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2012年03月31日(土) 21時19分21秒

日本民家再生協会 登録有形文化財セミナー

テーマ:古民家再生

2時半から日本民家再生協会が主催する登録有形文化財セミナー実践編 登録有形文化財制度を活用した建物保存活動の講演会が始まりました。最初に日本民家再生協会活用部会の岩瀬さんから開会の挨拶がありました。今回のセミナーは、昨年9月に実施した登録有形文化財セミナーに続いて、第2弾だそうです。前回は座学のみでしたが、今回は見学会を兼ねての実施になったとの事でした。
九代目七右衛門の徒然日記

続いて、登録有形文化財「一欅庵」オーナーの辻寛さん夫妻からお話がありました。
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一欅庵は、昭和8年(1933年)築の2階建て洋館付き和風住宅で、平成22年(2010年)に登録有形文化財となり、展示・教室・イベントなどの会場に貸し出しているそうです。辻さんの自宅は、隣にあった蔵の箇所に新築したそうです。
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定例のイベントとしては、月に2階の茶道教室、月に1回の歳時あそびの会が開催され、その他には寄席やアコースティックライブ、ミニコンサート、講演会などに使用されているとの事でした。
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この縁側で、トヨタ自動車の新モデル「ReBORN」のリリースCM撮影が行われ、北野武さんが来られたそうです。
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このCMでは、G線上のアリアをBGMに、戦国時代から現代の信長と秀吉のやりとりをストーリー化しており、北野武さんの現代シーンに、縁側が背景となって出てきたそうです。撮影時が残暑の頃だったため、撮影中にはスタッフが総出で水鉄砲でセミを追い払ったというエピソードなど、オーナーご夫妻に楽しいお話を聞かせていただきました。
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続いて、登録有形文化財制度を活用した「杉並たてもの応援団」の活動について公演がありました。講師は「西荻窪まち歩き」で案内をして頂いた、杉並たてもの応援団の田村公一さんでした。
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登録有形文化財は、都市開発などで消滅が危ぶまれる近代建造物を守るため、平成8年(1996年)に設けられた文化財登録制度に基づいて登録された建築物であり、築後50年以上がたち、歴史的景観や造形に優れ、再現が容易でないのが選考基準だそうです。文化庁では当初2500件程度の登録を計画していたそうですが、現在8000件を超える物件が登録されているとの事です。登録されると、修理等の設計監理費の2分の1を国が補助、相続財産評価額(土地を含む)を10分の3に控除、家屋の固定資産税が2分の1に減税などの措置が受けられ、厳しい規制がある指定文化財と違い、外観を大きく変えなければ改修や改装も認められるとの事でした。しかし、設計監理費補助は専門家の見解が必要なためわずか11件しか例が無く、固定資産税減税はわずかな額であり、実際に金銭的恩恵があるのは、地価が高い地域での相続税の減税のみであり、登録される事の名誉や利活用のPRのために意味があるとの事でした。
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制定当初は申請書と手書きの平面図のみで申請出来たのですが、現在はCADによる平面図と立面図が必要であり、建築家の支援が必要のようです。審査会は当初の年6回から現在は3回に減少しているため、制度としては縮小方向に向かっているそうです。また、文化庁のホームページに住所や写真が掲載されるため、マニアの訪問による被害も報告されているとの事でした。しかし、歴史ある建物の保存と、誇りを示す手段としてこの制度を有効に活用すべきとの話があり、我家も検討してみようと思います。
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最後に日本民家再生協会の重鎮 清沢さんから閉会の挨拶がありました。
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午後5時でセミナーが終わりました。出口にあったテーブルや茶箪笥も、かなり古いもののようでした。
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玄関から振り返って建物を見上げたところです。
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外は、雨も風も上がっていました。
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同席した方々と一緒に西荻窪の駅まで歩いていきました。
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駅前のアーケードです。
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電車が遅れて昼食を食べる事が出来なかったので腹ペコ状態で、美味しい店でも探して入ろうとも思ったのですが、駅前の牛丼松屋でカルビ焼肉定食を食べて、
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デザートはマクドナルドで、コーヒーにチョコアイスを食べて帰りました。
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帰りも湘南新宿ラインは、間引き運転をしており、栃木の社宅に帰ってきたのは9時過ぎでした。

2012年03月31日(土) 14時37分54秒

一欅庵(いっきょあん)

テーマ:古民家再生

民家再生協会が主催する登録有形文化財セミナー実践編 登録有形文化財制度を活用した建物保存活動の講演会場である「一欅庵」に到着しました。
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「一欅庵」は二階建ての洋館付の和風住宅で、昭和8年に宮大工によって建てられたとの事です。平成22年(2010年)に登録有形文化財に登録され、展示、教室、イベントなどの会場として貸し出しを行っているとの事でした。
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総勢50名が次々と中に入っていきました。
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門の傍らにある大きな欅の樹と、この家を建てらてれた祖父の辻太一さんの名前から一字とって「一欅庵」と名付けたそうです。
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受付で、参加費の2000円を支払い、靴と傘と荷物を預かって頂きました。
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一挙庵のパンフレットです。建物の平面図と、各部屋の説明が書いてありました。
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入口には民家再生協会の情報誌「民家」が置いてありました。
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まずは2階を案内して頂きました。
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次の間です。平床の床の間があり、虎班竹の落掛けがありました。
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客間です。三日月形の掛け障子がありました。
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欄間の意匠が見事でした。
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廊下です。
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中庭が見えました。
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書斎です。
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シルクハットが置いてありました。
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祖父の辻太一さんは三井銀行に勤務されていたそうです。
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辻太一さんが仕事をされていたという机です。
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1階に下りると、座敷には講演会の準備がしてありました。
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縁側です。昭和初期のゆがんだガラス窓でした。
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次の間を抜けると
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茶室がありました。窓は猫間障子だけで、雨戸になっていました。
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奥から見た座敷です。
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1階の洋室の応接間には、青い色のダイヤガラスが埋め込まれていました。
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外からは和風建築だが、中は洋室になっています。
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蓄音機やキューピー人形が置いてありました。
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座敷の床の間です。
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富士山が彫られた欄間です。
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縁側から茶室を見たところです。
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奥の廊下には
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ガス灯がありました。
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女中部屋は荷物置き場になっていました。
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造り付けの書棚がありました。
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便所です。建具が凝ったものでした。
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「一欅庵」は、とても良く手入れされた素晴らしい建物でした。

2012年03月31日(土) 14時16分21秒

西荻窪 町歩き

テーマ:東京探訪

今日は期末棚卸し監査のため朝7時から会社でした。年度末が土曜日に当たるとは運が悪いです。監査は順調に進み、10時半に終わりました。午後からは、民家再生協会主催の登録有形文化財セミナー実践編登録有形文化財制度を活用した建物保存活動に参加のため西荻窪へ行ってきました。久喜から湘南新宿ラインに乗ったのですが、強風のため電車が遅れ、さらに徐行運転で、12時半に西荻窪に到着予定でしたが、到着したのは集合時間を5分過ぎた1時5分でした。
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改札を出ると、民家再生協会の役員の方が出欠をとっていました。参加費は2000円。定員40名との事でしたが、50人以上居るようでした。
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パンフレットと首にかけるホルダーを受け取りました。私は2班の32番でした。
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西荻窪の駅前に集合しました。案内は、登録有形文化財制度を活用して建物保存活動を活発に行っている「杉並たてもの応援団」の田村公一さんでした。
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最初に西荻窪駅の説明がありました。
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明治22年に開通した甲武鉄道は荻窪駅しかありませんでしたが、大正11年(1922年)井萩村村長の内田秀五郎さんが新駅を誘致して開業したそうです。
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ここから徒歩で町歩きが始まりました。戦前から戦後にかけての古い建物を紹介して頂けるそうです。
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ほびっと村です。
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ほびっと村は、昭和51年(1976年)、有機野菜を売る1Fの長本兄弟商会、2Fのレストラン満月洞(旧ほんやら洞)、3Fのフリースクール、ほびっと村学校と、本屋ナワプラサード(旧プラサード書店)がスタートしたそうです。
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日本初の無農薬、無添加有機野菜販売の店だったそうです。
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西荻デパートです。
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ファサードはオランダに多いレンガ造りのデザイン「階段ゲーブル」との事でした。
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住居と店舗が一緒になった「看板建築」の家が並んでいました。
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関東大震災後、被災した出し桁造りの商店街は、看板建築の商店に変わっていったそうです。
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軒の深い日本建築から、壁を見せる洋風の建築に変わったとの事です。昭和4年開業のお茶屋さん「きらく園」です。
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ケプリ神をあらわすスカラベ(エジプトの糞転がし)が描かれた家です。
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庭には月桂樹がありました。
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素敵な上下窓です。
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ドイツ瓦を使用しているとの事でした。
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蔦のからまる家には、
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蔵が併設されており、
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窓には少女のステンドガラスがありました。
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洋館付きの和風建築です。昔は教会をやっていたそうです。
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宮家の建物を移築した家だそうです。
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柱はメダリオンになっていました。
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庭には戦闘機の一番前の円形のジュラルミンの部品が飾ってありました。
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元木材商の家です。
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昭和初期から車を持っていたそうです。
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松庵稲荷神社です。
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村の鎮守で
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左手には狐のミイラを祀ったという祠がありました。
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よくお参りしました。
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柱と梁を強調した建物です。
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何度も塗り替えているので新しく見えるが、かなり古い建物だそうです。
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車寄せを強調した玄関のある「ポルトコシュール」という建物だそうです。
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ここで西荻窪の町歩きが終わりました。

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