高校野球も決勝戦で今季の結晶と化す。

以前は高校野球も筋書きのないドラマとしてよく観戦していたものだが、年々吾々の関心はもっと違う多様な文化の方へとシフトしてきたようだ。

たとえばAKB48、ももクロZなど同世代に人間的成長という文化的影響を与えた昨今、ここに、ゲキブと称される高校演劇もある。上質の観客がゲキブを育てる。ひとを育てる。地域をそだてる。個性の時代、いろんな考え方を理解して応援してあげる、それがこの国の文化を育てる伝統、というより慣習があるようだ。

 

昨日、「第4回 松戸高校演劇フェスティバル」を観劇してきた。

映画と違って、生の舞台は観客のリアクション、息の仕方次第でどうにも変わっていく生き物だと実感した。

それにしても現代高校生がこうまでグローカル(国際的地域性)、かついきいきと社会に適応どころかリードしていかんとする前向きな姿勢は観るものみんなに元気を、活力をふりそそいだのではなかろうか。

 

と、のっけからゲキブ(演劇部)と独善的なイントロで入ってしまったが、これは野球と違って老若男女、障がいのある方も泣き笑い楽しめる文化の高校野球であり、インターハイでもある。もちろん人生がぎっしり詰まっている多層的ドラマツルギー(劇空間)の日本語圏の誰にでも理解、共感できる原型のようなもので、もはや学芸会の域を脱している、いやストイックに他校に負けられない使命を帯びた学生演技集団ともとれる。(って勉強の方は大丈夫なのか・・・・・・)

 

そもそも興味をもったのは 筆者が俳優で劇団にいたこともあってか一冊の文庫本(ブタカン!~池谷美咲の演劇部日誌~/青柳碧人・著)に出会って、共感イメージが展開がってきたのも要因。

高校演劇と新劇と商業演劇はそれぞれ目的が違うが演技の基本は同じ。いや余計な解説はここではやめておこう。

ただ高校演劇は文化庁の管掌で高校野球と同じ地域ブロックから勝ち上がってくる。そして上演制限時間が1時間。1秒でも過ぎると失格。なのでいかに時間内にエッセンスを凝縮し、インバル、ドリル詰め込めるか。緩急自在の演出もみどころ。

 

そして上演中特定のCMはご法度だが永い目でみた地域経済効果がアイドル育成と同様、前向きに拡がって行く経済効果が立証されてもいる。

 

前置きが長くなったが、それでは昨日の観劇、振り返りをしてみよう。

 

11:00~ ①県立松戸国際高校 「広くてすてきな宇宙じゃないか」

12:40~ ②専修大学松戸高校 「ハブレット」

14:05~ ③松戸高校       「やっぱり❤県松産❤ぱぱいや」

15:30~ ④松戸馬橋高校    「超正義の人」                

 

総じて皆さんいい環境で上演できて羨ましいな。感謝。

八柱から歩いて15分ほどの<森のホール21 小ホール>これは円形に近いいい造りだ。客席から声を出すわけにはいかんから拍手で音響を確かめたが、声量次第ではホンネ、タテマエを自由に使い分けられるいい反響構造だ。

 

それではトップバッター(場内アナウンスでそう言ってた)

①核家族化の近未来、お婆ちゃんのサイボーグ(人造人間)導入やその後を巡っての家族間の葛藤とその展開。

 これを観て綾瀬はるかの「僕の彼女はサイボーグ」のお婆ちゃん版かと思った。それぞれが役になりきっていて真剣に考えている姿勢は教育委員会風でもありキャストもアンドロイド役はパントマイムとか練習した痕跡も窺えガチンコなテーマに思えた。

 

そして真打

②ハブレット。ハムレットのもじりだとすぐ分かる。そして冒頭、学芸会風シェイクスピア劇が進行していく。なんとか我慢して観ていたら、途中一変して現代高校生活に戻りそれまでの半照明からフル照明に。暗転から陽転。イキイキと演じる。 対立の調和。

イジメまではいかないが、ハブる(仲間はずれにする)グルーピーの陽転例などさすがは県大会優勝校の正面から向き合う姿勢と演技、演出力は他の模範ともなろうレベルの高さ、王道をアピール存在感を示してくれた。

 

これはおかしい

③これは、この頃のお父さんは、娘に対して情けない甘すぎる、ちゃんと躾ができない。というヘタレ父さんを逆にマッチョに躾けなおす、父親養成講座がテーマで、ひところの「初級革命講座」をほうふつとさせるが、これはほうふく絶倒の喜劇である。(と、断定してもよいのか?)

やけにリアリティーがあるのが哀しいが、今の時代はそうなのか?

しかし、なんだかやけにおかしい、これは風刺劇なのか?でも笑わずにはいられない。

いや、俺は硬派だ。と性根を入れなおして視る。なんだその演技は!

しかし場内の笑いにつられて我慢してた笑いがいっぺんに全身から吹き出てしまう。

・・・・・・これでいいのか、ニッポン。

 

なにやら考えさせられる

④そんな情けない思いを吹き飛ばしてくれるような、正義の人。これは笑えないシリアス劇。こんな人にニッポンの将来を任せたい。が、もうちょっと融通、柔軟性が欲しいと願っての高校教育の在り方を問う作品なのかな。

高校生男女二人きりになるシーンで妙な間も演出のうちなのか、キャスト任せなのか何かが不足していたのか、まさか板にのっかったから何か演じなきゃとか萎縮したのではあるまいな。

 

以上の4作品に接して

高校演劇はそれぞれの美学において尊敬する者の真似から入ったり、人生こうありたいと願って世界に飛翔たく人間形成の上で重要な3年間だ。一時期のブームなどに惑わされず普遍的な正邪、是非、審美眼などを見極める芸能界において、永遠性、高尚な文化に触れて自らをその高みに進める。そのために前のめりになる猫背や蟹股など特殊な役だけに通ずる癖を直し、感情が昂揚した時でもちゃんとセリフをコントロールして伝える作業を怠ってはなりませぬ。

 

などと演劇の先輩ぶって講評ならぬアセスを観劇させていただいた者の務めとしてここに記す。

 

いやあ、上記4校のキャスト、スタッフ、関係者のみなさんお疲れ様でした。みんなよく頑張ったね。

次は専修大学松戸中学高等学校演劇部・第9回定期発表会、観させてもらいます。

 

ここまで熱心に読んでくれてありがとう。感想でも質問コメントに残してね。

 

咲き誇るゲキブ競演のよう

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