2012年03月31日(土)

「生かされて生きている」ということ その二

テーマ:自然なからだを愛する人へ


平成23年、これから本格的な夏を

迎えようとする時期、

都内にて深夜、

交差点にて出会いがしらの交通事故を

起こしてしまいました。

先方は2000ccクラスの商用車、

当方は400ccのオートバイです。

衝突した瞬間、からだが宙に舞い上がり

1回転して地面に落ちた記憶が残っております。

救急車に乗せられた際、

意識がはっきりしておりましたのが幸いです。

救急隊の方々の気くばりに感謝しております。

都内、大学付属病院へ運ばれ検査を受けました。

骨折の損傷もなく、

入院しなくてもよろしいとのことです。

診察の結果、「全身打撲」の診断が下されました。

病院を去るとき、後ろを振り返り合掌しました。


その日のうちに、所轄の警察署に出頭し、

事情調書および現場検証を行ったのです。

暫らくして、保険会社から自動車もバイクも

廃車になったとの連絡がありました。

まさに「生かされて生きている」

という体感を経験したのです。

身体的には事故によるダメージも少なく、

通院して元気になりました。

後遺症の心配もあるかと思われますが、

整体法治療家として楽観的に対処する方法が

ありますので心配には及びません。


禅僧・良寛さんの手紙の一節に

 

 災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。

 死ぬる時節には死ぬがよく候。

 これはこれ災難をのがるる妙法にて候。


この言葉に巡りあってとても勇気をいただいたのです


これからの生かされた人生を

「日々是好日」に生きることを我に誓いました。




2012年03月24日(土)

「生かされて生きている」ということ その一

テーマ:自然なからだを愛する人へ


姉から幼少時のエピソードを聞きました。

当時中学生の姉は2歳の弟(私)を子守するのが、

日課のようでした。

山形県最上郡にある最上川支流にて、

川遊びをしていたおり、川岸に石を積んで囲いを作り、

その中に弟を入れて一人遊びをさせていたようです。


遊び盛りの年頃で友達と交わることが

とても楽しかったのでしょう。

「ふっと」気がついて川岸で

一人遊びをしている弟に目を配ると、

いなくなっているのに仰天して大騒ぎとなり

「大声」で川辺にいる人達に

助けを求めたところ

誰かが「おお~い、いたぞ」と

声を掛けくれたのでした。

水面から浮いたり沈んだりしている幼児を

抱き上げて無事だったのです。

後で助けてくれた人に聞いたところ、

滝壺に落ちる寸前のところで抱き上げ

「この子は運がいいね」と言ったそうです。


現在も、姉の家を訪問したおり、

「あの時、一寸の時間、遅かったらと思うと

 今でも空恐ろしくなるのよ、

 あなたは当時のことはわからないと思うけど、

 いただいた命だから、

 大事に生きなさいね」

と思い出したように語ってくれるのです。


記憶にはございませんが、

このような体験から、

言葉で言い表すことのできない何かに

「生かされて」いるのだと思いました。

そして今「生きている」という

素直に受け入れる気持ちになれたのです。
2012年03月17日(土)

二十四節気と整体観 その四 春 分

テーマ:自然なからだを愛する人へ


春のちょうど真ん中

昼と夜の長さが等しい


旧暦二月の中節。

「暑さ寒さも彼岸まで」というように、

春分を中日とする彼岸の頃には、

ようやく寒さを脱して暖かい日が多くなり、

辛夷(こぶし)や白木蓮などの花が咲き始めます。

春分、秋分には「昼夜平分となる」といいます。


3月20日 春分の日

春の陽気は、体内の新陳代謝が盛んになり、

冬の間、寒い環境に適応していた人体に、

新しい内部的なバランスがひきおこり、

静から動へと移る過渡期でもあるわけです。


人間のからだも肩甲骨、骨盤などが広がり

微妙に変化します。

また、精神の障害や病気も春には非常に多くなり

心身のバランスがくずれやすくなると考えられます。

心の調和の工夫として合掌行気法を行うことが

必要かとおもわれます。


合掌行気法

正座して合掌し瞑目して、

指の先から掌に息を深く吸い込み又吐く

ということを毎朝五分又十分行うことにより気を澄ませる

ことができます。




旧暦読本-現代に生きる「こよみ」の知恵

岡田芳郎著  創元社

   健康の自然法     野口晴哉著   全生社

   季節とからだ     杉靖三郎著  河出新書


2012年03月10日(土)

 78対22の大自然の法則                   

テーマ:自然なからだを愛する人へ


大自然には「78対22の法則」があります。

厳密にいうと78にも22にも、

プラスマイナス一の誤差があるから、

78対22は、時には79対21になるし、

78、5対21、5になる時もある。


空気中の成分が、

窒素78に対して酸素等が22の割合になって

いることは、よく知られている。

人間の体も、水分が78、その他の物質が22

の割合でできている。

この「78対22の法則」は、人間の力では、

いかんともしがたい大自然の宇宙の法則である。

例えば、人間が人為的に、窒素60、酸素40の

空間を作り出したところで、とうてい人間は

そのような空間では生活できないし、

人体の水分が60になれば、人間は死んでしまう。

だから「78対22の法則」は決して「75対25」や

60対40」にならない、不変真理の法則なのです。


    

         参照文献:ユダヤの商法

              藤田 田著

              KK・ ベストセラーズ


大自然の驚異には不変となる原理原則があるということが

改めて思い知らされます。


2012年03月03日(土)

二十四節気と整体観 その三 啓 蟄

テーマ:自然なからだを愛する人へ


春になり虫が目覚め動きだす

日本では啓蟄、中国では驚蟄


旧暦二月の正節

秋に巣籠った虫が、地上のお暖かさを

感じて顔を出し始める頃という意味。

中国の暦では、啓蟄を「驚蟄」と書いています。

日本では、そのまま啓蟄を驚蟄と

改めることはしませんでした。


今年の啓蟄は3月5日です。

顔を出すという語彙で打撲のことを思いました。

骨折した時は人目につき、周りの人も騒いでくれるので、

自分でも困るから手当てをするでしょうから余り心配しない。

しかし打撲したのは自分でも忘れてしまう。

打撲は強い打撲より早い打撲の方が激しいのです。

特に激しく打った場合は痛みを感じない。

鈍ってしまうからです。


1, 2日して快復に向かえば痛み出す。

しかし我慢してしまえば判らないし、

自分でも気にならなくなってしまう。

そして数日から1週間に起こった体の変動が

この打撲と関連することにも気づかず、

その時の体の状況の手当てをする。

しかしなかなか治らない。

だんだん弟2次、第3次の変状に進む。

それが怖いのです。

このような経緯から自分で打撲をしたこと

忘れてしまった病状が数年後、数十年後に

顔を出すということがあるので 

心に記憶していただきたいと思うのです。

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