―つながるブログ―『∞』

$∞


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2012-05-25 09:09:09

【5月】今野こずえさん:『つながり~∞~』

テーマ:コラム

どうも、くろですKURO-R1
5月も終わりに近づき、最近は暑ーい日が続きますね汗
みなさん体調管理には気を付けてくださいむっ

関東のネタになってしまいますが、スカイツリーがオープンしましたね
僕はまだ行ってないんですが、近場なので晴れた日太陽に行ってみたいですねっにゃー



さて、5月のインタビューイーの今野こずえさんにインタビューした際にこんなお願いをしてみました・・・

「ブログ用になんか書いてください!」


・・・え考える


そんなで特になんの指定もないお願いにも関わらず、8MUGENブログ"∞"用に記事を書いてくださいましたぱちぱち

と、いうことで5月最後の記事はこずえさんに書いていただいた記事でしめようと思います。

また、6月にお会いしましょう肉球 くろ猫



++++++++++

「つながり~∞~」

今回、ご縁があって「8MUGEN」の活動をしているお二人、クロちゃんともっちゃんに出逢いました。
これまでに生まれた「つながりあい」によって出逢うことになった「8MUGEN」と私。

ひとは、誰かと、何かと、どこかで必ずつながりあうようにできている…と思います。


インタビュー記事を読んでいただけるとわかりますが、私は「病気を生きて」います。
もし、病気を生きることにならなければ、「8MUGEN」との出逢い、クロちゃん・もっちゃんとの出逢いはなかったでしょう。
でも、異なる何かと誰かと出逢い、つながりあいのなかに生きていることは変わらないはずです。


病気や障害を生きることに、苦悩することはありますが(そういうことがとても多いですが)、
こういう身体で生きるようになってから、私は多くのつながりが生まれていることを感じます。

もしかしたら、それまで感じることができなかったことを、感じられるようになったのかもしれません。
それまで見えていなかったことが、見えるようになったのかもしれません。
それまで大切だと思っていなかったことを、大切に思えるようになったのかもしれません。

もともと、ひとは多くの関係性のなかに生きています。
それを、いかに感じられるかの違いだけで、み~んな、たくさんの関係性やつながりあいがあるはずです。

単に私は、「病気や障害を生きる」ことになったことがきっかけで、つながりあいを感じられるようになったというだけ…。

ひとりぼっちだと思っているひとも、ひとりぼっちになることはできません。
自分の知らないどこかで、誰かが、気にかけてくれているかもしれません。
たとえ、ひとりで家に居て一歩も外に出ないとしても、隣に住んでいるひとは気になっているかもしれない。
遠く離れた家族が心配しているかもしれない。
昔、一緒に遊んだ友だちが、ふと思い出しているかもしれない。

直接、会ったり会話をしたりという かかわりあいがないとしても、
それは関係性や、つながりあいを感じられていないだけだと、私は考えています。


どうして、「つながりあい」について、このような考えをもっているのか、私の体験を書いてみたいと思います。
全部はとても書ききれないので、これでも掻い摘んで。

高校に入学して、新しい友だちがたくさんできました。
病気がわかってから、私は、一緒にいてくれる周りの友だちに、迷惑をかける存在になったと思うようになりました。
でも、友だちは「友だち」でいてくれました。
支え続けてくれました。

病院に通うようになって、お医者さんや看護師さんと出逢いました。
一年浪人して大学に合格したときは、看護師さんに抱きついたほど、喜びあえました。
“みんな”と同じように高校生活を送れるように、お医者さんは学校へ手紙を書いてくれたこともありました。
大学でも、就職するときも…私は、病気を生きる自分と周りの誰か・何かとを、つないでもらいながら過ごしてきました。

浪人中、この身体でできることは何だろう?と考えているときに、ネットサーフィンをしているなかで出逢ったひとがいました。
ネット上の付き合いから、実際にも会っていますが、そのひとは、私が「つながりあい」を大切にできていないまま逝ってしまいました。
どうして大切なことが見えなかったのだろうと、もう会えないと知ったとき、夜通し泣き続けました。
後悔し続けました。
そして、人生は先に進むだけで後戻りなんてできないのだと、本当に理解しました。

偶然、とはとても言いたくないですが、そのひとが活動していた社会福祉の道へ、私は進んでいくことになり、
そのひとが生きていた地で…大学生活4年間を過ごしました。

病気を生きるようになったことで看護師を目指していた私ですが、この身体でできることは何か…と、
社会福祉を学ぶ道へ進んだことによって、熱く語り合える親友ができました。
友だちのしているNPO活動を通して、知らないことにも出逢い、知らない地へも出向くことがありました。
縁があって、やりたい仕事にも就いてきました。

やはり、ときどきは病気を生きることに落ち込んだり悩んだりして、患者会などで新たなつながりあいを生みました。
手記を書かせていただいたのも、そこからのつながりです。

そして、シルバーリボン(特定非営利活動法人シルバーリボンキャンペーン)とも出逢いました。
シルバーリボンは、私が知らないことだらけでした。
でも、そういうことを知っていくことができる世界です。
初めて出逢うひとたちと、つながりあいを感じられる場でもあります。
シルバーリボンとの出逢いをきっかけに、リビング・ライブラリーや「MUGEN」とも、つながりあえました。


…と、こうして次から次へとつながりあいは続いていきます。
これからも、ずっとずっと。この世を去っても。


私は、逝ってしまったひとのことを今でも想うし、これからも忘れない。
そのときには見えなかった、大切にできなかった「つながりあい」に、今は気づけたから…。


誰かと、何かと、どこかでつながりあいを続けながら、みんな生きていく。

無限「∞」のつながりあいの可能性を秘めた、この世界で。



2012-05-21 09:09:09

【5月】インタビュー:今野こずえさん(海綿状血管腫・てんかん)PART2

テーマ:今月の∞

こんにちはーくろですKURO-R1
最近FacebookFacebookの8MUGENページ Facebookを作ってみました

いろんな繋がりを作るために活動の範囲をちょっとずつ広げながらも頑張っていきたいと思います・



今回は、前回のブログ
【5月】インタビュー:今野こずえさん(海綿状血管腫・てんかん)PART1|∞
の続きになりますラブ

前回は『病気を生きる』をテーマに語っていただきましたが、
今回は『病気を生きながら』行ってる活動などについてのお話になります好



++++++++++



《ブログ》



―ブログを書こうと思ったきっかけは?


ブログを書こうと思ったのは大学生のときに歩きづらくなって入院した時に書き始めた。

私が自分で調べてる時に全然同じような病気の人に出会えなくて、見つけられなくて、
「この病気って仲間いないのかな」って思ったりしたのもあって。

じゃあ私が経験してることを書いて、
もしかしたらそれを見て「同じような人がいるんだな。こういう生活して生きているんだな」
って知ってもらえればいいかなって思って。

病気のことを主に、生活のことを色々書くようになって
「私も同じ病気なんです」って言う人からメールもらったりとか
「同じ薬を飲んでるんですけど、どうなんでしょう」って相談とかもされて
そういう繋がりができてよかったなって思ったり。



《混合型血管奇形の難病指定を求める会》


―前回お会いした時にいただいた、混合型血管奇形の難病指定を求める会が編集した
「泣いてばかりいられない~混合型血管奇形の患者と家族の手記~」
にこずえさんも書かれていますよね。
(本についてはこちらの記事をご覧ください→【あら、5月!】ブックレビュー|∞ ←)

この混合型血管奇形の難病指定を求める会ってどんな団体なんですか?


血管腫・血管奇形の家族会のメンバーが立ち上げた会。
中でも混合型は特に治療が確立されてないし、治療できる病院も少なくて。

それを本当に
国で難病指定にしてもらって、研究してもらえて治療法が確立させられたらいいよね
ってできた会だと思います。
求める会のホームページで確認していただきたいです。
(ホームページはこちら→混合型血管奇形の難病指定を求める会 ←)

家族会とはちょっと違って難病指定を求めるための活動をしてる会で
署名を集めたり、国会に請願しに行ったり、議員さんと繋がりを作ったりとかもしてる。

家族会で同じような病気の人とか家族とかと会って話すっていうのも必要だけど
それをしてるだけじゃ国は動いてくれないから
そうしたらいつまでたっても自分とか自分の子どもの病気は治らないから
現状を知ってもらうためにも、自分たちで動こうっていうので発足したんじゃないかな。



―当事者サポートと社会啓発等の活動を両立していくのは難しいですよね・・・


いくつか患者会みたいなのにも行ったけどなんかしっくりこなくて。

本当に当事者か家族しかいない。
そこだけで話して満足する人もいるんだろうけど。

私は「そこで満足して終われない!」「何かのアプローチをしないと何も変わらないじゃん」
って思っちゃって。笑
それでシルバーリボンっていうリボン運動をしているNPOに行くようになって。



《シルバーリボン》


―シルバーリボンってなんですか?


シルバーリボンは脳・心の病・障害の理解を求めるために啓発活動をしている団体
知らないから偏見や差別もおこるし、
社会を構成してる沢山の人達に「こういう病気や障害の人もいる」って正しい理解をして欲しいっていうのが主かな。

最初はアメリカで統合失調症の子どもがいるお母さんが
統合失調症について、周りやご近所とかに正しいことを伝えて、
理解してくれる人達にシルバーのリボンを渡すっていう活動から始まって。

たまたまそこにホームステイ(留学)していた日本人が、
「日本にこういう活動を持ち帰ってくれないか」って持って帰ってきた。

その日本人というのが、今のシルバーリボンの会長をしてる人。
詳しいことは、シルバーリボンのホームページ見てね。
(ホームページはこちら→Silver Ribbon Japan - 脳や心に起因する疾患(障害)への理解を促進するシルバーリボン運動 ←)



―その活動に参加してる人は当事者には限らないんですか?


私みたいに当事者として関わりたいって人もいるし
医療関係や心理や福祉の勉強をしてる学生もいるし
精神障害の家族がいるから周りに正しいことを知ってほしいんだって活動してる人もいるし
会社員のひとで、何かできないかって参加してる人もいる。
本当にメンバーは色々なんだけど、伝えたいことは「正しく知ってもらいたい」



―こずえさんはいつシルバーリボンの活動に参加されるようになったんですか?


シルバーリボンは去年の1月から。
自分の病気を調べてたときに、どこかのHPにシルバーリボンのリンクが貼ってあって
内容を読んで「いい団体かも」って思って見学に行って。

そこでやりたいことをやらせてもらってる感じなんだけど
今はちょっとお休み中。



―実際にどういう活動をされているんですか?


精神障害と聞いて一歩引いちゃうようなのが払拭できるように、
オープンな感じで話せるようなパーティーをお洒落なカフェでやったり。

あとは、自治体の福祉祭りとかでブースを出させてもらって
ピンバッチを販売して、シルバーリボンを知ってもらったりとか。
(ネットでも買えます!クリックピンバッジ - シルバーリボン キャンペーン//Silver Ribbon Campaign


私は家族会とかでその時だけ「良かったー」で終わっちゃうのが勿体無いと思って
それを残していったらいろんな声が集まるんじゃないかと思って。
「集めた声を社会に発信したい」って話をして。

今「かたりんく」っていう活動を3ヶ月に1回くらいでしていて。
最初にあらかじめテーマを決めておいて、それに関心を持ってくれる人たちと、
KJ法 やセルフヘルプグループを織り交ぜたようなかたちでしてます。


毎回伏せんに書かれていたことを持ち帰って、PCで見れるようにデータ化したりして。
HP上の活動報告では見られるけれど、
どうやって社会に発信するかまではまだいってない。

とりあえず毎回違うテーマに対してみんなどう思っているんだろうっていうのを知りたいし
参加する人たちの中でお互いの気付き合いと、そこで出会った人たちの繋がりをコンセプトにやってます。



まだまだこれからの団体だと思うけど
核になるものはちゃんとあって、
知ってもらうためのきっかけを作りたい
っていうのが、メンバーのなかにあるんじゃないかと。って、私は勝手に思ってます。

身近なものであってほしいし、実際は身近なものなのに身近に捉えられてないっていうか。
意外と周り見たら、友達が鬱になってたりするかもしれないのに、
『心の病』とか『精神障害』っていう言葉にちょっと引いちゃうような世の中を変えられたらいいねって。

まずそのためには「知ってもらわなきゃいけないよ!」って言う活動を、地道に地道にやっているんです。


++++++++++


よく「なんで私が(病気になったの)!」って思っちゃう人もいるけど
私は「なんで!」って思ったことはなくて。
「そう(病気)なんだからそう生きるしかないじゃん」って思って。

こういう繋がりができたのも病気を生きることになったからだから。


病気である自分自身が

今までも生きてきたし
今も生きてるし
これからも生きていくんだ


って思える。



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こずえさんインタビューありがとうございましたハート7



最後に記念撮影カメラ SPパシャリ (左からもっちゃんお餅、くろKURO-R1、こずえさんWハート


最後に日記に登場したサイトたちを紹介して終わりにしたいと思いますけけ

◆こずえさんのブログ:kira kiraな☆しあわせ ~多発性海綿状血管奇形とともに~
混合型血管奇形の難病指定を求める会
Silver Ribbon Japan - 脳や心に起因する疾患(障害)への理解を促進するシルバーリボン運動


最後まで読んでくださった読者の皆様、いつもありがとうございます!
次回は・・・なんでしょうね?(ぇ
次の金曜日もお楽しみに肉球 くろ猫


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8MUGEN編集員の思ったことをツラツラ。つまり雑記デス。
《インタビュー中の余談その1》

もっち:病気の話を聞くとすみずみまで自分の身体を見たいけど、今は知らないから知らなくてもいいのかなって思っちゃう。
今とりあえず大丈夫だから知らなくてもいいかなって思ったり汗

くろ:けどそれで手当てが遅れる場合もあるから一概には言えないよねsei


《インタビュー中の余談その2》

くろ:8MUGENで知り合った方を通していろんな団体の方と知りあったりして。
障害などの支援を行ってる団体がやってることって2つに分けられると思うんですよ。
当事者のサポートと社会啓発の活動。

けどこの2つの活動をNPOとかの小さな団体が両立してやってゆくのは難しいのかなって思うことが多くて。
片方だけをやります!って宣言してやってるならいいんでしょうけど、
両方やると宣言しても片方しか活動する余裕がないって言うのはすごく気になってしまう・・・・

そういった意味で、血管腫・血管奇形の家族会と混合型血管奇形の難病指定を求める会の2つがあって、
当事者サポートと社会啓発の活動それぞれに特化した団体が存在しているっていうのは
一つの理想的な形でもあるのかなーとかも思いました。


《インタビュー後の余談》

もっち:こずえさんの話を聞いて思ったけど、やっぱり当事者が最初に求めるのは情報なんだね。
今だとネットが普及してるからネットとかでパソコン

そういう意味で当事者に向けて情報を発信してネットワークを構築しようとしてるMFMSってすごいと思うアオキラ

(MFMS代表の外川さんのインタビューはこちら→【1月】インタビューPART1:外川浩子さん|∞ ← / MFMSのHP:「見た目問題」解決NPO法人マイフェイス・マイスタイル


当事者が一番に必要とすることを活動の主としてるんだもんねー
顔17



《インタビュー後の余談》

もっち:こずえさんと初めて会った時、はじめまして~な感じがしなかったよね。
前から知り合いって感じがして顔13

くろ:馴染み過ぎちゃって普通にまったりしちゃったねにゃー
いい出会いあったよ!8MUGENのおかげで!


おーわりっ肉球 くろ猫
2012-05-18 09:09:09

【5月】インタビュー:今野こずえさん(海綿状血管腫・てんかん)PART1

テーマ:今月の∞

皆さんこんにちわーーーー!
くろですKURO-R1

最近久しく記事を書いてない気がするんです!
だから皆さんお久しぶりですペコリ
5月病って何?!ってぐらい毎日HAPPYな日を過ごせてますかラブ



今回のインタビューイーは2011年12月号でインタビューさせていただいた高田さんの紹介で
お知り合いになった方です好
8MUGENの活動を続けて1年、新たな繋がりが増えて嬉しい限りですハート
これからも∞の繋がりを目指して頑張っちゃいますフキダシ-!!



ハートインタビューイー紹介ハート

今野こずえさん
多発性海綿状血管腫、てんかん、心因性発作などの症状を生きながら
シルバーリボンの会の一員として活動されてらっしゃいます。
その他にブログの執筆を含め、前回記事で紹介した
「泣いてばかりいられない~混合型血管奇形の患者と家族の手記~」
でも執筆されています。

今回は今野さんが使われた言葉 『病気を生きる』 がテーマとなっております。
お楽しみください(ΦωΦ☆)



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《多発性海綿状血管種を生きる》

―病気を生きることになったのはいつ頃からなんですか?


一番最初は高校1年生の時に一瞬異次元に行ったみたいな感じになるときが多くて。
「あれ、今意識飛んだかな」みたいな。
部活から帰ってきてベッドに横になったら
起きた時に、今どこでいつなのかが全然分からなくなっちゃったりして。

最初は部活の疲れかと思ってたんだけど、やっぱり気になって病院に行って。
最初は「なんでもないと思いますけど、一応心配なら検査しておきますか」って検査したら
途中でワタワタし始めて「あぁ、何かあったな」って(笑)。


検査の結果「頭の中に血管種っていうのがいくつもある」って。
でも、全然知らない病名を言われたから「あぁ、そうですか」みたいな。

「特に生活するのにも制限ないし、ただ薬だけはちゃんと飲んでね」って言われて
なんの薬かもよく分からないままその日は終わり。


そっから通院をするという高校生活。
学校行ってても、どこに自分がいるのか分からなくなっちゃったりして、
そうなるとまた心配になっては病院に行くと「この間と変わってませんよ」って言われて帰ってきて
って言うのを頻繁にやってました。



―治療と言う治療は特に行わなかったんですか?



この病気自体に治療のガイドラインみたいなのがしっかり整ってないみたいで。
治療するにしても、どれをやってもどうなるかよく分からない。

だから経過観察で、みたいな。



―実際に脳にできる血管種は手術してとれるものなんでしょうか?



とれるはず(場所にもよるし、人にもよると思う)。
だけど手術したからといって、今起きてる症状が完全になくなるかどうか不明
私の場合はだけど。
合併症とかもあって感染とかすると大変だし、
放射線の治療とかも、若いのにそんな大量に被爆するなんて!って先生が考えてくれて私はしてません。



―脳に血管種ができるとどういう症状がでるんですか?


何にも起こらない人もいるみたいだよ。
海綿状血管種は、たまたま検診とかでみつかる人も結構いるみたい。

生涯何も起こらず終わる人もいる
し、その血管種が出血(脳出血)して後遺症が残っちゃう人もいるみたいだ し。
脳のできる場所によってどういう症状が出るかも違うし、出血の率とかも違うんだと思う。

私は血管種があることによって、歩きづらいとか運動機能のところに影響があるみたい。



―今も高校のときと同じような症状は出てるんですか?


今はてんかんの薬が合ってきて、症状は治まってる。
薬も色々試しては失敗して、やっと今は落ち着いたって感じ。



++++++++++

≪余談≫

今回のインタビューは大宮のAfternoon Teaで行いましたティーポット



美味しそうなスコーンの撮影に夢中になる編集員くろとインタビューイーのこずえさん

そして編集員くろが撮った写真はこちら・・・・



どうですうへー

ちなみにもっちゃんは・・・・・?



アップルパーイアップルパイ

お洒落ーな店内で、お洒落ーなティータイムハート
素敵なティータイムのおかげかリラックスしながらインタビューができましたラブ

もちろんインタビューも真面目にやりましたよ・
では続きをどうぞ!

++++++++++


《てんかんを生きる…?》

―海綿状血管腫とてんかん症状は関係があるんですか?


海綿状血管種がみつかるとき、てんかん症状で病院行ったらあった、ってケースが多いってどこかに書いてあって。

特に奇形とか腫瘍とかがなくてもてんかんの発作がおきる人もいます。
けど私は、海綿状血管奇形があるから、脳の信号に異常をきたしててんかんの発作がおきてる・・・

今はそういうことになってる。
けど実際どうなのかは本当に分からない(苦笑)。

だから私の場所や時間がわからなくなったりって言うのは全部てんかんの症状だったみたい。



だけど、てんかんの発作だと思ってなかったなかで心因性の発作だっていうのが最近分かった。

脳波をとったり検査をしたらてんかんの特徴みたいなのがはっきりでなくて「てんかんじゃない」って言われて。
今までそうやって思ってきたのに「突然そういわれても」って(笑)。

最初先生が『ヒステリー』とか、そういう言葉を使ったのね。
最初そういう言葉、受け入れられなくて。
すごく傷ついて「私ヒステリーなの?」「私絶対そんなんじゃないし」みたいな。

だから私自身も『ヒステリー』とかそういう言葉に偏見があるてことだと思う。
「私はそれにはならない、なりたくない」みたいに思って受け入れられなくて。


本当にこういう風に『心因性の疾患』って言えるようになったのは去年末ぐらい。
その時はてんかんの専門の先生が精神科にいるから精神科に入院して。

精神科の病棟で生活してるときに
「これは心因性のものだから。そういうものなんだよ。」
って認めてもらえた気持ちになれて

「そういう病気もあるし、精神科にかかるような病気だから(心が弱いとか)どうのこうの」
とかいうことはないんだなって、病気のことを受け入れられるようになった。



―心因性の発作って言うのは実際どういうときに起こっちゃうんですか?


私それにずっと気付かなかったの。
特に悩みもないし、学校楽しいし、これといってストレスになるようなものはないし。
だからずっと分からないままだったんだと思うんだけど(苦笑)。

仕事をするようになってから頻繁に夜に発作を起こすようになって。
それで、精神科に入院たときに色々話を整理していったら
頑張っているときに体調悪くなることが多いなってことが分かってきて。

私は頑張ってるのを普通に頑張ってるって思ってやってるんだけど、
どうやらそれは度が過ぎているってことが分かって。
頑張り過ぎていることに気付かないでずっとやってると、段々負担になっていって体に 出ちゃうみたい。

それが分かってから「頑張り過ぎをしなければいいんじゃん」って思ったんだけど
私は頑張り過ぎているつもりはないからどこで止まればいいのか分からない(笑)

だからどうしたら頑張り過ぎないかっていうのが最近の課題



++++++++++



《病気を生きる》

『病気を生きる』って言葉が印象的なんですけど、何故そう考えるようになったんですか?


先生に言われることとか影響を受けて。

お医者さんが『個』で見てくれる先生で。
病気の話とか特にせず、「最近成績どうなの?」とかそういう話をしてくれると、私のことを知ってくれる人に先生がなっていって。

私は最初(病気のことを)他人事のように「ふーん」って思っていて。
聞いたことないこと言われたし、別に見えないし。


けどすごく
「病気の正体が知りたい」
「自分に何がおきてるのか知りたい」
みたいな気持ちになった。
それでひたすら医学書を読み漁ったりとか、ネットずっとやったりとか、知ることに夢中になっちゃって。

それで先生に「私の病気のこともっと詳しく教えてください」って言ったら
「そんなに病気病気って言って病気のことばっか考えてたら楽しくなくなっちゃうじゃん」
って言われて。

最初「は?!先生は病気じゃないから分からないんだよ」って思ったんだけど。
よくよく考えてみたら「確かにそうだな」って思って。


病気のことをひたすら調べ続けても何も解決してないし
ずっと病気のことを考えてるより、もっと友達と遊んで楽しい時間が一杯あった方が人生楽しいよなって思って。

私が高校生って言う人生のその時期しかできないこととか、楽しめないこととかをできるように
(先生が)すごい仕向けてくれてたなーって。
だからそういう風に生きようって思えるようになった。



最初は病気と自分が別のものになっていたと思うの。
「私は私でいるけど、病名つけられたからどっかにそういう病気がある」
って一緒になってなかったんだけど。

段々「病気と生きる」って表現がしっくりこなくなって
私自身がそういう体なんだから、私はこの体で一生生き抜かなきゃいけないんだって思って

「病気を生きる」
かなって。



++++++++++



今まで『病気生きる』という表現ばかり聞いてきた僕にとっては
こずえさんの『病気生きる』という 表現は本当に新鮮でした・

病気を自分と切り離して考えるのではなく
自分の一部として受け止めたからこそ出てくる表現なのでしょうかあんぐり



次回のPART2では、現在こずえさんが行なっている活動などの話を中心の話になります・
お楽しみに



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