ずばり。それは自分を偽った感情です。

 

 


「自分を偽った感情」について書きたいと思います。


 


自分を偽った感情は病気にもなる、と書いたことがあります。


 

 

 


その時に「偽りの感情でも良いので、穏やかで優しい人を演じたい。
怒りなどの悪い感情で黒くなる方がよくない。感1じ方の否定をされた」

と言われたことがあります。

 

 

偽善の嘘で自分をだまして、何が変わるというのだろうかと思います。

 


そして感じ方の否定もしていません。感じ方を否定するというのは、
これを言った人の方ですよね。これを読んでいるみなさんは、
おわかりだと思いますが説明を少し。

 


実際には怒っているのに、演技で何もないふりをする、
これって自分の感情を否定しているからですよね。

 

 


怒りの感情を否定しているからですよね。

誰が言ったのかも今となっては思い出せませんが、過去のトピックに
こう言われたと書いていたので、少しひっぱってきました。(笑)

 

 

 

私のコメントでも少しは役にたてたらいいなと思うのとともに、
あと、人に説明することによって、自分自身、学んだ事が
より深く入るし忘れにくなるという利点があります。

 

 

ですので、学んだら、人にも伝ていく事によって、自分の中に
定着出来ていいことだらけなんです。

 

 

もちろん私の解釈がすべて正しいとは思っていません。

読み返したら違うさらえ方になっていることだってあるかも
しれませんしね^^

 

 

その辺はご容赦くださいね。


 

AD


「してもらったらしてあげる」という考え方ですが、
回復ワークを始める時に、この考え方の人は避けるようにと
書いてあったことを思い出しました。

 


これがいけない考えだと理解できている人は、いったい
どれだけいるのだろうかと思います。

 


何故いけないのかというと、「自分のニーズでしたい時にする」
「相手もそうしていい」というものがないからお互いに
侵入しあう事になるからです。

 


やりたくもない時に相手のためにすると、何がおこるかというと、
「見返り」を要求する結果になります。

 

 

「忙しい中、してあげたのに!」と怒ってはいませんか?
自分が「したい時」に「したくて」やっていたならば、そんな怒りは
出てきません。そんな見返りは要求しません。

 

 

 

自分がしたくてやっているのかがわからない事は多々あります。
したいと思っている事が本当には、したくないということがあります。
自分では気が付かない事があります。

 


この見極めはアダルトチルドレンにとっては、とても難しいのです。

一番わかりやすいのは、母親の世話ですね。

 


したくてやるんだと言っているアダルトチルドレンは多くいますが、
本当にしたくてする人などいるのでしょうか。

 

 

母親でも旦那さんでも、世話をしたくてする、なんていう事は
殆どの場合ありません。

 

 


健康でいて自分の事は自分でしてほしいものです。

ここで間違いやいのは「したいからじゃなきゃ、やってはいけない」
と間違えて思ってしまうというとことです。

 

 


確かに回復は自分のニーズ(必要性、欲求)によって、
「したいことをしたいと認識して行う」というものですが、
世の中にはしたくない事でなくてはならない事だってあります。

 

 


「したくないけどやっている」という認識をしながらするということは、
とても大切だと聞きました。

 


したくないけど、これはしたいんだと思い込ませてしていると、
歪みが出てきます。疲れます。

 


「それをしているとなんとなく体調が悪い」ということが出てきたら、
歪みがないか、今一度考えてみてくださいね。

 


ここで言う歪みとは、自分の気持ちにうそをついているということです。


 

AD


世の中は、母親というものを偉大で尊敬すべき対象
として扱っていることが多々あるなと思っています。

 

 

母親であるというだけで、ものすごく尊重されますよね。
面白い文化ですよね。悪い意味で。

 

 

ものの見方がおかしいですよね。

 

 

母親というだけで同情されたり、悪い事も悪くなくなってしまう
恐ろしい事がありますね。

 

 


これは、母親世代や父親世代の人が作ってきた国だからとも
言えると考えています。

 


要するに、自分の都合がいいように作ってきたのだなと。

 


習う場所もなかったというのもありますが、本もありますしね。

 


私なら、動物を飼う時ですら当たり前のように飼育本を何冊も
買います。メーリングリスト等にも登録をして、先輩たちに
相談をしたり。

 

 


ですが動物を飼う時におかしな独自の飼い方をして死なせている
人が多いことに私は心底おどろきました。

同じように、独自の子育てをしている方は多いのだと思います。

 


育児本といっても、それよりもAC本で回復した方がいい事もありますし、
選び方も重要ですよね。

 

 


子育ての本なら、動物の本よりも少しは買う人は多いのかもわかりませんが、
命をはぐくむことについての責任の重さがない人って、子育てにしても
動物にしても多いんだなと思いました。

 

 


※子供と動物を同じ扱いにしているわけではありません。
 命という観点で書きました。念のため。

 


話題は変わりますが、私はもう数年は親に連絡していません。
それによって人生がとても豊かになりました。

 

 


親から離れれば幸せになれるというのは
本当なんだなと実感しました。

AD

毒吐きはネット依存になり
ループします。

他者に聞いてもらうことで
発散できるようになると
その方法から抜け出せなくなります



自助グループでは、感想等は
言わずにいいっばなし、聞きっぱなし
秘密厳守などのルールがあります。



ネットでも言いっぱなしならいいのか
というとそうではなく、
目の前に聞いている人がいると
わかっていてのものかどうかでも、
180度の違いがあります。


また、
ネットの場合はスッキリせず、
そのために繰り返してしまうという
負のループに陥るためです。

他者に聞いてもらわなくても、自分がインナーチャイルドと
話してあげる事が大切なんですよね。



最初は他者に聞いてもらうという「共感してもらう」という
ワークがあるのですが、これは現実でやることであり、
ネットでしては危ないと言われています。


毒吐きをネットでしている人は、いつまでたっても回復せず、
ずっと同じ毒を吐き続けるだけという、「痛みだけの苦しみの世界
居続けるループ」になってしまいます。


他者に共感されるというのは大切なワークなのですが、
何日もずっと永続的にという「AC的欲求」はよくありませんし
毒吐きから肯定されると、「毒を吐けば肯定される」という思いを
強めます。


ACの多くは自己肯定感がないので、他者からの承認欲求が
出てきます。


それの危険な点は、他者からの共感や毒を聞いてもらう事を
行動するほどに、他者から肯定されたら自己肯定できる、すなわち
他者の承認がなければ自己を肯定できない、という思いを強めます



共感は大切なのでいいのですが、毒吐きからのものは危険だという
ことです。

続きです。



でも相手は変わらない。
だからこそACではない人を探し方がいいんだなって
思います。




相手に合わせていると、何もかもが上手くいかず、
良くないですね。




相手を選ぶときにACではない人であればいいだけの
話なんですよね。




今すこーし気になっている人は、ACではなく
自信があって、束縛もなく、支配しない人なので、
不安がなくなるかな、とか思ったりしています。




最初からガンガン思った事いって喧嘩っぽいのに、
でも好きでいてくれるかもって感じがする人です。





ありのままの自分でも好きでいてくれるかな。
ありのままっていっても我儘とはべつで。
しっかり社会的な感じで社交的な感じで・・は、
当たり前に必要ですが。




そういう人が、本当は関わっていったらいい人
なんだろうな、少しそう感じはじめています。

彼がいる時は特に「嫌われてもいいから自己主張」
これが出来ないでいます。




出来たのは、彼と別れる最後の最後だけなんですよね・・(笑)




それまでは、怖くて何も言えないという感じです。
何が怖いかって、嫌われるのがなんですよねぇ。
彼が怖いというのもあるのですが。




そして相手がACだと愛情が薄い場合があるため、
どうしたって不安になりますし、でも、言えずに、
まわりくどくモテる話をしてみたり、
他の人の話をしたりしたりして、妬くかなーと
思ったりとか・・(^^;)




結果、軽いと勘違いされたりもしますし、無駄な会話も。
これってこちらだけの責任ではなく相手のAC問題も
あるのですが、
それにひきずられるのはやっぱりわたしの問題。




ひきずられなかったら上手くいくかと言えばそうではなく、
そういったタイプの相手の場合は、
ひきずられる人しかくっつかないんですよね。




それが解っているからもあわせるしかないんですよね(;´▽`ゞ
無駄に知識があるという・・。
でも嫌われたくいっていう思いからですよね。




嫌われてもいいって思っていたらこのタイプの人には
嫌われます。(笑)




支配欲求が強い人って、合わせてくれる人が好き
というタイプなので。




それでもいいって思えるのが健全なんだろうけど。
きっと、それでも、離れる事はないのかもしれないけれど、

彼氏ではないつきあいにはなるんだろうなぁ。




だったら好きにならなきゃいいじゃない。




と思うのですが、相手がACじゃなかったとしたら、
その人すごくいいんですよね。
回復してくれたらなーーってほんまに思いますね。



もうちょっと続きますね。



その冷たい人ですが、ACのようだなと思いました。




私が「こうこうこうしたいのですが、気持ちが
ついていかないので、背中をおしてもらえませんか?」
と頼んだんです。



あれだけ聞いてきていたのに。こちらが結論をだして
頼んだのに放置されてしまいました。。



ACって・・頼まれた時にしたくなくなったり、
頼まれていない時に自分の都合でお節介やく人いるのですが
まさにそれだなぁと感じました。




人のためにしているって勘違いしているからタチが悪いって、
加藤諦三さんがよく書いていらっしゃるけど、
まさにそれだなと思いました。




私が頼んだ時には、「まじか?」の一言だけでした。(笑)
何もしませんでした(笑)言葉使いはさておき・・(笑)




そしてその人は、状況がかわって、私がアドバイスとは逆の
ことをする事になったら、きれたんですよね。




「お前がフラフラしてたら、アドバイスしたのに、
どうしたらいいかわからないだろ」みたいな。




いや・・フラフラしてもいいんですけどね。私の勝手でしょって
思います。私のことなんだから。
アドバイス通りにしなくたっていいじゃないって思います。



アドバイスもしっかり聞いての判断ですし。
入り込まないで欲しいです。コントロールしようとい
しているんですよね。
自分がアドバイスした通りにさせたいのだと思いました。





とかいろいろと思ったのですが、周りとの関係もあるし、
それよりも相手にもしたくなかったので、スルーしました。
言っても解りませんからね・・。


最近、手に負えなくなった出来事があって、
信頼できる人に相談したりしました。


数人の信頼している人に相談したのですが、
その中で1人だけ心無い事を言う人がいました。


その人だけは、自分から「大丈夫か?心配だ」と
か「どうなった?」と自分から聞いてくれたので、
話していたのですが・・。
思えばこれはACの侵入だったのですね。



何度も聞かれるので答えていたら、「これ以上は
自分でしろ」「誰々を巻き込むなよ」みたいに言われて、
はぁ?!って思いました。


誰々というのも、自分から言ってきていたので、
意味が解りませんでしたね。
だったら最初から聞かなきゃいいしって思いました。


結局は自分で考えるのは当然ですけど、
でも、人に話して共感して欲しかったり、
どう思うか聞いたりする事はいい事だと思うのです。


他のひとたちは、どうだった?とか、入り込んで
こなくて。


自分が好きで聞いている、というスタンスで。


話して、聞いてもらって、ありがとうって言って、
またその人も悩みを話してくれたりして。
絆がうまれますねー。してあげてる的な人って、
ダメですね。合いません。


そういう人って、優しいように見えて、冷たいなと
思いました。
という「自分の感情と向き合う」こと、ですが、


心の中の不安の元は何かと知る事もそうですし、
感情がう埋もれていて、出ない人もいますので、
まずは感じらるようになることというのもあります。




感情の凍結がある場合、泣かないという方も
いらっしゃいますし(特に男性に多いです)、



怒った事がない、という怒りの凍結も多いです。
(特に女性に多いです)



自分の感情をしるという事、そして、怒りというのが
一番自分のクセを知れるので、怒りが起こった時には、
これはどんな感情からのものなのかを考える事が役に立つかと思います。



怒りというのは「二次的感情」ですので、必ず別の感情が
隠れています。寂しさだったり、不安だったり、悲しみだったり、
恐怖だったりします。



まずは、ありのままに感情を感じてみて、具体的には、
親への怒りと向き合うという事ですね。