• 21 Nov
    • 諸人登山

      終わりの時が近づいている。 年始の発売に向けて葛飾応為から江戸馬喰町に構える地本問屋「永寿堂」に「冨嶽三十六景」の四十五枚目「東海道金谷ノ不二」が先頃持ち込まれたばかりだった。永寿堂で働く丁稚達の近頃の昼休みの話題は「冨嶽三十六景」の最後の一枚だった。 「どこから描かれるんだろうな」 「やはり今まで描かれてない所だろうな。例えば上州とか」 「さすがに上州からは富士のお山は見えないだろう」 「桶屋富士の尾州からは見えたんだ。わからないぞ」 「でも新たな江戸からの富士も見たいんだよな」 丁稚の宮松は食事を終え、片付け始める。 「いやあ、江戸はもういいだろ。それより花鳥風月になぞらえるとだな、月の絵がないんだよ。花は桜の『東海道品川御殿山ノ不二』、鳥は鶴で『相州梅澤左』、風は『駿州江尻』。だから最後は月の絵だと思うんだよ。だってほら月明かりの富士っていうのも乙なものだろう」 「なるほど一理あるな。『武州玉川』でも月の描き込みはなかったもんな」 「私の考えでは雨の絵だと思ったんだがな。ほら、『礫川雪ノ旦』で雪の絵があっただろ。でも雨の絵は今までなかっただろ」 「馬鹿だな。雨が降ってたんじゃ富士のお山は見えないよ」 一同、笑いに誘われる。 「それにもう『山下白雨』で雨の絵は描かれているよ」 すると宮松は思い立ったように提案する。 「今度、お栄さんにも最後の一枚がどこから描かれるか訊いてみようよ」 「いいな、それ。私は他の北斎先生ゆかりのお方にあたってみるよ」 一つの約束事が決まった所で昼休みが終わり、皆仕事に戻った。 丁稚の宮松は仕事の合間を縫って、葛飾応為に会いに行った。そして単刀直入に「冨嶽三十六景」最後の一枚の題材を訊く。 「あたしゃ知らないよ」 素っ気なかった。応為は忙しいと言い、この場を去っていった。 宮松は心が逸っていたのは自分だけなのかと落胆しながら仕事に戻っていく。 その夜、宮松の部屋に永寿堂で働く丁稚達は集まっていた。しばらく経った頃、今日の成果を話し始める。まずは谷松から口を開いた。 「私は尾上菊五郎様にお話を伺う事ができたんだ。すると尾上様は考える間もなくすぐさまお答えいただけたんだ。鳥の目線から描かれた真下に見下ろす富士だって」 一同、大きな声を上げる。 「さすが音羽屋様だ。私共には到底及ばない考えだな」 「すごいな。誠にそのような絵であれば見てみたいものだな」 「ところで宮松、お栄さんはどうだった」 宮松は応為は存じ上げなかったと首を振る。 「やはりそうか。私は柳亭種彦先生に声を掛けたのだが、『正本製』が書き終わっていないとの事で取り合ってくれなかった」 「私も曲亭馬琴先生にお伺いしたのですが、語るに足らんと門前払いでしたよ」 丁稚の中松と青松も宮松に同調する。 「すみません。私は誰にもお話を伺う事ができませんでした」 丁稚の小松は一人謝っている。そこへ宮松が小松の肩を叩く。 「気にしない事です。明日もまた頑張りましょう」 今日また永寿堂の丁稚達は最後の一枚を探しに出かけた。 青松は駿河町へ赴き、越後屋当主、三井八郎右衛門に話を訊いた。 「確かに興味はございますな。やはりこの我が店前からもう一度富士を描いてもらいたいものですな。そうだ。もう一度、北斎先生に描いてもらえるよう君からもお頼み申していただけないか」 青松は苦笑いしながら安請け合いをする。そして逃げるように駿河町を後にした。 谷松は二十年程前に北斎の内弟子として居候していた渓斎英泉を訪ねた。 「先生について訊きたい事って何だい。ひょっとしてベロ藍を先生に教えた事かい」 「いいえ、『冨嶽三十六景』最後の一枚についてです」 「冨嶽だと」 英泉は体を震わせている。谷松は何をどうしていいかわからない。するとおもむろに英泉は踵を返す。 「帰る」 「しばしお待ち下さい。いかがなされたというのですか、英泉先生」 「俺の前で二度と冨嶽という言の葉を使うな。俺は冨嶽という言の葉は二度と聞きたくない」 英泉は叫びながら帰っていった。「ああ、もう」 谷松は呆然とするしかできなかった。 中松は北斎を慕う歌川国直を訪ねた。 「大きな声では言えないけども私もわくわくしていますよ。なにせ『冨嶽三十六景』最後の一枚ですからね」 国直は嫌北斎を掲げる歌川門下であるから致し方ない。中松は納得した。 「それでですね、先生。最後はどの場所から富士が描かれるとお考えになられますか」 「いやあ、中松君。それは無理な問い掛けだ。私なぞが北斎先生の頭の中を推し量るなぞ滅相もない。恐れ多いよ」 国直はとてつもなく恐縮している。中松も食い下がる。 「怖い。左様な事を考えるのは怖いわ」 国直は両肩を擦りながら寒そうに帰っていった。 「そんなに怖いかなあ」 宮松は北斎門下である魚屋北渓に話を訊いた。 「なるほど、確かに興味深いね。君達が斯様に皆に訊いて回るのも頷ける。でもね、北斎先生の事だ。もし皆の考える案が北斎先生の下絵の中にあったとしたら、その下絵は北斎先生自身が破っているよ」 確かに北斎ならやりかねない。宮松はそう思うが、さすがにそれはやり過ぎなのでは、との思いも頭によぎる。 「それほど北斎先生は我々の思いつかない事をする。ほら北斎先生のあの口癖を忘れていないだろう」 「儂は吉良邸家老、小林平八郎の子孫ぞ」 それだ、と言わんばかりに北渓は宮松に向けて指を差す。 「まあ、頑張りなよ」 笑って北渓は去っていった。宮松は思う。私共がしている事は無駄な事だと北渓は忠告したかったのかもしれないと。 小松はまた、誰にも話を伺う事ができなかった。 その夜もまた、宮松の部屋に永寿堂で働く丁稚達が集まっていた。今日の成果を披露し始める前、宮松は魚屋北渓との話をした。 「だからもう終わりにしようと思うんだ。私共の心の中に留めておく事にしないか」 「そうだな。北斎先生が描かないなんて言い出したら私の楽しみが減りますからね」 一同、納得している。しかし小松一人だけは納得していなかった。終わるなんてまっぴらだ。自身だけまだ誰からも話を訊けていないのに。 次の日、小松はなりふり構わずに北斎ゆかりの人達に声を掛けまくった。全て駄目だった。やはり自身は誰からも話を訊けずに終わってしまうのか。小松が脱力しかけた所、一人の女性が通り掛かった。 「あら、永寿堂のボーヤじゃないの」 そのなんともいえない色香が齢を重ねても衰えていない女性はこちらを見やり、笑顔を見せた。葛飾北明、その人だ。小松は慌てて最後の一枚の件を伺う。 「なるほどね。それでそんなに慌てていたのね」 小松は急いで息を整えようとしている。 「生意気言ってんじゃないよ」 北明の怒号に小松はまた息が荒れる。 「あんた達が自分で勝手に思うのは良いと思うけど、それを人に訊くのは間違っているわ。永寿堂の丁稚は絵を売るのにそんな事まで調べるのかって噂が立つよ」 小松は俯く。北明の勢いは止まらない。 「それにあんた達がやっている事がもし北斎先生の耳に入れば臍を曲げてもう描かないなんて事も起こるわよ」 小松は俯いたままだった。そして涙を堪えている。北明はその小松の頭をなでた。 「泣かないの、男でしょ」 永寿堂に葛飾応為から「冨嶽三十六景」の最後の一枚が届けられた。その名も「諸人登山」。お鉢巡りをしている白衣を纏った富士講の人々の様子が描かれている。 「頂の様子か。皆わからなかったのではないか」 「さすが北斎先生。やられましたね」 丁稚達は一丁前に感心している。 「富士講の人達がこのような様だとは知らなかったですね」 「そうですね。勉強になりますね」 「それにしても北斎先生は富士のお山に登った事があったんですね」 本当だ。一同、笑いに誘われる。 「おーい、少しこちらを手伝っておくれ」 当主、西村屋与八に呼ばれ、丁稚達はまた仕事に向かう。

      6
      3
      テーマ:
  • 13 Nov
    • 尾州不二見原

      もう秋も終わる今日は普段より暑く、尾張名古屋の地本問屋「東壁堂」では当主、永楽屋東四郎が団扇で涼をとっていた。その団扇に描かれた模様に似た一枚の絵が永楽屋の傍らにある。それは「冨嶽三十六景 尾州不二見原」と題されていて、大きな桶の向こうに富士が望める円と三角の対比がおもしろい一枚に仕上がっていた。 今、永楽屋はそれを眺めて右手をひとつ顎にやる。新三が生きていれば喜んでいたのにな。この絵を見られていればな。 今から約二十年前、新三こと高力種信は武士の身分でありながら本分を忘れて芸事に勤しんでいた。 今日も新三は筆をとり街の風景などをしたためては地本問屋に売りに出していた。その一つの「東壁堂」に足を運んだときであった。新三は後にこう語っている。運命の出会いだと。 その相手はみすぼらしい身なりをした翁であったが「北斎漫画」で名を馳せた絵師だと当主永楽屋から紹介された。葛飾北斎、その人だ。 「しばし待っていては下さらぬか」 そう言って新三は東壁堂から走り去った。 「何やってんだい、新三は」 永楽屋は右手をひとつ顎にやって取り繕ったが北斎は何も動じていない。しばらくして新三は大きな包みを抱えて「東壁堂」へ舞い戻ってきた。 「是非、私が描いた絵を見ていただきたい」 荒れた息を整わせる暇もなく、北斎の了承を得ることもなく新三は勝手に包みから絵を出す。 「まずこの『姉羽鶴之図』から」 鶴が大きく一羽描かれた一枚である。新三は目を輝かせて、この絵の鶴は将軍様に献上されたものだと説明する。しかし北斎は動じない。 「この目の辺りの羽なんぞ美しいでしょう」 北斎は動じない。新三は気を取り直して次の一枚を出す。「熱田祭奠年中行事図絵」と題されている。熱田宮で行われた神事の様子を捉えられていて、神輿が宮殿に乗り入れる様を細かく描き入れている。 「こちらはいかがでしょう」 だが北斎は動じない。新三は慌ててもう一枚取り出す。それは赤い棒状のものが無数にある絵だった。 「なんだこれは」 北斎がついに口を開く。新三は顔に笑みを浮かべ畳み掛けるように説明し始める。この赤い物は赤気だと言い、まさに火の雨が降り注いでいるようだったと。 「儂も赤気とやらを見てみたい。この絵はどこで描いたのじゃ。案内せよ」 「案内はできますが、私が赤気を見たのはもう三十年も前の事でございますし、それにまだ私の絵に対する答えをお伺いしておりません。北斎先生、私の絵はいかがでございますか」 「面白くない」 新三の淡い期待が打ち砕かれた。北斎は顔色一つ変えず続ける。 「見た物そのまま描いてお主は何が面白いのか」 「見た物そのまま描くのは楽しいです。その刹那を切り取る由が大事だと考えます」 「左様にお主は猿真似が好きなのか。故に号が猿猴庵なのだな」 新三は堪えきれず「東壁堂」から飛び去った。 「おい待て。儂を赤気が見えた場所まで案内せぬか、こら」 北斎も新三の後を追いかけて行く。「東壁堂」は日常を取り戻し、永楽屋も仕事に戻った。 数日後、新三は北斎に先日の非礼を詫び、北斎に赤気を見た場所まで案内することになった。 「こちらが熱田の宮でございまして六十年に一度、御鍬祭りが開かれるのですよ」 「左様な事はどうでも良い。赤気が見えた場所へ早く案内せよ」 新三は熱田宮に全く興味を示さない北斎にがっかりした。 「先生、こちらが西本願寺懸所でございまして」 「ほう、ここで赤気が見えたのか」 「いえ、こちらでは赤気が見えたという話は伺っておりません」 「では、先を急ぐぞ。案内せよ」 北斎は踵を返す。すると百二十畳程の広間に大きな紙が一枚広げられていた。 「なんだこれは」 すかさず新三は跪き、頭を下げる。 「実はここ最近、妙な噂がたっております。『北斎漫画』のような細やかな絵ばかり描いているから、もう掛軸にするようなものは描けなくなっているのではないかと」 「儂はかの吉良邸家老、小林平八郎の子孫ぞ。左様な戯言あるはずなかろう」 「おっしゃる通りでございます。したらばその戯言をこちらで拭い去っていただければと」 大きな紙の隣には大きな筆が備えられている。 「なるほど、気が利くな。儂が描くからにはもっと大きな紙に描いてやる。そこにもっと紙を継ぎ足せ。描くのはそこからじゃ。早くしろ。描き終われば赤気の場所へ案内せよ」 新三は急いで下働きの者達と共に、ありったけの紙を集めて継ぎ足しにかかる。 「先生、整いました」 北斎は待ちくたびれた様子を出さず装いを襷掛けにし、筆を体で支えながらまるで一筆描きのようにつらつらと描きはじめた。しかし紙が大き過ぎて何を描いているのかさっぱりわからない。新三はわからないまま北斎が描いている様子を筆にとっていた。 「終わったぞ」 北斎のその声を受けて新三と下働きの者達はその大きな絵を櫓に立て掛けた。それはとても大きな達磨の絵であった。いつのまにか境内に集まった野次馬達は感嘆の声を上げている。北斎は襷を外していて新三をみつけた。 「おい、早く赤気の場所まで案内せよ」 新三は北斎を引き連れて赤気が見えた場所に訪れた。その名は不二見原というらしい。 「おお、ここが赤気の見えた場所か」 北斎は童のようにあらゆる方向に首を向けている。すると北斎は東の空に富士と似た山をみつける。傍らにいた桶を作っている職人に訊く。 「あれは冨嶽か」 「ああ、あれは富士のお山ではなく信濃の国のお山だよ」 「違うのか。では何故この地は不二見原というのじゃ」 「そりゃあ富士が拝めたという言い伝えがあったからだろ。でもあのお山は違うよ」 「ではやはりあの山が冨嶽ではないか。そら見たことか」 「違うもんは違うんだよなあ。まあ俺にはそんな小難しい事わかんねえや」 すると北斎はおもむろに筆を取り出した。 「お、爺さん。俺なんか描くのかい」 「お兄さん、この御仁はとても有名な絵師なんですよ」 「本当かい。そんなに偉い人に描かれてもらえてんのかい」 新三は北斎が描いている間、職人に声を掛ける。 「それにお兄さん男前だから。いい絵になりますよ」 「よせやい、照れるだろ」 そして描き終わった北斎の下絵を新三は覗き込み、驚く。 「左様に桶は大きくないではございませんか」 「お主は誠に猿真似が好きだな」 新三は顔を赤らめながら必死に取り繕う。 「左様な事よりどの空から赤気が放たれていたのじゃ。あの木の向こうか、それともこの木の向こうか案内せよ」 名古屋の地本問屋「東壁堂」に新三が訪れていて、当主永楽屋東四郎に先日の北斎を赤気が見えた場所に案内した件を話していた。 「誠に信じられないですよ。普通の桶をとても大きく描くのですからね。いやあ天賦の才の持主は考えている事が推し量られませんね。信じられない」 「へえ、先刻寸借を申し出た先生がねえ」 永楽屋は右手をひとつ顎にやる。 その驚きを語っている新三の目はまるで童のように輝かせていた。その喜び様は北斎が描いた桶よりも大きなものとなっていた。 そして今、「東壁堂」では当主永楽屋が「冨嶽三十六景 尾州不二見原」を眺めていた。するとその「冨嶽三十六景 尾州不二見原」を模した絵が描かれている団扇を手に取った。永楽屋は右手をひとつ顎にやる。 「広重も野暮な事をするもんだ」

      7
      1
      テーマ:
  • 01 Nov
    • 江都駿河町三井見世略図

      会わせたい人がいる。 年の瀬押し迫る寒い日に葛飾北斎は江戸馬喰町に構える地本問屋「永寿堂」に先の理由で呼び出されていた。 通された室内にいたのは当主、西村屋与八と共に小綺麗な商人が目を輝かせながらみすぼらしい身なりの翁を待っていた。三井八右衛門、その人だ。江戸駿河町に構える呉服屋「越後屋」の当主である。 北斎はぶっきらぼうに対座し、西村屋を介して簡単に挨拶を済ませる。三井は目を輝かせながらいままで発売された「冨嶽三十六景」を全て購入した事を明かし、美辞麗句を並べ立てた。北斎と西村屋の二人はそれを冷ややかな目で見ていた。 「そこでですね、我が店前から見える富士のお山を是非『冨嶽三十六景』のうちの一景に加えていただきたいのです」 越後屋のある駿河町は富士を見事に拝める事ができる江戸有数の場所である。 「儂はかの吉良邸家老、小林平八郎の子孫ぞ。何故、絵に関わりのない者に請われて描かなければならぬのだ。断る」 西村屋は北斎がした予想通りの答えに早くこの無駄な一時を終わらせようとしていた。実は前々からこの話を北斎に仲介するよう三井から請われていた。北斎は左様な話に耳を傾けるはずがない。やめておけと進言したにも係わらず幾度も三井が請う故、一席を設けたが北斎はやはり断った。 すると北斎は立ち上がり、去ろうとした。三井は慌てて頭を下げる。 「先生は何故、幾度も富士を描いていらっしゃるのでございますか」 北斎は無言のままである。見兼ねて西村屋が口を開く。 「越後屋さん、今さら何を申し開きされようとなさるのですか。この世の中、富士講や富士塚が数多あり、皆富士が心の拠り所になっておるのだ。しかも北斎先生が富士と共に市井の人々を一枚の絵に描き入れておる。故に富士への旅がまかりならぬ者もこの絵を見る事は即ち富士へ赴く由と同義なのだ」 北斎は無言のままである。すると三井は下げていた頭を上げる。 「誠に左様な思いで北斎先生が幾度も富士をお描きになられておるとお考えですか。永寿堂さん、私は違うと思うのです」 西村屋は辱しめを受けたと思い、いきり立つ。三井は再び深く頭を下げる。頭を下げながら横目で北斎を見やる。すると北斎はほくそ笑んでいた。確かにほくそ笑んでいるように見えた。 「その通り。儂は真の三角形が描きたいだけだ」 「では是非その真の三角形とやらを我が店前からお描きいただきたい」 三井は叫ぶ。北斎は何も答えぬままこの場を立ち去った。 「越後屋さん、私を辱しめたまま冨嶽三十六景のうち一景に加えてもらえるとは努々思わないことですな」 北斎は絶対描かない。西村屋に辱しめをもたらした越後屋の店前から描かせてたまるか。北斎には駿河町にも行かせない。西村屋はなりふり構っていられなかった。なにしろ辱しめを受けたのだ。当然の報いだ。北斎が無言で出て行った事が何よりの証だ。北斎は絶対描かない。 それにも係わらず三井のあの笑顔は何だ。気にくわぬ。 江戸駿河町では天秤を担いだ魚売りや連なって歩く奥方衆、托鉢を請う虚無僧など年の瀬のせいか普段より往来が賑わっていた。その賑わいの向こうには富士が雄々しく聳え立っている。そしてその反対側には江戸城も望める。なるほど駿河町とはよく言ったものだ。その賑わいの外れにはみすぼらしい身なりの翁がじっとその様子を眺めていた。葛飾北斎、その人だ。 「いかがですかな、北斎先生。我が店前からの富士の眺めは」 そこへ越後屋当主、三井八郎右衛門が現れた。 「儂は北斎にあらず。為一である」 三井はたじろぐ事なく改めて北斎こと為一に富士の眺望の様子を伺う。北斎からの返事はなかった。 「我が店前からの真正面から見える富士は他のどこよりも良い眺めでしょう。ああ、それから我が店の屋根のあれは描かないで下さいよ」 三井が指差す先には、越後屋の屋根の上では職人達が新年に向けて瓦を直している最中であった。 三井は冗談のつもりで申したのだが、北斎は笑ってくれない。というか無言のままである。 「もちろん描いていただいた暁にはお礼は弾ませていただきます。お住まいは浅草明王院でございましたね」 「否、榛馬場である」 「では榛馬場に贈らせていただきます」 北斎は何も語らず、この場を立ち去った。三井は深々と頭を下げ、何卒ひとつよしなにと声を出して北斎を見送った。 一言申したい儀がある。 年の瀬押し迫る寒い日に葛飾北斎は江戸馬喰町に構える地本問屋「永寿堂」に先の理由で呼び出されていた。 「一体どういう了見なのだ」 当主、西村屋与八はいきり立っているが、北斎は話が見えてこなかった。 「お主は何故、駿河町なぞへ赴いたのだ。まさか越後屋の言う通りに富士を描く訳ではあるまいな」 「まだ描いてはおらぬ」 「誠だな。二言はないな」 「儂はかの小林平八郎の子孫ぞ。左様な真似はするか」 西村屋は幾度も念を押した。二度と駿河町へ赴くなと。自身を辱しめた越後屋の絵なぞ描くなと。 北斎は何も語らず、この場を立ち去った。西村屋は声を張り上げ、幾度も赴くな描くなと念を押し続けた。 年が明け、永寿堂に越後屋当主、三井八郎右衛門が年始の挨拶にやってきた。 「暮れに一度のみお越しいただいただけでそれから北斎先生はお越しいただいていないのですよ。永寿堂さんは何故か訳を伺っておられませんかね」 西村屋はほくそ笑むのを必死で堪えた。 「それはさぞかし心痛み入りますな」 西村屋はその後もいくつか三井に慰めの声をかけ、三井は肩を落としながら店を後にした。 でかした北斎。西村屋は人知れず喜んだ。辱しめた天罰を喰ろうたのじゃ。越後屋め、思い知るがいい。 数日後、新たな一枚「冨嶽三十六景 江都駿河町三井見世略圖」が売りに出された。 駿河町の越後屋では当主、三井八郎右衛門は喜んでいた。 「題に我が三井の名が入っているではないか」 三井はその絵をまじまじと見入り、番頭達と喜んだ。 「なんと屋根に瓦職人が描かれているではないか。美しくない。省いてほしいとお願いしたにも係わらず、なんと」 三井は頭を抱えながらもう一度絵を見る。 「そうか。これも真の三角形を描くための飾りかもしれぬな」 一方、馬喰町の永寿堂では当主、西村屋与八はいきり立っていた。 「何故じゃ。北斎は何故、越後屋の言いなりで富士を描いておるのだ。礼に目がくらんだのか。しかも越後屋の宣伝ばかりではないか。我が永寿堂の宣伝なぞ無いではないか。全く北斎は何を考えておるのだ」 すると隣で一部始終を聞いていた丁稚の宮松が言葉を返した。 「応為さんによると、上がっている凧の寿の字は永寿堂の事だそうですよ」 「わかりづらいわ」

      6
      テーマ:
  • 21 Oct
    • 神奈川沖浪裏

      「見えぬ」 確かに彼はそう呟いた。 「見えぬ」 昨日までの嵐が嘘であったかのように今日は雨が止んだのだが、晴れ間は確かに見えない。 「見えぬ」 確かにこのみずぼらしい身なりの翁が「立田川の紅葉」で名を馳せた絵師には到底見えない。 今、この葛飾北斎という翁は神奈川は横浜村の本牧の鼻で、まだ波が落ち着いていない海をじっとみつめていた。 「見えぬ」 今より二十年以上前、ちょうど号を九々蜃から北斎に変えた頃である。北斎は以前投宿していた三代目堤等琳の弟子五楽院等随の付添で房総にある行元寺に来ていた。行元寺にできたこの度建てられたばかりの書院に戸襖絵を等随が制作するためである。 数日は北斎も甲斐甲斐しく手伝っていたのだが、それも飽きてきたのか境内を見廻り出した。ついこの間完成したばかりの欄間五つが堂々と各室を区切っている。うち三つは松竹梅が彫られたものであった。 「なんだこれは」 残り二つは牛若丸と天狗だとわかったのだが、その周囲に彫られたものが北斎には到底わからなかった。宝珠のようなものがたくさんこちらへ向かってくるような代物である。北斎は住職を探し出し、欄間の題材について問うた。 「波だそうですよ」 波だと。あれが波だというのか。にわかに信じ難い。波が斯様に見える人間がいるなんて。 住職に作者の名を訊く。武士伊八郎信由。なるほど「波の伊八」とはよく言ったものだ。是非、伊八に会って話を聞いてみたい。北斎は住職に伊八の居所を訊き、すぐさまそちらへ向かう。 「おい、宗理。早く手伝ってくれよ」 「儂は宗理にあらず。北斎である」 等随に請われるが、北斎は意に介さずそのまま出掛ける仕度を進めている。 「全く同じ兄弟弟子とは思えぬな。私まで斯様なずぼらであると思われてしまう」 「いつ儂がお主と兄弟弟子になったのじゃ」 「いつって何言ってんだ。お主が等琳先生の所で住んでいた頃、師弟の契りを交わしたのであろう。先生がそうおっしゃっていたぞ」 「戯れ言だ。儂はかの吉良邸家老、小林平八郎の子孫ぞ。あやつを同志だと思うたことはあったが、あやつの門人に下った覚えなど一度たりとてない。あやつの所にただ住んでいただけだ」 北斎は憤りながら書院を後にした。 北斎は伊八の居所である鴨川に来たが、伊八は不在であった。近所の住人によると仕事で銚子へ向かったらしい。また、伊八は近くの太東の岸からよく海を眺めていた事を聞き、北斎はそこへ赴く。今日の海は波が高く、北斎の胸の中と同じく決して穏やかではない。 そして今、一つの波が高く舞い、岸に打ちつけた。 違う。 北斎は感じた。今の波は伊八が欄間に残した波の形である宝珠ではなかった。それが何かと問われればすぐには形容できない。だが宝珠とは確かに違う。強いて言うなら、そう、鉤爪だ。あの波の形は鉤爪に似ている。 するとまた波が高く舞い上がり、岸に打ちつけた。 「見えぬ」 今度の波は鉤爪に見えない。先程の波は幻であったのか。それとも見間違いであったのか。否、先の波は確かに鉤爪であった。それは間違いではない。 また波が上がったが、鉤爪に見えなかった。その後も波は上がったが、北斎はどうしても鉤爪に見えなかった。その後もその後も。 「見えぬ」 北斎は次の日も波の形が鉤爪であるのを確かめるべく太東の岸まで足を運んでいた。いつ上がるかわからない波を北斎はじっと待っていた。 「見えぬ」 いくら待てども波の形は鉤爪には見えなかった。昼間ではなく日が暮れるとよく見える波の形なのかもしれない。北斎は夜の帳が落ちても波が上がるのを待った。 「見えぬ」 波の形は一向に鉤爪には見えなかった。もしかすると場所はこの鴨川ではあらぬのではないか。「波の伊八」と謳われた程の男の事だ。住まいの近くの波とは限らないであろう。 明くる日、北斎は安房勝山へ赴いた。今日はとても晴れやかで海はとても穏やかである。鉤爪はおろか、もはや波すらも上がっていない。しかし北斎はそのかろうじて波といえる小さな漣に目を凝らす。 「見えぬ」 すると向こうから二百石程の大きな船が二隻連なってやって来た。どうやら五大力船というらしい。多くの積荷を載せてゆっくりと西へ向かっている。船の窓からは水夫だろうか、窓にもたれかかった背中が綺麗な弧を描いている帆と共により一層海を穏やかにしている。 「見えぬ」 北斎はまた場所を替え、鉤爪を探す。今日は木更津だ。しかも今日は波が高い。 「見えぬ」 今日は波が高いにもかかわらずである。 「見えぬ」 波間から見える押送船に必死にしがみついている水夫と同様に北斎も必死に鉤爪を探している。 「見えぬ」 北斎はさらに場所を替え、鉤爪を探す。今日は登戸神社に来ている。 眼下に潮干狩を楽しんでいる人達がいて、浅瀬に立つ二つの鳥居がそれを見守っている。 「見えぬ」 北斎は目を凝らすが今日も見えない。すると北斎はある事に気づく。鳥居の隙間から向こうに山が望めた。そういえば安房勝山や木更津でも向こう岸に山があったことを思い出す。北斎は近くで鬼ごっこをしている子供達にあの山の名を訊く。 「あれは富士のお山だよ」 そうか、冨嶽か。斯様に海をまたいだ所でも冨嶽を望めるのか。北斎は一つ感心した後、すぐさま鉤爪を探し始めた。 「見えぬ」 今日も普通の波の形しか見えなかった。明くる日も、その明くる日も波の形が鉤爪には見えなかった。 そして等随が制作していた行元寺の戸襖絵「土岐の鷹」がついに完成した。等随は住職からねぎらいや賛辞を頂戴し、帰り仕度を始めた。北斎はその等随の付添で房総まで来たのでもちろん一緒に帰らないといけない。しかし北斎はまだ帰りたくない。波の形もまだ鉤爪に見えてはいない。しかし等随と一緒に帰らなければ、一人で帰る旅費など北斎には持ち合わせていない。しかし北斎はまだ帰りたくない。波の形もまだ鉤爪に見えてはいない。 「左様に海を眺めていて何が楽しい」 等随ももちろん言い返す。斯様な屁理屈がまかり通るとでも思っているのか。赤子のような駄々をこねるでない。 「儂はかの小林平八郎の子孫ぞ。赤子だと云われる筋合はない」 北斎も余計に屁理屈をこねて引き下がらない。 二人は一歩も譲らないまま迎えた明くる日、等随宛に文が来た。その文は喜多川歌麿が亡くなられたとしたためられていた。 二人は驚き、等随は一刻も早く船に乗ろうとした。しかし北斎は動かなかった。鉤爪の形をみつけるまでは。しかし美人画の大御所である歌麿に北斎は若かりし頃、大変世話になっていた。その最期を看取らないのは人として恥ずべき事なのではなかろうか。 北斎は心が晴れぬまま等随と共に江戸に帰った。その帰路の船上からも北斎はずっと目を凝らしていた。 「見えぬ」 現在の横浜村、本牧の鼻ではとうとう雨が落ちてきた。北斎はいまだ海と対峙している。 「見えぬ」 落ちる雨は次第に強くなり、波のうねりも大きくなる。 「見えぬ」 風も強くなり、より一層雨は強く打ちつけていてる。北斎は立っているのもやっとだったが眼差しは揺らいでいなかった。 「見えた」 確かに波の形は鉤爪に見えた。やはりあの時の波は幻ではなかったのだ。 北斎はすぐさま家に帰り、炬燵に入り筆を手に取った。鉤爪の波の形を一つ一つ作り上げていく。 ここに一枚の絵が完成した。その名も「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。しかしどう見ても冨嶽の位置が木更津から見える位置にしか思えない。神奈川沖と呼ぶには無理があるかもしれない。 北斎は一つ表情を緩ませる。木更津なのに神奈川というのも粋ではないか。

      11
      2
      テーマ:
  • 13 Oct
    • 本所立川

      「まだみつからんのか、北斎は」 江戸馬喰町に構える地本問屋「永寿堂」から聴こえてくるものは耳障りの悪いものばかりであった。 「曲亭先生の所は問い合わせたのか」 丁稚の宮松は頷き、行方は知らなかったと伝える。永寿堂当主、西村屋与八はもはや怒りを通り越して呆れている。 「まったく幾度住まいを替えれば良いというのだ」 「なにやらお孫さんの借財が殊のほか多い様子で、そちらからも逃げ廻っているとの噂もたっております」 そして宮松は一つの可能性を示す。「上方などに赴いて、もはや江戸にはいないと」 「左様な事、ある訳がない。齢七十を過ぎているのだぞ。馬鹿も休み休み言え」 宮松は謝り、席を外した。一人になった西村屋はもう一度考え直す。 江戸中に富士講や富士塚の数が増えた今、北斎の描く富士の絵が皆の心の拠り所になっているのは間違いないのだ。皆、誰でも富士へ行きたいのだ。だが行きたくても行けない者もいるのだ。年寄や女御、体の弱い者が特にそうだ。故に北斎にはあらゆる土地から富士を描かせているのだ。富士は決して遠い所にあるものではない。それで皆が元気になるからだ。故に売行きが良いのだ。良いから描かせるのだ。故に三十六枚で終わらせてはいけないのだ。それが何故だ。北斎は何故、富士の絵をもう描こうとはしないのだ。売行きが良いのに。役者絵でも美人画でもない新しい絵が北斎によって確立されたのだ。それに百枚などと大々的に宣伝を打った私が恥をかくではあるまいか。それだけはあってはならぬ。 なんとしてでも北斎に「冨嶽三十六景」の続きを描かせなければならない。それが何故だ。何故、北斎は肝心な時に姿を消すのか。 西村屋がまた頭を抱えたとき、宮松がまた部屋に入ってきた。 「旦那様、ただいま尾上菊五郎様がお越しになっておられます」 西村屋は苛立ちを拭い取り、店前へ顔を出した。「これはこれは音羽屋様。お元気そうで何より」 簡単な挨拶を済ませ、西村屋は菊五郎に用事を尋ねた。それにしても菊五郎は男が嫉妬するほど端正な顔立ちである。 「今日、立ち寄ったのは趣ある物の怪を探しにね」 物の怪ですと。西村屋はそのような絵を描く作家はいないと大げさに拒絶する。 「永寿堂さんも人が悪い。一人くらいいるでしょうに」 菊五郎はそう言って、手元にある富士が描かれた浮世絵を手にした。 「だからね、永寿堂さんのお力で北斎先生に北斎漫画を超えるような物の怪を描いていただけるようお願いしてもらいたいのです」 菊五郎の態度は至極穏やかなものであったが、その熱意は凄まじいものがあった。何故そこまで北斎に物の怪を描かせたいのか。西村屋は理由を伺う。 先日「四谷怪談」の公演前、菊五郎が仕度中にお岩の顔ごしらえを弟子が怖がらなくなったと菊五郎は嘆くのだ。故に北斎に誰でも怖がるような新たな物の怪を描いてほしいのだと。 しかし肝心のその北斎がいない。西村屋は素直に北斎が行方知らずだと菊五郎に告げる。すると菊五郎は声を上げて笑い出した。 「そんな冗談にひっかかる程この菊五郎は落ちぶれちゃいませんよ。なにせ、つい先刻まで北斎先生と会っていたんですから」 西村屋は驚き、怒号とも判別できるような大声で北斎の居場所を訊く。 「置行堀」 堅川沿いの相生町では今日もまた威勢の良い声が聴こえる。木片を投げたり鋸を挽く職人達の掛声が町全体に活気を与えているようだ。しかしここ幾日かの天気が鈍っているせいか、いつもなら拝める富士もなかなか拝めない。その傍らで佇む翁がじっとその様子を検分しているように眺めている。葛飾北斎、その人だ。みすぼらしい身なりからは到底、著名な絵師とは想像できない。 「ここにおられましたか、北斎先生」 北斎の後ろに姿を現したのは西村屋与八であった。 「儂は北斎にあらず。為一である」 西村屋はそのような屁理屈を反故せず改めて為一に尋ねる。「冨嶽三十六景」の続きを描いてくれないかと。 「断る」 西村屋は引き下がらない。再度、続編を請う。 「あれは三十六枚で終わったのだ。終わったものに続きがあれば笑われるであろう。儂はかの吉良邸家老、小林平八郎の子孫ぞ。左様な無粋な真似はできぬ」 また、その一節か。西村屋は呆れた。赤穂浪士に敗れし者を誇れる心の内を知りたいものよ。 「斯様な出自は偽りかもしれぬのに、よくぞそこまで威張れるな、為一よ」 北斎は怒り、西村屋に殴り掛かる。西村屋は崩れ落ち、北斎はその上に覆い被さる。 「今の言の葉は過ちだと言え。いいから過ちだと言え」 西村屋の目は呆れたものになっていた。何をそこまで怒っているのかと。北斎の憤りはまだ収まらない。 「お主こそ出自といえば、あれだ。鶴鱗堂が潰れた所以といわれておる『吉原細見』を手放した一連の件りはお主が裏で謀っておったと皆申しておったぞ。お主は次男坊の分際で左様に鶴鱗堂の名を継ぎたかったのか」 西村屋は立ち上がり、北斎の胸ぐらを掴み返す。 「それこそ偽りだ。左様な噂をたやすく信じるとはお主も年老いたな、為一よ」 二人はしばらく罵り合い、その罵声は木場で働く威勢の良い声と相まって二人とも感情が昂ぶるばかりであった。 「冨嶽だけではない。お主の所からは儂の絵は売りさせやしない」 「当たり前だ。こちらから願い下げだ。お主の絵なぞいらん」 日暮れになり二人は別れた。木場で働く職人達も今日の仕事を終え、帰路に着いた。 永寿堂で働く丁稚の宮松は信じていた。言葉遣いは荒いが教え方は丁寧だという評判の絵描きの女先生が彼女だと。宮松はその噂をもとに両国にある泉屋へ足を運ばせた。膨らむ期待と人違いへの不安を入り交ぜながら宮松は泉屋に到着した。するとどうだ。都合良く誰かが表に出てくる。 「ではまた来週にでも来るよ。そん時はちゃんと仕上げとくんだよ。やっておかなかったら只じゃ置かないよ」 その男勝りな立ち居姿はすぐに探し人だとわかった。葛飾応為、その人だ。 宮松は挨拶もそこそこに北斎と西村屋の仲違いの経緯を一部始終説明する。応為は特段驚く様子もなく、ただ事実を受け止めているだけのようだった。その様子に宮松は驚く。「何も手を打ってはくれないのですか」 「何を呆気にとられてるのさ。当たり前じゃない、そんな事」 宮松は確かに呆気にとられていた。 「手を打つも何も鉄蔵が永寿堂さんで絵を売らないなら他で絵を売るまでさ、だろ」 応為の言う事はもっともだ。しかし宮松は言いにくそうに反論する。北斎なら永寿堂以外でも絵を売ってくれるだろう。昔は蔦重でも売っていたくらいだ。しかし「冨嶽三十六景」は北斎だけでなく永寿堂のものにもなっているため、他所からは売り出せないのである。 「富士のお山はもう終わったんだろう。他に永寿堂さんと何の因果があるっていうんだい」 「終わってはいない。いや終わらせてはいけないのです」 宮松は力説する。まだまだ富士の絵を見たい人は大勢いるはずだと。しかしこのままでは北斎が描く繊細でそれでいて力強い富士の絵は拝めなくなる。それだけは避けなければならない。他の絵師には真似できない富士の絵を絶やしてはいけないのだと。 しかし応為はあっさりと踵を返す。「あたいには何の縁もない話だね」 宮松はただただ帰る応為の後ろ姿を眺めているだけだった。 葛飾応為は考えあぐねていた。父は単に金のために絵を描いていない事は充分にわかってはいたが、これ以上貧しい暮らしを送るのも嫌だった。仮に永寿堂と縁を切ってもそれなりの暮らしは送れるだろうが、今がその時ではないような気がする。 それ故、応為はそれとなく父に尋ねるが返事はない。時を置いて繰り返し尋ね、ようやく父から返ってきた。「永寿堂が謝罪したら考えても良い」と。これで西村屋が謝ってくれれば鞘に納まる。 応為は永寿堂へ赴き、丁稚の宮松にこの内容を告げる。すると宮松は苦笑いを浮かべ、西村屋も北斎が謝罪したら再考すると述べたという。 「全く似た者同士だねえ」 するとそこへ尾上菊五郎が物の怪を探しに来店した。 「これはお栄さん御無沙汰だねえ。北斎先生にまた物の怪の絵を描いてくれるよう、お栄さんからもよしなに頼むよ」 菊五郎の振り撒く笑顔にはなるほど力を感じる。しかし応為は首を振る。 「音羽屋さん、そりゃあ無理な御相談ってなものさ」 理解できない菊五郎に宮松は丁寧に北斎と西村屋が仲違いしている事を説明する。 「なんてこったい。それは一大事だ。うん、承知した。私めが仲違いを納めるのに一肌脱ぎやしょう」 いちいち大げさに振舞う。応為は思う。これだから役者は嫌いだ。 宮松は気が引けると言い、恐れ多いと菊五郎に念を押す。 「なーに、大船に乗ったつもりでいて下さい。私だって北斎先生の富士の絵や、何より物の怪の絵が見れなくなるのは淋しいですからね」 応為は思う。お山の絵じゃなくて物の怪の絵だけが拝めなくなるのが淋しいのだろう。実に役者は独りよがりの者が多すぎる。これだから役者は嫌いだ。まあでも、何はともあれお手並み拝見といこうじゃないの。 堅川沿いの相生町では威勢の良い声が途切れる事はない。木片を投げたり、鋸を挽く職人達の掛け声はこの鬱陶しい空模様を幾分か晴らしてくれよう。 「北斎先生、置行堀に何か魅かれるものがあるのですか」 尾上菊五郎は、今日もまたみすぼらしい身なりで佇む葛飾北斎に声をかけた。 「儂は北斎にあらず。為一である」 北斎は微動だにせず答える。菊五郎の方など一切目をやらない。 「先生、いつもならね、この置行堀からも富士のお山が拝める事ができるのですがね、今日はまだ少し顔を出してくれませんね」 菊五郎は役者らしく大げさに北斎に話しかける。しかし北斎は菊五郎の方など一切目をやらない。 「何用だ」 すると菊五郎は後方から付き人を呼び、なにやら包みを受け取る。それを北斎に渡そうとするやいなや菊五郎は跪き、頭を垂れる。後方にいた付き人は驚き、木場で働く職人達の掛け声はいつもと変わらない。 「おじぎ無用、みやげ無用だ」 北斎は相変わらず微動だにしない。菊五郎は頭を垂れたまま講釈を垂れる。 「北斎先生が永寿堂さんと仲違いしてもう二度と富士の絵は売り出させないと伺いました。そして永寿堂さんが詫びを入れさえすれば富士の絵は描くとも。先生、もし永寿堂さんが素直に詫びを入れにきたら富士の絵はお描きになられていましたか」 「冨嶽は三十六枚で終わったのだ。続きなどありえん」 「誠に終いになさってよろしいのでしょうか」 菊五郎は少し北斎の様子を伺うが、変わりはない。 「先生は誠に富士の絵を描き終えたとおっしゃられるのでございますか。素人目ながら三十六景全て買わせていただきました。私はこう考えるのです。まだ描いていない富士が存在するのではないのですか。それ故、普段なら頑なに断っている所を永寿堂さんが詫びを入れたら描くなどと無粋な物言いをされておられるのではございませんか」 「さにあらず。儂はかの吉良邸家老、小林平八郎の子孫ぞ。左様な無粋はない」 北斎はすぐさま振り返り、菊五郎を見下ろしている。そして菊五郎も垂れていた頭を上げ始めた。 「左様。かの吉良邸家老の御子孫だからこそ、この日の本には富士という素晴らしいお山をいかなる場所からでも描けるのだと世間に、いや南蛮人に知らしめないといけないのではございませんか」 北斎はその張りつめていた表情を少し緩めた。 「それにね、先生。『冨嶽三十六景』と謳っておきながら四十枚程あるってのも粋な計らいだと思うんですがね」 北斎は踵を返し、この場を離れ始めた。菊五郎は立ち上がり西の空を見やる。雲の合間から富士が申し訳なさそうに顔を出している。 「やっと出てきやがったか」 葛飾応為に呼びつけられた丁稚の宮松が永寿堂に戻ってきたのは日暮れに差しかかった所だった。西村屋は用を尋ねると宮松は一枚の絵を差し出した。 するとそこには木片を投げたり鋸を挽いたりしている職人達の生き生きとした姿が力強く描かれている。その製材された居丈高な材木の間から富士が遠慮がちに顔を覗かせている。 そして左上には「冨嶽三十六景 本所立川」と記されている。 「今度はベロ藍じゃないのかい」 西村屋はそう呟き、よりじっと絵をみつめている。すると右下の材木置場の看板に「西村置場」、その隣の材木には「馬喰丁弐丁目角」「永寿堂仕入」「新板三拾六不二仕入」とわかりやすく描き込まれていた。 「あれほど頼んでも見易い宣伝文を北斎は描き込まなかったのに、頼まずとも斯様な見易いものを描き込んでくれたというのか」 悦に入っている西村屋に宮松は一枚の紙を渡し、北斎からの言伝だとつけ加える。 これも含めて十景は描いてやる。 西村屋は一つ笑みをこぼし、描かれた富士の山をじっくりと眺めていた。「それにしても富士より高い材木はないであろうに」 翌朝、西村屋は堅川沿い相生町を訪ねた。いない可能性もあったが、みずぼらしい身なりをした翁は今日もやはりここにいた。葛飾北斎、その人だ。 北斎は西村屋が来た事には目もくれず、じっと職人達の威勢の良い声が飛び交う作業の様子を眺めていた。 「描いてくれてありがとう」 西村屋の礼に北斎は見向きもしない。 「せめて十景とはいわず、百景ぐらいは描いてくれないか」 「図に乗るな」 北斎はようやく振り向き、話を続ける。 「次は『相州梅澤右』でも描こうと思っている」 「あれは彫師の彫り間違いだと詫びを入れたではないか。直そうとしたのに先生がそのままで良いとおっしゃっていただいたのではござらんか」 取り繕う西村屋を尻目に北斎は表情を緩める。 「無粋だねえ」 木片を投げたり鋸を挽いている職人達の掛け声はより一層威勢の良いものになっている。

      12
      テーマ:

カレンダー

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
AD

AD

プロフィール

ランキング

このブログはランキングに参加していません。

最近のコメント

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇
  • トレンド

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。