胸を借りる
テーマ:乗り越えるこれは 去年の4月22日の話だぞ。
他人の泣き言も 1度や2度なら聞いてもやれるけど
3度4度と同じ様な泣き言を聞かされると 嫌気がさしてくるものだ。
どうしてかというと 泣き言を言っている人間が 向上心がない と 見受けられるからだな。
泣き言にもいろいろあってな いつもいつも同じ所をグルグル回っている種類の泣き言とな
段階を経て 確実に変化している泣き言と 2種類あるな。
ここで宣言する。
母ちゃんの 泣き言は 後者だからな。
確実に 母ちゃんの中が変化して来ているぞ。
今日は 4月22日だから オレが死んでから2週間以上が過ぎている。
家族 特に父ちゃんは オレのことの一番の共有者なんだけど
この語りの場に来てくれている人たちの懐も 大きいんだなぁ。
この 語りの場には 暖かさと優しさがあふれている。
今日の ぽりさんのコメントの返事にも書いたんだけど
母ちゃん つくづく ありがたいと思っているんだ。
そんなみんなの 胸を借りて 母ちゃんが泣き言を言っている。
確かに みんなに甘えているんだけど これは 意味のある甘えだな。
心の中から手放している。
たとえば 昨日の 散歩のコート。
コート全体にあふれている散歩の思い出 もう2度と戻ってこない散歩の思い出を
泣くことによって手放していくんだと思う。
これからも いろいろなものを目にして
ひととおり そのことを通り過ぎてしまわないと
終わりは来ないのかもしれない。
だから 時間が必要なんだな。
その 思い出を手放す作業は 一人でもできるだろうけど
胸を借りる相手がいれば とても楽にできるのではないかと思うんだ。
だって 母ちゃんは そんなできごとがあると
すぐに 父ちゃんと この語りの場の人たちに話したい・・・・
そう 思ってしまうんだもの。
聞いてもらうと とーっても 気持ちがすっきりするんだ。
おかしな話なんだけど 本当なんだ。
だから もうちょっと 母ちゃんに 付き合ってやってくれな。
そして この語りの場が 母ちゃんと同じ様な思いをしている人たちの慰めの場になればいいなぁ・・・
そうも 思っているんだ。
またな!!!
今日はここで この日にもらったコメントを少し紹介しようと思う。
だって おもしろいんだ。
ふくよかな腹でもよろしいでしょうか?(笑)
さて、コーヒーのおかわりいかがですか?



































