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目覚ましをセットせずに起きられました。

2012-05-21 18:44:21
テーマ:ブログ
今日は目覚ましをセットせずに7時前に目が覚めました。

窓から差し込む光を見て晴れだと悟る。

目覚ましをセットしていないくらいだから当然メガネも用意してません。

何も持たずに玄関から外へ、

太陽を見上げるともちろん眩しくて直視できません。

家の中へ戻り部屋の中を物色。

洋服を買ったときに洋服を入れてくれる厚手のビニール袋を引っぱり出し表へ。

『Right ON』と書かれたビニール袋を顔にあて太陽を仰ぎ見る。

テレビやなんかで、『こんな方法で太陽を見てはいけません』と

紹介されていたようなやり方でしたが、

どうにか金色の小さな輪っかを見る事ができました。

ああ、こんなに小さいんだ。と、感じつつも

生涯一度有るか無いかの天体ショーに参加できたことにテンションUP。

見終わったあとに目がチカチカしましたが…。



日食というと僕が小学校のころにも部分日食があって、

その時は、担任の先生が理科の時間に、

顕微鏡を見る時に使うガラス板にアルコールランプでススを着けた

急ごしらえの観測用メガネを僕達に作らせました。

いざ、日食当日その観測用メガネを使って日食を見ようとしたものの、

あまりよく見ることができずに、

誰かが持っていた下敷きをみんなで交替で回し見したのを思い出しました。

部分日食でさえこんな風に思い出に残っているのだから、

今日、金環日食を見た小学生達は

さぞかしロマンチックな思い出を心に刻んだことでしょう。



今朝、空が曇っていた地方の方々に大きなお気の毒という気持ちと

少しの申し訳無さと小さな優越感を抱いた一日でした。

おかわり自由

2012-03-17 22:37:56
テーマ:ブログ
『おかわり自由』

この言葉をみなさんはどのように受け止めているだろう。

定食屋などで、ご飯と味噌汁おかわり自由。

これはほとんどの場合、ご飯と味噌汁は何杯食べても料金は最初の一杯分のまま

そういう意味に解釈されているはずである。

しかし、『おかわり自由』という短い文章の中には

二杯目からは料金をいただきませんという意味の言葉は

どこにもふくまれていないのである。

ひょっとすると店によっては、

「おかわりすんのは自由だけど、その分勘定はしっかりつけとくからね」

という店があったとしても店側が間違っていることにはならないのである。

しかし逆に考えてみると、

『お新香おかわり自由』とかだと、

「この店のお新香ってさぁ、みじん切りになってて何か食べた気しないんだよねぇ、
なんで二杯目からは噛み応えがあるようにもっと厚目に切らせてもらうよ」

って感じで自分の好みに切り方も自由という受け取り方もできる訳である。

とんかつ屋で定番のサービスであるキャベツのおかわり自由。

そこのとんかつ屋のキャベツの千切りがどうも太すぎて食べづらい、

自由と言うなら勝手に厨房の中に入って

本物のキャベツの千切りっていうのがどういうもんか見せてやる。

とか言って料理人から包丁を奪い取って慣れた手つきで

それこそ糸のように細い千切りキャベツを作ってみせるのも自由に違いない。

などということを夕飯を食べに入ったとんかつ屋で

お願いしたキャベツのおかわりがどうやら忘れられたらしく、

しばらく手持ち無沙汰になった時間に思ったりしたのである。

そうそう、自由だからと言って

家から持参したタッパケースにおかわりしたご飯を詰めて持ち帰るのは御法度である。

これは暗黙の了解であるが店によっては

『おかわり自由』の文字の下に

(但し、店内でお召し上がりの場合のみ)と、

小さく表記されているところもある。

おかわり自由とは、それほど自由ではないのである。


おかわり自由とは

本当は制約やなんかでがんじがらめなのに

「すばらしいかな自由」みたいな感じに思い込まされている

日本人が暮らす現代社会の象徴なのかもしれない。

子供が乗って遊べる乗り物

2012-03-05 16:37:48
テーマ:ブログ
子供の頃の僕はというとどこにでもいるような子供で、

大概の子供がやるような大概の事をして暮らしていた。

仮面ライダーやウルトラマン等のヒーローに熱中し、

ガラクタを集めて秘密基地を造り、

へっぴり腰で川に入りおっかなびっくりにザリガニ獲り等していた。

そして、小学校も高学年になった頃

ほとんどの少年がそうであるように

特撮のヒーローを卒業し生身のヒーローを求め出した。

そう、プロレスだ。

金曜日の夜ともなれば大概の少年がそうであったように

僕もテレビにかじりついた。

熱狂した。

そりゃそうである。

何せこのヒーロー、生身の人間なのである。

僕らと同じこの国で生活し三度飯を食って

布団に入り用も足すのである。

しかし、当分の間このヒーローは

特撮ヒーローと変わらず

僕にとってテレビの中だけの存在だった。

でも、中学に入って間もなくその時は来たのである。

大阪でプロレスの興行が行われる。

友達が専門誌を持って僕の所にやって来た。

僕の心は昂った。

しかし、次の瞬間昂った僕の心は30%程ダウンした。

僕と同時代に少年期を過ごした人ならわかると思う。

この度、大阪で開催されるプロレスの興行は

もう一つの方のプロレスだった。

テンションを下げる僕とは逆に

ランランと輝く目で友達は僕に言う。

『これを逃すと今度はいつになるかわからない』

まるで◯チ商法のような言葉で僕に決断を迫った。

技術至上主義の彼はドリー・ファンクの信者だったのだ。(渋…)

結局、ランランと輝く友達の目力に押されて

僕の人生初の生観戦は実現する。

これまでテレビの中でしか見たことが無かったヒーロー達は

とてつもなく大きかった。

16文の足、

それは子供が乗って遊べる乗り物程大きかった。

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