SHIGA‐滋賀‐より愛をこめて

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平清盛 第5回「海賊討伐」


今回は、海賊討伐に至るまでの道のりでしたね。

そして、この頃何故海賊が海を荒らしたのか、そこに至る元凶にも触れる回となりました。


長承2(1133)年、平忠盛と宗子の間に平五郎(のちの頼盛)が誕生しました。

清盛や家盛の弟になります。平五郎は五男ですので、他にも三男と四男がいます。

男だけの五人兄弟となるのですね。

平五郎の誕生に喜びに包まれる平氏一門。

おそるおそる赤子を抱く清盛の静かな喜びの表情に、松ケンの我が子を見つめる愛しさを垣間見ました。

弟を見つめる演技だったのでしょうけどね。。。(^_^;)


その頃都は、長引く飢饉のために皆が飢え、盗賊がはびこり、ますます物騒になっていました。

北面の武士として御所を警備していた清盛にも力が入ります。

そこへ通りかかった源義朝と口喧嘩を始める清盛。

なかなか、面白いやり取りです。

この二人、志はそれぞれに高くとも、いわば水と油。

そこの対比がまた面白いですけどね。

そんなやり取りを面白そうに眺める佐藤義清は、二人を自邸に招きます。

そこから、若く血気盛んな三人の談義が始まります。

義清が若くして父を亡くし、家を継いでいることを説明すれば、義朝は早くから義清を知っていたと言います。

「ずば抜けた眉目秀麗にして、文にも武にも優れた男が北面におると」

義清は小さく微笑むのみ。

「しかし、嫌な世になったものだ・・・。猫まで飢える世になったんだからね」と義清。

すると、「何を申す。・・・これは武士にとって好機の到来ぞ!」と義清が手厳しく返します。

「飢饉が続き、飢えた者が増えれば、盗賊が増える。・・・それを討伐するが、武士の勤めだ!・・・俺はますます

強さを磨き、王家に武士の力を思い知らせたい」

義清は、「なるほど・・・。義朝殿は実に高い志をお持ちだ」と感心します。

その熱さを少しからかってもいるのかな?

するとすかさず清盛が、「お前も出世を狙っておるではないか」と義清に食いつきます。

「歌の才や武芸を磨くは、出世のためであろう」

義清は立ち上がり、静かに答えました。

「私はただ・・・美しさを求めておるだけだ」

「美しさ・・・!?」

意外な答えに思わず声が裏返る清盛。

「矢は、的の中央に当たるが最も美しく、歌は、そこに相応しき言葉が選ばれ、見事に組み合わされた時こそ、最も美しい・・・。いかなる世においても、美しく生きることが、私の志だ」

そう言う義清を何か言いたげに見つめる清盛に、義清は問いました。

「清盛の志は、いかなるものだ」

「俺は・・・」しばらく考えて、清盛は自信たっぷりに答えました。

「面白う、生きたい・・・」

すかさず義朝が、「ふざけておるのか!?」とまた掴みかかります。

それを楽しそうに眺める義清。

でも、義朝も清盛の「面白う生きる」という言葉が、いつか身に染みてわかる時がくるんでしょうね。


さて、朝廷では、今だに崇徳帝の地位が軽んじられていました。

乱れた世を嘆く崇徳帝でしたが、政治への参加を決して許さぬ鳥羽上皇。

「かように乱れた世になったは・・・先の白河院の乱れたまつりごとのため。・・・その血を濃くひく帝のお口出しは、民が望みません」

そう言って、断じてその権力を譲ることはありませんでした。

その一方で、鳥羽上皇の后であり、崇徳帝の母である璋子は宮中で絶大な権力を誇っていました。

ある時、藤原長実が璋子に目通りし、病の自分ゆえに娘の得子(なりこ・松雪泰子)を案じ、帝へ入内(じゅだい)させてほしいと璋子に申し出ました。

璋子は快く引き受け、藤原長実が先の白河院によく仕えてくれたことなどの理由もあわせて、鳥羽上皇に目通りを願い出ます。

しかし、鳥羽上皇は、いつも璋子が悪びれもせずに白河院について話すので、いっそとばかりに尋ねました。

「そなたは何ゆえ・・・朕のもとに入内したのだ・・・?」

璋子はまたもや無邪気に、自分が白河法皇から受けた寵愛を語りました。

自分は白河院に命じられてここへ来た。

あの時は悲しくて、臥せってしまった。

するとあなたが言ってくれた。法皇さまに会うがよいと。

「あの夜・・・私は久方ぶりに法皇さまにお会いし、そして・・・存分に御寵愛をこうむりました」

鳥羽上皇の目に激しい嵐のような涙があふれます。

怒りに打ち震えながら、璋子の正面に向き直る鳥羽上皇に、璋子は止めを刺します。

「あれは・・・あなたさまのお計らいにござりましょう?・・・なんとお優しいお方かと思い、中宮として、あなた様の子を産む覚悟が決まったのでござりまする」

鳥羽上皇の壊れかけていた心が、木っ端微塵に打ち砕かれた瞬間でした。

鳥羽上皇が大仰に笑うので、璋子がわけが分らずにいたところ、鳥羽上皇は言いました。

「お前のような・・・お前のような女を・・・まともの相手にした私が愚かであった!!・・・私の真心が通じぬのも道理・・・。お前は人ではない・・・。もののけだ!!」

「もののけ・・・?」

「先の院と同じ・・・うつつに生きる・・・もののけだ!!」

そう言って、雨の中を飛び出して逃げた鳥羽上皇でした。

璋子は鳥羽上皇の自尊心を大いに傷つけたのですが、何故だか檀さんの演技が、そう酷いことを言っているようには思えないような、現実離れした穏やかな演技が檀さんにあって、どちらも真っ当なことを言っているように思えてくるから不思議です。

逆にそういう時代ではなかったのかな?とか遠い出来事だけに思うのですが、いえいえ、やはりいつの世にも嫉妬やねたみ、ひがみはあるでしょうし、鳥羽上皇にしてみれば、誰の女であろうとも、ただひとり、白河院だけは絶対に許せない、という相手であったろうし。

璋子が、崇徳帝を愛せぬと言う鳥羽上皇に言った言葉が恐ろしく思い出されます。

「それでも・・・上皇様のおじい様の子ではござりませぬか。上皇様には、大叔父様に当たられる子にござりますから・・・叔父子・・・とでもお思いになればいかがです・・・?」


嵐の中、鳥羽上皇がたどり着いたのは、藤原長実が連れてきた得子の控える部屋でした。

殺気だった鳥羽上皇に強引に押し倒される得子。

まだ鳥羽上皇は自らを名乗ってもいませんでしたが、その様子から鳥羽上皇であることを悟っていました。

「思い通りにはさせぬ!!・・・璋子の・・・あの女の!・・・望むようになど!決して・・・!!」

ひとしきり済んだ後、「入内は諦めよ」とのつれない鳥羽上皇の言葉に、「これで終わりですか・・・?」と力なく尋ねる得子。

得子は鳥羽上皇がたいそう傷ついている、と話し、あなた様の思いを遂げるために、私をもっと汚し、役に立てる女にしてくれ、と懇願します。

このあと、得子は渡場上皇の后となったのでした。


保延元年(1135年)、朝廷では藤原忠実ら貴族たちが集まり、瀬戸内海を荒らす海賊を退治する策を話し合っていました。

その会議にご意見番として藤原家成が招いたのが高階通憲でした。

皆は、高階通憲が殿上人ではないのを非難し、からかいますが、

「ご一同こそが海賊騒ぎの元凶」と一喝します。

そして語り出しました。

海賊は海から沸いて出た凶暴な獣にあらず。

もとは方々に虐げられた弱き民。

長引く飢饉。都への例年通りの米の献上。

飢えた民は盗みをはたらき、取締りの手薄な海に行き着く。

頻繁に往来する都への船を襲う。

やがて都には一粒の米も届かず、民はおろか、我ら貴族は申すに及ばず。

「ついには・・・王家さえ、飢えられる日々がまいりましょう」

すかさず、「それは困る!」「なんとしても我らの米は守らねば・・・」と口々に困惑する貴族たちを、

「それが元凶を申しておりまする!!」と激昂する通憲でした。


鳥羽上皇の命令で平氏が海賊の追討をすることになりました。

「俺も連れて行って下さりませ!」と、志願する清盛。

かつて自分は海での海賊討伐にあたっていた、とも。

忠盛は清盛に「初陣じゃ!」と言って、討伐の一員に加わることを許します。

しかし、同時に志願した家盛には留守居を命じました。

家盛派の叔父の忠正が、忠盛に跡継ぎをどう考えているかを激しく問うと、清盛自身が自分が跡継ぎになるつもりはないと宣言しました。

こんな清盛が、自らを跡継ぎにと志す時は、今後どのように訪れるのでしょうね。

楽しみです。


さて、平氏の一行が華々しく西へ向かうのを、またも寂しく、いえ疎ましく眺めているのは源為義でした。

その父のもとに、義朝は修行の旅へ向かうと、挨拶に現れます。

自分は東国に向かう。

東国は曽祖父が武名を轟かせた所。

その地で私も腕を磨く。

義朝のきらきらした笑顔が、為義にはどれだけ眩しかったことでしょう。

「いずれきっと、世に源氏の名が、鳴り響きましょう・・・!!」

「・・・義朝!!」

感動のあまり崩れ落ちる父と、その身体を庇う息子は、お互いに小さな頷きで思いを一つにしました。


京に残された家盛は、突然母・宗子に忠盛と夫婦になったわけをを尋ねました。

先に奥方の子がいたことを知って、何故。

宗子は忠盛が自分に初めて会った日に、すべてを話してくれたのだと説明します。

そして、その時、忠盛を痛々しく思ったこと。

重い物を背負ったことを誰にも言えずにいる忠盛の、その支えとなるため妻となり、清盛の母になったのだと。


安芸(広島)の宿営地で海賊討伐について話し合う平氏一門。

忠盛には考えがあって、現地の郎等たちに、船と米を用意しておくように命じていました。

そのおとり作戦に沸き立つ陣営に、元漁師の鱸丸が、海で暮らす者たちと海戦する不利と難しさを説きます。

「海は、時により、場所により、その顔を変えまする。・・・こたびの安芸の海は、これまで討伐に臨まれましたどの海とも違うということを・・・」

鱸丸はもっともな進言をしただけでしたが、なにせ身分が身分でしたので、伊藤忠清は反発し、鱸丸を恫喝し、忠正は鱸丸を侮辱しました。

すると、まず清盛の父乳である盛康が、鱸丸は清盛の幼少の頃からの友、邪魔者のような物言いは控えて欲しいと話しました。

これに対し、「漁師などここでなく、海賊側にいるのが道理ぞ!」と更に忠正が吐き捨てて言うので、清盛は堪らず忠正につかみかかって、その場は大混乱となりました。


その後、清盛と二人きりとなった忠正は、清盛に尋ねました。

生まれた平五郎を見て、どう思うか、と。

かわいいと思ったか、と。

清盛はぶっきらぼうに頷きます。

忠正は、清盛の弟の家盛が生まれた時もそう思った、と言い、我が子の時もそう思ったと言いました。

しかし、赤子のお前を見た時は笑えなかった、と話しました。

「お前がわざわいの種としか思えぬ・・・。お前に流れる・・・もののけの血が・・・いつか平氏にわざわいすると・・・!そのことがわしはずっと気に掛かっておるのだ・・・!!お前がまこと、兄上の子なら・・・少しくらいの無頼が過ぎても、かわいい甥だと思えただろう・・・。そう思うとわしとて・・・口惜しいのだ・・・」

忠正は苦々しい表情を残して立ち去りました。

忠正の心の葛藤が明かされたのですね。

忠正もただ単に清盛が嫌いというわけではなくて、その無頼に武士としての魅力も感じてはいるのだと、その存在を認めたい心の葛藤があるにはあれど、なにか不吉な思いが拭い去れずにここまで来てしまったのでしょうし、何よりも「血」というものを重んじた人だったのでしょうね。

しかし、残された清盛は不憫でした。

幼い頃から自分の「血」を恨んできて、時に投げやりになり、それでも、父にも励まされ、強く生きるのだと前を向いて生きてきたのに、ここにきてまたどん底に落された気分でしょう・・・。

しかし、そのように落ち込む自分を腹立たしく思うのか、「俺は何をしておるのだ・・・!こんなとこまで来て・・・俺は・・・!!」と自分を追い詰める清盛。

そんな時です。

かつてどこかで聞いたセリフが聞こえてきます。

「何でもよい・・・!何でもよいゆえ・・・!」

積荷の箱の中から突然現れた高階通憲に驚く清盛。

ここで初めて名を名乗った通憲。

天下の大学者と自分を紹介します。

西海の状況知りたさに、京より荷車に隠れてついてきた通憲は、先ほどの忠正とのやりとりも盗み聞きし、

「されど、それでもそなたは生きてゆかねばならぬ」と、清盛に諭します。

「うつつに生けるもののけがごときお方の血という、重き荷を背負うて。・・・そしてそれを与えられたということは、そなたにそれだけの力があるということじゃ・・・。そのまがまがしくも、輝かしきさだめを背負うて、道を切り開き、生きてゆく力じゃ。・・・そなた自身にとって、平氏にとって、世にとって・・・わざわいとなるも、宝となるも・・・そなた次第よ」


やがて安芸の海に到着した平氏一門。

紺碧の美しい安芸の海の様子は、これからの激しい戦いを予感させるには、あまりにも不釣合いなものでした。

しかし、清盛たちに立ちはだかったのは、何とも巨大な海賊船だったのです。




来週は海賊との激しいバトル!?が見ものなのだとか。

いよいよ加藤さんの出番でもありますね。

予告で、加藤さんが関西弁っぽく話しているシーンがありましたが、見応えのある「海賊王」を期待していますよ!!




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