• 30 Nov
    • 2009年 横浜マラソン

      日曜日、朝から横浜マラソンの観戦に行ってきました。 実は前日、自主練で初の20kmを達成したのはいいのですが 朝、起き上がれませんでした... ハーフを走るという友人からメールが入り 慌てて自転車で山下公園に向かったら もう山下公園に向かう人の数がハンパありません。 協賛adidasの広告車両 ウォームアップする選手たち 朝から本当に冷えましたね。 雨が降らず、本当によかった。 開会の挨拶をする林市長(壇上左) スタートラインに続々と詰めかける選手たち 10kmの部 最後尾 道路が選手で埋め尽くされています。 選手が出発した後のコース 友人は安定した走りの結果、 マラソンを始めて3カ月とは思えないような かなりの好記録を出していました。 「来年はハーフの部10位以内に入賞する!」 とすでに宣言しています。 頑張っている人を応援していると、逆にこちらが励まされますね。 私も来年はハーフに出ようと思います。 選手のみなさん、大会関係者のみなさん、 応援に来ていたみなさん。 寒いなかお疲れさまでした!

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    • 2009年 沖縄旅行

      2009年10月 【1日目】 那覇へ (2009.10.17) 【2日目】 本島中部の御嶽廻り (2009.10.18) その1 【2日目】 本島中部の御嶽廻り (2009.10.18) その2 【2日目】 本島中部の御嶽廻り (2009.10.18) その3 【3日目】 本島南部と斎場御嶽 (2009.10.19) 【3日目】 久高島 (2009.10.19) 【4日目】 久高島~普天間 (2009.10.20) 【5日目】 普天間~中城~那覇 (2009.10.21) 【6日目】 首里城周辺 (2009.10.22) その1 【6日目】 首里城周辺 (2009.10.22) その2

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    • 【6日目】首里城周辺 (2009.10.22) その2

      旧円覚寺の道を隔てて反対側に、弁財天堂があります。 ここは工事中のため、なかには入れませんでした。 地元の人が、弁財天堂に向かって拝みをしています。 首里城まで戻ってから、金城の石畳道に向かいます。 金城の石畳道 日本の道100選のひとつ。 濡れているため、気を許すと滑ります。 内金城御嶽(ウチカナグスクウタキ) 石畳道を上に戻り首里城を通り過ぎて 玉陵(たまうどずん)に向かいます。 玉陵(たまうどぅん) わたしのMac Book の "たまうどぅん" の変換候補にしっかり「玉陵」が入っていたので驚きました 玉陵を過ぎると、安国寺があります。 お孫さんと思しき人が おばあさんを連れて拝みにきています。 安国寺 工事中のため境内に入ることは出来ませんでしたが 別棟で拝みが行なわれていました。 もっと坂を下っていくと、首里観音堂があります。 首里観音堂 たくさんのお供え物やお線香を持った人が 入れ替わり立ち替わり拝みに来ていました。 タクシーの運転手さんや首里城の係の人が 沖縄は旧暦で動いているからね おじいやおばあがいるから、旧暦をなくすことはできないよ と話をしてくれたのが印象的でした。 おじいやおばあから拝みを教えられた子供、孫世代にとっても 旧暦はなくてはならないものだと思います。 新聞の日付に旧暦が併記されているのも沖縄ならではですね。 今回の旅では水着を持っていったのに海には一度も入らず ランニングウェアとシューズも持っていったのに 一度も出番はありませんでした。 その代わり、いろんな人からいろんな話をきくことができました。 いい旅でした。 ありがとうございました! お土産 ・知り合いのお嬢さんがくれたメッセージ(額) ・ナーベラー (へちま) 肉味噌炒めにして食べました。 ・読谷線香 沖縄ローカルのお線香で、5本がくっついているもの 今年の沖縄の旅は、これにておしまい。

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    • 【6日目】首里城周辺 (2009.10.22) その1

      10月22日 旅の最終日。 朝から外に出るのを躊躇うくらいの強い雨が降っていましたが 最後の日ということもあり、予定通り首里に向かいました。 ゆいレールを下りた頃には雨もすっかり止みました。 琉球王朝の最高位の神女 聞得大君(きこえのおおきみ)の屋敷跡を確認して 首里城に向かいます。 途中、郵便局の前で御嶽ののぼりを目にしました。 本で場所を確かめて向かいます。 安谷川御嶽(アダニガーウタキ) 次は、首里城に向かう石畳を登っていきます。 首里城 守礼之門 太陽が昇るにつれ、日差しが強くなってきました。 園比屋御嶽(スヌヒャンウタキ)石門 沖縄の聖地巡礼 東御廻り(あがりうまーい)はここから始まります。 観光客で賑わうなか、地元の人が拝みをしています。 旧法隆寺 門前でも拝みをする人がいます。 つづく

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    • 【5日目】普天間〜中城〜那覇 (2009.10.21)

      10月21日 この日も朝早くから行動開始。 リコさんとともに中城城趾(なかぐすくじょうし)にやってきました。 それにしても、この時期の沖縄は修学旅行生で一杯。 横浜から来ている高校生たちの世俗的な話に 思わず現実に引き戻されました。 この子たちは、なぜか高いところに登るとヤッホーと叫びます。 小さすぎて写っていませんが、この写真でも私に向かって叫んでいます。 アルプスじゃないから! 気を取り直して城趾の奥に進みます。 城壁 左側が絶壁のため、足元に注意が必要です。 このもっと奥に進むと、久高島遥拝所や御嶽があります。 遺跡発掘中 中城城趾を観終わった後 そばにある文化財「中村家」に行きました。 中村家 (中城村) 今も現存する沖縄の伝統的な古民家だそうです。 沖縄の家庭の台所に祀られるヒヌカン(火の神)。 中村家に展示されていたもの。 このあと、路線バスに乗って普天間から那覇に向かいました。 帰京するリコさんとは再会を約束して、牧志でお別れです。 彼女とは趣向が似ていたせいか、気楽に旅ができました。 リコさん、ありがとう! 一人旅に戻った私は 翌朝首里城に行きやすいよう、ゆいレール沿線に宿を取り まだ時間もあったので沖縄県立美術館に行きました。 沖縄県立美術館 『琉球使節、江戸へ行く!』 薩摩の琉球侵略 400年だそうです。 儀衛正 ※この巻物のイラストは撮影許可が下りていたものです 上京の様子が、巻物に残されています。 これはその一部。 明日は旅の最終日です。 つづく

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    • 【4日目】 久高島〜普天間 (2009.10.20)

      10月20日 久高島2日目。 イラブのゆで卵 柔らい殻に包まれています。 貴重なタンパク源だったのでしょうね。 滋養強壮にもよさそうです。 塩をつけて食べました。 殻に入っていますが、黄身はありません。 白子です。 朝食後、イラブの燻製小屋で燻製の作業を少しだけ見せてもらいました。 燻製前の活きたイラブを見る機会も与りました。 イラブは陸上で何も食べずに何カ月も生きるそうです。 仕事の邪魔をしてはいけないので、早々においとまし 同宿のリコさんと自転車で島内廻りを始めます。 久高島は琉球の創始神が降り立った島として 琉球王朝の政の上でも重要な位置を占め、 いまも年間を通してさまざまな祭祀が行なわれていることから 「神の島」と呼ばれています。 祭祀のなかでも特に有名なのが 12年に1度行なわれる「イザイホー 」。 残念ながら、1978年を最後に行なわれていないとのことです。 イザイホーをはじめとする島の祭祀に関しては カメラマンの比嘉康雄さんが 『日本人の魂の原郷 沖縄久高島 (集英社新書) 』 に丁寧にまとめられているので、そちらをご覧ください。 この島の自然には神様が宿っていると言われています。 自然そのものが信仰の対象です。 その意味では、御嶽がある場所だけではなく 島全体が聖域であるとも言われます。 そのため、旅行者に対しても 島の草木や石を島外に持ち出すことのないよう 注意が呼びかけられています。 久高島には個人所有の土地がなく 村有地などを除きすべてが共有地であるそうです。 要は、勝手に土地を転売できないから 外部資本が島に入ってくることができないということ。 このようにして、島の自然や文化は 今も昔とほぼ変わらずに残されているのですね。 外間殿(フカマトゥン) そばの久高殿(ウドゥンミャー)とともに重要な祭祀場。 島一番の聖地 フボー御嶽(入り口) フボー御嶽は男子禁制で、 神様のメッセージをお取り次ぎするノロ(神女)のみが なかに入ることを許されています。 比嘉さんの本によると、この奥に広場、御嶽があるようです。 一般の人はこの先には入ることができません。 ここからご挨拶します。 はびゃーん(カベール) 海の神、龍神が鎮まる場所といわれています イシキ浜 午後、宿で昼寝をしていたら、遠い意識の向こうで、島内放送を聞きました。 台風20号の影響による高波から、明日朝一番の船は欠航するので 朝一番に島を出たい人は、1時間後に出る最終便で本島に渡るように とのこと。 リコさんが明朝島を出る予定だったことを思い出し 慌てて彼女を起こしました。 彼女が荷造りをしているのを見ながら わたしも島を出ることにしました。 私の船も欠航する心配があり 何よりも今回の久高島滞在を十二分に満喫していました。 リコさんが中城城趾に誘ってくれたので すぐにオッケーして 久高島から本島に向かう船に乗りました。 とりあえず中城城趾に近くて 宿のありそうな普天間に行こうということになり 本島南部の安座真港近くでバスを待つことにしました。 数日前に訪れた泡瀬の話をしていたら 同じくバス待ちをしていた男性に 「あの、ぼく泡瀬に住んでいるんです」 と話しかけられ ちょうど流しのタクシーがやってきたので 相乗りして普天間に向かいました。 その男性は八王子の人で、 泡瀬での短期赴任がそろそろ終わるので その前に久高島に行ってきたとのことでした。 タクシーのなかで探したホテルに送り届けてもらって その男性ともいとまごいをしました。 こうしてリコさんとともに普天間にやってきました。 つづく

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    • 【3日目】 久高島 (2009.10.19)

      久高島には3泊4日の予定でやってきました。 久高島宿泊交流館のネコ 妖艶すぎます 自転車を借りて、暗くならないうちに島内を廻ることにしました。 はびゃーん(カベール)という岬までの道 久高島の夕日 たまたま空き地を通りかかったら 仕事の後に飲んでいるおとうさんたちがいて ご相伴にあずかりました。 この島の特産品であるイラブ(ウミヘビ)を獲る漁師さんでした。 真夜中、防寒、防水の格好をして岩場に潜み イラブがやってくるのをただひたすら待ち続け 手で捕まえるそうです。 網を使わないのは、獲りすぎてしまうからとのこと。 神様、自然を意識した伝統漁法が行なわれているのですね。 この島に来た理由を訊かれて答えたら 「へぇ、そうなんだねー」 といたって普通の相づちを返してくれました。 私みたいな人が、結構多いのかもしれません。 居合わせた女性 リコさんが同宿だということがわかり 一緒に帰りました。 つづく

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    • 【3日目】 本島南部と斎場御嶽 (2009.10.19)

      10月19日 聖地廻りの翌日は、久高島に渡ります。 早朝、路線バスで沖縄本島南部に向かいます。 那覇市久米にある那覇商工会議所前の孔子像 この久米という場所は、13世後半に渡来してから廃藩置県までの間 中国人の居留地であったそうです。 こんなところでも 中国と沖縄が古くから繋がっていたことを実感します。 バス停で斎場御嶽に行くという福岡の女性と会いました。 前日に宮古島で遠泳に参加し、 帰福前に斎場御嶽と久高島に足を伸ばすとのこと。 旅は道連れ。 道中約1時間、一緒に南部に向かいます。 南部に近付くにつれ、車窓にはさとうきび畑が広がります。 話していると、1時間なんてあっという間です。 笑顔の素敵なKさん、1時間のバス旅、とても楽しかったです。 またお会いしましょう! きっとどこかで会います! 名残惜しいですが、Kさんとは斎場御嶽の前でお別れして 知念岬公園に向かいます。 知念岬公園から望む久高島 前日に御嶽廻りでお世話になった方から 「久高島に渡る前に この場所からご挨拶して渡るといいですよ」 とアドバイスをいただいていました。 ご挨拶をして、道中の無事を祈ります。 知念岬公園からの眺望 つばめも。 次にやってきたのが斎場御嶽 です。 この御嶽のなかには、イビと呼ばれる神域が6カ所あり 特に大庫理(うふぐーい)、寄満(ゆいんち)、三庫理(さんぐーい)はいずれも 首里城内の建物や部屋と同じ名前であるそうです。 斎場御嶽の入口 御門口 (うじょうぐち) 大庫理(ウフグーイ) 左手にあるのが拝炉です。 寄満(ゆいんち) 斎場御嶽 最奥にある三庫理(さんぐーい) 斎場御嶽の久高島遥拝所から望む久高島 三庫理(さんぐーい) 右方 三庫理(さんぐーい) にある水差し 帰りに大庫理(うふぐーい)を通りかかると、 拝みをしている人たちがいました。 琉球王朝の国王や 琉球信仰を司っていた最高位の神女 聞得大君(きこえおおきみ)は 政の要として聖地巡拝を行なっていました。 その聖地巡礼は「東御廻り」(あがりうまーい)と呼ばれました。 斎場御嶽はその「東御廻り」の参拝地として、 現在も多くの人々が拝みに訪れています。 世界遺産の斎場御嶽には多くの観光客が訪れますが 沖縄の人々にとっては大切な拝みの場でもあります。 そのため、こうしてお供え物をして拝みをしている人に会うことも 珍しくありません。 斎場御嶽を見終えてから、安座真(あざま)港に移動。 お昼を食べた後、安座真サンサンビーチでひとやすみ。 綺麗に整備されたビーチです。 地元の方に安座真港への道を尋ねた時に 芸大の学生?と聞かれました。 久高島の祭祀等のフィールドワークのために 学生が頻繁に訪れているということなのでしょう。 ということで、ついに久高島に出発です。 つづく

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    • 【2日目】 本島中部の御嶽廻り (2009.10.18) その3

      最後に訪れたのは、うるま市にある勝連城趾(かつれんじょうし)。 世界遺産なのにあまりにもさりげない佇まい。 入場料不要です。 以前から気になっていた場所。 遂に念願が叶いました。 沖縄各地には城(ぐすく)の跡が残されています。 この勝連城趾は、世界遺産に登録されているぐすくのなかでは 最大規模だそうです。 右側は絶壁 城趾奥の本丸にある玉ノミウヂ御嶽 やっぱり歩いてみたくなります 御嶽への興味は尽きません。 まだまだ行ったことのない御嶽ばかり。 来年もお邪魔したいと思います。 おまけ もずくの天婦羅 つづく

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  • 29 Nov
    • 【2日目】 本島中部の御嶽廻り (2009.10.18) その2

      次に訪れたのは沖縄市の泡瀬。 私の来沖直前に、 公費を投じたマリン開発(干潟埋め立て)事業が 差し止め判決が下されたばかりの まさにその場所でした。 案内してくださった方や泡瀬に住んでいる人の話では この場所は繁華街のある北谷(ちゃたん)までのアクセスがよく そこに行けば用は足りますよ。 だから、何も泡瀬の干潟を埋め立てて 商業施設を作る必要などどこにもなく 作ったとしても閑古鳥が鳴くことになるでしょうね。 とのことでした。 泡瀬聖龍宮神 泡瀬聖龍宮神の碑の後ろにある拝所 このさらに後方の浅瀬にある御嶽が 満潮になると海に隠れてしまうため そこに拝みにいかずに済むように設けられたとのこと 埋め立て予定地の干潟に生息する生き物の現地調査に訪れた人々 浜辺脇に建てられた事業計画の看板 この泡瀬干潟のそばに 泡瀬ビジュル 泡瀬神社があります。 「ビジュル信仰」とは、主に沖縄本島でみられる霊石信仰で、 豊作、豊漁、子授けなど様々な祈願がされる。 16羅漢の一つの賓頭盧(びんずる)が訛った言い方で、 多くは人の形をした自然石がティラと呼ばれる洞穴などで祀られている。 例祭は旧暦9月9日。 (沖縄コンパクト辞典より引用) 泡瀬ビジュル 塩の神様として大切にされています 子宝の神様としても有名だそうです 勝連半島からうるま市浜比嘉島(はまひがじま) に渡ります。 浜比嘉島は琉球開闘の祖神 アマミキョとシネリキョの神々が住む島として伝えられ、 現在も沖縄本島内外から参拝者が訪れているそうです。 島内にあるアマミチュー霊場、シルミチュー霊場も有名です。 この島では、東(あがり)の御嶽、別名シヌグ堂を訪れました。 東(あがり)の御嶽 シヌグ堂 (うるま市) シヌグ堂を守るように鬱蒼と生い茂るガジュマル 安心できる場所でした。 つづく

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