父が亡くなって一月。 by Asai
テーマ:From Asaiとのこと。
しっかり者でアネゴ肌の彼女の前では、私はいつも妹みたいに、甘えん坊。。
◯◯サンというのは、apの設立当初からおつき合いのあるお客さまで、今では一国一城の主にスピード出世。一度彼女に◯◯さんの取材をお願いしたのが縁で繋がった。
みなちゃんも売れっ子コンサル。過密スケジュールをこなしている二人なのに。本当にありがたい気持ちで、胸が熱くなった。
父が亡くなって今日でちょうど一月。
父は私の駆けつけるのを待たずに逝ってしまった。
正確には父は私をきっと待っていてくれたのに私が遅かった。危篤の知らせが入ったときに客先で打ち合わせ中で電話に出ずに、打ち合わせが終わったあとで危篤の留守電をきいた。でも、そのあと私は会社に帰り翻訳スタッフの支払の手続きの承認を自分のpcからボタンを押すためだけに、戻った。スタッフの支払だけは設立当初から一度も遅らせたことがないので、どうしても会社に帰らなければと思ったのと、父は絶対に私の帰りを待たずに逝くわけがないと、あの時は確信していた。
客先の打ち合わせは大手町、そのまま東京駅から新幹線に飛び乗れば父の最後に会えたのに。
「お父さん、三途の川を渡らずにこっちに戻って来なくちゃダメ、、」と、私が呼び止めたら絶対に父は戻ってきたはずと、何度も何度もあとから自分のあの日の行いを責めた。
でも、時が経つに連れ、父は絶対に私の帰りを待たずに逝くわけがないとあの時、私が全く疑いもせずに会社に戻ったのは、父がそうさせたのかもしれないと思うようになった。
クリスマスの二日間を父と母と過ごし、夜、御寿司屋さんで父が懇願するお酒を薄くお湯で割ってもらい、「お医者さんやみんなには絶対に内緒だよ」といってみんなで乾杯したのが父との最後だった。その日の夜中に父は昏睡状態になり、そのまま意識が戻らずに2日後に逝ってしまった。
御寿司屋さんではお酒を美味しそうにゆっくり、大切そうに飲んでいた。頬をほんのりピンクにしてにこやかだったのが私が見た父のさいごだ。
小さな頃から突飛よしもない行いをし、ちょっと変わった私のことをまちこらしいと、いつも信じて見守ってくれたから、私はのびのびと育つことができた。「嘘をつかず、言い訳をせず、人のせいにせず、やることをやっていれば、人はちゃんとわかってくれるから、信じるものを守り、さる者は追うな。正々堂々と満知子らしく自分の道をいきろと。満知子には、男にすがって生きるような生き方をして欲しくない」と、幼い私にいった父。
ポロっと口からこぼれただけの言葉だったのかもしれないけれど、今でも深く父の言葉は胸に刻まれている。
息子におじいちゃんは姿を消して見えないけどママとあなたのそばでいつも見ていてくれてるんだよと言ってたら、いつしか私も本当に父がそばにいてくれている気がしている。
お誘いいただいたいくつかの新年会をお断りするために、事情をお話すると、お客さまや仕事を通じておつき合いいただいている多くの方や友人が心のこもった言葉をくださったり、電話をくれたり、「喪が開けたら飲もう」とか、本当に、本当に多くの人の優しさに包まれて生かされていることを、父の死をきっかけに改めて知ることができました。
父が私の心に刻んだ言葉がそうした幸せを私にもたらしてくれている。
お父さん、本当にありがとう。






