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2013年06月29日(土)

。。。。

テーマ:ブログ
もう出会って何年だろ?
軽く10年は超えてるかなぁ。。。

なんだかんだで3,4年スパンで偶然の名の下に会っていたと思う。
イベントで一緒になったり。

そういや偶然大阪に居合わせて呑みに連れてって貰った事があったなぁ。。
酔っぱらっててあんま覚えてないけどw
そんな酔っぱらいの戯言をニコニコして聞いてくれてたのを凄い覚えてるよ。
沢山未来の話をしたっけなぁ。。。

そんな姐さんが闘病をしてる事、子供を産んで育ててる事、
風の噂で聞いてて凄いなぁって思ってたんだよね。

病気ってのはなんか信じられなかったけど。
だってすげー元気なイメージしか俺にはなかったから。

またひょっこり会えるって思ってた。
悲しいなぁ。。悔しいなぁ。。

俺がこの世の中で唯一「ちゃん」付けで呼べる年上のかっこいいロック姐さん。

マコちゃん、お疲れさま。ゆっくり休んでね。

見送りには行けなかったけど、直ぐに顔見せに行くよ。

出会ってくれてありがとう。ありがとう!









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2013年06月18日(火)

フジヤマロケッツ其の2

テーマ:ブログ
海鮮が好きです。
なんでだろう?
好きなんです。
焼き魚とか煮魚とかより刺身とかのが好きです。
寿司という食べ物を開発した人は天才だね。
誰だか知らないけど、リスペクトなのだよ。


んじゃあちょっと続きでも書くかね。
チャイロケの事はまた後々書くとして。。

そんな感じで集まった、俺、健、裕太郎さん、ツッチーの4人。
そもそもは、急なチャイロケ解散に伴うスケジュールの穴埋め的な事の認識が強かったけど
確か下北沢251の店長のカワサキ君から「この日なんかやってよ~」
って話があったからだと思い出す。そういえばね。

だから実際は長くやるつもりは無くて、1回そのイベントでライヴをやる為に結成したんだよね。
実際、俺と健はドラム入れてスリーピースバンドやろうとしてたもんなぁww

まぁこの話は自然的に情滅して行くんだけどね。
ちなみにそん時やろうって言ってたドラマーは元シュノーケルってバンドのヤマダマサト。
彼が忙しくなっちゃって、お蔵入りになった幻のバンドでした。(リハ1回のみw)

フジヤマのメンバーで初めて集まってお互いを知る会合が開かれたのは
渋谷の道玄坂にあるこじんまりとした焼き鳥屋←裕太郎さん行きつけ。

裕太郎さんとツッチーが初対面以外はなんとなく顔見知り。
最初はよそよそしく終わるのかなと思って少し気を使ってたけど
帰る頃には昔から知ってる仲間みたいになってた。あはは。

裕太郎さんのオープンな感じは帰国子女ならではのものなのか?
それとも生まれつきのものなのか?
なんにせよ、彼の絶対領域は2ミリ位しかないのだろう。。
人との距離感を詰めるのが抜群に上手い。それだけ人が良いと言う事。

ツッチーもそう。一見近寄りがたい感じも最初はあったけど(単に俺が人見知り)
そんな事は全くなかったなぁ
でもこの人、このセッション「仕事」だと思ってたんだよな。。笑
まぁ間違ってはないけどギャラなんて当然出ないし出せないし、バンドだし。。
活動始めてしばらくして気がついたらしいよ。
「あ~。。そういう事か。。」ってw

この第一回のフジロケ会議の内容は飲み過ぎてあんま覚えてないけど
バンド名とか何やるかとか決めたかな?

china-roketsってのは作った当時、中国がロケット飛ばすニュースが結構やってて
そっから取ったのね。意味はあるのかも知れないけど健しか真相は知らない。

で、俺は凄くロケッツって響きが気に入ってて。ロケッツは付けたいなぁって思っててね。
丁度裕太郎さんがやってた「ラティーナフジヤマ」が解散したってのもあって
じゃあフジヤマ付けようよって事で「フジヤマロケッツ」になった。
中国より日本だろってね。なんか地に足ついた感じあるでしょ?あはは。

曲はチャイロケの曲を中心にやる事にした。
時間もなかったし、1回こっきりのライヴの予定だったからね。
でもそれじゃなんだかなぁって事で新曲を1曲やったんだよね。
それが「フジヤマロケット」2/15 のワンマンの1曲目。

この曲から俺たちの歴史が始まった。
だからワンマンは1曲目にしたかったのさ。

1番最初のライヴはよく覚えてるよ。
みんなフォーマルなスーツ姿。今思えばかなり貴重ww

チャイナの頃応援してくれてたお客さんには賛否両論。
まぁ無理も無いよね。同じ曲でも全然違うもん。
1番最初だからバンドとしては、まだ立ててない赤ん坊みたいなもん。
人並みに演奏力があっても、こればっかりは育んでいかなきゃ出来ていかない。
セッションじゃなくてバンドだからね。

でも演ってる方は楽しかったんです。とっっても。あはは。
だからこれはこれでアリだなぁ~って本当に思ってた。

そしたら251のカワサキ君が「面白そうだからまたやろうよっ!」って。
実はこのカワサキ君がフジヤマにおける影のキーマンだったのかもしれんね。
「頂」も最後の「投げ銭」も、所々俺の発想を具現化かつ広げてくれたり
なにか、いつもきっかけを与えてくれる。そんな男だ。

そうそんな彼の軽い一言でw1回きりが続く事になるのです。

やべ。。これ長くなりそうだな。。。

途中で飽きたらごめんなさい。


兎にも角にも限定復活まで間もなく!
プルプルして待て。

ではまた。




















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2013年06月16日(日)

更新

テーマ:ブログ
梅雨入り宣言も何処へやら。
時々の雨には見舞われるものの全くのこの夏感。
四季のある国はいったいどうしちまったんだろうね。
今より暑い夏が来るかと思うと本当にゾッとするぜ。。。

フジヤマ1日限定復活もあいまってなのか
顔の小さな天然ギタリストが過去を振り返ってメンバーの悪口ばかり
ブログにアップしてる様子なので(笑)
あんまり得意ではないが、少し過去を振り返っててみたりして。

そもそもフジヤマロケッツを語るにはchina-roketsから。
もっと紐解くと深くなるんだけどね。

まず俺と健を出会わせてくれたのは、ユニコーンの阿部義晴師匠。
ここきっかけで、色んな事が動いて行く事になる。
バンド結成のキーパーソンは氣志團のギタリスト西園寺瞳氏。
彼の説得(説教)により、china-roketsは結成される。
彼、初期メンバーだったしね。。。w

そんなこんなでバンドが始まるわけ。
もっと詳しく書けるけど別に興味ないっしょ?

で、なんだかんだ有って。。。
chinaは解散して、フジヤマ結成に至る。


とにかく男ばっかりのアホみたいなバンドがやりたくて
とりあえず解散したての「ラティーナフジヤマ」の裕太郎さんとユウジを誘ったんだけど
ユウジが当時忙しくてNGって事になって。

で、縁があって対バンとかもやった事のあるツッチーの事を思い出したの。
不思議な事に、降って来たみたいな感覚だったのをよく覚えてる。
あっ!ツッチー居るじゃん!みたいな。ww
縁があるっつっても、俺は当時ほとんど喋った事なかったからね。

そんなこんなで最初のフジヤマロケッツが揃う事になるのですが。。。



。。
。。。
。。。。。疲れたから今日はこの辺で。

こんな話、読みたいとかいうコメントあればある程。続き書くけど
どーせ興味ないっしょ?あはは。


とにかく1日限定復活まで間もなく。

震えて待て。


ではまた。












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