先日、母の難病CIDPのことを書いたら直接メッセージをいくつか頂きました。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/191
なかなか理解されない病気なので、悩んではる方も多い事をしり、
母の事例ではありますが、、、良かったと事などを書きたい思います。
母が痺れを訴えて、病院へ行き出したのは 私が高校生の頃なので
40代半ばだったと思います。
それまで、母は血管が細いので大病をしたらあかんと子供の頃先生に言われた事があることと、低血圧以外はいたって健康。風邪等もほとんどひかなかったです
(今思うと、父が出張や 短期や長期での海外赴任などでほぼ母子家庭で3人子供がいたので、風邪をひいいている暇もなかったのかもしれません)
最初は突然ひどいめまいと手足の痺れだったようです。
その後も時々のめまいと、、、痺れが体中になって(母曰く、痺れが切れた時のように痛みを伴うような痺れ)夜寝る事もできない状態がありました
(痛みですぐ目が覚めてしまうようです)
病院でいろいろ検査してもらっても全然わからず、外見的にはまったく異常がわからないので、その苦しみも理解されない状態が続き、
原因が分からないと、「気のせいだ」とか「神経質だ」「更年期だ」「躁鬱だ」といかいろいろ心ない言葉を発する先生もいて、、、段々自由に動かなくなっている手足と、自分がどうなってしまうのか?という不安で、一時期は本当に躁鬱になってしまって、自殺願望などもでている時期がありました。
いろんな所で検査すると、筋力は普通のひとより多い、膝蓋腱反射がまったくない
>でも脚気ではなかった
ただ筋力があっても、神経を守っている髄液がとけている状態で神経が麻痺してるのでセンサーが働かないので、段差等を感じる事が出来ず転ける。
(平らな所であれば、痛みはあるけど歩ける状態)
~正座して痺れてる時に感覚がないのに似てるような気がしますが、私は本人ではないのでよくわかりません~
脳外科やいろんな所で診てもらったのですが、最終的には脳神経科で
阪神大震災の前の1994年に、国立循環器センターでやっと
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy: CIDP) と診断されました。
が
詳しい原因とか治療法おまだよくわからない状態で、今いいとされている方法は
残念ながら、母にあわなかったのです。>なので今も特に治療はしていません。
ビタミンBを飲んでいるだけです。
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)と判断される前に、1987年頃?
導引術
http://www.nihondokan.co.jp/index.html
というのを母が何処かでみつけて、私が試しに入門コースのようなものを1ヶ月受けてみて
これなら母にも出来そうなので、母と一緒に半年程通い習得しました。
寝転んでするストレッチと呼吸法をあわせたような方法です。始めた時は母は、末端神経の機能が弱っている為か手足は紫色で、踵等もガザガザな状態でした。
でも3ヶ月程立つと、、、赤ちゃんの足のように綺麗になり、痛みや痺れ等は改善されなかったのですが、明らかに身体にいいということを感じた事と、母は他の健康法はなかなかできない(立ってするのは全然無理なので)それ以降、朝晩 基本法のみ続けています
(骨折で3ヶ月入院してましたが、その間はできなかったので、以前と同じように足が紫になっていました(ガザガザはまだない)母は導引術を始める前に自分がそうだった事を忘れてましたが、私はとっても印象的にだったので覚えてました。
私自身はそのとき健康でしたので、良さを自分の身体で体験すると言う感じではなかったけれど、母が医者の申告以上に元気でなんとか自分の家で生活出来ているのは導引術のお陰だと思っています。
習っている頃は、早島天來先生もご存命でお話を2回程聞きました。その時に「欲を捨てなさい」ということを言うてはるのですが、先生のお話を数時間聞くだけで10万円とかとられました。その時は母の事もあって、なんとかしたいということもありましたが、 2回目に 欲を捨てろとゆうてはる本人が一番欲深いじゃん?って思って、辞めたのを覚えています。
お布施等は要求しませんでしたけどね(笑
とはいえ、導引術に出会えた事はとても良かったと思います。
基本の動作をするだけでいいと思います。
母も私も、どっちかというと欲がない方で、、物欲とか所有欲もないし、
食欲さえあまりないです(あまりお腹が空かない体質みたいです、私と母。1~2日は飲まず喰わずでも忘れてしまう位です。なので断食3日までは全然平気。それ以上は食べない事がなかったのでわかりません)
食欲がないというと、、、「可哀想~、美味しく食べられないじゃん?」って言われるのですが、空腹感はなくても、食べる時はいつも美味しく食べられるし、お腹が空いて食べるのと、そうでないのとの違いがイマイチわからないので自分では満足してるし、、、結構便利です(笑
話がそれてしまいましたが、
今している合気道にも通じる部分を多く感じてはいます。
ただそれを利用して儲けてはあかんやろ?と単純におもってしまうだけで、早島天來先生のお話もとってもありがたがって聞いてはる方が多かったし、先生とお近づきになりたいという感じの人も多かったけど、、、私はあんまり思わなかった(W
本当に徳のある人は、そんな困ってる人から(金銭的にということでなく)高い講習料をとるようなことをしないと思うのです。まぁ、それでも救われたと多くの人が思えばそれはそれでいいし、、、何年かぶりにぐぐって会が存続してるのでそれは社会に貢献してるのだとは思います。
CIDPと直接関係あるのかどうか?は不明ですが、、、
母の場合、日常的な痺れと痛みと時々のめまい 以外に
年に一度ぐらい(大体1月~2月) 首から下の筋力がある日突然全くなくなり、こんにゃく人間の用になります。最初は5~7日ぐらいで回復しましたが、その後段々ひどくなり、一昨年は、顔の筋肉もなくなって、、、顔が崩壊しました(目の高さとかも変わります)当然のどの筋力のなくなるので、その時は救急車で京大病院へ行きました。先生は初めてみたので(それまでは自宅で少しずつ回復してたので病院へはいってなかった、家族の中ではこんにゃく人間病ということでなれてた)びっくりしはったようです。点滴を3~4日して、徐々に筋力が回復してきて、流動食へという感じでした(いつもは流動力は食べられるぐらいだった)入院と言っても先生も事例がないのでビタミン補給をする程度でしたが、2週間でとりあえず回復しました(元の状態よりやや動きが鈍くなるけどほぼ同じ状態まで戻ります) 今までも状況も先生には話していたのですが、想像以上の現象で先生はびっくりするだけだったようです。そのひどいこんにゃく人間の後去年は幸いなってないし、今年も丁度?骨折で入院中だったのですが、症状はでてないので2年出てない事になります。
原因もなにも全くわからないのですが、、、考えられる事はストレスかな?
母は我慢してしまうタイプで、上手に発散出来ません。私も母に似てる部分があってストレスを貯め込むタイプですが、母と違って気が強いので
大丈夫なんだと思います(母は繊細です)やはり、ストレスは身体に一番よくないと思います。
今の実家は12年程前に建てたのですが、その前の年に、母は5年以内に車いすになると宣告されてました。なのでオールバリアフリーです。
骨折後、なんとか伝え歩きが出来るまでには回復しましたが、以前とは明らかに違って家事は出来ません。(家の中でも杖が必要)
後少し歩くと筋肉痛になるようです。1ヶ月間は全く動けない状態で、いくらリハビリしたからとはいえ、筋力の衰えが仕方がないですね。
お医者様から、良くて車いす、最悪の場合な寝たきりになる可能性があると言われてたので、母は本当に努力したと思います。
先生も看護士さんもびっくりしてはりました。
母も時々不平不満をいいます。自分の病気に対する不安もあります。そういう時ははやり、痺れや症状がひどくなります。
でも嬉しい事(姪っ子達の事)とかがあると嘘のように元気になる時もあります(痺れや痛みは無くならないけど、忘れる程夢中になってしまうようです) そういう母を見てると、ほんと人間って気の持ちようというか、そういう部分が大きんだなと思います。
私が今 改めて、合気道を習い出したのも、ぶれない自分になりたいし(自分がぶれてマイナスオーラをだすと周囲も感じる)気を沈める方法を学んで、母にも上手く伝えたいと思っています。 相手に対する怒りや恨みの感情は結局自分を傷つけるだけですものね。
頭でわかっていてもなかなかできないので、身体で習得したいですね♪
母の場合、寝転んでする導引術がよかったですが
ストレッチと呼吸法 を自分にあった方法ですること、
合気道で習った事ですが
起きてる間にいろいろ嫌な事があっても
寝る時はいいことを思い浮かべる 「ドリアがおいしかったなぁ~」
とか「山ピーがかっこよかったな~」とか何でもいいそうです。
そうして、、、「重心が下」って思って寝ると気が静まっていいと思います。
起きてる時も、、、頭に血が上らないようにする訓練ですね♪
イメージするだけでできるので簡単ですね
これはCIDPに限らず全ての人に当てはまるような気がします





















