あれから22年・・・。

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今年もあの日を迎えた。

 

もう22年。
今年の新成人は96年生まれ。
本当に遠いあの日になってしまったようだ。

 

 

でもボクが生きている限り何年経ったとしてもこの日を忘れることはできない。

そして今年も祈りを捧げたい。

 

 

昨年は熊本地震で大きな被害が出た。
東日本大震災の被災地もまだまだ復興途上だ。

 


今年はどうか平穏な1年であることを願って。

 


今日はあの日。
阪神淡路大震災から22年。

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あれから21年・・・。

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今年もあの日を迎えた。

昨年は20年ということで関西圏では多くの特集番組が組まれていた。
だが今年はほとんど組まれていない。


ボクは生きている限りこの日を忘れることはできない。
そして今年も祈りを捧げたい。


95年1月17日。
生まれ育った神戸の街が一瞬にしてその姿を変えてしまった日。


その日の夜。
それまで混乱で喧騒としていた街に一瞬の静寂のとき。


三宮のJR高架の南側。
中央幹線と呼ばれるところを巡回で歩いた。
その前日まで街灯が灯りネオンが煌々としていたところ。

しかし停電した街は一切の光がない。
懐中電灯を片手に歩く。
こんな経験は2度とすることはないだろう。
そして2度と経験したくない。



今年も心静かに亡くなられた方々へ祈りを捧げたい。



今日はあの日。
阪神淡路大震災から21年。
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ひっさびさのブログ更新(汗)

ちょっとtwitterで話題になったのでまとめとして。


中央競馬の出馬投票においてはいろいろと決まりごとがあって一般事項のV出馬投票のところに規定されている。
(レーシングプログラムの出馬表の欄外にある「一般事項V-2により」などのあれ)


その中で お父さんのための競馬講座(2)出走順位 で記載した優先権を持つ馬が出走取消や除外となった場合の取り扱いについて。



1.除外権利について
新馬・準OP・OPで除外権利を持った馬が出走取消の場合。
※除外権利(俗称)
一般事項V出馬投票の2.出走できる馬の決定方法(4)ホで規定される除外された馬が2か月以内に出馬投票をしたときに優先出走が認められる権利

これについてはホ(一)に「出走できる馬とならなかった日から2ヵ月以内に最初に出馬投票した競走に限り優先出走を認める」と規定されている。
したがって出走取消となった競走ですでに出馬投票を済ませておりその段階で権利行使となるので出走取消となっても除外権利は復活せず権利なしの状態となる。


2.次走優先について
未勝利戦・500万下・1000万下で前走成績による出走順位上位の馬が出走取消の場合。
※前走成績による出走順位
一般事項V出馬投票の2.出走できる馬の決定方法(2)の規定
未勝利戦・500万下⇒前走5着以内/1000万下⇒前走3着以内。

これについては(2)の各対象項目で「
直前に出走した成績対象期間に施行された中央競馬の平地競走であって当該競走における着順が第○着以内の馬」と規定されている。
したがって出走取消となった競走は取消により出走した競走とはならないので次走優先の基準となったその前の競走がそのまま直前に出走した競走となり次走優先についてはそのまま継続となる。

ただしここで次走優先は「
成績対象期間に施行された競走」なので基本的に4週前までの競走が対象となり前走から4週目に出走取消となった場合は次の出馬投票では前走が期間外となって次走優先が消滅するので注意が必要。
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勝馬投票券の課税に関する動き

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馬券に対する課税問題でまず所得税法違反で脱税とされた刑事事件について最高裁まで争われその判決が出された。


地裁判決のときからマスコミ報道では「外れ馬券も経費認定」の文字が躍りまるですべての馬券が経費認定されるかのような錯覚を起こして「これで安心して馬券を買える!」という声もちらほら耳にした。

しかしながら傍聴後の拙ブログ(「俗にいう馬券裁判の判決傍聴」)にも書いたがあの判決文は「一般的な馬券購入は一時所得であくまで『本件については』雑所得」であった。

その後高裁・最高裁と大筋で地裁判決を覆すことなく判決は確定した。



このことを受けて国税庁は早くも動きを見せた。


3月25日にe-gov(電子政府の総合窓口)で公示され4月24日締め切りとなっている「『所得税基本通達の制定について』の一部改正について」の意見募集がそれである。

この中で所得税法34条の法令解釈について現行規定を見直すことが発案されている。

それは前述の最高裁判決をそのまま受けた内容となっている。
つまり一般競馬ファンが望んでいた方向ではなくなんともありがたくないシロモノになりそうだ。



通達改正案の記載は次のとおり。

<旧規定>
法第34条((一時所得))関係
(一時所得の例示)
34-1 次に掲げるようなものに係る所得は、一時所得に該当する。
(2)競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金等
<新規定>
法第34条((一時所得))関係
(一時所得の例示)
34-1 次に掲げるようなものに係る所得は、一時所得に該当する。
(2)競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金等(営利を目的とする継続的行為から生じたものを除く。)
(注)1 馬券を自動的に購入するソフトウェアを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有することが客観的に明らかである場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得として雑所得に該当する。
2 上記(注)1以外の場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、一時所得に該当することに留意する。



これを見る限り「ソフトを使用してネットで大量かつ自動的に的中・不的中関係なく購入し多額の利益を上げ経済活動とみなされるもの」については雑所得。
それ以外の馬券購入は一時所得とすると明文化されることになる。


・このレースは難解だから「ケン」しよう。
・このレースは銀行レースだから厚めに購入しよう。
・今日は負け続けているからこのレースは穴狙いで行こう。
・今日は結構浮いてるからこのレースは1000円じゃなくて3000円買おう。
こういった買い方やそもそもネットを利用せずに競馬場や場外で買う場合は雑所得ではない(外れは経費として認めない)よ!ということである。


多くのファンは外れも当たりもあってそのトータルで馬券購入を続けている。
そして当然のことながら的中したから即課税ではなく外れ馬券は経費じゃないか!と思っているに違いない。

しかしこの内容ではほとんどの馬券愛好者の購入は一時所得で課税されることになって外れ馬券は経費と認めないということではないか。



このそれぞれの認識の大きな隔たりの中で今後eーgovで意見集約された結果どのような通達になるのか?
また通達が施行されて以降それを受けて各主催者はどう考えていくのか?



どうやら課税を気にせず安心して馬券を買えるときが来るまではまだまだ遠い先のようにも思える。


あれから20年。

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今年もあの日を迎えた。
あの日生まれた子は成人を迎えたという。

そうか。
もう20年の月日が流れたということか。


日々の生活を送っている中で徐々に遠くなっていくあの日。
たとえそうであっても決してあの日のことを忘れてはならないと思う自分がいる。




あの日あの時刻。
95年1月17日午前5時46分。


連休明けで朝から仕事だというのになぜか眠りにつけずただボーッと起きていた。

どこからかゴーッという得も言われぬ音が。
この音をどう表現するのが的確だろう?
高速道路のトンネルで窓を開けて走っている横を大型トレーラーがけたたましく通過して行ったようなとでも言おうか。

団地に住んでいたので「なんでこんなところをトレーラーが通るん?そんなはずないよな?」という不思議。

そしてすぐにカタカタという揺れ。
「ん?地震か?」
そう思った瞬間だった。
ガッタガタガタガタガタと大きな震動そして停電。
「なんだ?なんなんだ???」
一瞬のことで何が起こったのか理解ができない。
座っていたが身体は大きく揺さぶられとっさに布団をかぶり小さく丸まった。

食器棚から落ちる皿やコーヒーカップ。
徐々に前に前にと進んでくるテレビや冷蔵庫。
グラグラと前後に揺れそしてジワーッと倒れていく本棚。
棚の上にあった大きなスピーカーは寝ていれば頭があったであろう枕の上に。

すべてがまるでスローモーション映像を見ているかのような錯覚。


しばらくして揺れは収まった。
まずドアが開かなくなっているかもしれないと玄関に急ぎドアが開くことを確認。
そして閉まらないようにつっかえをした。


次に電話をと子機を取りダイヤルする。
しかし受話器は何も言わない。
「そうか!停電しているんだ・・・」
慌て倒れた本棚から散乱した本を除けて親機を探す。

番号が思い付いたところからあちこちに電話をかけた。

呼び出し音が鳴り続けるところ。
呼び出し音が鳴ったあと「出たか?」と思ってもその後無音状態が続くところ。
ダイヤルしたはずなのにウンともスンとも言わないところ。
それはとても奇妙な電話だった。
しかしどこにもつながらない。

そうこうしているとついに友人宅に電話がつながった。

揺れが起こってから初めて聞いた人の声。
不安の中で一心に電話をかけ続けてようやくつながった電話。
そのときになんとも言えない安堵を覚えたことを今も鮮明に覚えている。



もう遠い記憶の彼方のこと。
それでも思い起こしてみるとつい今しがたの出来事のように思い出される。
それだけ鮮烈な記憶。



あの日々を生き残った者としてこの震災で体験した記憶を伝えて行かなければとならないと思う。



今日はあの日。
阪神淡路大震災から20年。
亡くなられた方々へ哀悼の意を捧げます。