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2016年05月16日

エルンスト・ユンガーの鋼鉄の体験と人口知能

テーマ:ブログ
 毎月の定例の研究会は、ほぼ土曜日に行われていたが、今月は都合により5月15日の日曜日になった。土曜日は翌日が休みなので、参加者も時間的なゆとりがあるのに対し、日曜日は翌日は仕事なので、どうだろうかと思ったが、いつもと、ほぼ変わらないくらいの参加があった。回によって参加者の顔ぶれも、大体、半分ほどは異なるが、昨日は、比較的年齢の高い人(といっても40代前後だが)が多く、20代は少なかったように思う。
 事前告知したようにエルンスト・ユンガーについての拙論を読んだが、少し内容を変えた。最初は、2009年頃に書いたワイマール戦間期のユンガーのナショナリズムについての文章を読む予定にしていたが、その前にナショナリズムの前提となるユンガーについても取り上げた方がいいと考え、1977年、私が27歳の頃に『現代の眼』という雑誌に書いたユンガー論を読むことにした。これは、ユンガーの第一作である『鋼鉄の嵐の中で』等の、彼の初期の戦争作品を取り上げ、その内容や戦争体験の様相、そしてそれを表現するユンガーの言葉について考察した文章だ。しかも、戦後世代では、最初のユンガーについての批評性を持った(ということは教科書的ではない)文章だと思う。書いたのが、まだ1970年代の後半であり、市民社会の可視的な風景からは、1968年闘争期の痕跡は消えていたが、私の中では、自分の闘争体験についての思想的な問いや総括が残っていた。その前に「総破壊の使徒バクーニン」という約400枚ほどのバクーニン論を『情況』に連載して、私自身の1968年闘争期のバクーニン主義的なアナキズムの総括を行い、次いで1968年闘争期のゲバルト体験、つまり暴力体験だが、それを総括したいと思いエルンスト・ユンガーに取り組み始めたのだった。なぜユンガーなのかというと、私は1968年として語らられる1970年前後の闘争は、政治闘争というより、性格的には一種の軍事闘争としての戦争(内戦)と考えている。つまり、政治的交渉ではなく、武装した部隊による実力行動だからだ。ブントの「丸太抱えて防衛庁」闘争や東大安田攻防戦は分かりやすい事例だろう。ゲバルトとは暴力であり、暴力は行使する相手の言語を封殺するところがある。逆に、こちらが封殺される場合もある。そのような暴力の行使体験をした者が、言葉に依拠した思想をやることは出来るのか、そんな言葉は、暴力を隠蔽した欺瞞ではないのかというのが、私がユンガーをやり始めた頃の問題意識だった。ユンガーは文字通り20歳前後に第一次世界大戦の最前線で壮烈な戦闘体験を重ね死地を潜っている。戦争は、端的に敵を殺すことだが、殺すとは、相手から言葉を奪うことでもある。だから、そのようなユンガーが、言葉をどのように考え、どのように言葉を獲得し、如何なる表現をしたのかということに強い関心があったのだった。
 だが、当時、ユンガーをやるには一つの困難があった。まず、今日と異なり、東大の独文の院生クラスでもユンガーを知らない者がザラであり(これは、日本の独文学界の本質的な問題として思想化出来る)、また翻訳がなかったことだ(最近は、少しずつ翻訳も増えているが、それでもユンガーの著作の、ごく一部にすぎない)。だからユンガーを読むためには、当たり前の話だがドイツ語が必要になる。私は、69年に京大の入試に落ちたままの高卒者であり、改めて一からドイツ語をやる必要があった。
 今回は、「エルンスト・ユンガーの体験──鋼鉄の嵐とその言葉」の前半を読んだ。次回は後半を読み、次々回に、当初の目的だったユンガーのナショナリズムについての拙論を読み始めることにする。







 今回は、来阪していた東京で美学校で講座を開いている美術家の中ザワ・ヒデキ氏と、11月に阿佐ヶ谷で「凸凹絵画─バルス」を開く予定の草刈ミカさんの参加があった。中ザワ氏とは、人口知能自身が行う美学と芸術について中ザワ氏たちが立ち上げた「人口知能美学芸術研究会」のことや人工知能について、やはり強い関心を持つ小灘君共々、反芸術から芸術の外部、私流にいえば、物理としての超芸術について、あれこれと話しをした。この人口知能の問題は、私の関心に引き寄せれば、ユンガーの『労働者』の理解について、面白いヒントを与えてくれたと思う。  研究会は、内容的には、思想から政治、文学、芸術まで多岐に及んでいるが、そのため、思想や政治だけでなく、音楽や美術、演劇、映像と芸術や表現関係も、遠路、東京からの参加者も含め、交流が多彩になっている。  いつもは、土曜日だから翌日が日曜ということで、交流会は、時には、早朝の6時頃まで続くことも少なくないが、今回は日曜で、翌日が月曜ということもあり、例外的に午前1時頃に解散した。
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2016年05月09日

右翼と保守の違い

テーマ:出来事
●毎月、難波千日前の味園ビル2FのTorary Nandで行っている私の定例研究会には、元中核派幹部やブント、全共闘から、様々な右翼組織など左右が集うが、そもそもTorary Nandの責任者が、民族の意志同盟の関西支部長でもある。だから、右翼が共産主義や無政府主義の、左翼が天皇や民族の、思想、運動、人間に接し、交流し、討議する場になることもしばしばだが、時折、参加する京都の新風の某氏が、保守は天皇を蔑ろにする傾向があると批判し、そのような保守と比べると、反天皇的な左翼だが、その中には天皇の存在価値を知る左翼があり、立場は反対だが、保守よりも天皇の存在価値を知る左翼との方が話は合うと言っていた。
●去年、ここでも書いたが福岡の九州ファシスト我々団の本営に行った折、その交流会で、九州尊皇派として活動する藤村修君から、時局対策協議会(時対協)に関係する攘夷戦闘紙『皇道日報』に、私の言葉が引用されていると教えてもらった。『皇道日報』は、数年前、東京での右翼の内部検討会にオブザーバーとして参加を求められた時の会合で会った防共新聞社の福田邦宏氏が関係する媒体だが、時対協の若き理事の『Will』に対する行動を見る時、上記の新風京都の人士の言葉を思い出した。
●昨今、右翼と保守は、しばしば混同され、区別がつかなくなっているが、拙論「日本は天孫降臨以来の革命国家である」(拙著『思想としてのファシズム──「大東亜戦争」と1968』彩流社刊、所収)でも述べたように、右翼には保守とは異なる存在の意味があり、これを見失った右翼は、保守に呑み込まれ、体よく利用されるだけになるだろう。時対協の若い理事の行為は、保守とは異なる右翼の存在する意味を示したと思う。
●保守の人間が言った「廃太子」云々発言に関連していえば、私は、それとは逆に、現皇太子の次の天皇は、秋篠宮家の悠仁親王ではなく、現皇室典範を変更する必要があるかもしれないが、愛子内親王が、男系の女性として過去にもあった天皇になるべきだと思う。悠仁親王は、愛子内親王の後に天皇になるべきだろう。
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2016年05月01日

右を見ても左を見ても真っ暗闇じゃござんせんか

テーマ:革命について



●ちょっと左翼的な言い方をすれば、日本はナチスがおこなったホロコーストに無罪ではない。日本もある意味では共犯者だったのであり、これが分かるかどうかに国際感覚の試金石の一つがある。
●ところで、今は何をやっても当面の場繋ぎの域を出ないのは、グローバリズムに対応した原理論が欠落しているからだ。だから情勢論や状況論ばかりだが、それは右の保守や左の革新という現実肯定派にはお誂え向きのことであり、現実変革を志向する左翼や右翼にはお先真っ暗であり、原理論なき状況論は必ず負ける。
●簡単にいえば、左翼は、反スターリン主義も含めてソ連崩壊後の革命理論が無く、右翼は昭和天皇の存在を前提とした昭和維新以後の展望が皆無だ。だから過去の原理論を摘み食いして状況論や個別論等をくっつけるのだが、所詮、その場凌ぎでしかない。
●注意すべきは、現実の変革を志向する左翼、極左は、一見、仲間のような左の革新派に、また現実変革を志向する右翼、極右は、やはり仲間のような右の保守派に、妙な錯覚や事実誤認で味方や同士と思わないことだ。彼らこそ、最も身近にいる、そして仲間面をした腐敗の膿の元でもある。
●現実には圧倒的多数は、左の革新や右の保守に追随するような、本質的には現状肯定のガス抜き的な改革や、やはりガス抜き的な反改革のデモや運動、活動しか出来ない。それが市民運動というものだからだ。それはそれでいいとして、それとは別に原理論への志向を持つことだ。
●別に左右の変革派が合流する必要はない。それぞれ固有の任務があるからだが、「別個に進んで共に撃つ」とすれば、左翼的なものを否定する右翼や、右翼的なものを否定する左翼には、近代ならいざしらず、グローバリズムにおいては展望は持ち得ないだろう。
●左翼の変革派に必要なものは、コミンテルン以降の思想の根拠だ。それを確立出来なかったためトロツキズムやその革命的後継は文学政治に終始し、右翼の場合は昭和天皇以降の天皇論の根拠だ。要するに、現実を変革する国家創造の史的根拠であるといえる。
●左翼の理論は、日本書紀が伝える神武建国神話に始まる歴史の批判ではなく、歴史のオルグを志向すべきであり、右翼の理論は、日本書紀が伝える神武建国神話に対する伝統的な国体論的解釈を否定し、神武建国として形象化されている事態の政治的現実を把握することだといえよう。
●そのためには、後に神武帝とされる人物、あるいは応神帝でも誰でも構わないが、その実在モデルとされる人物は、「良家の御曹司」なのか、あるいは「無名のカリスマ」なのかという認識が不可欠となろう。なぜ、天皇や皇族には、姓も苗字も無いのかということも考えてみる必要があろう。
●無思想の無知な馬鹿は明治天皇は大室某だと言って批判したつもりだが、そうだとすれば、だからこそ明治帝はカリスマ性を持ちえたのではないか。そして神武帝がカリスマであったなら、彼がいわば、初代の大室某であり、そして無名の誰かがカリスマとなるのが天孫降臨の現実なのだ。
●問題は、何を、どのように肯定したり否定するのではない。そうではなく、どのような理論で、何を肯定したり否定するかなのだ。
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2016年04月21日

資本の総動員としてのグローバリズム

テーマ:世界情勢



●政治といえば、現実を維持したり改変することと解され、それに応じて政治勢力も一方の保守から他方の革新にまで到る。その政治の組織論は、保守、革新を問わず選挙だが、むろんそれだけが政治ではない。そのような政治をトータルに否定する政治があるからだ。だがそのような政治は思想に亡命している。
●安倍の背後勢力でもある日本会議と、反安倍を叫ぶSealdsは、一見、対極的なようだが、政治的には似た者同士ではないか。日本会議は、右翼の現存国家を否定する国家創造的な民族派を、Sealdsは、左翼の現存国家を否定する国家止揚的な革命派を、それぞれ敵視しているからだ。
●グローバリズムにおいては、国家は秩序の基礎とはならない。近代以前においては教会だったが、グローバリズムにおいては会社だろう。近代の左翼の革命論や右翼の民族論が、政治的現実としては困難になっているのは、近代的な国家や民族は事実上、終わりつつあるからだといえる。
●その意味では、社会科学の基盤となるのは、法学段階から政治学段階を経た後の経済学の段階も過ぎ、経営学になるだろう。
●要するに生き残りであり、サバイバルだが、パナマ文書の問題もそれに関連している。パナマ文書により、富裕層の資産隠しが問題になっているが、これもまたグローバリズムの問題と繋がる。その有限的な限界が具体化した地球においては、もう無限の生産は不可能なのだから、富裕層にしてみれば、零落しないためには手持ちを温存しなければならないということだろう。
●エルンスト・ユンガーがナショナリストからアナルクに転じたことを多くのユンガー研究は解明出来ていない。しかし、これは彼の『労働者』が軍秩序のグローバル性を把握 していたことを見れば分かる。ユンガーの労働者の世界は、近代の秩序や革命、民族を超えたものとなっている。資本主義はグローバリズムの段階において、ユンガーが言った「総動員」に、対極的に追いついたといえる。グローバリズムとは、資本主義の総動員であり、市民の会社員化だ。かつての兵士・労働者と市民の対立は、アナルクVS会社員となる。

(※以上は、Twitterからの適宜、転載。)
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2016年04月18日

研究会の二次会は、早朝の6時半まで続いた

テーマ:イベント関係
●土曜日の定例研究会は、多数の参加でToraryのスペースがぎっしりになったが、私の凡ミスがあった。その日、講読予定の拙論「革命は電撃的に到来する」はユンガー論ではなく、革命の無根拠性を肯定的にとりあげたものだった。ユンガーを目的に参加した人には申し訳なかったが、しかし、内容の過激なアジテーション性にみんなが興じ、研究会は盛り上がった。
●研究会の後半で、私が執筆予定のワーグナー論の話をし、以前に、彼方から神の声が、使命の声が、蜂起の声が聞こえる音楽の例としてあげた『ローエングリン』前奏曲を流し、しばし皆で聴く。
●ベケットの一人演劇を行っている演劇俳優の菅原顕一氏の東京から研究会参加があり、1970年代から現在に到るアングラ演劇の移り行きを、寺山修司の天井桟敷や新宿の花園神社の赤テントの頃の唐十郎から芥正彦、大駱駝館等の懐かしい名前や、2月にその演劇トークに参加した土方巽に繋がる舞踏的演劇の解体社まで、あれこれと話す。
●日独伊三国同盟の思想の問題からヨアキム主義と「第三」の神話に触れ、カンディンスキーからシュタイナー、さらにナチスとオカルトに話が転じた時、半常連的参加者である映像と錬金術の研究者である松本夏樹氏が、いろいろと奥義的な話を展開。
●Toraryの責任者の小灘君は、ドイツ・ロックに詳しい研究会参加者の宮川君と共に、私が「ファシスト唯美派」と勝手に銘打ったノイズ表現の活動を企画しているようだ。ちなみに宮川君は、やはりドイツ・ロックに詳しい九州我々団の東野君とは盟友であり、活動の広がりも期待される。
●何を馬鹿なという人もいるかもしれないが、二次会で、極左あるいは左翼の革命派(社民や構改系左翼や文化左翼ではない)が甦生するには天皇を肯定するしかなく、また極右あるいは右翼の維新革命派(体制派や保守右翼ではない)が甦生するには現天皇ではなく神武天皇の大御心に依拠するしかないという話が出た。
●政治では、個人的にはあまり興味はないが、安倍政権の性格や安倍晋三という人物の政治的背景を、母方の祖父の岸信介を含めた戦後日本の保守の分析から、あれこれと話す。つまり、安倍政権の奇妙な「左翼性」の実態は何であり、何に由来するのかということについて。また小沢一郎の黒幕的術策には長けているのにひきかえ、意外なほどの政治力の無さについて雑談。
●今回、予定していたユンガー論の講読は次回に回し、さらに今後の予定としとしては、私が1969年のアナキスト革命連合(ARF)等での活動体験を踏まえ、70年反安保闘争の後、1971年に21歳の時に書き、『情況』の1972年2月号に発表した「無政府主義革命の黙示録」(『歴史からの黙示』所収)を読み、1970年前後の時代の空気の充満した左翼革命派の理論表現の内容を取り上げ、さらに日本書紀や北畠親房『神皇正統記』等の講読を考えている。



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2016年04月12日

今月の定例の研究会の告知

テーマ:告知










●今月の定例研究会は、4月16日(土)、PМ6:00~9:00。以降は随時解散まで思想や芸術、政治等について自由に談義する二次会。今回は、拙稿 「革命は電撃的に到来する」を読み、取り上げている戦間期のユンガーについて解説する。場所は、いつものように難波・千日前の味園ビル2FのTorary Nand。自由参加で、費用は無料だが、ワンドリンク制。
●戦間期のユンガーとは『鋼鉄の嵐の中で』から『労働者』までのユンガーであり、その時期のユンガーの戦争論、革命論、ナショナリズム論、総動員論などの構造的な全体像の端緒でも展開出来ればと思う。
●「革命は電撃的に到来する」は、その生涯の約半分にあたる36年半を断続的に牢獄で過ごし、牢獄の革命家といわれ、武装蜂起のカリスマ的革命家でもあり、ベンヤミンによればニーチェ的な永劫回帰の思想の持ち主だったったブランキの言葉。
●Torary Nandは、関西のマリネッティ主義的未来派の芸術集団並びに民族の意志同盟関西支部のスペースであり、月一回の定期研究会の他にも、様々な表現の画廊的 スペースにも転じ、普段は、正体不明の店(?)として、毎週、木・金・土とPM7:00頃よりオープンしており、興味の在る方は是非立ち寄られたい。
●極左も極右も、ファシストからアナキスト、ボルシェヴィキ、国体論者、唯美主義者までが集う定例研究会の二次会は自由な歓談をしており、他ではなかなか 接することの出来ない思想の内容や、また一般にはなかなか分からない左翼や極左、右翼や極右の現実や思想、また個々的な評価等について、興味のある方は知 ることが出来るだろう。
●むろん自由な二次会なので、思想関連の話ばかりではなく、また若い者の参加も少なくないため、禁煙や借金解消、恋愛その他から、思想書の読み方、語学の 学び方に到るまで、その時の雰囲気でいろんな話が登場したりもする。何か悩み事でもある人は、立ちどころに悩みも解消する可能性もあることを(効果ではな く、個別的な体験の感想として)付言しておきたい。

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2016年04月11日

釜ヶ崎(愛隣)に、ゲバ文字の立て看

テーマ:ブログ
 土曜日の夜、Torary Nandに来ていた定例研究会の常連、半常連の何人かと西成区の愛隣(釜ヶ崎)へ行く。九州ファシスト我々団リーダーの外山君や、超国家主義・民族の意志同盟委員長の森垣君の写真を撮っている写真家の野本さんが所用で来阪したので、Torary Nandの責任者であり民族の意志同盟関西支部長の小灘君が企画したものらしく、Nandを覗いた私も参加した。
 愛隣あるいは釜ヶ崎は、かつては所謂「西成暴動」の中心のような地域だが、この「西成暴動」という形容は間違っている。正確には「愛隣暴動」とか「釜ヶ崎暴動」というべきだろう。なぜなら、「西成」というのは「西成区」という区の名称であり、西成区そのものは、愛隣や釜ヶ崎のような地域だけではなく、所謂普通の住宅地域もあれば、高級住宅地(阿倍野区の帝塚山や北畠に隣接する天神ノ森地域など)もあるからだ。例えば、東京に台東区山谷があるが、「山谷暴動」と形容しても「台東暴動」とはいわないだろう。「西成暴動」という言い方は「台東暴動」と言うに等しい。
 その愛隣(釜ヶ崎)を三々五々歩き、年末の炊き出しや、様々な催しが行われたりする三角公園で休憩。散歩がてらの気候でもあり、伝説の街も静かなものだったが、懐かしいゲバ文字で書かれた立て看が目に入った。これは、さすがは釜ヶ崎というべきなのだろうか。その後、味園ビルのTorary Nandに戻り、午前2時頃まで、研究会の時の二次会のような感じで、運動の組織的形成のためには理論が必要であるということや、伝統的な国体論の批判、北畠親房の『神皇正統記』の意味やブランキの『武装蜂起教範』をはじめ思想から俗事まで、あれこれと、みんなで歓談。


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2016年03月31日

美的爆弾誌『メインストリーム』(芸術誌系弾圧機構)3号の蜂起

テーマ:告知



 芸術誌系弾圧機構『メインストリーム』は2011年9月に創刊され、2012年3月に2号が出、この2016年3月に4年ぶりに3号が刊行された。その間に、『メインストリーム』の別冊として『L'art pour l'art』が、その号外を含めて何度か出されているが、いうまでもなくそれらは別働隊であり、あくまでも本隊は『メインストリーム』の方にある。
 3号は「活動報告」として、媒体そのものが新たに構成されているが、それについては冒頭に、その間の経過が記されている。ちなみに同誌の編集者は、九州ファシスト我々団に属する東野大地と山本桜子であり、その桜子による活動報告によれば、創刊号は、多くの筆者の原稿を載せた同人誌的性格が強く、続く2号はコンセプトを「弾圧」として原稿を集めた。創刊号と2号には私も寄稿しているが、批評ではなく弾圧というところがポイントであり、よくあるような批評ではなく、ファシスト的な弾圧というところに、あえていえば『メインストリーム』の、これまでの批評の意識に対する批判があるといえるだろう。その意味でいえば『メインストリーム』という名称そのものもそうだろう。芸術系では、異端的批評というようなものが好まれるが、このような、あえていえば澁澤龍彦的な観点の無効性に対して、『メインストリーム』は、正統的弾圧をいう。例えばトリスタン・ツァラの信奉的研究者でもあるダダイストの山本桜子は、同誌で、「ダダに正統も亜流もあるものか、すべてが許されるのだ」という、よくある観点に真っ向から批判を加え、そのような立場は、徹底的に粉砕すると発言していることが該当しよう。これは、かつて1970年代に既存のアナキズムを全否定した私が、自称アナキストは全て粉砕すると論じていたことを思い出させてくれたが、それはともあれ、このような視点は、何かを意識的に追求する場合には不可欠な党的視点といえよう。
 話を戻せば、弾圧概念をベースとした2号だったが、しかし、山本桜子によれば、「弾圧という概念を緻密に提示し得ず、執筆陣による概念の共有が困難であった」ため、創刊号の問題点を乗り越えることが出来なかったのだった。そこで、3号は「編集部とその機関誌」という位置づけで制作されることとなったが、機関誌というのは重要だと思う。というのは、雑誌媒体といえば、販路の在り方はともかく、編集や制作のコンセプトとしては、一方の商業誌と他方の同人誌があるが、これは世間的な有名と無名の違いがあるとはいえ、同じ構造の産物でもある。分かりやすくいえば、良いものは良いという是々非々的な視点だ。それに対して機関誌は党派的なものであり、良いものは良いとか是々非々の視点には立たない。むしろ、それらを総体として批判し否定する立場といえよう。そしてその立場が、東野大地と山本桜子の文章、そして資料的な図版等で100頁近いボリュームを埋めた3号において具体的に展開されている。
 3号の基本的内容は、昨今の、地域交流に参加し、社会に役立つことを志向する芸術の風潮に対する、揶揄的脱臼化による批判だ。「福岡アートフォーク」、大阪市天王寺区の「デザインの力で行政を変える!!」、「All about 九州アーツ」の公開プレゼンテーション、東京の千代田区神田で行われているアートイベント「TRANS ARTS TOKYO 2013」、「説明するのが面倒だ」というメールアート展としての「新世界蜂起展」等への批判的な参加と介入の顛末が、東野大地と山本桜子によって詳細に報告されている。むろん、その成果は、輝かしい勝利ではなく、むしろ後退や敗北に近く、それは両人の文章によってもはっきりと語られている。しかし、そのような結果よりも、その行為を通じて浮かび上がる、社会に役立つ芸術の実態が面白く、それを取り上げる東野、山本のユーモアと批判的意識のこめられた上質の悪意を裏味とする良質の文章が読ませてくれる。
 その中から山本桜子の「新世界蜂起展」というメールアート展の行為を取り上げてみよう。郵便局員は郵便法により、信書の内容は、葉書のように見えるものであっても読んではならず、白紙であっても気付かないふりをしなければならない。」しかし、送付先や差出人の住所と名前は、配達のため、必要ならば何度でも見る必要があるという現実に着目して、桜子は、新宿郵便局から同郵便局留めの自分宛ての白紙の葉書を出し続けたのだった。郵便局員は、その白紙には見ないふりをしなければならず、郵便法上、正しく切手等が貼り付けられていたなら、自分の所の局から局への、差し出し人と受取人が同一人物であるような、何の意味があるのかも分からない郵便物についても配送行為をしなければならない。私は、以前、西新宿に住んでいた頃、新宿郵便局には何度か足を運んだこともあり、それを思い出しながら、この無意味で不可思議な投函行為は面白く読んだ。ここでは、山本桜子によれば、メールアート展ということから、郵便の在り方を媒介として、現代美術は作品のみでは成立せず、「その作品の生まれる経緯、作者の意図が重要」ということを問うている。この文章が面白いのは、ちょっとした小説風の展開になっていることだ。桜子の同志の東野大地が、匿名で出した「新宿郵便局様、先日、山本桜子という人物が貴局にご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます」という葉書を受け取り、当初は、「何なのよ、これ」と訝しく思った桜子だったが、しばらくして東野の意図、理解出来ない自我同士が、理解出来ないことを理解出来ないまま理解するという、もう一つの現実を伝えていることを知り、桜子は感激し狂喜する。そして「新宿郵便局の地下で、桜子は一人しばらく泣いたり笑ったりした。それから鞄に葉書をしまい、夜の街に出て行った」という映画風の終わり方をする。但し書きで、参加アーティストが次々と謎の死をとげるアート・ミステリーを構想してみたが、とあるが、ここで報告されている白紙の葉書の無数の回送を可能とする現実が、中井英夫の『虚無への供物』ではないが、ちょっとしたアンチ・ミステリーになっていると思われた。
 このような3号については、その総括でもある「まとめ」の、さらに「おまけ」に次のように記されている。「『アーティスト』としてアイディンティティを確立し得なくなった『アーティスト』が、自我の補強のために『社会』を、『弱者』を、『他者』を、『外部』をダシにして自我を回復しようと試み、そのような卑劣な自我をあたかも高尚に思わせてくれる『社会のための芸術』といった概念にべったりと媚び、・・・・たかが自己保全のために、善人意識を保ったままに、その自己欺瞞に気付かぬふりをしながら、否、気付かぬままに他者を搾取し、なお且つこの下司な、怯懦な、愚鈍な、いっこうに美しくない振る舞いをたとえば『関係の美学』などと呼んでその名に追いすがる──これまで述べてきたように、我々を突き動かすものはこれら総体への、そして個々への、嫌悪感であった」。このように述べると、いかにも強持ての媒体のように思われるかもしれないが、そうではなく、時には逆説的な笑いを喚起したり、繊細な感覚の文章が記され、その文章そのものを楽しむことも出来る。加えて、山本桜子が記す、桜子一人の架空会社、恐ろしいチョコレートのパッケージ、埼玉検定、美術展で会場の備品を、展示作品と錯覚させる企て、ラッセンのイルカの絵から、マレーヴィチやベルイマンを加味して構想した難解映画のイメージ、、東野大地の近・現代芸術史講座などその単独活動は楽しい。東野は、ドイツ・ロックの通暁者でもあるが、さらに加えて、エルンスト・ユンガーに関して、本人も知らなかったようだが、日本のユンガー研究者のおそらく誰もが知らない発見をしている。ユンガーの名を出したが、山本桜子も東野大地もユンガーには強い関心を持っており、二人が来阪した折は、難波や天王寺・阿倍野で、『労働者』をベースにした、ちょっとした不定期のユンガー研究会のようなことをしたことがあった。
 『メインストリーム』からの告知では、現在のところ、東京では、恵比寿ナディッフ、中野タコシェ、新宿の摸索舎、等で目下、販売しているとのこと。大阪でも、難波・味園ビルのTorary Nand、その他で販売する予定。http://mainstream.6.ql.bz/
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2016年03月26日

フランス語と現代思想とは何か

テーマ:過去現在の日々の事ども





 3月20日の京大人文研の市田良彦グループによる現代思想シンポジウムには所用で行けなかったが、たとえばマルクスの思想把握の最前線というかヘゲモニーはフランスにあるのが、戦後から昨今にかけてだが、フランス人がフランス語的思索でマルクスをやることの、思想にとっての現実は問われているのだろうか。
 かつて、マルクスは『ドイツ・イデオロギー』で、ドイツ的現実での批判的思想の現実を問うたが、いわば、それの現代フランス版のようなものだ。『フランス・イデオロギー』といってもいいだろう。同名の著作が、フランスの新哲学派のB・アンリ=レヴィにあったが、それとは関係がない。
 現代のフランスの思想が、総体として、あるいはフーコーやデリダ、ドゥールーズ、ラカン、アルチュセール、ランシエールその他が、個々的に、何を、どのように問い、思索しているかではなく、そもそも、フランス語圏で思想することの意味と限界を問う必要がある。パリでのテロに対するフランスの、自身を普遍主義化した反応がそれを分かりやすく提示してくれている。もっと言ってしまえば、フランス語で思想をやる意味だ。言語は、ヨーロッパだけでも横並び的に、英語や仏語、独語、西語、伊語、等々とあるのではなく、それぞれの語が歴史性を帯びており、言語の意味が持つ現実との関係性が全く違うからだ。つまり、ヨーロッパだけでも、英語、仏語、独語その他で思想をやることは、単に違う言語で思想をやるということではなく、現実に対する思想の関係において、まったく異種の思想をやることになり(個々の言語の歴史性から)、それに最も無自覚的なのがフランス語ということだ。ハイデガーは、フランス人も哲学をやる時はドイツ語を使用しているのであり、その時にフランス人が使用するフランス語は、本質的にドイツ語なのだという意味のことを言ったことがあった。これはドイツ人の駄法螺でもドイツ語の言語ナショナリズムでもなく、個々の言語の対現実的意味性と解すべきだろう。これは近代のヘゲモニーがフランスにあり、フランス語が近代のヘゲモニー言語であることに関連する。フランス語はヘゲモニー言語であるゆえフランス語の対現実的意味性を普遍化し、それに対する批判を、逆に自己中心主義と批判する現実を作り出す。しかし、それはフランス語による虚構ではないか。フランス語による思想が作り出す虚構の分かりやすい例として、近代におけるフィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』での、ドイツを根源民族とし、ドイツ語を根源言語と述べていることを、自民族中心主義として批判するフランスの論理だ。あそこで批判されるべきはドイツのフィヒテではなく、フランスのナポレオンだろう。このあたりが分かっていないのが、フランスの普遍主義の問題点でもあり、フランス語で思想をやることの限界を突破することをフランス思想やフランス思想研究者は問題としないかぎり、フランス思想のヘゲモニー下にある現代思想には、表向きの装いとは異なり、何の批判性もないだろう。拙著『思想としてのファシズム』(彩流社)の「まえがき」では、それについて戦後フランスの現実の政治性に関連して、その一端を少し書いたが、フランス語による思想は、その意識とはかかわりなく、構造的現実において左翼ならば文化左翼にしかならないからだ。
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2016年03月19日

昨日は私の誕生日であり、多くの方から・・・

テーマ:過去現在の日々の事ども
 昨日(3月18日)は、私の誕生日でもあり、多くの方から、Facebookをはじめ、その他のSNSからメールや各種メッセージその他において言葉をいただき、ありがとうございます。
 還暦の頃に、イベントへの出席のため東京へ行っていましたが、小田急線で女子高生から席を譲られたことがありました。電車で席を譲られたのは生まれて初めてだったので少し驚きましたが、偶然だろうと思い直すようにしていました。ところが、その後、帰阪し、阪急線でも若い女性から席を譲られ、これは偶然ではなく必然であり、そのような年齢の人間に見えているのだろうと直視するようにしました。それから何年か経ち、正直にいえば、誕生日など、半ば棺桶に向かう時間のようなものでもあり、仕方ないなぁ、という程度のものでしかなくなりました。  確かに誕生日が来ると歳をとるのですが、しかし、では、実感として還暦を過ぎ、所謂老人としての意識や感覚があるのかというと、どうも怪しい。たぶん、外見は、席を譲ってくれた若い人たちが見たような老人なのかもしれませんが、意識や感覚の方はどうかというと、年齢不詳のようなところがあり、よく覚えており、当時の視線の皮膚感覚が残っているのが、20前後から30代後半あたりで、政治運動をしていた頃から思想活動に入った頃に該当し、不思議なくらい鮮明に、当時の空気感まで覚えていたりします。
 これは、文書を書く場合、当時を振り返る必要があるため、それに関連して、付随的に様々なことが思い出され、記憶の印画紙に焼き付けられているからかもしれません。また、1969年のアナキストの頃にゲバルトで足に打撃を受け、骨折し、治ったのですが、還暦を過ぎた頃から、負傷した方の足が、歩いていると少し疲れやすくなったこともあるかもしれません。  私は、35歳頃から55歳頃までの約20年間、隠遁していました。思想の世界から離れ、文章を書くこともせず、ごく普通の生活をしていました。むろん、関心のある方面の読書はしていましたが、それは読者としての関心でもありましたし、また京都在住の元日大全共闘だった友人に誘われ、暇潰しに京都の大学に入り、季節外れの学生生活を遊び、最終学歴が、この時に大卒になったりしました(1969年に京大の入試に落ち、そのまま大学に入らずに、高共闘から、全共闘ならぬ浪共闘で大学解体闘争をやり、その後、思想活動に入ったため、この時まで高卒でした)。
 自分勝手な計算ですが、この時の、約20年という時間を、年齢から引いた数を、今の自分の年齢だと、いい加減に考えたりしています。ということは、現在、40代半ばということですが(笑)、そのような意識と感覚でやってゆこうと考えています。





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