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No excuse, No what if, because we're totally equal once we toe the line...
結果に言い訳も、たらればも、不要。
スタートラインに立った時点でみんな同じ一つのゴールを目指すという意味でイコールなのだから。
今一番強く思っていることです。

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初参加の横浜国際女子マラソン、レースを通して1キロ4分36秒以内、トータル3時間15分以内で走らないとゴールできないタフなレース。一般参加の300余名はベストタイムのレベルに多少の幅はあるものの、みんな国際大会の常連さんばかり。
私の現在の持ちタイム3時間13分30秒は出場資格ギリギリ、そして完走するにはベストに近い状態で臨むべき大会。

しかし万全とは程遠いコンディションで臨むこととなった本大会、私は、競技人生初の関門での競技中止でDNF。厳しい結果に終わりました。
何キロ地点まで行こうともゴールしなければ結果DNFで、何の記録にも残りません。シビアな勝負の世界です。

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心配していたカラダの痛みもなくいいタイムで入っていった前半、ハーフまでは完璧、これは狙えるかもと思ったのも束の間、23-24kあたり以降脚が完全に止まってしまいずっと我慢のレース展開。
前半の貯金を食いつぶしながらなんとか関門を越えるたびに「まだ走る権利をもらった」と思うのと同時に「また次の関門まで走らなきゃいけない」というプラスとマイナスの思考が交錯。ついにキロあたりのラップも5分台まで落としジョギングレベルの速度に。次々と集団においていかれ、後続からは抜かれて、ついに自分より後ろは皆関門で収容され足音も息づかいの気配もなくなった。もう脚は限界だし、次かその次に関門にかかる事は必至だったけれど自分からリタイアはしたくなかった。沿道の応援にハイ!と声を出して応えることで自分を鼓舞し、とにかく行けるところまで行こう、という一心で走ったのですが。とうとう競技続行者のなか最後尾まで順位を落とし白バイ二台に後方左右をかためられ走るというなかなかない経験まですることに。。今まで感じた事のないレース中のものすごい孤独とひんやりした風を感じながらの数キロだった。そして最後の関門35k地点で赤いリボンで競技打ち切り。もう一歩も走れない、辛すぎたラスト数キロだったので打ち切られた悔しさより、正直解放されたという気持ちが先にうかんだ。タオルで包まれ我に帰り、こんな走りでよく35kまで来たなと思ったし、競技中止は当然、涙もでなかったけどジワジワとこみ上げる複雑な感情はおさえられず。
痛めていた腰のせいではなく、こういうガチンコのレースは自己ベスト狙いくらいの強い気持ちで挑まなくてはいけないし、「行けるところまで」、なんていう甘い考えが今日の行けるところの限界ポイント35kだったまでなのです。レース前からそういう消極的な姿勢だったことが、この結果に繋がったのは自分が一番よくわかってるので、悔しいけれど納得。

余談ですが・・・
最後の35k関門手前で沿道の人だかりから私の名前を呼ぶ聞き覚えのある声がした。ママだ!母はだいたいこの大会のスタート30分前まで私が横浜に出てることすら知らなかったくらいだからまさか来てるとは思わず、すごく心が揺れた。
一瞬目が合い、思わずママー!と子供のように呼んで「もう、やめたい」と心底思いコースアウトしたくなった。振り返ったら本当に止まってしまいそうだったので前をみて走り続けた。そして、そこから100メートルか200メートル先の関門でレース終了。
もっと早い段階でリタイアしてたかもしれないのに、見えない力が折角来てくれた母のところまで背中を押してくれてたのだな、と後で思いました。

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最後に、、この歳になってもまだ熱く真剣に勝負できる環境にいてシアワセだなと思う反面、自分のドMさ加減をまた痛感。
いつまでこれを続けるのかな。

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次、頑張ります!
Buona corsa e Buon appetito!
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