正直言ってこうなる予想は全くしてなかったけど、気づいてみたら本当に読書の秋になっている。


秋は本を読むのに一番いい季節なのかもね。


ゆっくりと本を読む時間は、まさに至福のとき。


何もせずただ本を読んでいるだけなのに、なんともいえない充実感があるのはどうしてだろう。


きっとこれが夏だったりしたら暑くて本を読むにも集中できないし、何より体を動かしたくなっちゃうんだろうな。



「伊坂熱」も一段落し、そろそろ他の作家の本も読んで見ようかなと思い始め、手に取ったのはミリオンセラーとなった話題の本「博士の愛した数式」。


前に読んだ本から、2作続けて映画化された小説だ。



話は淡々としたペースで流れるように進み、読み進めるうちに博士の温かさ、愛情が伝わってくる。


80分しか記憶の持たない博士と、家政婦とその息子「ルート」との心温まる交流。


下手に感動を誘うようなシーンがないのに、博士の優しさに涙してしまった。


読み終えたときに、しっとりとしたいい気分になれた。



次は何を読もう♪


最近は小説を読むのが楽しくて仕方ない。


映画化つながりで「夜のピクニック」か「孤独か、それに等しいもの」でも読んでみようかな。



おすすめがあったら教えてください。


今日もまた本屋をのぞいてみよう。



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まただ。


今度はミシェル・ペトルチアーニ。


どれだけタイミングのいい小説なんだろう。



今は「陽気なギャングが地球を回す」を読んでいるのだが、彼の小説にはしばしばジャズミュージシャンが登場する。

前作の「ラッシュライフ」ではキースジャレットが登場し、彼の登場があまりにも自分にとってタイムリーだったので驚かされたものだった。


そして今回の「陽気なギャングが地球を回す」でも、再び最近の自分と所縁のあるジャズピアニストが登場した。


それがミシェル・ペトルチアーニ。


自分がキースジャレットの前に聞いていたジャズが紛れもなくミシェル・ペトルチアーニのものだったので、さすがに驚いた。


ここまでくると、これは縁だなと感じてしまう。



今まで読んだ作品を自分なりに紹介すると(ほんとちょっとしか読んでいないけど)、一番読みやすいのは「オーデュボンの祈り」じゃないかと思う。


未来が見えるしゃべる案山子や、人を殺すことを許された詩を愛する「桜」、唯一島の外に出られる「轟」、市場を離れることのできない「ウサギ」など、一人一人のキャラも立っていて小説の世界に入っていきやすい。


現実には起こりえないような設定なのに、あたかも何の矛盾もないかのように暮らす島の人々が主人公を惑わせる。


「桜」はかっこいいね。



ミステリーが好きなら「ラッシュライフ」だと思う。


全く関係のない5人の登場人物の生活が断片的に関わりあっていく様子は、全く同じ時間に起こっているようでいてそうでないようにも感じる。


駅前で「あなたの好きな日本語を教えて下さい」という看板を持った金髪の女性や、エッシャーの騙し絵がストーリーにどう関わっていくのか。

先へ進むほど、次の章が読みたくなる。

ミステリーを形容するのに月並みな言葉になってしまったが、終盤の展開はばらばらだったジグソーパズルのピースがはまっていくようだ。


あるピースとあるピースは近くにはまると思っていたのに、最後になって「あれ、こんなところにはまるんだ」という展開には感心させられる。


「ばらばら」という言葉が表立った重要なキーワードとなるストーリーなのに、最後には全てがつながっていく。


おすすめ。




折りしも季節は読書の秋。


次に読む本に迷うことがあったら、流麗な筆致と洒落た言い回しに触れてみるのも悪くないかもしれませんよ。


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目を覚ますと夕方になっていた。


ここはポーランドの歴史都市クラコフ だ。


初めての街でじっとしているのももどかしいので、まずオルビス(ポーランド 国営の旅行会社)に行って、次の街までの交通手段を確認した。


これまでの行程で、クラコフ ~プラハ間の夜行列車には睡眠薬強盗が多いという噂を聞いていたので(実際被害に会った人も何人か出会った)バスで行こうと思っていたけど、その間に直行のバスはないというので仕方なく危険な夜行列車に乗ることにした。


寝なければ大丈夫だろう。



それから旧市街の土産屋で絵葉書を買い、マーケットスクウェアに面したカフェで一休み。


クラコフ マーケットスクウェア


休んでばかりだ。


日が暮れていくのを感じながら、友人に宛てた手紙を書いた。


そこで、一つ前の都市、リトアニアヴィリニュス では21時ごろまで明るかったのに、ここクラコフでは19時でもう暗くなってしまっていることに気づいた。


リトアニアとポーランド両国間で時差が一時間あるとはいえ、南に来たことを実感した。



カフェを出てから、どれ、せっかくだからヴァヴェル城 まで足を延ばしてみようかと、南の方に向かって散歩することにした。


十世紀以上もの歴史があるヴァヴェル城は、クラコフ の街中では一番の見所。


世界遺産でもあるここは、ポーランド随一の歴史的建造物といってもいいかもしれない。



城に向かう頃にはもう夜になっていたので城内に入ることができないのはわかっていたけれど、そのおかげで城周辺には人がほとんどいなくて自分だけのヴァヴェル城 を楽しむことができた。


ヴァヴェル城への坂


城に向かう坂からして素晴らしい。


通り雨に濡れた石畳が街灯に映り返し、そこ歩く人を中古の世界へ魅惑するようだ。


坂を上っていく時間は、城が城としての役割を担っていた頃の気分にタイムスリップするには十分の時間だった。


ライトアップされたヴァヴェル城2


夜の帳が下りかかった空を背景にしたヴァヴェル城 には、歴史の重みとか、威厳、貫禄といった言葉が全てあてはまる気がした。


ただ、そのときの自分は「妖艶」という言葉がこの城を形容するのに最も相応しいように感じた。


ライトアップされた城と夜空のコントラストのせいかもしれない。



訪れる人を魅了する何かがあったから、自分はそこに30分以上も一人で立っていたんだと思う。


城と自分。


それしかない。


それがまた良かった。


ライトアップされたヴァヴェル城


明日は、城内に入って見よう。


今日とは全く違うヴァヴェル城 が見られるはずだ。


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つながり

テーマ:

うーん、やはり面白い。


あれから「オーデュボンの祈り」、「ラッシュライフ」と2冊の伊坂幸太郎の本をよんだけど、がっかりするどころかさらに魅力的に感じるようになっている。


前回読んだ「重力ピエロ」とこれら2作は全く違うストーリーかと思いきや、隠れたところで(実際は全く隠れてなどいないが)登場人物がつながっていて 、読めば読むほど興味を引く。


必ず仙台が登場するしね。


比喩表現の素晴らしさは相変わらずだし、「ラッシュライフ」ではあそこまで複雑な時間構造をよく作り上げたものだと思う。


同じ街に住む何人かの登場人物の別々の暮らしが、あるところで交差し、断片的に交差していたそれぞれのストーリーが最終的には一つの話としてつながっていく。


さらに、別の小説で登場した人物もただ名前だけが登場するわけはなく、その人物の前後関係も明確で、しっかりとした構成には感心する。

でも、一番驚いたのは、「ラッシュライフ」にキースジャレット のピアノコンサートのCDが登場したこと。


友人に紹介してもらって以来、キース・ジャレット のジャズピアノの虜になっていて、夜に眠るときはいつも気に入りの曲を聴きながら眠りにつくようにしている。


その「ケルンコンサート 」の一曲目は即興というのが信じられないほどに素晴らしく、今まで聞いたジャズの中では「Autumn leaves 」と並ぶほどにいい。


いや、「Autumn leaves 」以上かもしれない。


本にしろジャズにしろ、どちらも没頭するほど気に入っているので、これら二つがつながったときはさすがに驚いた。


だって、キース・ジャレット なんて今まで聞いたこともなかったんだから。


でも、やっぱりつながっているんだなぁ。



そういえば、そろそろ枯葉の季節だ。


外苑前の銀杏並木は今年も変わらず色づくのだろう。



つながりを強引にこじつけるために、今度はブランパン の綺麗な青色の時計でも買ってしまおうかな。


その購入資金の捻出方法はもちろん……。



そんなことできないや。



雲散霧消

テーマ:

いろいろなことがうまくいかず先が行き詰って辛くなっているときに、自分の力だけでその状態を脱するには少なからぬパワーがいる。


よく耳にする「気持ちの切り替え」というポジティブな言葉も、口にするほど簡単なものじゃない。



でも、誰かの何気ない一言が、心に鬱積した濃霧のようなわだかまりを一瞬にして晴らしてくれることもある。



今日はそんな一言に救われた。


それがまた絶妙のタイミングだったので、まさに救いの手を差し伸べてもらったような気になった。


その小さな気遣いによってそれまでの暗鬱とした気持ちが一気に晴れ、「よしっ、まだまだがんばろう。」と思えるようになった。


ほんとうに嬉しかった。



ちょっとした一言が、誰かを救うことだってできる。


次は、自分の言葉が誰かにとっての救いになればいいなと思う。


正直言うと、誰かを救うなんてそんな大それたことができる自信はないけれどね。


今思うこと

テーマ:

今年の冬は南半球に行こうと思っていた。


マダガスカルで自然探訪&ダイビング、ボツワナでサファリ、フィジーを基点にアイランドホッピング、アルゼンチンのパタゴニア。


訪れようと思っていた場所は数え上げればきりがない。


これからの季節、南半球はハイシーズンになっていくしね。



ところが、最近になって雪山に行きたいと強く思うようになってきた。


この間、御茶ノ水を歩いたのが影響したかな。



朝早く家を出て、がむしゃらに滑って、夜は温泉街を散歩したりして、食後は旅館の温泉に入ってのんびり、なんてのが理想のコース。


露天風呂のある温泉だったらなおよいね。


雪の降る中、寒い寒いと言いながら小走りで露天風呂に入り、後は外の寒さを気にせずゆっくりとお湯につかる。


酷寒の中の温浴は、ちょっと熱いくらいのほうが気持ちいいんだ。


長いこと入っていたら、頭にうっすらと雪が積もるかもしれない。


気づいたら髪が凍ってきたりしてさ。


それをパキパキ折るようにするのも冬の露天風呂ならでは。



スキーは趣味だと思っていたのに、考えて見れば2シーズン前のルスツ以来一度も雪山に行っていない。


もう趣味とは言えなくなっているのかもなぁ。


でも、好きなことに変わりはないんだから、やっぱり趣味でいいよね。


スキーが好き。



海外旅行もいいけど、日本の雪山だって悪くない。


ルスツ全景


思えばここ何年か、大きな旅行といえば常に海外だったし、今年の冬は海外旅行に出ないのもありかもしれない。


「海外でスキーをすれば」なんて言わないで。


旅館や温泉、露天風呂が、とても重要なファクターを占めているので。



手始めに、次に実家に戻ったときに、板、ブーツ、ウェアを持って帰ってこようっと。


今年は雪山に行こう。

藝術の秋

テーマ:

小学校だか中学校の頃に美術の教科書で見て以来、一風変わったダリの絵画が好きだった。


特になんともいえない悲しそうな表情で地面に横たわる、まつげの長い顔の出てくる絵が気に入っていた。


ダリに関して何も詳しい知識を持っているわけでも何でもないけれど、大人になってもやっぱり好きなままでいる。


8月にも諸橋近代美術館 の「サルバドール・ダリの世界」を観に行ってきた。



そんな自分が、電車の車内広告やフジテレビのCMで大々的にダリ回顧展 のPRをしているのを目にしたとき、「見たい」というよりも「きっといずれ観に行くんだろうなぁ」と何故か人ごとのように思った。


「私はダリでしょう?」なんて言ってたからかなぁ。


いつ行こうとも特に決めていなかったしね。




でも、やっぱり行くことになる。


先月の終わりの休みの日、都内に出るために電車に乗っていたらそのときにもダリの吊り広告が目に入ってきた。


特に誰かと約束しているわけでもなかったし、たまたま上野行きの電車に乗っていたので、「じゃあ上野の森美術館に行こう」とそのまま上野まで行くことにした。


急に美術館に行く気になったのは、雨の日だったからかもしれない。



クロークに荷物を預け、音声ガイドを借りて館内に入る。


絵について感じることは人によって(同じ人であっても見るタイミングによって)違うはずなので何も言うことはないけれど、少なくとも自分はいい時間を過ごせたと思う。


ただ、平日の昼間だというのに、開催されて間もないせいもあってか人でいっぱいだったのは正直望ましいことではなかった。



それから、地下鉄に乗り、手紙を書くために恵比寿のカフェへ。


地下から地上に上がるころには雨も上がっていた。


9Fにあるそのカフェは、渋谷の気に入りだったカフェがなくなった今、自分にとって大事なカフェの一つになっている。


ウィルキンソンのジンジャーエールを飲みながら、懐かしい沖縄の恩人に手紙を書いた。


その辛口のジンジャーは、一気に飲もうとすると喉の奥が熱くなりむせそうになるくらいに強い。


喉が焼けるような感覚は、久米島での強烈な夏の記憶を呼び覚ました。


メジャーなスタイルではなかったけど、あれは楽しい旅だったなぁ。


何かを楽しめるかどうかの決定的な違いは、きっと想像力なんだろうなぁと思う。



シャンディガフを作るには個人的にはこれが一番好き。




芸術に触れたい気分だったせいもあってか、帰りがけにシャガールの画集を買った。


残念ながらシャンディガフとは何の関連もない。


彼の描く空を飛び交う牛や鳥たちの横顔はいったいどこを見ているのだろう。


感情はあるのだろうか。


いろんなことを思いながらページをめくった。



ゆっくりと芸術作品に触れる時間は、大切な時間だと思う。


なかなかそういう時間を作れないのが残念だなあとも思う。



この日は、秋としてはなかなかいい過ごし方ができた。


今でも自分の部屋の窓際には、いくつかのダリの小さなポストカードが飾ってある。


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秋になって夏ほどアクティブに動くこともなくなり、休みの日はおいしいものを食べに行くことが多くなった。


カレー、ラーメン、デザート、カフェ。


何かテーマを決めておいしいものを食べに行くことは本当に楽しいね。


わざわざ食べにいったそれが想像以上においしかったりすると、もうたまらなく幸せな気持ちになる。



この日はまさに味覚の秋、いや、食欲の秋といったところだった。


朝突然ぽっかりと予定があいたので、友人を誘い昨年12月にオープンしたばかりのマンダリンオリエンタル東京 のデザートビュッフェ、ドルチェヴィータへ行くことにした。

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ラズベリーののったサクサクのパイに、濃厚なかぼちゃのプディング。


ほわほわのフロマージュのムースに、とろけそうな杏仁豆腐。


透き通るくらい美しい白ワインのジュレに、とろとろのチョコレートフォンデュ。


幸せ。


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でも、2時間の間同じペースで食べ続けるのはなかなか難しいようで、気づいたら途中からピスタチオばかり食べていた。


甘いものが続くとしょっぱいものが欲しくなるんだね。



食後に栗のグリーンティーを頼んだら、本当に栗の香りがした。


緑のお茶から栗の香りがするなんて、なんだか違うような感じがしたけれど、これがほうじ茶のような栗に似た色だったら納得するのかと言われればそれも違う気がする。


栗茶はおいしかったのに、きっと栗と緑茶は一緒にするべきものじゃないんだ、なんて思ってしまった。


栗と緑茶がいい組み合わせであったとしても、わざわざ栗緑茶にしなくてもいいのかもしれない。



昨日の夜に飲んだみかん緑茶も、おいしいけれど不思議な感じがした。


きっと、みかんの場合は緑茶ではなくて紅茶なんだろうな。


レモンティーがあれだけポピュラーになっているんだから、悪くない紅茶が出来上がるかもしれない。



でもきっとこの場合、栗と緑茶を一緒にできるかどうかなんてあまり大きな問題ではないのだと思う。


季節のものはなんだっておいしいと決まっているんだから。


その後、靖国通りを神田神保町から小川町にかけて歩いた。


古本屋街を通りすぎ、アウトドアショップやスキーショップの並ぶ界隈を歩いていたら、すぐにでも雪山に行きたくなってきた。


また、みんなでちっちゃなキッカー作ってわいわいやりたいな。


今年こそは雪山に戻ろう。



いい時間になってきたころ、夕食を食べるために神楽坂へ。


今まで神楽坂は敷居の高いイメージがあってあまり縁がなかったのだけど、今回行ってみて一気に好きな街になった。


狭い路地裏に行灯が並ぶ風景は、一昔前に戻ったような感覚を呼び起こす。


そういえば、昼間横の席で話してた女性たちの会話に、「安穏」なんて珍しい言葉が登場していたな。


行灯からもれる淡い明かりは心を安穏とさせる。


精神的な解釈だけど、つながりを感じられなくもない。


神楽坂は風情のある街だと思う。



その日、どういうわけかさざえのつぼ焼きがどうしても食べたかったので、散歩がてらつぼ焼きを出す店を歩いて探した。


でも、そう簡単には見つからない。


つぼ焼きがないのなら、蛤の酒蒸しや、関さば関あじの塩焼きでもよかった。


洋食の甘いものをたらふく食べたせいだろう、和食の塩っ辛いものが無性に食べたくなっていた。


あ、今は脂ののった関さばが食べたいなぁ。



そして見つけた一軒のお店。

店構えといい、雰囲気といい申し分ない。


入店。


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そこで頼んだ料理は、どれも自分を満足させた。



今が旬の秋刀魚の刺身。


つるんと一口で食べた、旬の走りの生牡蠣。


細かなところまで気が利いた刺身の盛り合わせ。


三つ葉がいいアクセントになっていたさざえのつぼ焼き。



こういう料理のおいしい店に来ると、箸も進むし会話もはずむ。


気づくとあっという間に終電の時間になってしまった。


また近いうちに神楽坂に来ようと思う。



グルメな一日だったなぁ。


そしていい一日でもあった。

読書の秋

テーマ:

秋の深まりとともに、晴れた日の雲が少しずつ高くなり、朝晩の風のそよめきに微かに冬の匂いを感じ始める。


今はちょうどそんな季節。



今年の秋は差し詰め「読書の秋」といったところだろうか。


先週だけでも3冊の小説を読んだ。


本当はビジネス書でも読んだほうがいいのだろうけど、本屋に行って興味の対象となるのはいつも小説やエッセイだから仕方ない。


興味のない本よりも興味のある本のほうが面白いに決まってる。


最近じゃグルメ本も好んで読むけれどね。


でも、やっぱりビジネス書のほうには足が向かないんだなぁ。



伊坂幸太郎 の数々のレトリックが妙に自分の感性と合って、危うく虜になりかけている。


今読んでいる文庫本が最終的に面白ければ、次はハードカバーに手を出してしまおうか。


文庫になるのを待っていられなくなるかもしれないな。