青山シゲル

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当分日記は書かないと言ったのに、衝撃的な事を知ったため書きますね。
(一部敬称は略します)


NHK名古屋のお昼の番組「情報フレッシュ便 さらさらサラダ」に先日ヤスさん(元オフコース、鈴木康博)が生出演されました。

そこへ小田さんからお手紙が届けられたのです。表に「ヤスへ」裏に小田和正。
手紙の内容は以下の通り。
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ヤスへ

久しぶりです。
そうですか、もう40年になるんですね。
音楽を始めた頃、30歳を越えて歌をうたっているというイメージすら持てなかった。
きちんと学業を修めた者が、いい歳をして歌なんて、そんな時代。
アーティストという言葉もありませんでした。
予想はしていましたが、それよりずっとはやく時は往きました。
でもそのあっという間にいろんなことがありましたね。
高3の聖光祭で初めてステージに立ったあの時。
ただ洋楽をコピーして歌っていればそれだけで楽しかったあの頃。
そして自分たちで歌を作り初め、いつか多くの人たちが僕等の音楽を受け入れてくれていったあの頃。
思いはどんな場所にもすぐに帰れます。
そんな数えきれないキラキラした思い出を共有してくれている人がいるということを心から嬉しく思います。
いつかそんなことを語り合うような時が来るのでしょうか。
身体に気をつけて。楽しく歌い続けていかれるよう心から祈ってます。

2010年10月
小田より
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大変な事ですよ、これ。オフコースと言えば再結成していない最後の大物グループの一つです。(他にはキャロルとBOOWY)

オフコースは1982.6.30に武道館史上初の10日連続コンサートの最終日を持ち一時活動停止します。そして主要メンバーの一人鈴木が脱退します。1年をおいて残りの4人で活動再開しますが、小田はこの時点で(鈴木がいないなら)解散を考えていたそうです。

絶頂期に出したアルバムタイトルが「We are」(Yes No 収録)、そしてその次にでたアルバムが「over」(言葉にできない 収録)。当時はアルバムタイトルの意味はよく分からなかった。

伝説の武道館の最終日中盤、小田は「言葉にできない」で声を詰まらせ歌えなくなります。色んな思いがこみ上げて来たのか途中目頭を押さえる。



なんとか持ち直して、万感の想いを込め、絶唱する中、背景のスクリーンには一面のヒマワリ畑の映像が流れる。そしてアルバムタイトルが続けて映る。

We are over = 僕たちは終わった



14歳の夏、コンサートのチケットは取れなかったがかろうじてフィルムコンサートを見に行く事が出来た。衝撃的だった。あのとき、はっきりと「ミュージシャンになる」と決めた。



4人の活動はさておき。。。オフコースはこのとき伝説として終わったのです。小田は何度も「オフコース再結成はない」と言っています。鈴木は「オフコース再結成は、巨大なビジネスとして金が動き色んな輩が寄ってくる。純粋に音楽を楽しむだけでの再結成なら良いが難しい。それに小田の目指す音楽と自分の目指す音楽のベクトルは必ずしも同じ方向を向いていない」と言っています。

ファンの間ではある種タブー視されてきましたが、NHKぶちかましてくれました(笑)小田、鈴木両氏の公の場での接触はこれが解散後初めてです。なんとも想いのこもった文章で、それが「直筆の手紙」だというところがポイント高いです。

それがいきなり再結成に繋がるとは思えないですが、もう一度だけで良い、2人のハーモニーが聞いてみたい物です。



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