• 31 Dec
    • 2015年 第31回 NAHAマラソン - 翌日編 (1)

      2015年12月7日ホテルには朝食がついていないので近所にあるハイウェイ食堂へ出掛けました。24時間営業で、朝からチャンプルーなどの定食を食べることができます。牛肉豆腐のみそ煮定食を注文。何と、お刺身と卵ポークまでついてきました。朝から満足のボリューム。ホテルで糸満観光の冊子を手に入れ、沖縄最終日は糸満で過ごすことに決定。午前中、ホテルでのんびり過ごしてから、一旦空港のロッカーに荷物を預け「いとちゃんバス」で糸満へ。「いとちゃんバス」は那覇空港から糸満エリアへの直通バスで、道の駅いとまんまではガイドさんが同乗し、簡単なガイドをしてくれます。道の駅いとまんに着いたら、糸満観光協会にお邪魔し「いとちゃんmini」で与座集落を巡る観光の予約確認。取り急ぎ、観光前に腹ごしらえをします。大きな魚であることが分かるよう、自分の人差指とともに撮りました。さざえとほたて(ほたてにうにマヨネーズのトッピング)さざえ、美味しかったね。次に立ち寄ったのが西南門小カマボコ屋さん。かまぼこおにぎりのみそを買いました。みそは具に薬味入りみそが入っており、とても美味しかったです。かまぼこおにぎりは石垣島のマーミヤかまぼこ以来。次に糸満に行ったときは、お土産に買って帰ろうと思います。つづく

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  • 14 Dec
    • 2015年 第31回 NAHAマラソン - レース当日編

      2015年12月6日レース当日。6時過ぎに朝食を済ませてから7時半過ぎに出発。走って向かう途中、とあるレストランの窓際で朝食を食べている人たちがこちらに向かいしきりにガッツポーズをしている。頑張れという意味らしい。ということで、私もガッツポーズでこたえる。途中、ゆいレールに二駅分乗り到着。荷物を預ける場所で、幼馴染の息子さんを見かけ声を掛ける。毎年、高校球児がNAHAマラソンのボランティアをしてくれるが、今年は息子さんもその一人だった。スタート地点は陸連登録のお陰でBブロックだったが、整列時間に間に合わずFブロックに滑り込み、号砲から5分遅れで出発。今年は制限時間の30分前のゴール、今までで一番辛いNAHAマラソンだった。スタートして3時間は高温多湿、その後は冷たい雨のなかを走った。最初の暑さに完走は無理かもしれないと思ったが、夜に会う約束をしている幼馴染に完走すると伝えていたので、諦めてはいけない、諦めたらきっと後悔すると自分に言い聞かせながら走っては歩くを繰り返してゴールした。沿道の応援は今年も素晴らしかった。温かかった。どれだけ励まされたことか。ゴール後、ホテルまでタクシーで戻り身支度を整えると迎えに来てくれた友人の車で友人宅にお邪魔する。ボランティアをした息子さんにお礼を伝え、友人と1年振りの再会を祝う。今年もあっという間に再会の時は過ぎ、来年の再会を約束しホテルへ戻る。途中、懲りずにユニオンに寄り、お土産用に沖縄の食材を物色。前日にお世話になった接骨院を再訪し完走を報告、体をほぐしてもらった。この日も深呼吸をして就寝。

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  • 11 Dec
    • 2015年 第31回 NAHAマラソン - 前日編

      2015年12月5日正午前の便で那覇入り。搭乗口に修学旅行生をみつけ機内の喧騒を心配するも杞憂に終わった。席は前方Jシートの2列目。しかも到着時刻が予定より20分弱早いというおまけつき。もしかすると修学旅行生のお陰かもしれない。那覇空港から事前受付会場の奥武山公園までゆいレールで移動。昨年と異なり、今年は午前中から事前受付を開始したためか、受付はストレス知らずで5分程度で終了。場内の武道場で胸骨圧迫とAEDの講習をしていたので受講。万が一レース中に倒れている人を見つけたら、救急の初動対応を行えることを目的に、必要最低限の対処方法を実にわかりやすく教えてもらった。救急救命士養成学校の先生と生徒さんが教えてくれた。ハートのスポンジを心臓にみたてて胸骨圧迫を実施。スポンジをかなり強い力で押すと音がするので、その音を目安に1分あたり100回のスピードで繰り返す。その足でホテルへ。今年のホテルは泊港『とまりん』そばの立地。古いビジネスホテルで、室内も決してエレガントな誂えではないが、港そばなので食堂などの充実が期待できる。ということで早速、沖縄船員会館の食堂でゴーヤチャンプルー定食を食べる。食後、インターネットで見つけたホテル近く接骨院を訪ねた。那覇マラソン前後はランナーで混むらしい。40分3千円と聞いてお願いすることにした。行きの飛行機で肩が凝ったほか、ここ最近、腰に違和感(くしゃみをしたとき腰の痛み)があることを伝える。先生が翌日のレースは半分くらいでやめておくのかときくので、いや完走すると答える。指定の時間に再訪、まずおばあさんによる整体が30分ほどで終わる。帰りかけると先生に止められ、まだ続きがあることを知る。腰、首の骨の位置を治してもらう。身体から力を抜くことを意識し、深呼吸をして寝る癖をつけるといいとのアドバイスをもらう。帰りにスーパー『ユニオン』で買い物。翌朝の準備をし、深呼吸をして就寝。

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  • 03 Jan
    • 2013年 第29回 NAHAマラソン 旅行記 (1) レース前日

       2013年11月30日(土)2013年のNAHAマラソン、お昼前の便で那覇に向かいました。那覇に向かう前に、空港で同じランニングサークルの人たちと遭遇。ちょっと緊張が取れた気もします。那覇空港で遅めのお昼ということで沖縄そばを食べポーポー(ちんびん)をお土産に買いました。 旭橋駅からホテルに歩く途中に面白い貼り紙を見つけました。 思わずニヤリ。ホテルにチェックインしてから事前受付を済ませました。夜は軽めに済まそうということでホテル近所のスーパーで出来合いのお弁当を買い、部屋で食べました。スーパーでは同じように買い物をしているランナーさんたちと遭遇。かごの中身はお餅やお団子。ランナーのエネルギー源になるものということで、考えることは皆同じですね。あとはオリオンビールロング缶のパックも。夜に、同じホテルに宿泊している同じランニングサークルの方が会いに来てくれました。彼の体調を気に掛けてくださったのだと思います。僅かな時間でしたが、私も嬉しかったです。※ポーポー(ちんびん)の作り方はこちら(CookPadさん)

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  • 30 Nov
    • 2009年 沖縄旅行

      2009年10月 【1日目】 那覇へ (2009.10.17) 【2日目】 本島中部の御嶽廻り (2009.10.18) その1 【2日目】 本島中部の御嶽廻り (2009.10.18) その2 【2日目】 本島中部の御嶽廻り (2009.10.18) その3 【3日目】 本島南部と斎場御嶽 (2009.10.19) 【3日目】 久高島 (2009.10.19) 【4日目】 久高島~普天間 (2009.10.20) 【5日目】 普天間~中城~那覇 (2009.10.21) 【6日目】 首里城周辺 (2009.10.22) その1 【6日目】 首里城周辺 (2009.10.22) その2

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    • 【6日目】首里城周辺 (2009.10.22) その2

      旧円覚寺の道を隔てて反対側に、弁財天堂があります。 ここは工事中のため、なかには入れませんでした。 地元の人が、弁財天堂に向かって拝みをしています。 首里城まで戻ってから、金城の石畳道に向かいます。 金城の石畳道 日本の道100選のひとつ。 濡れているため、気を許すと滑ります。 内金城御嶽(ウチカナグスクウタキ) 石畳道を上に戻り首里城を通り過ぎて 玉陵(たまうどずん)に向かいます。 玉陵(たまうどぅん) わたしのMac Book の "たまうどぅん" の変換候補にしっかり「玉陵」が入っていたので驚きました 玉陵を過ぎると、安国寺があります。 お孫さんと思しき人が おばあさんを連れて拝みにきています。 安国寺 工事中のため境内に入ることは出来ませんでしたが 別棟で拝みが行なわれていました。 もっと坂を下っていくと、首里観音堂があります。 首里観音堂 たくさんのお供え物やお線香を持った人が 入れ替わり立ち替わり拝みに来ていました。 タクシーの運転手さんや首里城の係の人が 沖縄は旧暦で動いているからね おじいやおばあがいるから、旧暦をなくすことはできないよ と話をしてくれたのが印象的でした。 おじいやおばあから拝みを教えられた子供、孫世代にとっても 旧暦はなくてはならないものだと思います。 新聞の日付に旧暦が併記されているのも沖縄ならではですね。 今回の旅では水着を持っていったのに海には一度も入らず ランニングウェアとシューズも持っていったのに 一度も出番はありませんでした。 その代わり、いろんな人からいろんな話をきくことができました。 いい旅でした。 ありがとうございました! お土産 ・知り合いのお嬢さんがくれたメッセージ(額) ・ナーベラー (へちま) 肉味噌炒めにして食べました。 ・読谷線香 沖縄ローカルのお線香で、5本がくっついているもの 今年の沖縄の旅は、これにておしまい。

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    • 【6日目】首里城周辺 (2009.10.22) その1

      10月22日 旅の最終日。 朝から外に出るのを躊躇うくらいの強い雨が降っていましたが 最後の日ということもあり、予定通り首里に向かいました。 ゆいレールを下りた頃には雨もすっかり止みました。 琉球王朝の最高位の神女 聞得大君(きこえのおおきみ)の屋敷跡を確認して 首里城に向かいます。 途中、郵便局の前で御嶽ののぼりを目にしました。 本で場所を確かめて向かいます。 安谷川御嶽(アダニガーウタキ) 次は、首里城に向かう石畳を登っていきます。 首里城 守礼之門 太陽が昇るにつれ、日差しが強くなってきました。 園比屋御嶽(スヌヒャンウタキ)石門 沖縄の聖地巡礼 東御廻り(あがりうまーい)はここから始まります。 観光客で賑わうなか、地元の人が拝みをしています。 旧法隆寺 門前でも拝みをする人がいます。 つづく

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    • 【5日目】普天間〜中城〜那覇 (2009.10.21)

      10月21日 この日も朝早くから行動開始。 リコさんとともに中城城趾(なかぐすくじょうし)にやってきました。 それにしても、この時期の沖縄は修学旅行生で一杯。 横浜から来ている高校生たちの世俗的な話に 思わず現実に引き戻されました。 この子たちは、なぜか高いところに登るとヤッホーと叫びます。 小さすぎて写っていませんが、この写真でも私に向かって叫んでいます。 アルプスじゃないから! 気を取り直して城趾の奥に進みます。 城壁 左側が絶壁のため、足元に注意が必要です。 このもっと奥に進むと、久高島遥拝所や御嶽があります。 遺跡発掘中 中城城趾を観終わった後 そばにある文化財「中村家」に行きました。 中村家 (中城村) 今も現存する沖縄の伝統的な古民家だそうです。 沖縄の家庭の台所に祀られるヒヌカン(火の神)。 中村家に展示されていたもの。 このあと、路線バスに乗って普天間から那覇に向かいました。 帰京するリコさんとは再会を約束して、牧志でお別れです。 彼女とは趣向が似ていたせいか、気楽に旅ができました。 リコさん、ありがとう! 一人旅に戻った私は 翌朝首里城に行きやすいよう、ゆいレール沿線に宿を取り まだ時間もあったので沖縄県立美術館に行きました。 沖縄県立美術館 『琉球使節、江戸へ行く!』 薩摩の琉球侵略 400年だそうです。 儀衛正 ※この巻物のイラストは撮影許可が下りていたものです 上京の様子が、巻物に残されています。 これはその一部。 明日は旅の最終日です。 つづく

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    • 【4日目】 久高島〜普天間 (2009.10.20)

      10月20日 久高島2日目。 イラブのゆで卵 柔らい殻に包まれています。 貴重なタンパク源だったのでしょうね。 滋養強壮にもよさそうです。 塩をつけて食べました。 殻に入っていますが、黄身はありません。 白子です。 朝食後、イラブの燻製小屋で燻製の作業を少しだけ見せてもらいました。 燻製前の活きたイラブを見る機会も与りました。 イラブは陸上で何も食べずに何カ月も生きるそうです。 仕事の邪魔をしてはいけないので、早々においとまし 同宿のリコさんと自転車で島内廻りを始めます。 久高島は琉球の創始神が降り立った島として 琉球王朝の政の上でも重要な位置を占め、 いまも年間を通してさまざまな祭祀が行なわれていることから 「神の島」と呼ばれています。 祭祀のなかでも特に有名なのが 12年に1度行なわれる「イザイホー 」。 残念ながら、1978年を最後に行なわれていないとのことです。 イザイホーをはじめとする島の祭祀に関しては カメラマンの比嘉康雄さんが 『日本人の魂の原郷 沖縄久高島 (集英社新書) 』 に丁寧にまとめられているので、そちらをご覧ください。 この島の自然には神様が宿っていると言われています。 自然そのものが信仰の対象です。 その意味では、御嶽がある場所だけではなく 島全体が聖域であるとも言われます。 そのため、旅行者に対しても 島の草木や石を島外に持ち出すことのないよう 注意が呼びかけられています。 久高島には個人所有の土地がなく 村有地などを除きすべてが共有地であるそうです。 要は、勝手に土地を転売できないから 外部資本が島に入ってくることができないということ。 このようにして、島の自然や文化は 今も昔とほぼ変わらずに残されているのですね。 外間殿(フカマトゥン) そばの久高殿(ウドゥンミャー)とともに重要な祭祀場。 島一番の聖地 フボー御嶽(入り口) フボー御嶽は男子禁制で、 神様のメッセージをお取り次ぎするノロ(神女)のみが なかに入ることを許されています。 比嘉さんの本によると、この奥に広場、御嶽があるようです。 一般の人はこの先には入ることができません。 ここからご挨拶します。 はびゃーん(カベール) 海の神、龍神が鎮まる場所といわれています イシキ浜 午後、宿で昼寝をしていたら、遠い意識の向こうで、島内放送を聞きました。 台風20号の影響による高波から、明日朝一番の船は欠航するので 朝一番に島を出たい人は、1時間後に出る最終便で本島に渡るように とのこと。 リコさんが明朝島を出る予定だったことを思い出し 慌てて彼女を起こしました。 彼女が荷造りをしているのを見ながら わたしも島を出ることにしました。 私の船も欠航する心配があり 何よりも今回の久高島滞在を十二分に満喫していました。 リコさんが中城城趾に誘ってくれたので すぐにオッケーして 久高島から本島に向かう船に乗りました。 とりあえず中城城趾に近くて 宿のありそうな普天間に行こうということになり 本島南部の安座真港近くでバスを待つことにしました。 数日前に訪れた泡瀬の話をしていたら 同じくバス待ちをしていた男性に 「あの、ぼく泡瀬に住んでいるんです」 と話しかけられ ちょうど流しのタクシーがやってきたので 相乗りして普天間に向かいました。 その男性は八王子の人で、 泡瀬での短期赴任がそろそろ終わるので その前に久高島に行ってきたとのことでした。 タクシーのなかで探したホテルに送り届けてもらって その男性ともいとまごいをしました。 こうしてリコさんとともに普天間にやってきました。 つづく

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    • 【3日目】 久高島 (2009.10.19)

      久高島には3泊4日の予定でやってきました。 久高島宿泊交流館のネコ 妖艶すぎます 自転車を借りて、暗くならないうちに島内を廻ることにしました。 はびゃーん(カベール)という岬までの道 久高島の夕日 たまたま空き地を通りかかったら 仕事の後に飲んでいるおとうさんたちがいて ご相伴にあずかりました。 この島の特産品であるイラブ(ウミヘビ)を獲る漁師さんでした。 真夜中、防寒、防水の格好をして岩場に潜み イラブがやってくるのをただひたすら待ち続け 手で捕まえるそうです。 網を使わないのは、獲りすぎてしまうからとのこと。 神様、自然を意識した伝統漁法が行なわれているのですね。 この島に来た理由を訊かれて答えたら 「へぇ、そうなんだねー」 といたって普通の相づちを返してくれました。 私みたいな人が、結構多いのかもしれません。 居合わせた女性 リコさんが同宿だということがわかり 一緒に帰りました。 つづく

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achiko

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血液型:
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お住まいの地域:
神奈川県

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