お近くへお越しの際は、ぜひご覧ください。
個人的には夕暮れ前がオススメです。

孫の春休みに合わせて、フィリピン最後の秘境と呼ばれているパラワン島へ行ってきました。
でも、行く前から大変なことが、出発日の2日前の夕方、旅行会社から連絡が入り、予定のツアー便飛行許可が取れないので、欠航・・・・・・
なになにどうなってるの、そんなことあるの・・・・・息子走り回り結局激安ツアーのはずが通常料金で行くことに。
最初の予定だと成田からマニラへそれが羽田~福岡~マニラに変更朝6時30分に家を出てマニラに到着したのが午後7時過ぎ。
息子の友達が空港まで迎えに来てくれてホテルへ。
その日は明日からのパラワンリゾート行きに備え、ショッピングモールでお買い物。
フィリピンは英語教育がされているのですべて英語でOK(といっても私英語全然だめだけど)まあ何とか伝えてビーチサンダル買いました。
フィリッピンペソを2倍したのが日本円だと思えばよいと・・・・・品物の安いこと安いこと
2日目はマニラからセブ航空のリゾート機でパラワン島プエルトプリンセサへ
さあ海だリゾートだ
青い海白い砂緑の島 ちょっと海に入れば孫たちはニモがいっぱいいるとおおはしゃぎ。
夜はトライシクルにのってレストランへ、食事は安くて結構美味しかった。
3日目プエルトプリンセサ島巡り綺麗キレイきれい日焼けも気にせず海へ
4日目車で5時間パラワン島縦断エルニドの海のが見えるコテージで3日間エルニドリゾート満喫
7日目エルニドからバスくらいの大きさの小型機でマニラへ
8日目マニラ~福岡~羽田 帰宅
長い休みの許可くださいました社長・職場の皆さん本当にありがとうございました。
本当に楽しいすばらしい旅行でした感謝しています。
遅い桜の開花で、今年の入社、入学式シーズンは
満開の桜に祝福されるように迎えた方も多かったのでは
ないでしょうか。
青山墓地の桜、今年もきれいに咲きました。
4月に入ったせいもあるのか日差しが例年より力強い
感じがします。
私はこの季節、ちょっと遠回りをして青山墓地の
桜のトンネルをくぐって通勤します。
さすが桜の名所。早朝から立派なカメラを設置して
撮影する人、私のように思わず携帯電話を取り出して
シャッターを押す人・・・青山通りから入ってくる車も、
いくぶんノロノロと走り、お花見スピードといった
ところかな?
この桜、下から眺めてきれいなのは
大地に向かった咲くからなんですね。
そういえば、花はお日様に向かって上を
向いて咲く印象がありますが、桜はちがう。
大地に向かって咲き、地球を癒し、
見上げる人達の心を癒してくれるの
かもしれません。
短いからこそ、日本の桜の季節を楽しみましょう!
【母の愛のこと】・・・100人の一歩より
もう二十年位前の話です 。
私は小さい頃親に離婚されて、
どっちの親も私を引き取ろうとせず
施設に預けられ、育てられました 。
そして三歳くらいの時に今の親にもらわれたそうです。
当時の私はその自覚などしておらず、
記憶は無く、その親を本当の親と思って
中学二年まで過ごしてきました 。
そして、突然の父との別れが訪れました 。
脳梗塞で帰らぬ人になりました 。
そして、その最悪の時に 私とその親は家族ではない
ということを親戚の方から偶然知らされました。
葬儀のあと、私は母を問い詰め、本当の事を聞きました 。
その時を境に、私は母を嫌いになりました 。
死んだ父でさえも嫌いになりました 。
多分、裏切られたとか思ったんでしょう。
元々家が裕福ではありませんでした。
ですから父が死んでしまったので、
母が働きに出ざるを得ませんでした 。
母は、朝は近くの市場で、昼から夜にかけては
スーパーで働きました。
それもこれも全て、私のためのものでした 。
ですが当時の私にはそれすらもうっとうしく
思えてなりませんでした 。
時には、登校の時間と母が市場から帰ってくる
時間がちょうど重なってしまい
友達と登校していた私は、
ボロボロになった母と家族であるということを
友達に知られたくなく
「いってらっしゃい」と言う母を無視しては
友達に「誰あれ、気持ち悪いんだけど」という
悪口すら言っていたものでした 。
それを察してか、次の日にはわざと目を伏せ、
足早に私とすれ違っていきました 。
でも、それでも、母は何一つ文句をいわず
働いてくれていました。
そんな日が一ヶ月くらい続いたと記憶しています 。
そんな雨の日、雨合羽を着て市場から帰ってくる
母とすれ違いました 。
当然無言です。
その姿はなんとも淋しく、哀しく、
辛そうに見えたのです。
涙が溢れました。
ぐしゃぐしゃに泣きました。
私は一体何をしているのか 。
ボロボロになって私を育ててくれているあの人に、
私は何をうっとうしく思っているのかと、
凄まじい後悔が私を襲いました 。
私は友達の目も気にせず、
母に駆け寄りました 。
でも、何を言っていいかわかりませんでした 。
その時、ふと口をついた言葉が「いってきます」でした 。
言えた言葉はたったそれだけでした。
でも、母は一瞬驚き、そして泣きました。
そして、何度も何度も「いってらっしゃい」
と言ってくれました 。
私が友達の元へ戻ったあとも、
母は私を見ながら手を振って
「いってらっしゃい」と言ってくれていました 。
今では、彼女こそが本当の私の母親です 。
たとえ戸籍上はどうあれ、そう思っています。
恩は返しきれないくらいあります 。
母は「それが親の勤めだよ」と言いますが、
でも、じゃあ今度は子として
親の面倒を見ていきたいです。
この人が母親で、最高に良かったと思います。




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