日日是好日

毎日を、「いい日」にしたい。


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久々にクラブという場所に行った。

なんだかなぁ やっぱり苦手。。

大音量すぎて話聞こえないしなぁ。

なんであんなうるさいのか。

楽しみ方がいまだにわかりません。


友達の「ブランド」に関係あるイベントで、知ってる人はけっこういたのにこのありさま。

アルコールいれてなんとかテンションあげてみた。

根っから社交的な人を見てると、人見知りは前ほどじゃなくてもやっぱり

わたしのは「社交的なふり」なんだなと思う。。

ふりができるだけましかぁ!


クラブという場所では、なぜかつきあってない男女が密着するけど、一体なんなんだろ。

誰にも公平な態度を取れるというたぐいまれなるスキルを持つ男の子がいて

そのあまりの裏表のなさ、選り好みのしなさをわたしは内心すごいなぁと思っていて

さらりとした性格から、そういうことには無縁なんだろうと勝手に思っていたんだけど

それはわたしが勝手に思っていただけでした。

勝手にイメージして勝手にびっくりするのは失礼かもなぁ。

でもなんか。
ちょっとショック。

わたしはかたすぎる。というだけのことなんだけどさぁ。。

なんだか、「普通の若者」ができない。

まじめすぎる。

みんな軽々とこなすなぁ なんでも。。

くそまじめな自分をごまかすことができないや。


おまけに帰りの電車はありえないくらい遅れていて、一般的なクラブ帰りよりはるかにテンション低いっ。

おいおーい

クラブはやっぱりもうやめようかな。

ちょっと心が折れました。。


そんな若者ができない若者は、禅の思想超入門書みたいな本を買いました。

われながら渋すぎる。

都会より自然
クラブより居酒屋

そんなかんじです。


やー つかれた。

倍かかった。


明日もバイトとフィッティング!

きっとみんな寝ずに作品あげてくる。

がんばれ と心の中で唱えつつ。

そっこうで寝よう。
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なんにもしないでいてやった

なんにもしない一日、というのはあんまりなかった。

でも今日はそんな一日。

寝て起きて、しゃべって、食べて、どうでしょう見て、本読んで。
それしかしてない。

今日は朝帰ってきたから一日が早い。


昨日は学校の子たちと飲みに行き
テンションあがったとこで終電の時間になり

「帰りたくない」と酔っぱらいは思ってしまったので
「花火しよう」という言葉に乗っかって、みんなで大きな公園に行った。

都会のまんなかで花火なんかできないと思ってたけど、その公園のまわりには人家がないので意外と全然平気でした。

飲みでは「シャイでしょう」と本質を見抜かれ
「ばれてた!?」と言ったら「ばればれです」と一言。

そんなわたしなのでお酒の力を借りっ放しです。

お酒の力で人と話し お酒の力でみんなとはしゃぎ
慣れてきたころに酔いがさめてきてちょうどいい。


ちかごろは「遊ぶ」ということを本当に全くしていなくて、服をつくってばっかりだったのでちょっとやなかんじで

だから昨日は「きちんと」はしゃいできました。


外でするオールはいいなあ。

カラオケはとにかくたばこくさくて、なんだかじめじめしているような
まとわりつくような倦怠感があるから一晩すごすのはつらい。

外だと風が吹くし、たばこのにおいもしない。

だんだん闇が薄くなって、鳥の鳴き声がきこえはじめてきて
外にいると、ほんとに「朝がきた」っていうのがわかる。


日本は治安がいいなあ。
アメリカだったらけっこう考えられない気がします。

セントラルパークだって、昼間はともかく夜中じゅういるなんてすごく危ないんじゃないかなあ。

かなりいいことだと思う。


ばかばかしいことして、ばかばかしい話して、ひたすら笑っただけで
別になんの実にもならないような時間だけど

意外とこういうのが大事だったりするような気がする。。


夏っぽいことを、今年初めてしたなあ。

取り返していかないと!

とりあえず次はおまつりに行こう。
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初めてミッドタウンというところに行きました。

六本木の新名所的な場所なのかなぁ。

行ったけど把握してません。

今日は21_21デザインサイトだけしか見ていないのです。

なんかわたしはあまりヒルズ的なものに興味持てない。。

とにかく、えらくブルジョワジーでした。


深澤直人ディレクション、チョコレート展。

グラフの北川さんとミナの皆川さんのトークイベント。

皆川さんファンとしては絶対行かなきゃでした。


チケットを見せたときにチョコレートをくれるという粋な計らい。

チョコを食べて待つ。

立ち見の人もたくさんでるほど盛況でした。


北川さんも皆川さんもものづくりに対する愛があふれてた。

グラフは奈良美智さんとのからみでしか知らないに等しいけど、これからも目が離せません。

多分、すごくいいチーム。

もともと印刷工場だったので、紙へのこだわりがすごそうでした。

熱く語ってた。

すてきな大人でした。


皆川さんはいつもの通り穏やかな語り口。

同じものを共有したいからよく工場に行く

同じことをやるときでも新しい発見を探している

自分の着る服は「まかない」みたいなもの

カテゴリーをはずしていきたい

もう嫌だな、と思っても結局は服が好きという気持ちに連れ戻される

すごく不器用だから逆に情熱がずっと続いている

服を選んだのは「出会ったから」で、なんでもよかったのかもしれない

覚え書き。


飾らず構えず
すごくニュートラル。

ほんとにすごい人はみんなそうだね。


同じ事務所の建築士さんたちが、すごい賞を取りました。

いつも「ふつうに」していて自然体だけど、実はすごいんだって。

エリートなんだって。

器でっかいな。

そういう人は側にいるだけでいいものをもらえる。

与える人間と奪う人間がいるけど

やっぱり与えられる人間になりたいです。


かっこいい大人のかっこいい背中を追いかけて、明日も走ります。

そのエネルギーをもらえた気がする。


明日は作品先生に見てもらう日!

先生は気が強い人なのでびびってます。

でもがんばるんだぁ

皆川さんのいるとこまで行きたいんだぁ
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昨日は今まで逃げてきたことと向かい合わなきゃいけないということを、すごく感じた1日でした。


それは父の病気です。

父はだいぶ前から目が悪くて、それは進行するばかりで止まりません。

治す方法がないからです。

だから難病と呼ばれます。

ふつうに生活できるけど、やっぱり正常な状態ではない。


父は弱音を吐くような人ではなくて

だから不自由な思いをしていても、なんでもないみたいにしています。

わたしはきづかないふりをしています。

本当はいろんなことを考えてしまうけど、何も考えてないふりをしています。


でも もう無理かもしれない。

その病気は先天性、遺伝性です。

だからわたしの目も見えなくなるかもしれない。

本当はずっと不安で

でも自分のいろんなことを越えていたから目をそらしてきて

だけどそろそろきちんとしないといけないかもしれない。


わたしたちはなんて選べないんだろう。

祖父が同じように先天性の病気で亡くなったとき

あまりの選べなさに愕然としました。

人生が、自然が、わたしたちを選ぶんだと初めて知ったんだと思います。


生きることも死ぬことも、自分の意志なんかじゃない。

心臓を動かすのも止めるのも、基本的には自分じゃないからです。

その感覚の延長線上に神や仏を信じる心があるんだろうな。


わたしには宗教心はないけど

この摩訶不思議な「生きる」ってことは、自分の存在を遙かに越えているなぁと感じます。

それは、西洋の「自然を征服する」という野望からしたら無力感なのかもしれないな。

自然に屈するってかんじ。

でも

わたしたちはもともと自然から来たから

自然の導くままに生きていくのが、文字通り自然なのかもしれない。


なんて言っても

見えなくなっていく父を見るのはかなりつらいし

自分のこともたくさん考えてしまいます。

でも 今までそういう気持ちをないものとして過ごしてきちゃったから

これからは、認めていかないといけません。


受け入れるというのは、受動的みたいに思えるけどほんとは

葛藤を乗り越えるという能動的な行動です。


テクノロジーはたくさんのことを可能にしてきたけど

わたしたちが「選べない」ということは変わらない。

生まれた時代 場所
家庭環境
容姿 体質

全部与えられるばっかりだ。

与えられた大きな枠の中で、小さな選択を繰り返す。


生きるってなんなんだかね。

センチメンタルにではなく

初めて外にでた子供みたいな気持ちで

ただ不思議に思います。


与えられたものは、受け取るしかない。

選択肢なんか最初っからない。

その事実に慣れるには、もう少し時間がかかりそうです。
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あそびたい。

久しぶりにものすごいあそびたい。

わーわー言いたい。


そんな気持ちに駆られるも、時間はない。。

来週までにかたちにしなきゃいけない作品はまだ布なわけで。。


はぁー なんかしたいぞぅ。

したいんだぞぅ!


毎週末のひとりもやし生活なんか全然平気だったのになぁ。

突然外に飛び出したくなった。

なんだこりゃ。
これが「夏」なんでしょうか。。


まさに「書を捨てよ、街へ出よう」(だっけ)であります。

なんとかであります、っていう軍隊っぽい言い方は、元々は長州の方言であります。

豆知識であります。


父が買ってきた詩の本なんか読んでる場合じゃない。

宮沢賢治の詩は本物だぞぅ なんて話に聞き入ってる場合じゃない。

もやしな部分は父ゆずり。


肉の焼いたやつかなんか食べちゃって
タンクトップと半ズボンで
日焼け止めも塗らずに
表で走り回りたい。

そんなかんじ。

ってどんなかんじだよ。


はぁー

つっこんでもひとり。


おかしな具合だぞぅ。

週末に服つくってばっかいるとこうなるらしい。

なんかぴあとか遊びの雑誌買う勢いだ。

買ったことないのに。

もやし needs some air!


まったりが大得意なもやしにも夏が来たのだ。

なんかしたい。
なんかする!

まずはぴあだー
もやしはぴあを買うぞー。
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今日は薄曇り
秋のように涼しい。

なんとなくの眠気でもやがかかって

自分の世界に半分籠もる。


クラスで昔のパリコレショーの映像を観た。

傑作と謳われるそのコレクション映像は、美術館で流されている。

確かにすごかった。

大きなスカートは、ファスナーを開くと中から靴やぼうしがでてくる。

そんな仕掛けが満載の上にシルエットも流麗。

まさに傑作。
鳥肌がたった。


そしてそのブランドは、わたしが手伝っているデザイナーさんの所属していたところでした。

属していた人しか知らない話をたくさんきいていて

それを思い出しながらコレクションを観ていたら、なんとも言えない気持ちになった。

映像の中のその「メゾン」は、彼女にとっては「会社」であり

デザイナーは社長であり

映像が伝えるぼんやりと光るブランドイメージとはうらはらな、人間くさい生活だった。


ブランドというのは創り出されたイメージの集合体で

それは、直に触れると変形してしまう。

「メゾン」は触ったとたんに株式会社に変形する。

ファッションはなんだか霧みたいだ。

特にコレクションは。


静かな音楽を聴いていたせいか

夕方ベンチに座っていたら自分と世界の間のもやが濃くなって

本格的にぼうっとした。

最近観た、「ディープブルー」という映画のことを思った。

海に棲むたくさんの生き物の暮らしをひたすら追いかけた映像。

死ぬほど美しい。
尊厳に溢れていました。


その中で深海に迫ったところがあり

かねてから深海に興味しんしんのわたしは釘付け。

ぴかぴかとネオンのような光を放つ生き物。

ガラスみたいな目をした魚。

超高温の湧き水に群がるまっしろなえび。

この世のものとは思えないような、ぞっとするような映像。

宇宙に行った人は、ほんとの深海に行った人よりも多いそうです。

世界はこんなにも広い。

それがうれしくて、無性にわくわくする。


深海に棲む生き物たちが、地上の世界を知ったらどう思うだろう。

日の光も、風も、動物も知らない彼ら。

真っ暗で静まり返った世界が、彼らの日常です。

すごいや。。


わたしたちも彼らと同じかもしれない。

もしかしたら、地球という深海の底面から、水面を見上げてるのかもしれない。

知らないことばかりなのかも。


そんな風に思うと

すっと気が遠くなり

べったりとくっついた生々しい自分と距離ができ

意識があさっての方向に飛んでいく。

本当のことに向かって飛んでいく。

そのかんじがすごく好き。

何者でもない自分に戻る。


今日はそんな変なかんじ。

誰でもないわたしの1日。
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集中力を切らさずに裁断と仮縫いを終わらせたので放心した。。

手伝ってるアトリエという名のオフィスにて、一気に一型やっつけた。半日がかり。

やっつけたというしかない下手さ。。

とりあえず形にはなりました。


平面が立体になっていく過程はやっぱりおもしろい。

ダーツを取ったりいせを入れるだけで布は立体に、洋服に近づく。


でもそれは、あくまでも「洋服」であって、和服になれば話は全然違う。

平面を身にまとう和服は、根っこのところからちがう服なんだよな。

アジア圏の服は平面が基本だそうです。

歴史がちがうように流れていたら、もしかすると今もわたしたちは和服を着ているのかもしれないわけですね。

洋服は西洋人を対象に作られてきたから、東洋人は西洋人以上には似合わないわけで、そこにアジアのファッションの限界を感じます。

アジアをターゲットマーケットにしているブランドだって、ショーに出すのは小顔足長の西洋的美人。

根本的に無理があるんだよなぁ。。


美の基準は自分で決めなさいとソクラテスは言ったけど

個人の中でそれを確立するのは難しい。


美しさって、なんでしょうね。

ある地域では長い首。
ある地域ではボディーペインティング。

周りからしたら驚くような「美」がたくさんある。

もっとたくさんそれを知りたい。

それでわたしの、ウェスタナイズされたよわっちい美の基準を揺るがしてほしい。


とりあえず、和服の本でも読んでみるかな。

日本人が培った、揺るがない美しさ。

東洋人のための服。


世界は広い。

どこか知らない場所で、少年が羊の皮をつぎはぎにして着ていた。

数年前の写真。

大地と共に生きる人の持つ強い視線。

その「服」には力があった。

下代や上代なんてふっとばす強さ。


知らない暮らしが数え切れないほどある。

目を開けて世界を見なきゃ。

新宿も渋谷も原宿も
ニューヨークも

世界の小さな点に過ぎない。


心は伸縮自在

一ミクロンにも
宇宙大にもなる。

とりあえず世界と同じ大きさにしたいです。
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バイトカレンダーで暮らすわたしは祝日にあやかれない。

電車が空いててラッキー、くらいの感覚です。

あとはバイト中、ギフトラッピングが増えたりするくらい。

わたしが透明の袋にリボンをかけると、なんでもないおかしがプレゼントになり、誰かを少し幸せにする。

不思議だ。


食品を扱うお店なので、女の人が多く来て、小さいお子さん連れも多いです。

そんな光景を見ていて、アパレルで働いたら結婚できないよ、と言われたことを思い出しました。

不規則で長い拘束時間。給料も安い。

前にいたところでも、女性は誰も結婚していなくて

朝から終電まで毎日重い雰囲気の中で働いていました。


考えてしまうのです。

いい生活ってなんなんだろうか と。

結婚が全てだとは全く思わない。

でも同じように

仕事が全てだという気もしない。

そんな風に考えるわたしは、本当はそこまで服が好きじゃないんだろうか。

バランスよく暮らすことは、難しいことなの?

暮らしいう多面体の全ての側面を見ていたいだけなんだけどな。


いつの間にか、わたしは「誰か」にならなければいけなくなっていて

ラベルのように肩書きを張り付けないといけないところに来ていて

そのことにいまだなじめない。

いつまで経っても精神が、何者でもない子供のままです。


だけどやっぱり、わたしは自由で

なにを選びどこに行くのか

全てを自分で決められる。

バイトカレンダーに拘束されてる気分になるけど

それに従うと決めてるのは自分で

朝起きて準備してでかける、というひとつひとつが

自分の自由な選択だったりします。


結局なにが言いたいんだろう。

見失いました。

要旨を最初のパラグラフにいれるっていうのは、ライティングの鉄則だって何度も言われてたのにな。

自由って、大変ですね。


ナバホの人たちは、美しい調和の中で生きられるようにと祈るそうです。

なんか、きれいだなと思いました。

バランスが崩れたら、倒れます。

当たり前に。

そんな風になりそうで怖い。

無理はしたくないなぁ。。


やっぱり何が言いたいのかわかんないや。

知るべきことも考えるべきことも、まだまだたくさんあるみたいだ。
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アメリカ先住民、ナバホについての本を借り、読み始めました。

この世に存在するものは全部「人」と見なして

昆虫の人、鳥の人、と呼んだりするらしい。

そしてすべての「人」が同じように大切だと考えるそうです。

日本にある「八百万の神」という感覚に近い。

山にも岩にも神が宿るっていう感じ方。
なんとなくユニークで、あったかいかんじがしてわたしは好きです。


まださわりしか知らないけど、ナバホの精神世界は広そうです。

物質の世界には限界がある。

心の世界に比べるとずっと狭い。

なんか窮屈さを感じることがあるので、内面の世界も少しずつ歩いてみたいな。

何かを盲信するなんてことはせずに、物見遊山の感覚でぶらぶらと。

気になるのは哲学と、禅と、先住民の人たちの思想。


「近代化」していない先住民たちを、「近代人」があざ笑って追いつめた歴史が世界中にあるみたいだけど

物質的な視点では見ることさえできないような広い世界に彼らは生きていたんじゃないかって気がします。

目に見えるものや、小さい尺度で判断しようとすると間違える。

物質の世界に溺れそうな今だから、学ぶことがたくさんある気がする。


とはいえやっぱり物質的生活をするわたしは

友達とごはんを食べ、苦手な夜遅くの電車に乗るわけです。

負のかんじが強すぎてかなり苦手。。

ハナレグミをきいて中和。


似た環境で似たことを考える友達といると、話すことがたくさん。

わたしたちはどうなっていくんだろう。

流されるんじゃなく流れて行くんだって思っていても

洋上の小舟で漂流しているような心細さがつきまとうから

「わたし」じゃなく「わたしたち」という代名詞を使えるだけで少し救われる。

友達はありがたい。感謝あるのみです。


想像なんかやめちまえ

足を動かせばどっかには着くんだから。

そこがいいところであることを祈るだけだって。

誰かに出会ってどこかに行く。

それ以上でもそれ以下でもない。


各種負のオーラを乗せた電車はまだ走ります。

わたしはねむるのまちに行きます。

酒の飲まれた人たちから全速力で逃げ切ります。
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いつの間にか一年は半分なくなってるんだな

びっくりだ。


今年の抱負はなんだったのかもう思い出せないけど

日々はちゃんと巡り

出会う人には出会い

ごはんを食べ

眠っている


それでいいのよねぇ。

身を粉にするのも
ちまなこになるのも

全然なしだってさ。

ただ生きてここにある

人間は動物とはちがうけどいちばんの根っこはおんなじだ。

ただいるだけ

それでいい。

誰かの評価から遠く離れた場所にわたしたちの「本当」がある。


心をひどく病んだ友達は

いつも必要以上の負荷を自分にかけ

がんばってなくちゃ意味がないと気負い

限界を越えてしまった。


正直わたしにもその気持ちはわかる。

くそまじめで完璧主義。

努力をより所にしてしまう弱さ。

自信がないからがんばりすぎる。


今日は就職指導室に行きました。

試験内容は夜学の網羅する範囲を越えているようです。

自分で最初から最後まできちんとつくったものを買ってもらって生活したい

というのが目標なのかもしれないと漠然と感じ始めたばかりのわたし。

迫り来るリミット。

焦りが募るわぁ。

土曜日返上して立体裁断ならいに行こうかと考え中。

きつそー。。


これから多分、わたしのくそまじめという弱さがあだになることがきっとある。

だからちゃんと覚えておかないといけない。


この人生はもらいもの
ここにあるだけで満ちていて
ゆるされている。

評価や数字は関係ない。

ただある、ということは

外側の一切合切では揺るがない。


こういうところがくそまじめなんだって、わかっているけどどうにもこうにも。


だけどやっぱり

自分のやりたいことに出会えて

仲間たちに出会えて

それだけで十分すぎるほど幸せなはずだ。


望むことより感謝すること!

ネバーフォゲットユアビギナーズスピリット!


幸せをかみしめて生きて行かなくちゃぁ。

幸せは自分の内側にしかないのだ。
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