4月9日
ジイタンだよ![]()
先日ね、用があって東京に行ったんだけど、大井町の駅付近を歩いていたら、大勢の若い人たちがリクルートスーツに身を固めてかっこ良く歩いてくるんだよ。
ジイタン、胸のとこ見てみたらみんなおんなじバッチしていたよ。社員章だね。一目で新入社員たちだなってわかる一団だったよ。
朝の9時くらいだったから、これから社員研修の会場にでも向かうのかね。みんなニコニコして、胸張って、さあ行くぞって意気込みが伝わってきたよ。![]()
何人も何人もぞろぞろ通って行ったんだけど、終わりの方にね、松葉づえの男性と、車椅子の男性がニコニコ話しながらやってきたよ。

松葉づえの人はたぶん事故か何かで片足を失ったんだろうね、体格の良い青年だった。車いすの人は生まれつきだろうかね。ジイタンも以前、この人たちのように松葉づえとか車いすの人たちのための施設に勤めていたことあるんだけど、みんな明るかったよ。元気なんだ。何かを乗り越えてきた精神がそうさせるんだろうね。職員よりも明るいんだよ。![]()
ジイタン、いつも思うんだ、こういう人を見たら、五体満足で生まれられて、その後も五体を傷つけることなく過ごしてこられたってことは、どんなに素晴らしいことかってね。そして、自分の子が五体満足だってことがどんなにかありがたく、嬉しく、感謝すべきことかってね。それに比べたら、家庭のごたごたも仕事のごたごたもちっちゃなちっちゃなことでしかないって事に気づかされる。![]()
こういう人たちが明るく生きていることを知ったら、松葉づえも車いすも必要ない身体を持ちながら何だかんだと不服を言ったり、不幸な人生だなどと御託を並べたり、ついてないなどとぶつくさ言ったりすることが、いかに恥ずかしく、驕り高ぶった生き方かってことも思い知るよね。
あの、松葉づえの青年が事故か何かで片足を失うことになった時、いったいどんな精神だっただろう、もう何もかもお終いだって思っただろうね。ご両親の心痛も計り知れないよね、将来ある息子がこんな体になってしまってって思ったら、泣く涙すら枯れてしまったのではないだろうかね。
車いすの青年のご両親だって同じだ、生れてきたかわいいかわいい子供が将来ずっと車いすって知った時の驚きと悲しみと・・・。本人もどんな気持ちだったろうね、赤ちゃんの時は分からなかっただろうけど、大きくなって自分を知り始めてからの人生は・・・。お友達が元気いっぱい走りまわって遊んでいるのに自分だけなぜ?って、なぜ?なぜ?ってね。![]()
それが、それが今日晴れて社会人だよ。フツーの人たちとおんなじように、フツーに社会人として出発だよ。本人たちはもちろんだけど、ジイタンも人の親だから、むしろ親御さんたちの心情に思いが馳せるんだ。今日のこの日を、御両親はうれし涙でぐちゃぐちゃになりながら見送っただろうね。いや、見送る時は笑顔で、見送った後でぐちゃぐちゃだったかな。
どんなに暴れん坊の子だって、どんなに言うこと聞かない子だって、どんなに勉強しない子だって、彼らのご両親に比べたらどんなに幸せなことか知れないね。![]()
ジイタン、ふたりが前を通り過ぎるのをそっと見守ったよ。気付かないふりをしてね。そして、これからも一般の人たちと同じようにいろんな試練に会うだろうけど、でももうとっくにそれ以上の試練を乗り越えてきたんだから、負けることはないよ、思い切ってゆけ!って声をかけた。心の中でね。![]()
じゃまたね


