々あって、もう母を愛せないし、
距離を置くのが一番いいと思っています。

11 ■りう様

いるでしょ!?
そういう人。ほんとにたくさんいる。

「人の為」と書いて「偽」
です(笑)

12 ■ms-who 様

たくさん頑張ってますね!
ACと鬱は名前が違うだけで、根幹は同じやと思ってます。

いつか自立して、自分の道を自分の足で踏みしめてください。
いつもありがとうございます。

13 ■記事を

acnさん、私の友人に共依存の概念を知ってもらうために、acnさんの記事を見せてもよかですか?
私の説明に加えてacnさんの文章があればより理解が深まると思ったので。
ブログを見せればいいのかもしれないけどそういうわけにもいかなくて、コピペしてメールで送ることになると思います。
acnさんの文章であることはもちろん明記しますです。
よろしくお願いします。

あ、ケビン・クローンさんのブログでちょっと関連があるかな~っていう記事がありました~
まだ続くみたいです
http://ameblo.jp/kevinclone/entry-10078585459.html

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