『劇場版ベルセルク 黄金時代編Ⅰ』を観た
テーマ:アニメ、声優去年から楽しみだった、アニメ映画『劇場版ベルセルク 黄金時代編Ⅰ』を観てきた。
<とうとう始まったベルセルク・サーガ>
ベルセルクの漫画をすべて映像化するという「ベルセルク・サーガ」プロジェクトは、
当初、ベルセルク原作を劇場版3部作に分けて、制作する予定で、
今回の黄金時代編も2時間半の枠となる予定だったようだ。
しかし制作を進めるうちに、先の枠に収まらないと判断し、80分、100分、110分、合計4時間50分の、
劇場3部作となったそう(パンフレット参照)。
<美麗な映像と、課題の残るCG表現>
映像は、手書きと3DCGを組み合わせたハイブリット制作が成されており、
基本人物のアップは手書き、引きの人物は3DCGで描かれている。
馬やゾッドなどのクリーチャーなど、CGだとわかっていても、素晴らしい出来栄えであり、
CGの“違和感”が決して悪い意味ではなく、説得力を持っていた例であった。
しかし問題なのが、CG化された主要キャラであり、特に悪い意味で“違和感”を持ってしまったのは、
芝居がユッタリとした部分での使用である。
2部の予告篇でキャスカが、崖から落ちるシーンなども、CGで人体が描かれていたが、
間違いなく観賞中に、あの出来栄えのシーンが流れたら、興冷めしてしまうだろう。
かつて、攻殻機動隊のリニューアルバージョンにて素子が3DCG化された際、
元の手書きの持っていた色気がすべて消え失せていた悪例があるが、
このベルセルク劇場版で、批判材料となりうるであろう主要キャストの、
部分的なCG化の救いようのある点は、
あくまでその使用条件を、引き絵の部分に留めているということだ。
ただCG人物で出来栄えのイイ物もある。
パンフレットのインタビューで、総作画監督の恩田尚之は、
シャルロット(姫さん)の3DCGの出来栄えの素晴らしさを褒め称えていたが、
確かに実際の映像を見ていて、そう感じた。
<物語>
ストーリーは主要キャストの出会いと、グリフィスの夢に溺れつつあることに、
ガッツが疑問を持ち始める箇所までしか描かれないため、正直盛り上がりに欠けるかもしれない。
ただ今後の、2部、3部に向けての意気込み、怨念のようなものは、冒頭の合戦シーン、
数々の残酷描写から確かに感じ取れた。
<アドニス殺害シーンの残酷さ>
今回の映画で最も印象に残ったシーンの一つ。
暗殺を命じられたガッツが誤って、ターゲットの息子である少年アドニスまで手をかけてしまう場面。
まず上手い修正だと感じたのは、漫画、アニメと異なり、ドアから入ってくる“何者”かをガッツが、
刺し殺す瞬間まで、その人物の手のみしか画面に映し出さなかったこと。
(アニメに至っては、はっきりアドニスの姿が見えてしまっている。)
このことで、誤って殺害してしまったガッツの独白に説得力が増した。
また腹部に致命傷を負ったアドニスが息絶える描写を漫画よりも、ねちっこく描いている演出には、
正直、引いてしまうほど気味が悪くも、そのもの悲しさが心に残った。
漫画では、絶命直前、アドニスは上手く呼吸が出来ず、「ヒュー、ヒュー」という音を発するのだが、
これもよく再現されており、正に「声にならない声」という音をアドニス役の役者は音にしていた。
<音楽>
音楽はOP曲は平沢進、劇伴は全編、鷺巣詩郎が担当している。
早速、サントラを購入したが、最も素晴らしいと感じたのは、
アドニス殺害シーン、スタッフロールで使用された「Blood and Guts」。
この曲をバックに、真っ赤な文字でクレジットが淡々と流れるところなど、
最早、怨念すら感じさせる名曲。
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