24時間介護保障・その2

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以前から「重度訪問介護における24時間介護保障」について私は、

たとえ重度の障害を負っていたとしても、

地域で(自宅で)暮らしたいという本人の希望を支えるのが、

社会福祉制度のあるべき姿だと訴えてきました。

 

重度の障害があり、

24時間介護が必要な状態だと認定されているにも関わらず、

その介護に必要な「ヘルパーを依頼できる時間」を支給しないのは

違法だと思うのです。

 

でも現実はそうではありません。


制度自体は国が作ったモノですが運営は地方自治体なので


支給時関数については申請のたびに審査があるのです。

 

その審査会では、


どういう障害があって、


どういう生活を希望していて


どういう介護(介助)が必要かというコトを


細かくチェックされます。

 

同居家族が居るなら家族に介護してもらいなさいよ、とか、


そこまで介護が必要なほど重度な障害があるなら
施設に入りなさいよ、とか、


失礼なセリフを吐かれたりもします。

 

なぜなら、役所は、
大きな時間数を支給したくないからです。


暗黙のルールで「この時間数以上は出さない」と
決まってるそうです。

 

は?


何それ?


って感じです。

 

役所の予算によって介護の程度が左右されるなんて


本末転倒も甚だしいですよね!

 

「それはオカシイ」
「人権侵害だ」
と、

全国各地で訴訟が起こっています。

 

そして私自身にも、ついに、

本格的な闘いが始まる予感です。

 

先日、カツのケアプランで
480時間の支給を求める申請を出しました。

実は、墨田区の上限(暗黙の了解)は430数時間と聞いていたので、

最初は、通りやすいように、その数字に合わせようかとも思ったんですが、

それはそれでオカシな話なので、やはり真っ当に、

ケアプラン通りの480時間という数字をぶつけてみました。

そして見事に却下されました。

 

480時間というのは、週に4日のケアを意味します。

 

つまり、まだ週に3日は

離婚した妻である私の「無償ケア」付き、

というプランだったわけですが、

 

それすら「待った」がかかるなんて、

いったいどういうコトなのか、

じっくり話をさせてもらおうと思ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

24時間介護保障・その1

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重度の障害が原因で「フツーの生活」を送るのに、

四六時中「誰かの手」が必要な人もいます。

でも言い換えれば「誰かの手」があれば

「フツーの生活」が送れるということです。

 

日本国民には「フツーの生活」を送る権利があります。

「生存権」と言います。

 

 

『憲法25条』

(1項)すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

(2項)国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

 

病気や障害で「誰かの手」が必要な場合、

その「誰かの手」に対して国は責任を持つべきです。

決して家族や知人の善意に任せっぱなしで良いわけがありません。

 

それは当事者だけでなく、

家族や知人の生存権をも侵害してることになります。

基本的な介護は国が責任を持って行い、

家族は補助的な役割(家族として本来の姿)であるべきです。

 

私は『24時間介護保障』を訴えます。

 

同居家族が居る人も独居の人も、同じく、

当たり前に暮らすために必要な介護を受ける権利があります。

国や自治体の財政事情や予算などという理由で

侵害されてよいものではありません。

 

 

 

●介護保障シンポジウム

https://mainichi.jp/articles/20171102/ddl/k28/100/532000c

 

●47都道府県24時間介護保障実現への経過

http://hitorigurashi.jp/2018/03/01/4379/

 

●24時間介護を受ける権利

https://www.chukyo-u.ac.jp/educate/law/academic/hougaku/data/47/34_p025.pdf

 

●難病ALS「24時間介護を」 患者が信濃町を提訴

http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20180302/KT180301FTI090034000.php

 

記者会見で藤岡毅弁護士(東京)は「公的介護のやるべき職責を怠っている」と主張。小林さんの介護を手伝っている知人の吉村まきさん(47)=信濃町=も同席し、「(小林さんは)自分が訴訟をすることで後に続く人のためになると考えている。(重度の障がい者は)社会全体で支えるべきだ」と訴えた。

 

 

 

 

 

 

 

彼岸の人

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太陽が真東から昇って

真西に沈む春分は、


あの世とこの世が通じやすくなる
日だそうです。

 

でも、お彼岸だったけど、


お墓参りに行けなかった人もおられますよね。

 

私も行けませんでした。

 

大丈夫。

そこに、その人が、

眠ってるわけではないそうです。

 

その人は、いつも、

あなたのすぐそばで、

あなたを見守っているそうです。

 

 

中島啓江 千の風になって

 

 

千の風になって

作詞:不詳・日本語歌詞:新井満
 作曲:新井満

 

私のお墓の前で 泣かないでください


そこに私はいません 眠ってなんかいません


千の風に 千の風になって


あの大きな空を吹きわたっています

 

秋には光になって 畑にふりそそぐ


冬はダイヤのように きらめく雪になる


朝は鳥になって あなたを目覚めさせる


夜は星になって あなたを見守る

 

私のお墓の前で 泣かないでください


そこに私はいません 死んでなんかいません


千の風に 千の風になって


あの大きな空を吹きわたっています

 

 

 

 

『千の風になって』(せんのかぜになって)は、

アメリカで話題となった詩『Do not stand at my grave and weep』の日本語訳。

2001年、新井満が、アメリカ発祥とされるこの詩を日本語に訳し、自ら曲を付けた。

原詩の3行目 "I am a thousand winds that blow" を借りて

『千の風になって』のタイトルがつけられた。(wikipediaより抜粋)

 

Do not stand at my grave and weep

(直訳:私のお墓で佇み泣かないで)

Mary Elizabeth Frye

 

Do not stand at my grave and weep,


I am not there, I do not sleep.


I am in a thousand winds that blow,


I am the softly falling snow.


I am the gentle showers of rain,


I am the fields of ripening grain.


I am in the morning hush,


I am in the graceful rush


Of beautiful birds in circling flight,


I am the starshine of the night.


I am in the flowers that bloom,


I am in a quiet room.


I am in the birds that sing,


I am in each lovely thing.


Do not stand at my grave and cry,


I am not there. I do not die.

 

この詩の起源に関してはいくつかの説があるが、

1932年、メアリー・フライ(アメリカ在住)が書いたものを最初の詩とする説が有力である。

同居していた友人(ドイツ系ユダヤ人少女)の母(ドイツ在住)が亡くなり、

しかし当時のドイツの反ユダヤ主義の風潮のために帰国出来なかったことが原因で

落ち込んだ彼女のために、茶色の紙袋にこの作品を書いたとされている。


(wikipediaより抜粋)