大きな愛に

若い頃、長女の名前にその一字をつけたほど心酔していた三浦綾子文学。

中でも『道ありき』は衝撃だった。

いわば自伝で、軍国主義を国と同じように子供達に教えた教師時代も含むが、24歳から37歳までの闘病記やキリスト教を信じるに至る過程など、様々な体験をそのまま語られている、三浦文学の原点の書といっても良いだろう。

まず第一に、彼女にとって青年前川正との出逢いがなければ、その後の作品は決して生まれなかったろうということ。

作品ばかりか、三浦文学の根底に流れている信仰や人生、そして何より夫となる三浦光世との運命の巡り合わせもなかったに違いない。

「綾ちゃん、ぼくは今まで、綾ちゃんが元気で生きつづけてくれるようにと、どんなに激しく祈って来たかわかりませんよ。綾ちゃんが生きるためになら、自分の命もいらないと思ったほどでし 
た。けれども信仰のうすいぼくには、あなたを救う力のないことを思い知らされたのです。だか 
ら、不甲斐ない自分を罰するために、こうして自分を打ち付けてやるのです。」(前川正) 

「綾ちゃん お互いに、精一杯の誠実な友情で交わって来れたことを、心から感謝します。綾ち 
ゃんは真の意味で私の最初の人であり、最後の人でした。綾ちゃん、綾ちゃんは私が死んで 
も、生きることを止めることも、消極的になることもないと確かに約束して下さいましたよ。万 
一、この約束に対し不誠実であれば、私の綾ちゃんは私の見込み違いだったわけです。そんな綾ちゃんではありませんね!一度申したこと、繰返すことは控えてましたが、決して私は綾ちゃんの最後の人であることを願わなかったこと、このことが今改めて、申述べたいことです。生きるということは苦しく、又、謎に満ちています。妙な約束に縛られて不自然な綾ちゃんになっては一番悲しいことです。」(前川正) 

{A957D42C-7363-4BAD-AE61-DC671B91A540}
前川正

前川正が早世した後も、このあまりにも深い本当の愛に守り支えられての一生だったと思えて仕方がない。

そして生き写しのような夫の三浦光世の愛も同じであった。

「神様、わたしの命を堀田さんに上げてもよろしいですから、どうかなおしてあげてください。」 
(三浦光世) 

「ぼくの気持ちは単なるヒロイズムや、一時的な同情ではないつもりです。美しい人なら職場に 
も教会にも近所にもいます。でもぼくは、それよりもあなたの涙に洗われた美しい心を愛してい 
るのです。」(三浦光世) 

「あなたが正さんのことを忘れないということが大事なのです。あの人のことを忘れてはいけま 
せん。あなたはあの人に導かれてクリスチャンになったのです。わたしたちは前川さんによって 
結ばれたのです。綾子さん、前川さんに喜んでもらえるような二人になりましょうね。」(三浦光 
世)  

{DA90CE13-72B9-4135-A6F5-63E0754054D6}
三浦光世と綾子

誤った思想を子供達に教えたことに対する罪の意識でボロボロになり、それが原因のように病院のベッドで身動きの取れない重病人にになった彼女は、2人の大きな愛に不死鳥の如く蘇り、その後に日本文学に金字塔を打ち立てる見事な作品を残した。

見返りを求めない愛。

それは神にすべてを委ねるということなのだろうか。

クリスチャンではない私に、その深い想いは分からない。

が、ただの恋愛感情ではなく、もっと大きな愛に包まれ、そしてその愛でもって他者を包み込む生き方は、自分のために人を愛していたつもりになっていた当時の私の心に、鮮烈に突き刺さってきたのであった。

多分、彼女の思想のいくらかが自分を形成し、今も何かにつけ人生の羅針盤になっている気がする。

{1F1FFE6B-CBD0-4B12-81B7-29DB104E888B}