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前回のブログ「スピリチュアルな日々」はいかがでしたか?
20年以上も前のスピリチュアルの世界は、今とは違うと思われましたか。。。
私が資格を取ったヒプノセラピーも、米国催眠療法協会から始めてアメリカ人講師を招いていました。今なら、ヒプノセラピーのセミナーも増えているし、日本人講師から学べますね!当時は、留学して学ぶか、高額でもアメリカから講師を招かなければならなかったのです。
通訳を介して学び、資格を取った暁には、アメリカから英語の認定書が届きました。日本での、ヒプノ資格取得第1号生です!
セミナーは高額だったし、真剣に勉強をしました。資格が取れた時はとても嬉しかったのを覚えています。一緒に勉強をした仲間も、休み時間になると、まじめに情報交換をしました。まだまだセラピールームを開業している人が少ない時代でしたが、殆どの人が、セッションルームを開こうとか、すでにセラピーをしている様な人達でした。今は有名になっている人もいるようですよ。
こうやって資格を取り始めると、食事にも気を使いました。マクロビオティックほど徹底していなかったけれど、お肉は口にしなくなっていました。(当時は、「マクロビオティック」という言葉も、一部の人しか知らない世界でした。)
また、ヒーリングミュージックのミュージックテープも増え、瞑想もする様になっていました。(びっくりするかもしれませんが、まだCDよりミュージックテープでした!)
当時は、「チャネラー」は海外の人が多かったです。
日本人の場合、「霊能者」「霊媒師」と呼ばれていたと思います。私の両親が女性の霊能者とご縁があったので、私も見ていただいたことがあります。全く別の職業に就いていたそうですが、ある時期から、自分には特別な力がある事に気づき、滝に打たれたり、お寺に籠ったりして、修行をされたそうです。クリスタルのワンドを持っていて、その様な物は初めて見たので、触らせていただきました。自分が映っている写真を持参すると、5つも霊が私の周りに映っていて、「あなたは霊媒体質ですね…」と言われました!「分かる人の周りには寄って来る」という事を初めて知り、驚いたものです。私には霊は見えませんでしたが…。
私のスピリチュアル生活は、こうして深いものになっていったのです。
続きは、また次回に書きますね!
今日も読んでいただいて、ありがとうございます

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