ご無沙汰ちゃんの理由。

テーマ:
みなさんご無沙汰です!
 
さて、なぜ、
僕が上京を果たしたのかという理由
前回のブログでは言ってませんでしたね!
 
なぜ上京したのかというと…
 
 


大学へ
進学したからです(≧▽≦)
 
このブログ、
実は、受験勉強からの
現実逃避という
極めて後ろ向きな理由で
始めたものなのですが…
意外や意外にアクセス数が
去年1年は伸び続けていて、
まぁ、正直
驚いたもんです∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
 
さて、その受験も終わり、
毎日更新できるかな…と思って
大学に入ったのですが―、
なんと、どうやら「基礎ゼミ」という
学科専攻の概要を学ぶ授業があり、
幸か不幸か

僕はその専攻の中で、
1番キツいと評判のゼミに
配属されることになりまして…。

つまり、まだ大学に入学して
1か月も経っていないにも関わらず、

もう課題に追われて
毎日忙しいのです( ̄∇ ̄+)
 
つー訳で、
結局、不定期更新期間は
続となり、
ランクイン復帰など
遠い夢の
また夢になりましたが(笑)

書けるときには
書いていきたいと思いますので、
また、改めてよろしくお願いします!
 
※現在、絶賛「anitube閉鎖」について
僕が個人的に思うことを綴ったブログを
編集中でございます。
なにぶん、忙しいので、
いつアップできるか分かりませんが、
楽しみにしてもらえたら
嬉しいっすо(ж>▽<)y ☆
 

 

心機一転。

テーマ:

4月9日に僕の祖父は84歳で旅立ち、

そして12日に葬式をあげてきました。


葬儀の参列者は親族合わせて300人近く、

改めて祖父のすごさを実感した僕です。

 

さて、僕は9日に祖父が亡くなる直前、

「出先にいる」といいました。

その出先はどこかというと…、

 

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東京です!

(写真は新宿・モード学園コクーンタワー)

 

実は発表するタイミングを

逸していたのですが、


僕、上京を果たしましてwww

 

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そして、上京を果たしてまず行ったのは

アニメイト池袋で
やっていた
「テンカウント 」の
オンリーショップでした(笑)


というこのなので、新天地にて心機一転。

 

明日以降も書けるときに

更新みたいなパターンになるかとは

思いますが、今までのように

楽しいブログを心がけたいと思うので、

これからもまた、

一からよろしくお願いします(_ _。)

 

PS.

ブログをほったらかしていたら、

アクセス数が100切ってて、

ブログスタート当初の状態に

戻ってしまいました(泣)

そして、コメントに返信せずに

申し訳ありません!

このブログ以降は、きちんと

付いたコメントには

返信いたしますので

ご容赦ください(>_<)

祖父が亡くなりました。

がんで亡くなりました。

 

がんだと分かったのは3年前の冬のこと。

その時、手術をして、

一時は健康も回復したものの、

昨年の12月頃から体調を崩すようになり、

年が明けてからは、

何も食べられなくなりました。

 

みるみるうちに痩せ細っていく祖父。

食べられないのだから仕方ありません。

看護師さんは

祖父にご飯を食べさせようとしましたが、

祖父はそれを吐き続ける日々。

痰が絡み、絶えず吐き気を覚え、

常に吐しゃ物を受け止めるためのバケツが

手放せない状態。

そんな日々が1ヶ月近く続きました。

 

祖父はがんだと分かる前までは、

非常に元気な人でした。

80を超えて、

朝から晩まで農作業にいそしみ、

グラウンドゴルフに興じ、

祖母とともに農協の旅行に行くなど、

活動的でエネルギッシュな人でした。

 

だからこそ、あの祖父の状態を見るのは

かなりしんどかったし、

なによりも、パワーに満ちあふれていた

祖父のイメージとは

あまりにも乖離していたため、

僕はそんな祖父の状態を

俄に信じられなかったのです。

 

だけど、僕なんかよりよっぽど辛かったのは

他でもない祖父本人です。

社交的で、エネルギッシュな祖父は、

周りに集まる人も多く、誰からも慕われる人でした。

そんな祖父は、僕に向かってこう言ったのです。

「誰にも会いたくない。」と。

常に吐しゃ物を受け止めるための

バケツが手放せなくなった

自らの姿を一番みじめなものだと

感じていたのは祖父自身。

故に、家族以外、

誰にも会いたくないと言ったのです。

 

見る僕たちも、そして祖父本人も辛かった。

そして、ついに「ホスピス」への入所が決まります。

3月23日のことです。

いわゆる「緩和ケア」の始まりでした。

そこに入ってから、

祖父は生気を取り戻したかのようになり、

か細かった声もよく出るようになり、

あれだけひどかった

吐き気も覚えなくなりました。

3月29日、祖父は看護師さんに連れられ、

ホスピスの中庭にある桜の木で、

人生最後のお花見をしました。

その時、祖父は大好きは芋焼酎を片手に、

30~40分、花見を堪能したそうで、

付き添ってもらった看護師さんは、

「すごく気分が良さそうで(笑)」と

言ってくれました。

その時、ホスピスの部屋の中では、

「赤霧島」の

心地よい香りが漂っていました(≧∇≦)

 

時は過ぎて、今朝の9時22分、

出先にいた僕のスマホに

1本の電話がかかってきました。

見ると、それは母からで、

「おじいちゃんの呼吸数と

心拍数が低下している。

もうおじいちゃんは話すことが難しい。

けれども、最後に、

あなたの声を聞かせてあげて」とのこと。

あまりにも急すぎる展開でした。

僕は「ありがとう。

これからも僕は頑張るよ。」と

そう祖父に告げました。

それから10分後の9時32分頃、

祖父は安らかに旅立っていきました。

 

出先から再び電話を母にかけたときには、

すでに祖父は旅立っていました。

その時、母はこう言ってくれました。

「あなたの声を聞いて、

おじいちゃんは涙を流してたんだよ」と。

それを聞いた瞬間、

僕はもう

涙を流さずにはいられませんでした。

 

祖父は生前から、僕のことを、

「自慢の孫だ」と言ってくれていました。

本心か、それとも方便だったのか、

それは今となっては知るよしはありません。

けれども、僕にとっては確実に、

祖父は「自慢の祖父」でした。

 

あなたの孫に産まれてよかった。

 

今はそれだけです。

 

安らかにお眠りください。

 

 

2018年4月9日

 

あなたの「自慢の孫」より。