熊本城「ブラタモリ」が被災前貴重な映像に…再放送願う声
デイリースポーツ 2016/04/15(金)17:29配信
 
熊本地震で熊本市の中心にある熊本城も甚大な被害を受けた。
天守閣にあった鯱(しゃちほこ)2つが失われ、重要文化財である長塀が約100mに亘って倒壊、石垣が崩落するなどした。
外国人観光客も多く訪れるなど熊本のシンボルで、3/19(土)にはNHK「ブラタモリ」で特集されたばかり。
ネット上では、「『ブラタモリ』が被災前の貴重な姿を残す形に…」などとショックを受けた多数の声とともに、再放送を願う声も上がっている。
「ブラタモリ」では「熊本城は“やりすぎ城”?」(#34)のテーマで、城づくりの名人と言われた戦国武将・加藤清正が丹精込めて築き、難攻不落の要塞と言われた名城に隠された“秘密”を紹介した。
防御を「やりすぎ」た城の魅力が分かりやすく紹介され、4/2(土)の#35放送で同番組を卒業した桑子真帆アナのプレ卒業回としても注目を集めた。
同番組を切っ掛けに、熊本城の魅力を知った視聴者も多く、「奇しくも『ブラタモリ』が被災前の貴重な姿を残す形になったか」「ブラタモリで『やりすぎ防御』を備えた熊本城が取り上げられたばかりなのに…」「ブラタモリで熊本城を見て以来、これはいつか行かねば…と思っていたので、早く元の姿に戻ってほしいな」と衝撃を受けた声がネット上に溢れた。
番組では清正が造らせたという天守閣からの抜け道や、宙に浮いた形となった便所なども紹介されており、「熊本城の抜け道は大丈夫だろうか?」「空中便所は大丈夫だったのか?」と心配する声も。
また「熊本城の修復が終わったら、ぜひタモさんに再訪してもらい、またブラタモリで取り上げてほしいな」とタモリの再訪を願うコメントもあった。
「ブラタモリ」が震災前の熊本城の貴重な映像となったことで、「きっとNHKのことだからいつか再放送があるはず」「熊本城のブラタモリ再放送とかしてくれないかなぁ…」と再放送を願う声も寄せられていた。

 

 

 

 

 

 

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■■ NHK-G 「ブラタモリ」


出演: タモリ、桑子真帆アナ

 

ゲスト出演: 文林堂(中央区新町2-7-16)のタヌキ、くまモン、後任の近江友里恵アナ?、など

 

ナレーター: 草彅剛(SMAP)

 


撮影ロケ情報: 2/9(火)~10(水)の2日間。
熊本市内の鼻ぐり井手公園(菊池郡菊陽町大字曲手、熊本空港ソバ)、
熊本城(中央区本丸1-1)、水前寺成趣園(中央区水前寺公園8-1)、
洗馬橋電停・文林堂狸の石像(中央区新町2丁目)、中央区中唐人町、
熊本電鉄北熊本駅・青ガエル(北区室園町1-1)、他。

 


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■ #34 「熊本城 ~熊本城は“やりすぎ城”?~」


初放送3/19(土)19:30~20:15

 

取材協力: 熊本市、心光寺、熊本電鉄、富田紘一。

 

資料提供: 八代市立博物館未来の森ミュージアム、加藤神社、本妙寺、永青文庫、東京地図研究社。

 

映像デザイン: 石川一糸

CG制作: 戸枝誠憲

写真: 山田大輔

撮影: 小出寿顕

 

ディレクター: 三日市篤史

プロデューサー: 垣東大介

 

*

 


ブラタモリ、熊本へ!

午前7時、日の出5分位前。

 

今回の舞台は、日本を代表する名城・「熊本城」。

ここで早速、熊本城の「御幸(みゆき)橋」傍に在る「清正公銅像」の前で琴奨菊流のイナバウアー体操をしている、熊本城調査研究センターの鶴嶋俊彦さんが登場。

 

戦国武将・加藤清正(1562-1611)。

朝鮮半島での虎退治や猛将の誉れ高い清正公だが、実像は如何に?

性格は、目尻が下がって神経質で心配性。

 

ここでタモテバコが登場。旅のお題は、「熊本城は"やりすぎ城"」。

防衛マニア。タモリ「変態防護マニア?」

 

年150万人の観光客が訪れる熊本城、石垣が強固・優美、天下の三名城とも言われる。

石垣以外でも守りに関する奇想天外な仕掛けや驚きの秘密が、やりすぎな程に沢山在ると言う。

 

城づくりの名人と言われたが丹精込めて築いた城は“やりすぎ”な城だった?

熊本城への拘(こだわ)り度を探り、難攻不落の要塞に挑む。

 

 

面積98万㎡、「御幸橋」南の入り口から敵軍の気分で天守を目指す、約680m。

何処からも狙われる枡形(ますがた)の構造、四方から攻撃される。

竹の丸~石垣の上に元々は、五階建て以上の櫓(やぐら)が7つも林立し、二階櫓・平櫓も入れると66も在った。タモリ「やりすぎ」。

左右に分かれる階段、右は行き止まり。

永遠に続くかと思わせる6連続で曲がる枡形通路・・・頭上高く見上げる石垣、国内最強。タモリ「曲がりつかれた、方向感覚が分からなくなった」。

 

「天守」目前、奇想天外な暗闇の通路「闇(くらが)り御門」。タモリ「ご立派」。

 

 

観光の近道もある。

「大天守」・「小天守」・・・その中間に宙に浮いたような出っ張りは空中セッチン(雪隠、トイレ)「衣掛(きぬか)け」、タモリ「セッチン・イン・ザ・モーニング・サン♪」。最上階は六階。

 

万が一のいざ!の仕掛け、急段差の階段。

逃げるのは北側の抜け穴(脱出口)「石門」・・・4mの一枚岩、高さ10mの石垣、長さ10m。

鶴嶋「なぜ南側の守りが手厚かったか?」 タモリ「南には誰が居る?」桑子「鹿児島、薩摩」タモリ「島津」、清正にとっての最大の脅威は島津氏だった。タモリ「可能性は薄いのにこんなにやって、万が一来たら北から逃げる」。

 

*

 

さらに町中にも色んな“やりすぎ”な仕掛けが満載。
戦国時代の町づくりの常識を破る「見通しの良い道路」に隠された驚きの絡繰(からく)りとは?

 

「薩摩街道」に出ると、逆に見通しの良い碁盤の目「鍛冶屋町」、街道から見えないよう目隠しした「『古町』 唐人町」の「心光寺」はじめお寺各所(27?)に兵を貯めていた、タモリ「おいでおいでをして待ち伏せ」。

 

 

鶴嶋「実はまだ在る」タモリ「シツコイですね清正は」

「せんば(洗馬、船場)橋」~隣町の『新町』へ。

ここで熊本大学永青文庫研究センター教授の稲葉継陽さんが登場。

 

稲葉「熊本と聞いて浮かぶ動物は?」タモリ「馬刺しの馬」、実は狸も多かった。

至る所にタヌキ像が置いてある、向こうの「洗馬橋電停」前にも郵便ポスト上にも。
わらべうた「あんたがたどこさ肥後さ肥後どこさ・・・」の歌詞に出て来る「せんば山」の正体は!? タヌキは数年前まで出没していたが山は見当たらない!?

 

 

堀だった窪みが帯状に続いている、タモリ「掘った土を山にした?」、土塁「高麗門塩屋町之絵図」(1656年頃)。これでもかの防御。堀と土塁の痕跡、実は土塁の藪を「せんば山」と呼んでいた。タモリ「心配性だったんだろうね」。

 

「薩摩街道」に続く、参勤交代の「豊前街道」に潜むやりすぎの仕掛けとは? 街道が二の丸(天守の在る本丸の外側を囲む城郭)を通っている訳は? タモリ「これだけ厳重警備しているのに?」、街道が坂になっていて、それに沿って幅30m位の空堀、枡形の道、島津藩の参勤交代が通ると、威圧感の有る天守。

タモリ「やっぱりこれはかなわねえかな、街道を城の中に通すとは、細心の中に大胆さを持つ両面性、戦略家として優れた人」。

1877年の西南戦争では、西郷隆盛軍の進攻に陥落せず。築城から250年して初めて実証されたのであった、タモリ「名城ですねえ」。

 

*

 

タモリさんは学生時代の思い出の場所へ。

1980年まで東急東横線を、今年2月まで熊本市内を走っていた東急5000系車両(通称・青ガエル)を見学、タモリ「都立大前や学芸大前から乗ってたんですよ」。

 

 

 


■ #35 「水の国・熊本 ~“火の国”熊本は“水の国”? ~」


初放送4/2(土)19:30~20:15

 

取材協力: 熊本県、熊本市、菊陽町、阿蘇火山博物館、馬場楠堰土地改良区、嶋田純、富田紘一、山尾敏孝。

 

資料提供: 熊本河川国道事務所、熊本県地質調査業協会、永青文庫、東京地図研究社、アジア航測、昭文社。

映像提供: 肥後の水とみどりの愛護基金。

 

映像デザイン: 山口高志

写真: 山田大輔

撮影: 小出寿顕

 

ディレクター: 佐々木知範

プロデューサー: 石原謙一郎

 

*

 

くまモン登場!!

 

今回の旅のお題は、「“火の国”熊本は“水の国”?」。

再び、熊本城調査研究センターの鶴嶋俊彦さんが登場。

"火の国"の由来は阿蘇の火山。世界最大級のカルデラを持つ。

後、有力なのは八代海で夏の夜に現れる蜃気楼"不知火"。

 

そして対極に、水が豊富な"水の国"。

熊本城は京町台地(40m)の突端に在る。台地の地質を理解することで、なぜ水が豊富なのか?その重要な要素が分かる。
“火の国”とも呼ばれる熊本だが、実は全国でも有数の「水に恵まれた土地」。

 

ここで京町台地に在る熊本県立第一高校(中央区古城町3-1)・地学教諭: 湊啓輔さんが登場。

露頭(地層や岩石が地表に露出した所)に案内。タモリ「露出狂ではなく露頭狂、地質好き」

 

 

阿蘇は巨大な噴火が4回有った。熊本の地質は阿蘇の火砕流が冷えて固まったもの。

タモリ「軽石・火山灰っぽいから火砕流」。9万年前に発生したAso-4(4回目の)火砕流堆積物で、熊本市街地は高さ40mに覆われている。水を通し易い。

 

熊本市民のための水道は、地下水で100%賄(まかな)えるほど。
阿蘇の火山によってもたらされた、熊本の名水の秘密に、タモリさんがブラブラ歩いて迫る。

 

水の豊かさを実感できる場所へと案内。城の東南に在る住宅街。

ここで阿蘇ジオパーク推進協議会の永田紘樹さんが登場。

"きれいすぎる"川を発見 ! 水の澄んだ藻器堀(しょうけぼり)川、水神様が在る。タモリ「湧水(ゆうすい)ですね、方々から出ている、初めて見た」

 

観光名所・水前寺成趣園(じょうじゅえん、中央区水前寺公園8-1・・・江戸初期に造成)に案内。

 

 

水面に時折、プクッと湧水。タモリ「高低差で湧き上がる」

阿蘇(からの火砕流)の方向へと移動、なぜ水が湧き出るのか?その答えが在る場所。

阿蘇のカルデラ~高くなっている坂(Aso-4)~段~平らな地形の末端に水前寺公園。

 

湧水地は県内に1000か所以上、地名・・・水源・泉ケ丘。もう一つの仕組みが在る。

ここで熊本市水道サービス公社の谷本堅さんが登場。

「健軍水源地」(東区水源1-1-1)、タモリ「自噴する井戸、初めて見た」と、巨大な「噴き出す井戸 健軍5号井(せい)・・・1日15,000m³ =6万人分」にタモリさん大興奮!市内に健軍が113本も在り水道水の100%を地下水で賄っている。

市内の地層は二階建ての水甕(みずがめ)・・・第一帯水層(Aso-4)と第二帯水層(Aso-3/2/1)。健軍水源地はこの地下深くの第二帯水層からの湧き水。タモリ「熊本は湖の上に浮いているみたい」。そんな深層水を試飲。

 

 

鶴嶋「水を町造りに生かした人物が居る」 タモリ「加藤清正」

戦国武将・加藤清正(1562-1611)こそ、"水の国"の仕掛け人。どのように生かしたその秘密を探る。

或るマンション14Fから展望、白川下流域の蛇行・・・400年前の慶長(肥後)国絵図・・・を人工的に緩やかにして流れを変えた。①洪水対策以外に、流れを2本にして②内堀(坪井川)・外堀(白川)の役割に分け、かつ③町を一本化した。

繁華街の下通(しもどおり)から歩いて、蛇行の痕跡を探す。

 

更に白川中流域で清正公がやったトンデモナイ工夫が在る。

熊本空港・・・空港ビルは上益城郡益城町、滑走路は菊池郡菊陽町。

「鼻ぐり井手公園」(菊池郡菊陽町大字曲手)へ。

ここで菊陽町教員委員会の岡本勇人さんが登場。

井手とは農業用水路、鼻ぐりとは牛の鼻輪のこと。謎のトンネル「鼻ぐり井手」にタモリさんが潜入!

 

 

そこで見た400年前の驚きのメカニズムとは?タモリ「火山灰が沈殿しないように渦を巻かして混ぜ扱くって次へ送る?」大正解! これにより田圃の面積が25倍に増えた。

深い谷になっているので、火山灰が溜まったらメンテが難しい場所だったから。

畑が田圃に、その水田のお陰で更に下流の地下水が安定供給できるようになった。

ところが200年後に水利を知らない役人が50か所破壊した。

 

タモリさんは清正公の計画性に対し、自分の無計画性を反省すること頻り。

 

 


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