kinjiのブログ

日常生活の中で起きた出来事や新しい発見を書いていきたいと思います。

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朝刊に、「良寛」の辞世の句が載っていました。有名な句かもしれませんが、私は今まで知りませんでした。その句は、「裏を見せ、表を見せて散るもみじ」何と無く気になったので調べてみるとその意味を理解できました。


人生の最期に真っ赤な紅葉のように燃え、秋の日に映えて、裏を見せて表を見せながら、一段とあたりに美を添えて散る姿を歌っているのです。

「良寛」らしい落ち着きを感じました。死をここまで深く美しく句にすることができるのはやはり凡人ではないのです。苦しみの中には慰めもあり、喜びもあるのだと訴えているようにも感じました。

私たちは多くの人の力を借りて生きていける動物です。真に生きるという事は決して簡単ではないと思います。しかし、こけほど楽しい面白いことはないはずです。

毎日毎日色んな出来事や出会いがありますが、何か生きる喜びを発見して今以上に楽しい人生を見つけて見たいと、まだまだ青春を楽しみたいと思います。

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私は平凡な人生を、平凡に生きたいと思っていました。平凡と言えばつまらぬことのように考える人がいますが、私はそうではないと確信しています。


確かにまわりを見回してみると、凡人は非凡人とは違って、沢山いますから珍しはありません。しかし、よく考えて見ると凡人とは実は尊い存在で、人間に必要な能力、性質とかひととおりそなえている比較的平均のとれた人間なのです。


今の世の中、異常者が少なくないことを考え合わせると平凡な人間として生まれ育ってきたことが有りがたいことです。


しかし、いわゆる凡人もただ平凡ということだけでなく、ほとんど無限ともいう可能性をかくしもっていると思うのです。残念ながらそのかくしもった可能性を充分活用せず生きて行くと見かけの平凡者に過ぎないのです。


人間にはそれぞれ特長とかその人でなければないような長所があるが、充分これが生かされていない場合が多い気がします。


私の経験上、短所を直すより長所をのばす努力の方がはるかに効果的だと思います。ある偉人の書に、「平凡な畑に花を咲かせた時、もはやそれは平凡では無い。しかし、花を咲かせるには、たえず自己との対話、精進による成長が必要である」と書かれていました。


全く納得しました。私も平凡に生きながら小さくて雑草のような花でいいから、咲かせてみたいものです。

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よく聞く言葉で「世の中は鏡のようなもので、こちらが笑えば向こうも笑い、こちらが怒れば向こうも怒る。どうせ泣いて笑って生きていかねばならぬのだから、出来れば明るく楽しく行きたいものである」というのがあります。


明るく楽しく生きたいと思うなら相手に求めるだけでなく自分の方からもそう努めるのが近道だと思います。特に家庭の中心になる女性にとって何よりも大事だと思います。妻の微笑み一つでともすれば外でつらいことがあっても気分が和らぎ気持が落ち着くものだと思います。


平らでない鏡で見ると美しい顔も美しく見えず、長くなったり短くなったり、デコボコに見えたりするものです。もうひとつこんな言葉がありました。「心の鏡を明るく、平らなものにせねばならぬ」。

日常生活で色んな人と接していると、ささいなことで怒ったり、悲しんだりすることが多くあるが、そういう場合必ずしも原因は相手側ばっかりとは言えません。その原因は自分自身にもあることがあります。


よい心の鏡を持つことは人のためというより自分自身のためになるのではないでしょうか。心一つで、見る物、聞くものが美しくなり心の曇りの被害者が誰よりも自分だと思うと、自分の為、人の為にも自分の心の鏡は美しくピカピカに磨いておきたいものです

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同じ人達と月曜日集まって話すのと土曜日あって話すのでは内容や考え方が変わってくるものです。一週間の間に色んなことが起こっているからかわるのは当たり前かもしれません。

私達の頭というのは全部、絶えず固定していないということ、流動的なのです。その人の性質を見て、その人にあった対処の仕方をすれば無理なくスムーズに事が進むのです。

よくセミナーに参加し勉強して部下の対処の仕方を学んで会社に戻ってきます。ところが、実際にやって見てその通りにならないことが多々あります。それは、大勢の部下や人を全部一色に見るから迷ってしまうのです。20人いたら20通りの対処の仕方がなければならないことに気がつきます。

一人一対処、その部下を確実に見る、その人がどのような性格の人なのか、どのような行動をする人なのかを把握した上で命令や指示を翻訳して伝えると言う考え方が必要だと感じました。

私の好きな言葉に「人を見て法を解け」と言う言葉があります。例えばお客さまに洗剤を販売する時、赤ちゃんのおられる家庭と年配のご夫婦で暮らしておられるご家庭に同じような「おすすめ言葉」「商品紹介」ではだめだと思うのです。このように我々の周りには多くの人と交わることが多くあります。

スムーズに物事を進めるには、「人を見て法を解け」っていい言葉だと思いませんか。

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何気なく古いアルバムを見ていたら、祖母の写真がでてきました。私は一人っ子で育ち小さな時「鍵っ子」でした。お袋が働いていたため、学校から帰ると、テーブルの上に、おやつがいつもおいてくれていました。

しかし、それだけではお腹がもたないので、近くの祖母の家に行き、おにぎりを頂きました。それが、「かまど」で炊いたお米なので本当に美味しいのです。今もその味は口に残っているような気がします。


しかし、その時に祖母から聞かされる「こごと」が、ただ一つ苦痛でした。祖母の口癖は、「物を大切にする」と言うことが根本にありました。


「ものすごく豊かになった時は、ものを粗末にしないことが大切だ。粗末にする人には粗末なものが返ってくる。私はね、若い時からまもってすることがある。一つだけでもいいから習慣をつけること。これだけは絶対にすると言うことを心にきめました。玄関周りのゴミは絶えず拾う、あの道だけは必ず毎日履く、あの便所だけは必ず自分が磨く、外食したら800円以上のものは絶対に食べないとか、心を引き締めるものをもつことが大切だ。これがいざと言う時にやくにたつもの。このことが物を大切にすると言う事」


祖母が亡くなってから数十年たちますが、いまだに「物を大切にすると言うこが心を引き締める」と言う言葉が私の脳裏に残っています。

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昔日本レコード大賞を獲得した「愛と死を見つめて」と言う歌謡曲がありました。「マコ、我まま言ってごめんね。ミコはとっても幸せなの」で始まる歌でした。

その歌の原本である、ミコこと大島みち子さんの日記をあつめた本「若き命の日記」を久しぶりに読み終えました。


その中でみち子さんは、軟骨が腐っていく病気で闘病生活をしておられました。その病院のベットの上で「病院の外で健康な日を三日下さい。一週間とは欲張りません。ただ、三日でいいですから、病院の外に健康な日がいただきたいと」その三日の使い方がこのように書かれていました。


「一日目、故郷の家に帰り爺ちゃんの方をたたいてあげたい。そして、台所にたって父に熱燗をつけておいしいサラダを作って妹たちと一緒に食卓を囲みます。」

「二日目、私はとんであなたの(マコ)のところへ行きたい。あなたと遊びたいとはいいません。お部屋のお掃除してあげて、ワイシャツにアイロンをかけてあげて、美味しい料理を作ってあげたいの。そのかわりお別れの時、優しくキスをしてね。」

「三日目、私はひとりぼっちで思い出と遊びましょう。そして、静かに一日が過ぎたら、三日間の健康をありがとうと笑って永遠の眠りにつくでしょう」


この日記を読み終えました。涙がとまりませんでした。十数年前に映画もテレビでも見ましたが多分その時以上に涙が出たような気がしました

私たちの3日は、簡単に訪れ知らぬ間に過ぎて行きます。元気に生かされていることに感謝して一日一日を大切にすごさなければとつくづく思い知らされました。

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全国で幼い子供の悲しい事故の記事が毎日のように掲載されています。それも、身勝手な大人たちの為に。私は新聞に投稿された方の記事を大切に残して事故を起こしたらこんなに人を苦しめるのだと自分自身の戒めにしています。


さっちゃん、今どこにいるんだ。母さんには、もう会えたかい。どこで遊んでいるんだい。
さっちゃん、さとみ。思い出さなきゃ、泣かなきゃ、とすると、喉仏が飛び出しそうになる。気がついたら歯をかみしめている。言葉がうまくしゃべれなくなる。何も考えられなくなる。もう嫌だ。母さんが死んだ後も、父さんはおかしくなったけれど。それ以上おかしくなるのか。あの日。さっちゃんを学校に送り出した時の言葉が最後だったね。洗濯物を洗濯機から取り出していた父さんの横を、風のように走っていった、さっちゃん。顔は見てないけど、確か左手に給食当番が着る服を入れた白い袋を、持っていたのは覚えている。



五人で、いろんな所に遊びに行ったね。東京ディズニーランドでのことは今でも忘れない。シンデレラ城に入ってすぐ、泣き出したから父さんと二人で先に外に出たよな。父さんは最後まで行きたかったのに。なんてね。でも、本当に、さっちゃんは、すぐに友達ができたよな。これはもう、父さんにはできないこと。母さん譲りの才能だった。だから、だから、父さんは勝手に安心していた。いや、安心したかった。転校後のさっちゃんを見て。


母さんがいなくなった寂しさで、何かの拍子に落ち込む父さんは、弱音を吐いてばかりだった。「ポジティブじゃなきゃ駄目よ、父さん」「くよくよしたって仕方ないじゃない」。何度言われたことか。それと、家事をしないことに爆発した。ひどい父さんだな。許してくれ。家の中には、さっちゃん愛用のマグカップ、ご飯とおつゆの茶碗、箸、他にもたくさん、ある。でも、さっちゃんはいない。


ふと我に返ると、時間が過ぎている。俺は今、一体何をしているんだ、としばらく考え込む。いつもなら今日の晩飯何にしようか、と考えているはずなのに、何もしていない。ニコニコしながら「今日の晩御飯なあに」と聞いてくるさっちゃんは、いない。なぜ「いない」のか。それが「分からない」。新聞やテレビのニュースに父さんや、さっちゃんの名前が出ている。それが、なぜ出ているのか、飲み込めない。


頭が回らないっていうことは、こういうことなのか。さっちゃんがいないことを受け止められないってことは、こういうことなのか。これを書いているときは冷静なつもりだけど、書き終えたら元に戻るんだろうな、と思う。
さっちゃん。ごめんな。もう家の事はしなくていいから。遊んでいいよ、遊んで。お菓子もアイスも、いっぱい食べていいから。

「体操服は要らないのか」「イラナーイ」 「忘れ物ないなー」「ナーイ」うちの、いつもの、朝のやりとりだったね。
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ちょっとしたきっかけでご縁をいただいた「志賀内泰弘」さんの著書「なぜ、あの人の周りに人が集まるか?」を読んで感動しました。つぶれかかったコンビニエントストーアが、見事立ち直り地域に根を下ろすショップになったと言う実話ストーリです。


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昨日、その志賀内さんから、お電話をいただき色々とお話をうかがっていました。たまたま、お電話頂いた時第2版を増刷された時だったのです。彼は昨年も書籍「なぜ、お掃除をすると人生がかわるのか」を発刊され多くの人に感動を与えられたかたなのです。

今回は、舞台となったコンビニを一人のパートの「おばちゃん」が色んな「気づき」によって店長や副店長の意識を変え、クローズ寸前のコンビニを生まれ変らせると言う内容なのです。

この中に書かれている「気づき」を少しあげてみると

頼まれる前に「気づく」ことで、人の心に響く

「おせっかい」を覚悟で「親切」をする。

商いの原点は、「トイレ」にあり

働くと言うことは、「傍を楽にする」と言う意識

与えれば必ず還ってくる

同じ「ありがとう」は一つもない

「思いやり」こそサービスの原点

同じ「ありがとう」は一つもない

そして私が一番気に言ったのは、

『マニュアルとは、「ここからなにができるか」と言う最低限の線である』です。ともすれば私自身マニュアルをバイブルのように思っていたことが多くありました。マニュアルを武器に色んな方に生意気な態度をしていた時期もありました。


この本は絶対におすすめです。アマゾンでも簡単に手に入ります。お時間のある方はお読みください。

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私の住んでいる町亀岡は、京都市内から車で20分位の所にあり、四方八方山に囲まれた盆地です。野も山も見渡す限り新緑に萌える5月の後半、一年で一番心が弾むこの季節なのです。私の家の小さな庭にも春の花が満開。隣近所を見回しても色んな花が咲いています。


日本各地にも春が来て色んな美しさで町を飾りつけるような気がします。世界にも数少ない日本の春を楽しめるとは、日本に生まれたことに、本当に幸せを感じます。


私の友人夫妻がロスに移住して30年以上経過しますが、この季節になると春を感じに日本に帰ってきます。そして、日本各地を旅されるのです。春をいっぱい感じながら。そして京都によられた時は一緒に京都を歩きます。今年は来週こられます。今年は寒さがいつまでも残っていたので新緑がすこし遅かったような気がするので、今が旬のように感じます。来週、嵯峨野あたりを歩こうと思っています。


この我々を取り巻く美しい新緑も、そこには長い冬の準備があってこそのことで、無為にして突然春が訪れるものではありません。なにかこの新緑を見ていると、冬の寒さから時離され心が燃えてくるような気がします。


今、年を重ねた今、息子、娘、妻、そして、かわいい孫達と共により良き人間に生長したいと言う気持ちになれる季節なのかもしれません。

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こんな話をいい発見しました。

20歳の時交通事故で車椅子生活になられた一人の女性のお手紙の紹介です。


車椅子生活の私に、ある友人から結婚披露宴の招待状が届きました。迷いました。出席してお祝いしたい。でも、新郎新婦の家族や招待客に対して車椅子に乗ってまでも出席することが、好ましいことなのかどうかと。

披露宴間近まで迷っていました。すると友人である新郎新婦から身体の調子が良いのなら是非出席して欲しい。席はあけておくからね。」と電話をもらったのです。うれしかったです。本当にうれしかったのです。電話を切ったあとから、涙がこぼれてしまいました。

当日、二人の言葉に甘えてたくさんの披露宴関係者に世話をしてもらい、心温まる宴を過ごすことができました。そして、宴の最後に新婦である友人が、私に素敵なブーケをくれたのです。

「もっともっと元気になってね。出席してくれて本当にありがとう」と。

「ありがとう」と言わなければならないのは私なのに、何も言葉にならなくって涙での返事でした。この新郎新婦には、言葉で表現できないぐらい「やさしさをありがとう」と胸の奥で思い続けています。

今もあのブーケは、私に勇気と自信、そして人のやさしさを思い出させてくれます。

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