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「エネルギーが開く瞬間」

 

 

 

不思議なもので感覚が鋭いのか?思い込みなのか?

 

 

 

エネルギーなのか、気なのかを感じる。

 

 

 

場が循環している感じとか

 

 

 

相手が腑に落ちているとか、落ちていないとか、

 

 

 

エネルギー的な違和感をすぐに察知しやすい。

 

 

 

そーいうのはセンサーで人との対話の中ですごく役に立つ反面。

 

 

 

その感覚が邪魔するときもある。。

 

 

 

いいエネルギーだとか、悪いエネルギーだとか、

 

 

 

その範囲の設定がそもそも目を曇らせることは多いなぁと感じる。。

 

 

 

さて、「認識の教育」のもつ特徴かもしれないけど、

 

 

 

認識が変化しアイデンティティが変化していくと、

 

 

 

結果的にエネルギー的な変化が起きる。

 

 

 

エネルギーが根本から変わったときもそうだけど、

 

 

 

かなり3次元的に感情が出せたというだけでも、

 

 

 

その空間自体のエネルギーが変化する感覚を感じる。

 

 

 

別にその人を視覚的に認識していなくても

 

 

 

エネルギーの変化を感じるから不思議だ。。

 

 

 

今日も受講生の変化の中で場全体のエネルギーが大きく動く。

 

 

 

それよりは低次かもしれないけど、抑圧していた感情が出せるというだけでも循環を生み出す。

 

 

 

人のエネルギーが開いていく様はとても美しい。

 

 

 

今日も感動。

 

 

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

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「ちょっとした言葉がけ」

 

 

 

人によって同じ言葉でも蓄積する情報の質は変わる

 

 

 

イメージするならゼリーの型を通過すればその型になってしまう。

 

 

 

星の型を通過すれば星になり、ハートの型を通過すればハートになる。

 

 

 

ゼリーそのものが考えと例えたときに

 

 

 

どのようなフィルターを通過するのかで、出て来る形は変化する。

 

 

 

その新しい考えの走る道を作ってあげること。

 

 

 

そんなときにどんな言葉がけを相手にしてあげるのか?

 

 

 

それは残念ながら自分の観点からだけではわからないんだよね。

 

 

 

だから、ちょっとした言葉がけがすんごく大事。

 

 

 

ぶっちゃけ自分が個人でセミナーをやっていた頃はそんな視点はあんまりなかった。

 

 

 

職人的な技術の内容であるし、それはどこか自己責任だという風に割り切るところもあった。

 

 

 

だけど今、認識の変化を案内する教育に携わるようになって、

 

 

 

ここまで人同士の情報の取り方、世界観に差があるのかということを知ることができた。。

 

 

 

だから、伝える側がどんな言葉をかけるのか、どんなイメージを伝達するのかは重要。

 

 

 

 

教えられる側がそれにもとらわれない本質をつかめるようになることもすごく大事だが、

 

 

 

どうやら本物の教育者は相手の現在地を見るのが非常にうまい。

 

 

 

 

教育と訓練。

 

 

 

 

一言投げる。その背景はどんな自分から発信しているの?

 

 

 

気を抜ける瞬間は一瞬もないんだなぁ、と毎日痛感。

 

 

 

そんな感じで明日も頑張るぞ。

 

 

 

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「客観性のもつパワー」

 

 

 

本日もこの時間まで仕事をしてました。

 

 

 

今日も1日やりきった!

 

 

 

ので、最後にブログを書いて締めたいと思います。

 

 

 

皆さんは「客観性」という単語にどのようなイメージを持つでしょうか?

 

 

 

客観的というとどうしても機械的とか理性的とかそんなイメージとリンクする方も多いと思います。

 

 

 

しかし、この客観性という言葉。最近自分の中でイメージが大破壊される出来事がありました。

 

 

 

客観性がもてるということは誰もが共有できるということ。

 

 

 

言い換えるなら、安定したコピーが起きるということ。

 

 

 

科学技術の発展により、産業革命以降、機械が発展しモノの大量生産が可能と成りました。

 

 

 

これは、その後の人類の生活を大きく発展させることにつながっています。

 

 

 

客観性を持てるということは人類史という観点でみれば強烈な爆発力・パワーが秘められたものだったんです。

 

 

 

そんな観点で見ると、安定してコピーが起きる技術というものはものすごくパワーがありますね。

 

 

 

マニュアル的、機械的、それも視点を変えてみればコピーが起きるということ。

 

 

 

 

イメージが変わると客観性の追求というのもイメージが変わりそうです。

 

 


僕の中では客観性のイメージが変わっただけでも大ビックリだったんですが、

 

 

 

冒頭のような客観性に対する機械的なイメージがあったことも事実。

 

 

 

数式や方程式で現される自然現象には人間の自由意思は反映されないようにも思いやすいし、

 

 

 

どうしても画一的な世界では人間それぞれの個性も死んでしまうイメージが来てしまいます。。

 

 

 

メタ認知というキーワードで今まで僕も人に伝えたりしていましたが、

 

 

 

 

このイメージだとどうしてもこの冷めた視点的な客観化のイメージから自由になれない感じになりやすいです。

 

 

 

それを超えるイメージがなんなのかというと、

 

 

 

「究極の自己客観化」という世界です。

 

 

 

何日か前の記事で、この「究極の自己客観化」についてトレーニングしているという内容を書きました。

 

 

 

客観性を突き詰めて、、、、それがいききったとき、大反転が起きます。。

 

 

 

そこには主観性も客観性も自由自在な、心にとって最も活力をもてる大自由そのものになれる境地があった!

 

 

 

非常に不思議な話で、シンプルにいうと出たり入ったりが自由な境地。

 

 

 

コピーの象徴といえば、細胞に代表されるように生命にありますが、

 

 

 

最近は3Dプリンターにより、物質もコピーが可能な可能な時代に突入してきました。

 

 

 

その中でAIもコピーされる時代に来ています。

 

 

 

その中で次にチャレンジしていくことは人の知性や精神がコピーされるのか。(思考がコピーされるのと違いますよ)

 

 

 

今までの人間の認識とは次元の違う認識が可能になったとき、さらにさらにクリエイティブな世の中が作れると思います。

 

 

 

最後に一つの動画を紹介。

 

 

 

「東洋と西洋の格差はいつ、なぜ生まれたのか?」

古代中世の時代から近代にかけて東洋と西洋の違いがどのように生まれて行ったのかを次元のイメージを活用しながらお話されています。

 

 


客観性の開発に成功していった西洋。それを追随していった東洋。

 

 

 

しかし、心を取り入れることができなかった西洋の限界。

 

 

 

そこを補うことができる東洋の時代。

 

 

 

ちょっとした単語のイメージも、前提が変わると非常に面白いものです。

 

 

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

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