昨日は品川区にある五反田文化センターまで、講座を聴きにに出かけてきました
五反田文化、わりと最近できた新しいホールですが、初めて行ってきました
「道がわかりにくいからたぶん迷うよ~」
と脅されていましたが(笑)、住宅街をくねくね歩きながら人に道を聞いたので迷いませんでした

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この講座は6回に渡り、リスト研究家の福田弥氏のお話と、リスト音楽院に留学していた経験を持つ演奏家による演奏で、リストの生涯や音楽についてたどっていくというもの。
今年はリスト生誕200年ということもあり、世界各地で様々なリストにまつわる企画がたくさん行われていましたね。その記念すべき年ももうすぐ終わり。私も色々な演奏会に出かけましたが、こういったリスト研究の権威である方のお話を伺うのは初めてでした。昨日はそのシリーズの最終回で、あまりに濃い内容に『第1回から聞きたかった~

』と悔しくなりました。。
第6回はリストの晩年にスポットを当てての講義。華やかでマダムたちにチヤホヤされていた若いころのリストですが、晩年は宗教に傾倒し僧侶となった話は意外と知らない人も多いかも?
晩年にかけての作風の変容は誰が聴いても明らかで、急激に無調のような不気味な和声を多様した音楽がたくさん生まれて行きます。研究者に言わせると、厳密には『無調のようで無調ではない調性システム』なのだそうですが、この不気味さは、リストにとってはとても神に近い音楽とでもいうのでしょうか。まだ無調というシステムが確立されていない当時の人々にとってはとても理解しがたい和声を多様した曲を、正統派な宗教音楽として認めてもらえるようにリスト自身が出版社に働きかけていた、という話が一番興味深かったです。
無調のシステムはシェーンベルクが確立したのですが、その30年も前にリストがその斬新な試みを行っている、というのはよく考えるとすごいことですよね。もっというと、リストはモーツァルトと同時代を生きたサリエリに師事していたそうで、晩年にはドビュッシーとも接触をしている・・・本当に激動の時代を生きた作曲家だったのですね。あの不気味な和声のおかげで?これまであまり目を向けることのなかった作曲家だったのですが、音楽史の中でそれぞれの時代に大きな業績を残し、そして時代の橋渡し的な存在として重要な存在であったことに改めて気付かされた一夜でした。
講義後のコンサート(ピアノ:干野宜大)。
そういえば、聴きに来ている人達は結構年齢層が高かったけれど、どういう人たちだったんだろう。内容がけっこう高度だったと思うのですが、皆さんフムフムと理解しながら聴いていたような。。