11月12月は急に多忙になってしまい、ブログを休んでいました・・・。
いまさらですが、11月27日はベントレーの初お披露目・・・という事で、ロールス・ロイス&ベントレー・オーナーズクラブのイベントに参加しました。
場所は横浜赤レンガ倉庫・・・。そこにクラブ会員のロールスとベントレーが集結します。
一応それ以前に、心配なので都内を何度か試験走行。急にウィンカーがつかなくなったり、バックをする時にブレーキが利かないなどの不具合もあって、本当に横浜までたどり着けるのか不安でした・・・。朝7時にワク井ミュージアムの湧井さんと車を預かっていただいている渡部さんが乗るロールスロイス・シルバーゴースト(1917年製)の後ろについて東京を出発。
特に不具合もなく、赤レンガ倉庫に・・・。
運転手さんも慣れて下さって、非常にスムーズな走行で快適でした。
今回はロールス・ロイスのコーニッシュ中心のイベントだったので、ベントレーは少なく、その中でも一番古かったので、結構目立ちました~。
左隣のクリーム色のベントレーS-TYPEは製造年がたった3年しか違わないのに、私のR-TYPEが非常にクラシカルに見えます。第二次世界大戦中に開発されたベントレーでマーク・ファイヴというものがありましたが、ダービーの工場が空襲で焼かれて、生産中止になった物を、戦後チャーチルがロールスロイス・ベントレーを復興させるためにマーク・シックスの製造命令を出し、その後継車であるR-TYPEは戦後の車として合理性を追求しながらも、デザインは戦前の薫りを残しております。
シルバーと漆黒のツートーンカラーという事で、自分もその日の服は、シルバーグレーのスーツに黒のチェスターコート。
こんな格好だったのと、小ぶりで、クラシカルな私の愛車は注目の的でした・・・。多分。車が好きではない方々も数多くいらして、戦争にまつわるこの車のエピソードを説明したり、後部座席に試乗していただきました。ただ、車を並べる方もいる中で、やはり大切なのは、その車にまつわる歴史や文化知っていただく行為だと思います。こういった歴史があって、今のクルマ文化につながっていったという事を理解していただきたいと思って。
水野さんも愛車である、ロールス・ロイス・シルバー・セラフ2002年でご友人と合流。みんなで「ハコ乗り」?を楽しみました~。
水野さんのロールス・ロイス http://ameblo.jp/a-hanagata128/entry-11059252586.html
もう一つ、このイベントは重要な意味合いがありました・・・。
私の結婚式です。
花嫁さんの名前は・・・内緒です。
そういった重要なこともありながら、新規会員に今回加わったので、スピーチをさせていただきましたが、さすがに社交家の水野さんに比べたら、堅いことしか言えず、恥ずかしい限りでした・・・。
この度新しい友人もたくさんできて、有意義な会でした。
次回は1月2日に横浜ニューグランドホテル集合で新春ランチツーリングに参加予定です~。
このところ仕事もプライベートも忙しくて、なかなかブログが書けませんでした・・・(ノ_-。)
風邪もひいておりましたし・・・。
忙しいというのは、良いことでもあって、いろいろな集まりにお誘いを受けているという事でもあります。
バリ島に行く直前に設立のパーティーがあった、The Best Table の会で初の会食がありました。
http://ameblo.jp/a-hanagata128/entry-11055552686.html
11月は麻布・幸村にてシャンパーニュとてんぷらのマリアージュでした。
4種類の個性が全く違うシャンパーニュを、ソムリエでありシャンパーニュ・バーを経営されている増竹様の解説をききながら、美味を楽しむという贅沢なもの・・・
増竹様の経営されるシャンパーニュ・バー http://ameblo.jp/champagnebar-pomponne/
まずは、写真左から、1種類目のシャンパーニュ、Fernand Vauversin Brut "Blanc de Blanc"。4ヘクタールという小さな畑で採れるシャルドネを100パーセント使い、ボトルを手で攪拌する「ポワンタージュ」という技法を守って作られています。最初はさっぱりさわやかなリンゴの様な酸味が強いのですが、時間がたつにつれて奥行きも感じられるシャンパーニュでした。
この時に、前菜で「幸村」のスペシャリテ、ウニの蒸し物 蟹のジュレ掛。
ウニ、あまり好きではないのですが、本当に新鮮でよいものを蒸して、濃厚な琥珀色の餡を掛けてあり、うっとりとした味わいでした。
そして、蕎麦にカラスミを添えた物・・・。というよりも、カラスミに蕎麦がまぶされているというような贅沢なひと品・・・。
カラスミの味を楽しみながら、かすかに蕎麦のつるっとした食感がある・・・という、淡雪の様な一皿。漆の器と、カラスミの黄金色が非常に美しい対比となっておりました。
次のシャンパーニュは、Francoise Bedel "L'Ame de la Terre" Millesime 1998。率直に申し上げると、これが最もおいしいシャンパーニュでした。水色は琥珀色で、香はしっかりとしており、まるで上等なソーテルヌ(貴腐ワイン)の様な奥深さ・・・蜜の様な甘みを香では感じるのに、シャンパーニュですから繊細で上品な酸味が心地よい・・・。1998年は自分にとって非常にシャンパーニュとしてはいい年だと思います。Henriotの1998年も非常に好きです。
http://ameblo.jp/a-hanagata128/entry-11028647983.html
2本目を楽しんでいる所で、さっそくてんぷらが始まりました。新鮮な海のものと山のものが眼の前に並びます・・・。
次のシャンパーニュは Vilmart "Coeur de Cuvee" 2001。1本目のヴォーヴェルサンほど狭くはないものの、小さな畑で、昔から有機栽培をしていたそうです。
シャンパーニュの程よい酸味とさわやかさが、てんぷらとこれほど素晴らしくマッチングするのかと驚きました。油ものが得意でないのですが、もちろん幸村さんのてんぷらですから、素材はもちろん油もいいのだけれども、次々と出される美味なてんぷらは消えていき、グラスも空になっていきます。
油をとりかえて次の食材が・・・。
そして、最後のシャンパーニュは Taitanger "Collection" 2002。今回の中でももっとも有名なメーカーであるティタンジェ。NYのセント・レジスはこれをハウスシャンパンとしていました・・・。
ブランチでしたが、リストから「ティタンジェをグラスで・・・」と頼んだら、ウエィターさんが怪訝な顔をしていたので「ティタンジェをお願いします」と念を押したら、「タイタンガーですね?」と・・・。近くにあるもうひとつの最高級ホテル、ピーエールはボランジェというシャンパーニュがハウスだったのですが、ボリンジャーとウエイターさん発音していました・・・。ちなみにセント・レジス・NYでシャンパーニュと合わせたのは・・・。
ハンバーガーに大量のフレンチフライ・・・。この写真で、揚げ物とシャンパーニュは相性が良いようで・・・などと申したらば、幸村さんお怒りになるでしょうね・・・。
さて、ティタンジェのコレクションというのは良いヴィンテージができた年だけに、アーティストによってデザインされたボトルに詰められています。非常にコレクタブルな貴重品で、1978年から随時作られております。2002年はAmadou Sow というアフリカはセネガルのアーティストによる装飾が施されたボトルに詰められていました。貴重なシャンパーニュでおいしかったのですが、味音痴の私には正直ふつうに飲んでいるティタンジェとあまり変わらない感じがしました。
締めは松茸ごはん。
本来であれば写真禁止の幸村さんですが、今回は大サービスをしてくださいました。季節的には名残の松茸という感じでしたが・・・。
そんな写真禁止の場所で、オーナー様と堂々と記念撮影までさせていただきました・・・。本当に食を愛し、おいしい物を提供したいという愚直なまでのお店の姿勢と、オーナー様の想いは大変勉強になりました。『純粋に食を愛し、素晴らしい料理を創り出す料理人に敬意を表すことのできる、そんな貴方様の、今日のお食事が素晴らしいものになりますように。』 The best Table 設立趣意のこの名言を改めて感じ取る素晴らしい体験でした。
私は物を創り出すことができない人間ですから、衣食住全てにおいてものを創る人を尊敬しています。この日は和の席でしたので和服で・・・。
ちなみにこの日の和服は、日本工芸会正会員・藍田正雄先生の江戸小紋。
藍田先生のお話 http://www.motoji.co.jp/knowledge/Waorimonogatari_1-25.htm
http://ameblo.jp/a-hanagata128/entry-10993172547.html
海老茶色地に、細かい武田菱。そもそも私の父方の花形家は内藤修理によって武田家に召抱えられた家なので、この作品を見た時に、直感に訴える物があり購入。これから、敬愛する藍田先生とのお付き合いが始まりました。
羽織は着物と同じ地模様が入った白生地お召があったので、着物の地色に合わせて、背中にひとつだけ家紋を入れて、染めていただきました。
帯は1788年から西陣で帯を作り続けている「服部織物」の社長さんにお会いし、この組み合わせにふさわしい色で、デザインは軽快で少しモダンな感じの、爪綴れの帯をお願いして作ってもらいました。
服部織物 http://www.hattoriorimono.co.jp/index.html
食にしても衣にしても、物づくりを大切にしている国に生まれたこと・・・誇りに思います。親友のフランス人たちもフランスが好きなのは単に「国粋」ではなく、文化という点で自らの国を誇りに思っている、そのように思っていますし、そのようなフランス人は日本に対して敬意を抱いています。このような素晴らしい文化を守り、発展させていくことが少しでもできれば・・・。そのように思った日でした。
日曜日は埼玉県加須にある、ワク井ミュージアムに行ってきました。
友人でロールスロイス好きの水野さんと現地で合流。ロールスロイス・シルバー・セラフで水野さんは登場。
http://ameblo.jp/a-hanagata128/entry-11059252586.html
私は・・・電車です。ベントレーのR-Typeで行きたかったのだけれども・・・。実は浅草は酉の市で、車を預かっていただいている方のお家の前は屋台が立ってしまうので、車を出し入れできなかったので・・・。
過去にもワク井ミュージアムについては書かせていただき、今回は4度目の訪問ですが、いつ行っても飽きないのは展示されている車が素晴らしいだけではなく、オーナーの湧井さんはじめ、そこに集う人たちが皆感じの良い方ばかりだからではないかと。
水野さんと1929年製 Bentley 6,1/2Litre Speed Six style の前で記念撮影。
前回は実際に走っているところをみましたが、非常に素晴らしいエンジン音のベントレーの傑作です。
http://ameblo.jp/a-hanagata128/entry-11015277901.html
服装は、少し暑かったのですが、白洲次郎に敬意を払って、彼の遺品にあった「ジンジャー」と呼ばれる色のハリスツィードのジャケット。このありそうでない色のツィードは、いつも注文している batak がオリジナルでハリスツィードの織本に注文した物で、三つ揃えを作ってもらいましたが・・・2月の極寒でもコートいらず。それこそ、白洲次郎の様にオープンカーを真冬に走らせるには最適の生地です。
そして、1924年製の白洲次郎が愛したベントレーに乗せていただきました。多分、ジンジャー色のツィードでこの車に乗ったのは白洲氏と私だけかもしれません。
ちなみに合わせたウェストコートは黄色のタッターソール柄。もともとはタッターソールというのは、18世紀のリチャード・タッターソールという騎手が始めた馬市にて、馬にかけた毛布の柄からきているので、乗馬格子とも言われています。
初期の車というのは本当に馬のように手がかかる生き物であるという敬意から、あえてタッターソールを選んでコーディネートしました。
このミュージアムの中で私が最も気に入っているのは、宰相・吉田茂のロールスロイス。1937年製。他にももっと大きかったり、立派なロールスロイスがある中で、この小ぶりなロールスロイスは本当に迫力があります。多分所有していた人の高貴な魂がこの車をいっそう輝かせているのかと思いました。
後部座席の灰皿をこっそりのぞいて、宰相の葉巻の灰が残っていないか見てみましたが、さすがにきれいに掃除されてしまっていました・・・。
ダンヒルが銀座の中央通りに旗艦店を出して4周年。
雨がひどい日でしたが、金曜日にフォーシーズンズ・ホテル丸の内でのパーティーに参加させていただきました。
当初から小物だったりいろいろな面白いものを購入していましたが、人が多く入れ替わってしまい、最初の頃の遊び心が失われ、しだいに足が遠のいておりました。お店からも連絡が途絶えがちになって、寂しいものだと思っていたところ、非常によくしていただいているハーブメディックスの副島様にお招きをいただき、ダンヒルとの旧交を温めることができたのは嬉しいことです。
前社長とは非常に親しくさせていただき、頻繁に店を訪れていたのに・・・イタリアの方が新社長になってから、内部が入れ替わり、お笑いみたいな大きな蝶ネクタイにデニムをはいた、英国伝統からかけ離れたショップスタッフになってしまったのは、残念というか、方向性が解らなくなってしまっているのが現状です。
ロンドンにいた学生時代に、ジャーミン・ストリートという紳士小物が集まる所にあるダンヒル本店を愛していた私にとって、非常に憂うべくして悲しい状況になっています。
本来、ダンヒルというのはクルマ以外のすべてのクルマに関するものを売る店としてスタートしました。
なので、風防がついたライターであったり、ゴーグルであったり、男らしい物をエレガントに作るブランドでした。
それが今やなんともつかない無駄な装飾があり恐ろしく値段が高い物を売る店となってしまいました。
大体、古いベントレーの車に乗るには、冬は防寒が必要です。本来の英国の厚手の生地はいまや見ることがなくなってしまいましたが、ペラペラの耐久性がないイタリア生地でスーツを作って何になるのか?ビジネスマンの作業着としては良いかもしれないけれども、紳士的な生活にそんな軟弱なものは、ふさわしくないと思います。
好みは分かれるので、ひと様の趣味についてとやかく言うつもりはありません。軽くて楽なスーツも必要でしょう。しかし、私は武骨にゆっくりと低速織機で織られたごわごわして、作って三年は肩が凝るようなスーツ地がだんだんとこなれてきて、10年くらいしたらしっとりと体になじむ生地が好みです。犬や馬と同じで、すぐに心を打ち解けられなくても、時がたって主人に忠実に仕える厚くて重い生地のスーツは本当に一生ものですね。
今回は寒かったので、別にいやみのつもりではないけれども、そういった生地で仕立てたスーツを着ていました。8年前にスキャバルという生地屋の一番クラッシックな生地、ボンドストリートシリーズの物。8年経ってやっとこなれてきて、非常に着やすくなっていますが、型崩れなどしません。
偏見かもしれませんがイタリアのスーパーなんちゃらとかいう、軟弱で夏ものだか冬ものだかわからないテレテレした生地では多分へたってしまっているでしょう。
今回会ったダンヒルの新しい店長と名刺交換をさせていただきましたが、やたらとスーツを誂えてみてほしいと言われたのには閉口しました。私が10年信頼してお付き合いしている batak を抜くだけの品質とスタイルを作れれば試してもいいけれども、スキャバルのボンドストリートという重い生地だからこそできるシルエットを、イタリア生地で出せるはずがないので、見る目がないのだと、嘆息いたしました。
今は繁盛しているというダンヒル銀座本店。喜ばしい事です。しかし、そこに私が求める物があるのかは、疑問ですけれども。
パーティーは毎年来ている素晴らしいマジシャンの手品で楽しませていただきましたが・・・。
ネタは毎年同じ・・・(笑)