茜ちゃんの奄美群島の自然のご紹介

茜ちゃんの眼で見て確かめた奄美群島の自然のご紹介
「花」・「蝶と虫達」・「野草」・「木の花」・・・・


テーマ:
あじさい

                                  コスモス

              奄美群島 離島移住記-012


  旧日本海軍 特攻隊基地 訪問記-07

現在、私が住んでいる加計呂麻島は11/02の大水害の影響がまだ続いておりまして、道路も不通箇所もあり、復旧工事が各所で行われており、まだまだ来年に年を越す状態です。
自宅の裏庭の谷川の土手の決壊現場の復旧工事これから始まるところです。ブログもこのため遅れがちになっておりますが、この点ご了解ください。

4本のブログを並行して更改していますので、今回は結構苦戦しております。
今回は茜の爺が代行いたします。

回天
茜ちゃんの奄美の自然と音楽と文化財の紹介


今回は<旧日本軍の特攻作戦とその実態>について、書いてみたいと思います。
この手の著書は日本中に五万とありますが、60数年前のことであり機密に属する事でも有って、なかなか正確な実態は分からないのが本当のところです。

私は<司馬遷>ではありませんから、正確性に疑問も有りましょうが、出来るだけ世に阿ることなく、調べた事、聴いたことをお話したいと思います。


一式陸軍攻撃機
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特攻機<桜花
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皆さんもご存知の通り、<桜花>は一式陸上攻撃機(爆撃機)の下に吊るして、敵艦の上で離されてその後はロケットエンジンで噴射して体当たりをするという手法の自爆攻撃機でした。

私事ですが、私の実父は当時の連合艦隊の旗艦<戦艦長門>の大砲の下で、敵と戦っていた砲術少尉でした。旗艦でもありその立場からいろいろな生の情報が入ってきたようです。それで、まず次のことから


連合艦隊旗艦当時の<戦艦 長門
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* 戦艦長門は終戦後まで呉の軍港に停泊しており、沈没はしておりません。戦艦大和(旗艦)が特攻出撃しましたがこのときは参戦しておりませんでした。戦後米軍によってドイツなどの軍艦と一緒に原爆実験の標的(見せしめ)にされました。

--<飛行機による体当たりは日本だけでなく、米国の戦闘機でも実際は行われていた

<特攻機>とか<特攻攻撃>とか<体当たり>とか、いろいろな言葉が有り錯綜している場合もあるようですが、いずれにしても帰還を棄てて、敵艦や軍事施設に自爆攻撃に類する事をする行為を指すと言うのが分かりやすいでしょう。このことに付いては<>で論じたいと思います。

艦上爆撃機<彗星
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* 零式戦闘機と同サイズの旧日本海軍の主力戦闘機。 特攻機としても使われた。

特攻攻撃は現在でも中東紛争や近辺で実際に行われております。特に耳に新しいことでは有りませんが・・・・非常に心痛むことです。ましてや年輪も行かぬ少年少女がその行為をするとなると、涙が出そうになります。


特攻攻撃は太平洋戦争では日本の十八番のように言われておりますが、本当なんでしょうか?

組織立っておこなわれた特攻攻撃は確かに旧日本軍で行われましたが、実際は米軍の戦闘機でも飛行機の機関に被弾をして、物理的に帰還が不可能となった場合は、日本の軍艦に体当たりをしてきたそうです。これは冷静に考えてみれば起こりうる事です。 実父は旗艦長門に乗っておりましたから、他の艦船よりも的確で素早い情報が入ってきたのでしょう。 連合艦隊の旗艦は海軍の出先機関の中枢ですから当然でしょう。


米艦<戦艦ミズリー>に体当たり直前の日本機
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* 戦艦<ミズリー>は戦後、日本軍がこの艦上で連合国に対して、組織的降伏調印をした

米軍はこれを当時黙秘していただけの事だと思います。
   < もし、貴方が未帰還機に搭乗した場合はどうしたでしょうか。

1-脱出すべく落下傘で不時着し、生還を期するように努力する。海上に於いても。
2-捕虜覚悟で不時着して生還を期する。
3-自爆すべく敵艦に体当たりする


米国軍人でも人によっていろいろな選択が出来ます。ですから人によっては<>を選択した軍人も居たと言うことでしょう。このことは大変重要な事です。
特攻攻撃を旧日本軍の十八番と美化するのでなく、いざとなれば国民によらず、誰でもおこなう事があるということを理解しなければなりません。米国海軍のハルゼーが「日本軍は野蛮だ」と言ったそうですが、そのような言動は笑止千万なことです。彼も現実の姿は立場上すでに知っていたことでしょう。


連合艦隊旗艦<戦艦大和
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我々は教科書や初等・中等教育で鯛焼きのような教育を受け、かつアメリカナイズされた情報にまみれておりますので、特攻攻撃を美化して学んだり、野蛮と片付けがちですが、人間は誰でも殺人者になれるのだという、正しい認識の上に立つべきと思います。ですから、旧日本軍は特攻隊を編成し、特攻攻撃をなし、米軍はそのような行為はしなかったというような、歴史を踏みにじるような歴史観を持つべきではありません。米軍でも守勢になれば当然同じことをやるのです。
 <勝てば官軍、負ければ賊軍>の例え・・・・歴史は如何でも変えれるのです。
実際に我々が学んだ歴史は勝者の歴史であって、正確な歴史でもありません。<司馬遷>だったら今時の大戦をどのように記述したことでしょう。是非聞いてみたいですね。

次回は<

組織的な特攻攻撃は戦争開戦当時から既に有った。1943年から始まったということは事実誤認
について書いて見たいと思います。


今回は思わぬことで、特攻隊の記事を書いておりますが、事実を有りのままに書こうとしており、思想的な背景によるものではありません。これを期待される方はご遠慮ください。
ただ、歴史の勝者による歪曲は実際に行われておりますので、<司馬遷>に僅かでも近づこうとしたのみでございます。幸田露伴が<歴史とは嘘で嘘を固めたようなものだ>という言葉は正に至言でございます。


次回は旧日本軍の特攻-02について、書いてみたいと思います。

2011 12 10 



                        奄美の茜ちゃん     

                     
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