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埼玉県吉見町の道の駅「いちごの里よしみ」の笑天街にあるパソコンサロン自在工房の情報発信です、パソコン、タブレット、スマートフォンの使い方、ホームページの作成についての情報を提供するブログです。


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1995年にインターネットは本当に人々の手に広がることになります。

95年がインターネット元年って言う人もいるくらいです。

日本では1995年は阪神淡路大震災のあった年でしたけれども、後半に

Windows95というWindowsのOSが発売されました。


そのWindowsのOSにはwebブラウザInternet Explorerが起動する様に

なっていました。

専門家にとっては かなり衝撃的な事実でした。


なぜならばTCP/IPが無料で付いてきたオペレーティングシステムは

Windows95が初めてです。

Windows95の前のパソコンのOSにはインターネットが使いたくて 

TCP/IPを買いたかったらコンピュータより高いお金を出して買わな

ければならない時代がありました。

そういう意味ではインターネット当たり前時代の第1弾というのが

Windows95で1995年に起こったわけです。

インタネットは以前にも投稿しましたが、ARPENET

【アーパネット】アメリカ国防総省の管理下ではありましたが

民間の大学、民間の研究所の間でのデータ交換システムの開発から

ネットワークへ変化して行ったものです。未だに軍事目的で作られ

たと言っている方がいますが間違いです。

インターネットが普及をしていった80年代これは大学で普及をしました。

それから90年代の前半でビジネスにも使えるようになって、先ほどの95年

パソコンで誰でもが使えるこういう時代に移っていくわけですが80年代

から広がった理由はいくつかありました。


大きく分けると3つのアプリケーションがあったと言われてます。

1つはネットワークニュースというARPANETの時から有った

ブリテン・ボード・システムすなわち電子掲示板ですネットワークニュース

と言う名前ですからいわばニュースが流通する。

つまりこれは今で言えばFacebookみたいなものです。

だれかが何かをいうと それがインターネット中に広がっていくという

ことでそういう意味では公共の電子掲示板と言われてました。

誰でもいろんなことが言えますので今のソーシャルネットワークのような

ものです。

必ず全員が参加するということが電子掲示板と言うぐらいに誰でも見る

ことも参加することができるこういうアプリケーションがありました。


それからもう1つは電子メールですメールアドレスがついて個人の

コミュニケーションができるこれは世界中でこれができるようになった

大変なインパクトがありました。

80年代のインターネットはこの電子ニュースと電子メール 特にARPANETは

この2つで成長してきたわけです。

そして3つ目に大事なことはファイルの共有ということなんです。

インターネットのアプリケーションではFTP File Transfer Protocol

というプロトコルです。

これはクライアントサーバであるサーバにあるファイルを送ったり

そこからファイルをとってきたリというこういうプロトコルです。

FTPというのが 使われ方がだんだん発展していきますと

ここに論文を置いておいたよって言うとじゃFTPで取りに行く。

そこからFTPで論文をとってくる、クライアントサーバ型のアプリケーション

として発展をしてきたんですが、どういう論文があるのかっていうことが

どんどん集約していきますしそのときにはハードディスクが高かったです

のでたくさん持っているところが、たくさんFTPに準備して たくさんストア

してあります。

それを取りにいきますので大体インターネット上では 有名なサイトが出て

きますMITだったり Berkleyだったり日本だと慶應大学にもいろいろな大き

なサイトがありましたけれどもそういうところからこのファイルFTPプロトコル

で取っていくっていうことをやっています。

FTPプロトコルっていうのはインターネットが始まった時は大らかだったんで

ユーザー名入れてパスワードを入れて このファイルにアクセスしていいですか

という許可を取ってから取るということだったんですけど世界中のコンピュータ

が広がってきていろんなとこに置いてありますと それぞれの所にアカウントを

用意してパスワードを用意してもらってファイルをやり取りするっていうのは

とても面倒くさくなるのでAnonymous FTPというつまり誰でもとりあえずゲスト

でオープンにFTPサイトというのが用意され、そこにはアーカイブすなわち色ん

なファイルをまとめて置いておくというインターネット上の公共のアーカイブ

というのが分散してあるようになりました。

これを”Anonymous FTPサイト”ていいます。これでインターネットは

第3の勢力としてものすごく発展したアプリケーションによってインターネット

は非常に便利に使われるようになりました。

それがだんだん広がってきますとカリフォルニア大学のバークレーのような

大きなAnonymous FTPサイトはだんだんインターネットが発展してくると悲鳴を

上げてきます。
これは世界中の人がアクセスをしにきまして皆がファイルを持ってきますから

そのコンピュータをいくら増強してもディスクをいくら増強しても間に合わな

くなっちゃうのです。

こういう悲鳴を上げながらもインターネットが発展していた時にある発明をした

人がいます。


スイスのCERNという高エネルギー物理学研究所のTim Berners-Leeという、

情報システムを管理をしていた人がWWWを発明します。

インターネットの上でファイルを“Anonymous FTP”で全部取に行くと大変、

一つ一つのサーバーに対してID、パスワードを持たなければならないし、

集中すると回線が動かなくなる。

Timはそういう論文を共有したり集中する必要がインターネットがいつでも

つながっている時代インターネットが高速化した時代にこんなものが必要

だろうかということを考えました。
そしてハイパーテキストハイパーリンク すなわちインターネットの

上に元々ある論文はそれぞれ元の場所に置いといてそのIPアドレスとありかを

教えといてくださいそうしたら何かそれを参照したり取りにいったりするって

いう代わりにそこを指さしてるだけでいいだろうこれがリンクっていうことな

んです。

そこでこういうものですべての情報のありかを示すことができればそれを探し

たり それからまとめたりすることが簡単でかつ実際にコピーをその場で作ら

なくて良くて必要な時に必要なコピーをすればいいですから集中しないでよい

その様な仕組みを考え、このCERNの中で実現したのがTim Berners-LeeのWWWの

始まりです。

これは衝撃的なストーリーだったわけですけれどもそのアイデアとそれから

ハイパーリンクというハイパーテキストの概念 それからそれがどこにある

のっていうことを書く方法を統一した方法で決める、これをURLといいます

Uniform Resource Locatorということでどこにあるかを表現する http://

がおなじみの2つを結びつけてTim Berners-LeeはWWWというものを発明した

わけです。

このWWWこうやってできたドキュメントはもはやデータそのものをコピー

する必要がないわけですからリンクで指を差すということを世界中でやり

始めるわけですこの究極的なイメージを考えると世界中のウェブのページ

ホームページですね これがいろいろなところに何があるかを指さしあうわ

けですからこの指さしあったリンクを地球全体のイメージで見てみるとリンク

に包まれた地球というのを想像することができます。

すなわちクモの巣に包まれた地球 こういう形でこのリンク抽象的などこに

あるかを示すというこの表現形式だけでドキュメントを作ろう。

これがWWWの誕生なんです。





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8月5日より、リオデジャネイロにてオリンピックが開催されますが

インターネットはオリンピックの度に新しい挑戦をしていてインター

ネットの新しい技術、あるいはいま我々が当たり前のように使ってい

るような技術は実はオリンピックを機会に生まれてきた重要な技術が

あります。


1994年にリレハンメルオリンピックという冬季オリンピックが行われ

ました。

オリンピックは競技を測定したりそれを掲示したり、電光掲示板に出

したりあるいはそのテレビ中継のもとになるデータを作ったり、こう

いう中でコンピュータが大活躍を既にしていましたが、そんな中で94

年と言う年は商用のブラウザを買うことができようになった年です。

アーリーアダプター(早い時期から)インターネットに取り組んでき

た人はネットスケープ(Netscape)というブラウザを使っていてそし

てモザイク、ネットスケープというこういう環境を用意してWebペー

ジを閲覧し、その可能性を知った時期でしたので、実験としてサン

・マイクロシステムズ(Sun Microsystems)が初めてインターネット

のオリンピックサイトを公開しました。


そのころはIOCですらインターネットの可能性を認識していたとは言

えず、実験に協力的であったにせよ半信半疑に状況だったと思われま

す。


サン・マイクロシステムズの中でオリンピックのサイトができて、そ

してインターネットのユーザーは、このオリンピックをみることがで

きたりあるいはその情報を得ることができるということが始まりまし

た。

このことは大変大成功しました。


インターネットはビジネスがどうやって課金をすることができるかと

いうことを模索していた時期で94年というのはインターネットへのア

クセス数を販売するというISPのビジネスしか成立していなかったこの

ときインターネットは、これだけではビジネスとして持続性がないとい

う危機感をみんなもっていました。



このときにリレハンメルオリンピックのWebサイトが大成功したことに

よってWWWの上での大変大きな成功が、地球上の人たちからアクセスを

集めるということができるということがヒントになってYahoo!が生まれ

ました。



インターネットの上で広告を打つということの提案がビジネスやベンチ

ャーキャピタルが動くことが出来る事になりました。リレハンメルオリ

ンピックで大成功したという事実がたくさんの資本家を動かして、Yahoo!

をふくめた投資が進んでいくことなりました。


このことがインターネットのビジネスを加速してこのことがあまりにも注

目されました。

アトランタオリンピックではIOCはエクスクルーシブなスポンサー契約をし

ているコンピュータシステムはIBMと契約をしていましたのでサン・マイク

ロシステムズは二度とオリンピックのための公式ウェブサイトが出来なく

なりました。IBMでなければやってはいけないという仕切りにしました。



アトランタオリンピックのWebサイトatlanta.olympic.orgというWebサイト

を開きました。


これは大変野心的な仕掛けをしました。

Webサイトの中でCookieを使ったデータベースの処理をするようにしました。





これはどういうことかといいますと、世界中の人たちがアクセスをするつまり

多様な人たちがアクセスをします。

関心がみんな多様です、私たちは柔道に関心があるがイギリスの方たちは馬術

にとても関心があります、自分の国の人を応援しますのでいろいろな競技にし

ても自分の国の選手が出ていると応援するこういう性格もあります、ユーザー

の多様性というのがそのままWebサイトで考えていかなくてはいけない再び訪れ

たときサジェスションとかアドバイスとかマーケティングがWebと連携をしてき

ます。

これはCookieを使ってデータベースでそのユーザを把握してそしてその次にちゃ

んとリコメンデーションとしてあなたはこれが好きでしょうということを提供し

ますこのサービスを初めてやったのはアトランタオリンピックのWebサイトなん

です。


それからもう1つ大変重要なことがアトランタオリンピックでは起こったんです

アクセスの集中を防ぐために5つの分散したサーバを世界で用意しました。アメ

リカのコーネル大学、アメリカのIBMそれから日本の慶応大学それからドイツの

カールスルーエ大学そしてイギリスのIBMこの5カ所なんです。

この5カ所にatlanta.olympic.orgというWebサービスが5ヵ所の世界に分散したサ

イトとして運営されたこれも地球全体に分散するという共通の名前

atlanta.olympic.orgのコピーを使ってアクセスが早いところすいているところ

で分散をするという分散型のサーバがグローバルサーバロードバランシングとい

う技術、これが初めて使われたのはアトランタオリンピックのWebサイトなんです。



その2年後の長野オリンピックではパラリンピックも一緒に提供されました非常に

きれいなWebサイトを作ることはこの時にはできるようになっていましたすべての

情報がWeにシフトしてきたました。

その事で、視力がもっていなかった人が困りました。

Webのページになるとこれがいろいろな画像になったりですね写真になったり表が

表現されたりするということが多様されてきたんで貴重な情報が手に入らなくなる

ということが起こりました。 長野オリンピックはパラリンピックを機にWebアク

セシビリティいろいろな障害をもった人でもWebから情報が得られるというルールづ

くりをしてきちんと大規模に運営をしたこの提案はW3CというWebの標準化の団体から

提案が行われて、そしてこれを実現したのは長野オリンピックだったんです。


オリンピックはグローバルな祭典だと地球の人類全体が参加する祭典だということで

グローバルインフラストラクチャーであるインターネットはオリンピックを機会にさ

まざまな挑戦をしてこれがインターネットの基盤の発展にも結びついているというこ

となんです。


日本でオリンピックが開催されるということもふくめて、これからもこういった

グローバルイベントの中でインターネットはさまざまなことに挑戦をして発展をして

いくことになる、ということだと思います。

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1つ1つのコンピュータは1つまたはいくつかの名前が割り当てられていて

名前を指定すればそれに対応するIPアドレスが戻ってくるというサービスをDNS

とこういう事です。


私たちの身の回りでインターネット使っているとたくさんのドメイン名が必ず出てきますが

例えばこのツリーの1番上のところにはいくつかお馴染みの名前があります。

.jpで終わっている名前っていうのは日本の中でよく使われている名前です

こういうのをカントリーコード=ccTLDっていいます。

それから.comとかそれからこのgacco.org.com、.orgこういったものはジェネリック

一般的に使われるTLDとしてgTLDって呼ばれます。


TLDはTop Level Domainの略です。

 ですから一番上ツリーの一番上にはccTLD、.jpなんかがありますし.orgとか

.comこういったものがgTLDとしてあります。

そうするとccTLDの代わりには 例えばスイスにあるCERNは cern.chchっていうスイスの

ccTLDですね!

それからオックスフォード大学はox.ac.ukでac=アカデミックっていうのを示す

Second Level Domainがついてます。

これを最初にやったの日本なんですけどねこれを使っている国はたくさんあります。


ac.ukこれはユナイテッドキングダム、イギリスにオックスフォード大学がある。

そこにwwwってコンピュータでサービスするよっていうのは、またドメイン名を新たに

くっつければwww.keio.ac.jpっていうと日本のacademicのkeioという組織の中の

wwwってサービスをするコンピュータのことだよっていうことが分かり、このことを

DNSに聞くとIPアドレスを返してきます 

このIPアドレスが慶応のウェブサービスをしているコンピュータの

IPアドレスだったということで世界中どこに対してでも慶應のホームページの

サービスができる こういうふうになっているわけです。




これがDNSと それからIPアドレスとの関係なんです。

TLD、Top Level Domainというのが

Country Codeであったり.comであったりたくさんあるのですけれども

実はこの上にそれを.comのサーバーはどこにあるのそれから.jpはどこにあるの

.chはどこにあるの というTLDを取りまとめている

さらに上にドットつまりperiodという名前のネームサーバが実はあります。

このネームサーバのことを全体の木の根っこですからルートネームサーバと言います。

このルートネームサーバというのはインターネット全体の世界のインターネットの

オペレーションの一番基本となるとこで新しいTLDが増えればルートネームサーバの

中でそれをわかるようにこういう風にデータベースを書き換えるという作業をやっています。

これはいわばインターネット全体が動くための公共的な役割だという風に

言うこともできます。







こういったルートから全体のツリーができている これがDNSでそこに

対応したIPアドレスを引けて世界で1つのコンピュータに

たどり着くための入り口

グローバルにユニークなIDが形成されています。
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