眠れないまま朝を迎えた4/8
昨夜の地震の直後から鳴り止まないサイレン
ガス漏れだらけの地域
近くで何件か火災があった
うちの地域は停電したがワンセグでみるTVの情報によると
仙台の街中は付いているところは多い
電気はすぐに戻るかな
今日は待ちに待ったガスの開栓予定日だったのに。
またしばらくお風呂はおあずけ
割れた玄関先の鏡と
タバスコまみれの床を拭いて
またも飛び散ったガラスの破片を集めながら
途方に暮れそうになる自分の意識を何とか繋ぎ止める
ガスの開栓の為に取った休みが
こんな一日の始まりになるなんて。。。
全てのライフラインがまた止まった今
明るいうちにやらなくちゃいけないことは沢山ある
また
給水しに何時間も並ばなくちゃいけないかも
ダーを叩き起こし
散らかった部屋を一緒に片付け
水と電池などの確保に出掛ける
最近
やっと並ばずに入れるようになった近くのホームセンターには
朝10時には
先月の震災数日後の様な列が出来ていた
やっとお店の中に入れる様になったばかりだったのに。
崩れ落ちる天井が生々しい
30分ほど並んで
お店には危険過ぎて入れない為
店頭販売の電池と2ℓの水を二本買う
欲しかった水汲み用のポリ缶は売り切れ
隣の薬局でもまた長蛇の列
一時間ほどまた並び
祖母用の介護パンツとしばらくまた手を洗えなくなるのでアルコール消毒液、お煎餅なんかを買い
別なホームセンターをはしご
こちらでも1時間ほど並んで
残り五個の灯油缶(水汲み用の)を一つ買えた
隣のスーパーに2時間並び
食材調達
帰りに
スーパーの食堂の片付けをしているおばちゃんに
水をいただけないかと尋ねたら
手をとめて快く買ったばかりのポリ缶一杯にいれてくれた
せっかく再開した仙台と石巻を繋ぐ仙石線
近くの踏切は
またも無惨に遮断機が折り曲げられていた
またしばらく電車も乗れなくなる
急いで帰ると
友人が飲料関係を持って来てくれた
やたら缶がボッコボコ
黒く汚れている
津波の水がひいた後
仙台新港近くの道路にゴロゴロ転がっていた飲料だという
震災後
あたしの周りにも
この飲料とカップラーメン、海苔なんかを拾いに行ったという人はかなりいた
黒い汚れは
船から流れ出た重油なのだろう
キレイに拭けば飲めるもの
拾いに行かなかったあたしにも
この津波で流れ着いた食料品が回ってきた
何万人もの命を奪って行った津波に運ばれた飲料
複雑な思いのままいただいた
数年間使っていなかった石油ストーブを物置から出す
最近は
石油ストーブは大抵のマンションでは使用禁止
この時ばかりは仕方がないと
掃除をして灯油を入れたらちゃんと使えてホッとする
夕ご飯も明るいうちに支度する
カセットコンロで先程ポリタンクにいただいてきた水で料理する
冷たくなくなりつつある冷蔵庫から
足の早い物を使っていくしかない
昨日のうちに
どっさり作っておいたカレー
作っておいて本当に良かった
ろうそくを灯したテーブルで
いつまでこの生活が続くのだろうと話しながら
洗い物が減る様にラップをかけたお皿でご飯を食べた
夜遅く
ピンポーン っとインターホンがなった
予定通りにきたガスの開栓
真っ暗な部屋の中をライトで照らし
開栓してもらえた
電気も水も止まった今
ガスがきても給湯器さえ使えない
どうしてこんなにタイミングが悪いのだろう
暗い中でできる事…
せっかく灯った光が
一瞬で消えた今
何も考えられず
ただただ
チラチラ燃えるろうそくの炎を見つめていた
深夜
コポコポコポコポ…
突然
水道管に水が上がる様な音が聞こえてきた
もしかして…!?
ブレーカーをあげると
電気が戻った
慌てて水道を捻ると
爆発した様にお水もでた
TVも付いた
震災から28日
ライフラインが全て戻った
余りの嬉しさに
深夜にも関わらず湯船にお湯をはって
やっとゆっくり自分のおうちのお風呂に入った
やっと
普通の生活に戻れた
4/9
朝から温かいお湯で顔が洗える
幸せって
こんなに身近にあったんだな
今日の現場は
仙台市西部 山に近い場所
マンションの外壁はヒビが入っている
5階のお客様の家に入ると
震災後そのままのお部屋のまま
箪笥が横たわり物は散乱
揺れで動いたモノによってドアすら開かない部屋もある
蓄熱式の電気温水器から水が漏れ
マンション全体が水浸し水は抜けたものの
家具も拭いた後は見られるが
底の部分は水を吸ってボコボコ
殆どの家具は捨てなくてはいけない
埼玉に転勤が決まった翌日の被災だったという
家具も小物も出来るだけキレイに拭いて梱包し、トラックに積み込んだ
夜、帰宅すると間もなく
さっちゃん♪さんからお届け物が!

(※暗い中で撮った画像しか無かったので加工しました)
インスタントラーメンから缶詰を中心に沢山の食料と
さっちゃん♪さんのお宅で咲いているお花で作った花束まで…
すぐに花瓶にいれてテーブルに飾りました
パァ~っとお部屋が明るくなりました
ものすごく嬉しかったです!!!
さっちゃん♪さん!
ありがとうございました!
そして
忙しい中をぬって二度もお米や野菜を送っていただいたgarnetさんにやっと電話が繋がりました
本当に心配なさってくれて
あたし本当に胸が苦しくなりました
ご親戚のお宅の畑からの沢山の無農薬有機野菜
本当に本当に美味しかったです
10人以上に配らせていただきました
ありがとうございましたgarnetさん!
夜は
電気と水が止まったままの友人2人がお風呂を借りにきた
四人分の夜ご飯を作り
コタツを囲んでみんなで深夜にご飯を食べた
皆で居ると地震が来ても心強いのかも
被災後の其々の経験を話しながら気付いたら3時を過ぎていた
4/10
今日は汚れてもいい格好で出勤してと言われていた
学校再開の準備もあり撤収する避難所が増えている
避難所から避難所の移動も余儀なくされている避難民も多い
今日のお客様も避難所を撤収する為引越しをせざるをえないとのこと
浸水した自宅から家族寮への引越し
まずは避難所に荷物を積みにいくと
現場は自衛隊による撤収作業が既に始まっていた
荷物と自転車を積みお客様のお宅へ
一階が浸水した一戸建て
住宅街にもかかわらずトラックが入って行くのがやっとの瓦礫の山
庭の瓦礫を少し避け
折れて流れ着いた20mはあるだろう電柱が横たわる
ぶち破られた窓は家の中から松の大木が顔を出し
隣の家との間にはぺったんこになったトラックが逆さになったまま挟まっている
家の中には未だ1mものへ泥が堆積
どこから流れて来たのか
養殖業者のオリコン(プラスチックのコンテナの様なもの)や海に浮かぶ浮きなんかがへ泥に刺さっている
冷蔵庫は横になり上にはソファーが乗っかっている
外壁もめくれ
中の断熱材が飛び出し
未だ電気も水道も繋がらないこの地域は
物凄い異臭に包まれている
浸水した一階の荷物は積めないので
二階にある荷物のみの積込みの契約
二階の荷物を梱包していると
『一階の荷物も積むんですか?』
バイトの男の子に聞かれた
一階はへ泥の山の為
積まない契約だったはず
一階で荷物を積めているみたいだと聞き様子を見に一階に下がると
いつもは
尖っていてこういう仕事を嫌がる常勤のバイトの子が
へ泥の中に埋もれたままチラッと見えたお客様の思い出なのであろう写真とアルバムを必死に集めていた
【浸水して汚れたものは運ばない】
『そんな契約なんてシカトだろ。会社に言わなきゃバレないし』
その男の子の口から
こんな言葉が出るとは思わなかった
なんだか嬉しかった
へ泥で汚れたものはひとまとめに段ボールにいれ
積み忘れた荷物がないかお客様に確認してもらう
このお宅
二年前に新築を建てた際にも
うちの会社を使ってくれていた
取り壊されるであろう自分の家の中を
何度も何度も確認しているお客さまの姿に涙がこぼれそうになった
ふと
横たわっている電柱に目を止める
薄いグレーの電柱の表面には茶色い汚れが付いている
よく見ると
沢山の手型
指の跡が無数に付いた血痕だった
あの巨大津波にのまれまいと
迫り来る波から逃れようと流される瓦礫にぶつかりながら必死に登った電柱
沢山の人が掴まり
津波から逃げるために登っただろうこの電柱は無惨にも折れて流れ着いたのだろう
沢山の血まみれの指の跡にぞっとした
多賀城市の海沿いの今日現在













帰宅すると
T邸さんからびっくりするほどのお届け物が届いた


本当にたっくさん送っていただきました
ちょっとでも元気になって欲しいから~って。。。
こんなにたくさんのお米と食料品。。。。。。
申し訳ないの一言です
本当に本当にありがとうございました
少しづつ皆で分けました
本当にありがとうございました
夜遅く
一本の電話が鳴る
無事を確認できた気仙沼市の友人から
『サクラさん、その後どうですか~!?大丈夫ですか~?』
だって。
家も車も全部失ったはずのこの友人
今週車を買いに仙台に行くからタイミングが合えばご飯でも~って。
家族はかろうじて無事なだけ
大して被災なんてしていないあたしの心配をしてくれている
みんな
どうしてこんなにあったかいのだろう
あたしが心配している以上に
心配してくれている
自分だって余裕が無いはずなのに。。。
結局
時間が無くて会えそうもなく
状況も仕事も落ち着いたら皆で会う事にした
4/11
震災から一ヶ月。
現場数が少ないので休みをもらい
家を無くした友人と物件探し
宮城野区にある殆どの空き物件は
一戸建て、平屋のものから順次埋まり
1人暮らし向けの物件以外は
点検待ちのものが殆どでなかなか紹介してくれる物件もない
不動産一件に対して
一件紹介してもらえればいい方
10件もはしごしたが
なかなか見つからない
仕事も失ってしまっていれば他県にでも行けるのだが
住む家が無くなっただけの友人達は仕事をしながらの物件探しを続けざるをえない
14:46
各地でサイレンが鳴る
あたしも友人と一分間の黙祷をした
あれから一ヶ月なんだ
一ヶ月経ったとは思えない現状
主要道路は瓦礫も徐々に撤去されているが
道路以外にはまだまだ爪跡が残されたまま
一日一日がとっても濃いからか
なんだか不思議な感覚でいる
ここ数日
余震も治まりやっと少しだけ気持ちに余裕が出来た
17:16
緊急地震速報がなる
またか。。。
なんて少し軽く考えていたらかなり揺れた
宮城県は震度5
思わずTVを押さえ
これ以上強くならないことを祈る
震源は福島県浜通り
原発に近い地域は震度6
この地震から五分置きに地震が頻発
もう
ずっと揺れている
船酔い状態とはこの事そのもの
気持ち悪い
夜も何度か揺れる度に目が覚める
4/12
朝から長野県で震度5の地震
また大きな地震が来たら…
なんて考えながら出勤
市内の何処へ行っても最近の仕事は倒壊寸前の立退き命令のお宅ばかり
マンションのエレベーターは殆どの所で停止中
運びながら余震が来たら…
不安になりながらも階段を走るしかない
8時台、14時台にも緊急地震速報
幸い強くてもこのあたりは震度4
動いていると地震をあまり感じないので気持ちが少しだけ楽になる
帰宅してからも一時間に数回の地震が続く
地震ノイローゼ
そんな言葉があるのかな
震災後
毎日死に物狂いで探していた東松島市の友人から
やっと無事のメールが届いた
「返事が遅くなってごめんなさい。サクラも無事でなによりです!いろいろ心配かけてごめんなさい。旦那さんとこんな形でお別れになるとは思いませんでした。まだ、現実を受け入れられません。涙もでません。
辛くても現実だから頑張るしかないんだよね。私は母だから大丈夫!強いから!
メール嬉しかったよ!ありがとう!」
だって。。。。。。。
何にも言えないよ
頑張りすぎだよ
もういてもたってもいられなくて
同じく一緒にこの子を探していた友人にアポを取り
仕事を早引きしてくれるという友人と一緒に
明日東松島市の友人の所に会いに行くことにした
仕事もなんとか代わって貰った
4/13
朝から東松島に持って行く救援物資を集めに出る
家にあるものに足して少しでも色々なものを持って行ってあげよう
10時過ぎ
またも緊急地震速報がなる
幸いこちらはそんなに揺れずホッとする
午前中に早引きしてきてくれた友人と物資を持ち寄って東松島へ向かう
津波にのまれた彼女の住んでいた地域は家の面影は殆ど無い
近くの避難所を巡り
彼女を探す
何も無くなった東松島の海沿いは見晴らしがよくなって
なんとか残った建物は避難所のみ
自衛隊の車を目指せば避難所に到着する
近くの避難所を尋ねるが
なかなか見つからない
携帯に電話してもかからない
一か八か
会えるかもわからないのに飛び出して来たあたし
少し反省
「今、東松島の◯◯って所に来てる!電話ちょうだい!」
そうメールして
次の避難所へ車を走らせようとすると
電話が鳴った
用事を終えたら落ち合おうと
一時間ほど待って近くで待ち合わせる
11年振りに会えた彼女
赤ちゃんの時に会った以来に会う子供達はもう10歳と8歳
やっと会えた瞬間
あたしはあまりの嬉しさに泣いてしまった
2人の子供を産んだとは思えないほど
学生の頃から全く変わっていなかった
被災後の話や旦那(彼女も旦那もあたしの専門学校の時のクラスメイト)の見つかった経緯などを聞いた
実はいろんな事情で医療ミスがあった旦那は五年前から植物状態
プライドの高い旦那の気持ちを考えて
周りには殆どそんな状態になっている事を秘密にしていた
医療ミスに対しての裁判をかけたのだが、一審では負け、上告している最中だった事。
地震の日は
彼女は隣町に仕事で出ていて
地震直後に祖母が子供達を迎えに小学校へ向い
帰宅してすぐ子供達と一緒に
在宅介護中の旦那のベッドから寝たきりの彼を引っ張り出そうとしているうちに床上にも浸水。
もう間に合わない
そう思って
ベッドに向かってごめんなさいと謝って
祖母と子供達が二階への階段を駆け上がった瞬間
一階の天井まで一気に水が入って来た
周りのお宅は無惨にも全て流され
本当に奇跡的に彼女の家は二階の部分だけがかろうじて残った
子供達は二階の窓から
目の前を流れる船や周りの家、車やヒトが流されて行くのを永遠と見ていたのだという
彼女が家族と会えたのは4日後
家の周りで流された遺体は
数百m先で見つかっていたのだが
寝たきりの彼の遺体は
不幸中の幸いで
ちゃんと家の中のベッドの上にいたまま
そんなに損傷も無くきれいなままで一階の部屋の流れ着いた瓦礫の下から発見されたという
きっと
自宅の一階で
二階へ避難した家族を守ってくれていたのだと彼女は言っていた
こんな辛い現実をたんたんと話す彼女はとても強い
忙しい所突然来て申し訳無いから
とりあえず物資を渡して
会えただけでも良かったと
そろそろ帰り支度をしていると
旦那が土葬されているお墓に行くから良かったら一緒に行かないかと誘われ
一緒に行くことにする
丘の上の土葬場
ちょうどお経をあげている最中に付いたので
お焼香をさせていただき手をあわせた
ただ
丘の上の地面に空けられた
無惨にも並べられた穴
友人に聞くと
800位の穴のうち400は土葬されたと言う
それでも足りない位
東松島市では死者がでている
お墓と言うにはあまりに無惨
隣りとの仕切りには薄いベニヤ板が一枚埋まり
棺桶も無いのでビニールシートに包まれたまま埋めてあるだけ
名前が書かれた板が土に刺さり
通路は細いロープで仕切られている
よく見る外人墓地の
墓石がない状態よりも酷い墓場
本当に
ただ地面に穴が空けてあるだけ
彼が眠る目の前まで行く
10年振りにやっと会えたというのに
こんな変わり果てた姿だなんて。
一緒に過ごした専門学校の二年間
今でも楽しかった思い出が蘇る
手をあわせると同時に大粒の涙が流れた
彼女の子供達も一緒に手をあわせる
今まで泣けなかった彼女
あたしの隣りで被災後初めて涙を流した
ギュッとギュッと抱きしめた
『こんな形で会うことになるのなら、初めからサクラや他の友達にも全部話しておくべきだった。』
辛かっただろうに
数年に一度
たまにしていた電話でも、いつも明るく子供の話をしてくれていた彼女
こんな辛い思いをしてたなんて。。。
気付いてあげられなかったあたしが憎い
土葬場の駐車場でしばらく話をした後でわかったのだが
この日は彼女
10日に一度あるかないかの休みで
色々書類を集めたり提出したりと忙しくしていた
あたしも
無理矢理取った休み。
一緒に来てくれた友人も次の日には郡山の実家に帰る事になっていたので
この日はきっと
亡くなった彼が引き合わせてくれたんだなと三人で言葉をあわせた
また来るからね
と、彼女とお墓に声をかけた帰り道
今までに無い位グッタリした
やっと会えた友人と子供達
土葬場の過酷さ
毎日見る現実の中でも
今日はとても落ち込んだ
帰りに通った仙台新港の工業地帯の様子
一ヶ月以上も経った今も
道路以外は殆どあの日のまま




















まだまだ
目を反らしたくても広がるこの風景
ちょっとづつでも元のきれいな街に戻る事を祈ります
疲れがピークの様なので
明日の仕事も代わって貰った
4/14
6:43
緊急地震速報の嫌な音で目が覚める
構えてはいたが揺れず
そのまま起きて溜まっていた掃除と洗濯をする
12:00
またも緊急地震速報
慌てて揺れに備えるがこちらは震度3
ホッとする
久しぶりにお水をあげるだけになっていたベランダにでてみる
ベランダは
あの日の転がった鉢を戻したまま
未だに片付けていない


クレマチスとネモフィラの蕾が膨らんでいる



ヒヤシンスも少しづつ花が開き始めて
ぶっ倒れて枯れる寸前だったクレマチス・ヘンダーソニーにも新芽が茂り、
クリスマスローズも花数が増えた





ラブラドリカも花数が増えて
先日よっちさんからいただいた豪華なダブルのクリスマスローズも咲き出しました!!!
ポットのまま枯れ枯れになっていたクリスマスローズのステルニーにも蕾があがり
倒れたチューリップの樽鉢もグングン成長中
鉢の中が逆さになってそのままひっくり返して戻していないかわいそうなムスカリもぐーんと伸びてきた
お花の力って本当にすごい
ダメにしちゃった子も沢山いるけど
諦めきれなくて色々お世話していたら復活してきた子もちゃんといる
あたしにも
沢山の元気をくれる
19:00
今日は三度目の緊急地震速報
構えるが不発
もう
このドキドキの毎日
緊張と油断を繰り返す度ドッと疲れが押し寄せる
そんな時によっちさんから二度目のお届け物。
こんなに沢山…


よっちさん…
よっち家、破産しちゃいますよ~(TωT)
よっちさんのところ四人もお子様いるのに…
もう本当に本当に大丈夫ですからね!!!
一年分位の食料をいただいちゃいました…………
本当にごめんなさい。。。
こちらが復旧したら
絶対絶対100年分のお花贈りますから!!!!!!
よっちさん
本当にありがとうございました
それと
よっちさんちのチビちゃんからも

こんなに沢山のおっきな木の実たちを拾って送ってくださいました
チビちゃん。。。
本当にありがとう!!!
おねぇちゃん、いや
おばちゃん頑張るからね!!!
本当にありがとう!!!
そして
garnetさんから
三度目のお届け物が。。。。。

本当にこんなにいただいちゃって申し訳ないのです
本当に本当にもう大丈夫ですからね!!!
いっぱいいっぱい感謝しています
本当にありがとうございました
皆様からいただいたお米、お水、野菜、果物、食料品、日用品全て
仙台市内、多賀城市、塩釜市、名取市閖上、気仙沼市、石巻市、東松島市、山元町、大船渡市、陸前高田市、南三陸町志津川などの津波で自宅を流された友人宅へ、小さな避難所のみなさんへお届けしております
幸いにも運送業をしているあたしの周りには同業者が多く
みんなで翌日行く現場の情報交換をしながら
当日行く場所の住所と共に物資を渡して貰ったり、
持ち寄ったりしあって仕事の合間をぬってお届けさせていただいております
会社には内緒ですが
現場の帰り道少しだけ時間を頂いてサンタになっています
本当に皆様のお陰で
宮城も岩手の友人達にも物資を届ける事が出来ました
本当に本当にありがとうございました
お陰様で少しづつですが被災地の復興も始まっております
時間はかかるかもしれませんが
絶対!!絶対!!復興してみせますから!!!
みんなからもとっても多くの感謝の言葉を頂いてきました
皆様、本当にありがとうございました!!!
4/15
仙台でも桜がポツポツ咲き始めているとのニュースを見た
やっと
本当の春がきたのかな
今日は久しぶりに倒壊なんかの恐れが無い社宅の作業
ほんとに久しぶりに気が抜けた作業が出来た
※お客様ごめんなさい
帰りに寄ったスーパーのお花屋さんで見つけたこの子

クレマチス ピクシー
グリーンの小花が特徴のとってもいい香りがする常緑の子
クリスマスローズとビオラ、よっちさんからいただいたマーガレットで水浮かべ

可愛くできた!!!
何度か電話したがなかなか繋がらなかったT邸さんにやっと電話が繋がりました
沢山心配して頂いてしまって本当にごめんなさい
本当に本当にありがとうございました
そして
夜にはこはるちゃんからお届け物が届きました

沢山心配してくれて
ありがとうこはるちゃん
実家で採れたという安納いももいただきました
日用品からお薬まで。。。
いっぱいいっぱい頭を悩ませてくれたんだ。。。
本当に本当にありがとう
そして
名前は秘密の恥ずかしがり屋の姉ちゃんからも

こんなに素敵な元気便がやってきました
この鉢とこの飛び抜けた抜群のセンスはあの姉ちゃんしかいない!!!
景◯姉ちゃん!!!
本当にありがとう!!!
めっちゃ元気出たーーーーーーー!!!!!!!
本当にありがとう!!!
大事に育てるからね~!!!
姉ちゃん!!!ありがとう!!
少しづつげんきを取り戻してきたのもみんなとお花のお陰…
この試練は乗り越えるのみ!!!
頑張るぞ!!!
#5に続く