2007年01月02日 04時11分32秒

なぜ、蓮(ハス)の花だったのか

テーマ:このブログの趣旨

 2007年、新しい年に


 このブロクの意味 その2―――


 スキンデザイン(壁紙)に「ハス」を選んでいたのも理由があります。「ハス」のデザインはもともと、アメブロで用意されたもののひとつです。が、「ハス」のデザインを見て、「あ!これだ」と思い、使うことにしました(^_^)/ 

 なぜ、蓮(ハス)なのか―――


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1・白い蓮(はちす)の花の水に生(お)い立ち 水に育てども その泥(ひじ)に染むことなく その香(かおり)はたえに その色はきよくうるわし かくのごとく最上のみほとけはこの世に生まれ この世にくらせども 世のむさぼりにけがさるることなし (中阿含経二九 『仏教聖典』 友松圓諦著 39p 昭和二十二年)


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2・白い蓮華の水に生じ、水に長養(ながいき)すれども、泥水はこれに著く能はずして、香は妙へにその色は愛楽(あいげふ)すべきが如く、最上の覚者(ほとけ)は世に生れ、世間に行(ぎやう)ずれども、欲の染むるところとならざるなり (中阿含経二九 『阿含経講義』 友松圓諦著 161p 昭和九年)


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3・「あの白い蓮花が水の中から出まして、その水から滋養分をとっておりますけれども、しかしその泥の水にはちっとも穢されたり、濁されたりすることがない。その香りはまことに美しく、その色もたいへん気もちがいい。ちょうどそれと同じように、この上もない悟った方、すなわち仏陀(ほとけ)でありますが、最上の仏陀というものは、吾々と同じく、この世間にうまれ、この世間に大きくなり、いろいろと生活し、立派な行為(こと)をせられたに拘らず、世間からは少しも穢されず、ちょうど泥水の中から出てきた白い蓮花がちっとも泥に穢れないように、慾のために色のつくようなことがない」(『阿含経講義』友松友松圓諦著 161p 昭和九年)


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4・蓮(はちす)を観じて自浄を知り、このみを見て心徳を覚る (般若心経秘鍵)


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5・オン・ソワ・ハンバ・シュダ・サラバ・ダラマ・ソワ・ハンバ・シュド・カン <浄三業>
 ・一切諸法は、自性清浄なるがゆえに、われもまた自性清浄なり
 ・オン・ハンドボウ・ド・ハンバ・ヤ・ソワカ <蓮華部三昧耶>


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6・例えば、蓮華が清らかな高原や陸地に生えず、かえって汚い泥の中に咲くように、迷いを離れてさとりがあるのではなく、誤った見方や迷いから仏の種が生まれる。


 あらゆる危険をおかして海の底に降りなければ、価(あたい)も知れないほどにすばらしい宝は得られないように、迷いの泥海(どろうみ)の中に入らなければ、さとりの宝を得ることはできない。山のように大きな、我への執着を持つ者であって、はじめて道を求める心も起こし、さとりのついに生ずるであろう。


 だから、昔、仙人が刃の山に登っても傷つかず、自分の身を大火の中に投げ入れても焼け死なず、すがすがしさを覚えたというように、道を求める心があれば、名誉利欲の刃の山や、憎しみの大火の中にも、さとりの涼しい風が吹き渡ることであろう。(華厳経第三四、入法界品 『仏教聖典』仏教伝道協会)


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7 この仏はいま、現にいて、法を説いている。その国の人びとはみな苦しみを知らず、ただ楽しみの日のみを送るので、極楽というのである。


 その国には七つの宝でできた池があり、中には清らかな水をたたえ、池の底には黄金の砂が敷かれ、車の輪のように大きい蓮華が咲いている。その蓮華は、青い花には青い光が、黄色の花には黄色の光が、赤い花には赤い光が、白い花には白い光があり、清らかな香りをあたりに漂わせている。(阿弥陀経 『仏教聖典』 仏教伝道協会)


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 今年は、亥年。私は、亥、五黄土星の水瓶座。2月13日で48歳になります。年男。 私のこの世でのお役目はなんなのだろう(?_?) まだ生きながらえているのは、この世でのお役目がまだ終わっていないからでしょう(^_^;)、また新しい年を迎えてしまいました。


 今年は、ひとつ、何かの蓮華の花が咲くように「顔晴っ」てみますか(^_^;)


 とりあえず、今年は、この「蓮」にまつわることばを、2007年の私のテーマにしたいと思っています。


「白い蓮の花は、自心本来清浄無垢の心
 赤い蓮の花は、他人への温い慈悲の心」


らしいです。


「赤色赤光」


出典は、上記、阿弥陀経の句ですが、自分色を輝かすというたとえで言われます。


 「今年も、自分色の蓮の花を咲かることができて、どうもありがとうございましたm(_ _)m」


(ピグ流、お願い事の極意!(^^)!=お願い事は過去形で祈ること、先に感謝すること(^_^)/ 先に、感謝したら、神さま仏さまは、「もう、さきにお礼いわれちゃ、かなわんなあ(^_^;) かなえてやるか」と。ウソだと思うのなら、こういう例を思い出してくださいな。駅のトイレとか「いつもきれいにつかってくださってどうもありがとうございました」と書かれているのをみて、どう思うか考えてみましょう(^_^) 「トイレはきれいにつかいましょう」「きれいにつかってください」というのとくらべてみましょう。 「いつもきれいにつかってくださってどうもありがとございます」ともちがいますよね。チャンチャン)


P.S. 1月4日、「蓮」から、「読書へのアニマシオン」「読書レクリエーション」普及のため、壁紙変更!


(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授  a73@nifty.com )

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コメント

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1 ■あけましておめでとうございます

蓮には そんな深い意味があったのですね

徳島の鳴門は 蓮根の産地です
初夏が来るとたくさんの 蓮の花が咲きます

時々朝早くに見に行くのですよ

いい気持です(o^-^o) ウフッ

2 ■re:あけましておめでとうございます

 この蓮のようになりたいものだと思うのですが・・・なかなかですね。

 蓮の花がみることができるんでね。うらやましい! 福岡だと、・・・どこにいったら見ることができるだろう? お城のまわりのお堀にあったはずですけど。

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