三大宣言ビックリマーク


一、お客様の健康に貢献します。


一、お客様の食を媒体とした幸福を追求致します。


一、お客様に感動を与えられる仕事を創造して参ります。


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  • 06 Dec
    • 近江牛を上回る肉質

      師走の気忙しい中、いかがお過ごしでしょうか。疲れた心身を焼肉で労ってみてはいかがでしょう。そんな年末に相応しい素晴らしい肉がお待ちしております。当店は近江牛の最高ランクを中心に扱っておりますが、肉質重視のため、他府県産の究極とも呼ぶべきお肉を仕入れる場合がございます。目利きの条件は、その時の市場にある近江牛を上回っていること。今回は知る人ぞ知るみやざわ牛のチャンピオン牛を入荷いたしました。ぜひご笑味ください。

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  • 05 Dec
    • 霧の命14

      今は亡きチワワ犬メリーもお世話になった動物霊園に着いたのが昼イチ。4年と9カ月一寸前にメリーの亡骸をお袋が抱きしめながら来た時と同じように、霊園の奥さまと新人女性らしきスタッフが丁重に迎えてくれた。「こんなに全身が真っ白で綺麗な子は珍しいですね」祭壇に慎重にモモを横たえていると、奥さまが言われた。メリーの時と同じように、出来るだけ私たちの心に寄り添おうとしてくださる。メリーの時には、お袋に向かって、「いろんなチワワを見ていますが、こんなに可愛い顔した子は中々居ません」と言っておられた。その言葉に涙ぐみながらお袋が言った言葉も昨日のことのように覚えてる。「ほんまに、おとなしいよい子でしたのや」そのお袋も2年ほど前に亡くなり、考えてみたら、この五年足らずの間に、最も身近だった三つもの命を見送ったことになる。それ以前、みなが元気に過ごしていた頃には想像も付かなかったこの現実。まるで悪夢でも見てるのではないかと、もう一度モモの顔を見つめた。私から始まり、かみさん、長女、そして最後に次女と、祭壇に手を合わせ焼香してゆく。時は待ってはくれない。線香が燃え尽きるまでの時間さえ残されてはいなかった。直ぐ横の火葬場の台の上に、私の手でモモをそっと乗せた。皆でもう一度手を合わせる。霊園の方たちも一緒に。静寂を破るように、奥さまが言われた。「では、宜しいでしょうか?今から点火いたします。気分がお悪くなるようでしたら、待合室の方に移動してください」私たち家族は誰もその場を離れなかった。モモとの本当のお別れ。きっとみんなの心の中は同じだったろう。「モモ……。ごめんな。何もしてやれなかって。さようなら。ありがとう。忘れない」モモを乗せた台が、大きく開かれた火葬の小さな空間に吸い込まれていった。あの純白の美しい毛を目に焼き付けようと、重厚なドアが閉まるまで手を合わせながらじっと見つめていた。二つの別々の世界にその刹那、引き裂かれ隔てられてしまった。それからロビーに戻り、テーブルを囲み、みな黙り込んでいると、スタッフの女性がお茶を出してくれた。しばらくすると、霊園の奥さまが私たちの悲嘆の空気を分け入るように座り、慰めようと色んな話をしてくれた。ふと気が付くと、順番を待っていたのか、次の遺族らしき人たちが隣のテーブル席に座っていた。母と息子と思わしき二人組。母親が愛犬の死に泣きくずれていた。奥さまが私たちのテーブルを離れ、二人に話しかけられた。その言葉に、頬を濡らす涙をハンカチで抑えながら、ちょうど私のお袋と同じように愛犬の死を悼む返答をその母親もしていた。懸命に相手の身になろうとしながら、奥さまはとつとつと話を続けていた。人の不幸を慰みにするつもりではなかったが、それを見ながら、ざわついていた心が少し落ち着くのを覚えた。多分、同じ境遇の人を見て、悲しみを分かち合えた気になったのだ。誰もが皆、愛するペットとのお別れをする日が来る。そんな当然のことをそう思えない、信じたくない心を、宙に浮かせて俯瞰し、和らげられた気がした。ハッピー霊園。名前がそれらしくない気もする。だが、やっと理解した。それをつけた奥さまかご主人の想いが。幸せな死別。そんなものあるはずないし、思いたくもない。結局、死をどう捉えるかなのだ。死ぬことはただ本当に不幸なだけなのか?それとも、死は必然であり、なにか意味があるのだろうか。それをどう捉えるかは自分が決める。己の境涯が答えを導く。転じて、この人生の幸せ不幸せを決めるのも、そういうことなのだ、きっと。動物も人間と同様に、丁重に弔われ、ペットも救われ、飼い主も悲しみを乗り越えて明日の日に生きていけるようにとの願いが込められているであろうハッピー霊園という名称。別れは終わりではなく、死も終焉ではなく、生も死も新たな旅立ちなのだと予感させてくれる。いつの間にか建物が新しくなり、地下まで増設されて、立派な礼拝堂も備えられた霊園。儀式を終えた後、ロビーから続く階段を下りて見学させて貰った。広々とした礼拝堂の片側の壁一面には棚が作られてあり、格段30センチくらいごとに板で仕切られていた。その数100ほどの小さな枠の中には、遺骨の一部を入れた壺や在りし日の愛するペットの思い出の写真、大好きだった玩具などが、飼い主の家族の想いとして目いっぱい詰め込まれて安置されていた。まだ出来て間がないのだろう、空きが目立った。しかし、数は少ないが、わずかなその空間に死してもなお、いや死別したからこそ、ペットと人の絆と優しさ、笑顔、愛情が満ち溢れた様は、決して侘しさや暗さ、寂しさを感じさせるものではなかった。ここには終わりなどなかった。まだペットと人との愛情が生き生きと鼓動していた。そう、忘れない限り。生きている限り。死んだ後にも愛は残る。心の繋がりは死に負けはしない。行き先を遮ってた霧は晴れ、モモの命の粒はいつかの山肌を上昇気流に乗り、青空に浮かぶ真っ白な雲に生まれ変わった。「雲よ、消えてくれてありがとう」なんて雲消しの遊びはもう出来ない。そこでまたまた気がついた。モモが逝く前々日に書いた詩が、偶然そのままあいつを見送る言葉になってたことを。『冬が来る前に』春になれば、太陽の下で子供に戻り、広大な草原を飛び跳ね戯れているだろう。懐かしい人たちと微笑み交わし、愛を感じているだろう。春になれば、透き通る本物の笑顔の雫が額に落ちるだろう。数え切れない花々に包まれるだろう。冬が来る前に。トンネルを抜ければ、雪の華は枯れ、新たな鼓動を生んでいるだろう。春になれば、百花繚乱の畔の川を渡るだろう。燃えて雲になり、自由奔放に無限の海を越えるだろう。謎が解け、瞳輝かせ。冬が来る前に。春に溶けてゆく。

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  • 04 Dec
    • 霧の命13

      昼から忙しかった日曜日の営業を終えた夜更けに、仏間に安置していたモモとやっとゆっくりと対面できた。と言っても、京都夜間どうぶつ診療所から借りていた酸素ボンベを、この後すぐに時間までに返しに行かなければならなかった。私一人で行けるのに、こんな時にもかみさんと長女が着いていくと言い出した。モモを置いていくのは偲びないが、次女とハイドとプチにそばに居て貰うことにした。午前零時を回り、出かけようと仏間を覗き、モモに挨拶しようとすると、いつも外をうろついて黒っぽかった白い毛が、死んで輝きを取り戻したかのように、仏壇の灯りに仄明るく照らし出されていた。これから3人で、一寸ドライブや。こんな家族の時間をお前は最後まで作ってくれたんやな。右向きにまるで横になり眠っているような穏やかな横顔。頭を撫でてやると、今にもゴロゴロと喉を鳴らすかのようだ。しかし、閉ざされた目は二度と自ら開かない。夜になると、瞳孔が拡大し、あの愛らしかった大きな黒目で私を見上げて餌をねだることももうない。亡くしてはじめてその存在の大きさを知る。そんなことをもはや何度経験してきたろうか。それでも人はそのことを忘れ、今身近にいる家族や友人、誰かといることが当たり前のように接している。またはないのに。今しかないのに。優しさも伝える言葉も、すぐに示さなければ、涙の露点に水滴となった霧で霞んで、楽しかった時の思い出さえ消されてしまう。次の日は定休日だった。まるでこの日を選んだかのような天かモモの計らい。私たち家族は、玄関先で見送るシーズー犬ハイドは家に置いたまま、蒲生町のハッピー霊園に向かった。別れ際、死を知らないハイドはいつものようにモモの遺体にちょっかいを出して戯れようとした。「どうしたの?何で寝てるの?一緒に遊ぼうよ」とでも言ってるかのように。

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  • 03 Dec
    • 霧の命12

      ああ、私はなんて薄情で浅ましく、冷酷で罪深い人間であったことか。モモの体調が急変したその昼に、モモの部屋で餌をやりながら、こいつが死んだらこの部屋と書斎を隔てる壁ドアを取り除いて一つ部屋にし、本棚を増設したらどんなに便利で心地よくなるだろうかと本気で想像していたのだ。その時、この世の最後になった餌を、モモは不思議にも一欠片も残さずに綺麗に平らげた。4、5日前まで食欲不振だったのが嘘のように、その頃には以前のように食欲が旺盛に戻り、便も健康的に見えてたので、すっかり安心していた。まさかこんなことになるとは予想だにもしなかった。直後にモモは、書斎の私の横の椅子にいつものように飛び乗って横になった。学校が休みで、母親の仕事場である階下の店に連れられてきていた姪っ子の次男が上がって来て部屋に入るなり驚いて叫んだ。「まーちゃん、これ何!?モモがウンチしてる!」見ると、でっかく乾燥気味の立派なそれが、椅子の上に乗っかっているではないか。今まで一度だってそんな粗相をしたことなど無かった。モモは椅子を降り、静かに座っていた。これはただ事ではないと直感した。そういえば先ほど咳き込んでゼイゼイ言ってた。ただ、これは大分前からあることで、その時にも直ぐに止んだ。知らなかった。調べようともしなかった。猫のこうした咳は重篤な病気のシグナルだったということを、後で知った。自分の躰のちょっとした症状なら気にするくせに、モモや他のペットにはあまりにも無関心な冷酷者。力んだせいか病気の仕業なのか、はたまたそれを察したように不甲斐ない飼い主への当てつけなのか、下痢や軟便ではなく、それはそれは大きく立派な大便をたれた。まるで私の本心を見抜いて嘆き悲しむように、言葉も人権も持たされぬ哀しき背中で、モモは私を訴えていたのだ。以前から症状が出ていたのに、見て見ぬふりをしてたのは紛れもない真実。次の日にモモは呆気なく死んだ。いや違う。予想も出来なかったのではなく、症状に対する推察さえ怠っていた飼い主に飼われていた命の必然の結末だった。これが人間だったら、子供だったら、保護責任者遺棄致死罪で牢獄に繋がれているはずだ。動物を飼うことの厳しさ。人間としての条件。やはり私は、どこか人として欠けてるところがあり、罪を背負いながら生きていくしかない罪人なのだ。

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  • 02 Dec
    • 霧の命11

      ふと思い出す。故郷なんて初めっからありはしなかったんだと。帰れる場所などどこにもない。どんなに恋しく激しく希求しても、思い出のあの時間に戻れる術もなく、幸せ不幸せ、どうなっているか定かではない未来へゆくことも叶わない。ただあるのは、常に今の自分の今いる場所。それはずっと、どこまでも永遠に続いていく。人生という名の旅路の果て、もしかしたらその前後にも。今世で魂の安らげる特定の場所なんてどこにもなかった。どこに居ようが、いつでもどこでも、対愚劣な自分との戦場に過ぎなかった。そうして、死者はどこに行くかという答えも簡単明瞭になってくる。それは、どこでもないところ。今自分のいない今の場所になる。酷く矛盾した考えに思われることだろう。これはこれまでの人生においての直感のようなものと言ってよいかもしれない。あるいは、幼少の頃から仏教徒の家庭に育ち、皮膚から吸収してた感覚かも知れない。生と死、有と無は相容れないものなのか?いや、これらを一つの言葉で括る言葉、概念がある。それは仏教の概念の一つである「空」。例えば「0」は「無」とも言えるが、20や30の「0」でもあるし、れっきとした「有」の数字として成立している。まさに無でありながら有。また、個人の幸福は社会の幸福であるし、社会の幸福もまた個人の幸福になる。さらに私は宇宙であるし、宇宙も私なのだ。それにこのブログだってそう。パソコンやスマホを閉じれば跡形もなく消えてしまう。しかし、クラウドと呼ばれる見えない空間に存在していて、いつでも呼び出せるわけだ。だから、これはなにもスピリチュアルな話ではない。加えて科学でも証明されている素粒子の存在。「有」としての物質でもあれば、物質ではない波動エネルギーでもある。これもまた、有でもあるし、無とも言える。どちらか一方だけの呼び方が出来ない。だから、両方をひっくるめて言い表せるのが「空」なのだ。というより、そうとしか言い様がない。すべてはそうやって存在するようで存在せず、存在しないようで存在している、そんな状態なのだ。京都夜間どうぶつ病院から連れ帰ったモモの入ったキャリーバッグに装着した酸素ボンベのメーターを確かめ、部屋の暖房も点け、ようやく落ち着いてから、ランチ営業を控えた私は僅かばかりの時間、昼前まで体を休めることにした。そして直ぐに時間が来て何とか起きると、既に家の中にかみさんと長女、モモの姿はなかった。近江八幡市にある動物病院にモモを入院させるために出掛けた後だった。しかし、二人が病院に着くと、あろうことか休診だった。日曜であったことすら念頭に置けないでいた。それでも諦めずに玄関チャイムを鳴らすと、元院長なのか、身内の方なのか、おじいさんが出てきて、なんとか引き取ってくれたという。ところが、その帰り道に、後を追うようにかみさんの携帯電話に病院から連絡が入った。「直ぐに酸素を入れたのに、容態が急変し、今息を引き取りました」ショックと失意のうちに直ぐに引き返そうとしたが、既に家の近くだったので、一旦帰宅し、厨房にいた私にそのことを報告してくれた。「帰りがけに、頑張りやとモモの頭を撫でてやったら、あんなに嬉しそうに、気持ちよさそうにしてたのに……」目を潤ませながらそう語るかみさん。店にはお客さんがおられたこともあり、ゆっくり話など聞けなかった。長女とも会っていなかったが、泣き崩れていたに違いない。直ぐに引き取りに行ってやるようにとお願いした。ごめんよ。ごめん。仕事の手を休めることもできず、心に浮かんだ亡骸に、そう何度も呟いていた。そしてモモとの来し方を思い出していた。

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  • 01 Dec
    • 霧の命10

      抜けるような、透き通るような、心に染み入るように澄み渡った風の無い青空に浮かぶ真っ白な雲。「消えてくれてありがとう」おまじないをかけると、その雲を本当に消せることをご存知だろうか?その朝、京都夜間どうぶつ診療所での診察を終え、酸素ボンベを装着したキャリーバッグの中に寝かせたままのモモを連れて帰った。献身的なあの女性獣医師の問いかけを思い出す。「このままここに入院させますか?それとも、地元に帰って最寄りの動物病院に入れますか?」私と一緒にいた長女は後者を選んだ。こんなに離れていては、容易に足を運べないと思ったからだ。しかし、その判断が、結果的にモモの死を早めたといってよい。あのままあそこにいたら、治りはしなくとも、今も生存していたのではないか。獣医師も、餌に混ぜた利尿剤を飲み、腹水を貯めなければ数週間から1、2カ月は生きながらえると言ってたではないか。ただ、「移動させたり、抱く時には注意するように。持ち方によって死んでしまう場合もありますから、仰向けにだけは絶対にしないでくださいね」との忠告が今も耳朶に残っている。帰るとすぐに、酸素ボンベをつけたキャリーバッグに入れたまま、新築の自宅に初めてモモを入れてあげた。前にも書いたが、抜け毛が酷く、しょっちゅう爪とぎのために壁や柱を傷つけるモモは自宅ではなく、店舗の二階に住まわせていたのだ。一度だって中には入れてやらなかった。初めのうち、よく中に入りたがった。そのたびに追い払ってはドアを閉ざすものだから、いつしか諦めた。家に出入りするたびに、遠くで恨めしげに見てたモモ。そしてその日、すでに動き回れる力をなくして、ただ狭い入れ物の中で病に伏したままの状態で、ようやく願いが叶ったのだろう。後で長女に聞いたところによると、その時、モモはキャリアバッグの中で意識朦朧と力なく横たわりながら、給餌時やスリスリしては甘える時にしていたように、ゴロゴロ、ゴロゴロと喉を鳴らしてうれしそうだったという。やっと家族や兄妹のような関係のシーズー犬ハイドも住む家族団欒の場所に入ることが出来て、苦しいはずのモモがそれでも幸福を感じてくれていた、そう信じたい。冷たい仕打ちをし、あまりにも遅すぎた対応をした私たちなのに、喉をゴロゴロと鳴らしてその喜びを伝え残してくれた。遅すぎる。モモは紛れもなく家族の一員だったのに。何を言っても言い訳になる。ただモモの中では厳然たる事実であった。

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      テーマ:
  • 30 Nov
    • 霧の命9

      太陽が顔を出した。前方に虹架かる。この世はやはり美しい。昨日、仕入れの道中でそう思った。あの世はどうなのかは、誰にも語れない。帰ってきた人など一人もいないから。臨死体験など脳が見せるだけだとも言われ、科学的根拠はまだない。そもそも、生きている間も現実を認識するのは脳であり、もしかしたら脳が本当はありもしない現実を創り出しているだけかも知れないのだ。太陽が沈み始めた。後方に闇迫る。死は足音響かせ前からやって来ない。忍び足で後ろから近づき、突然油断した肩を掴んで引きずり倒す。モモがいなくなってから9日目。まだ実感が伴わず、これまでの朝の習慣で、ついモモに餌をやらなきゃと思ってしまう。ああ、もういなかったんだと、あらためて思い直すことが続いている。カリカリと美味しそうに餌を食べていた後ろ姿。駐車場では、体をゴロゴロ気持ち良さげに回転させながら日向ぼっこをしていた。夜は月光浴。あるいは外灯の仄明るい輪の中で、戯れるように寝転んでいた。そしていつも書斎にやって来ては、私の隣の椅子に飛び乗っては、安心したようにいつまでも眠っていた。そんな風に、店の周辺や二階の書斎など、どこにいてもモモの面影、残像が見えない空間にゆらゆら揺らめいている。立ち止まり、何もない空間をしばし凝視してしまうこの哀しみが、はてさていつまで続くものやら。

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  • 29 Nov
    • 霧の命8

      いくつもの悲しみ。体の半分をもぎ取られるかのような痛みを感じる別れ。幸せだった時間が突然途切れた虚しさ。生きることとは、そんな辛さを何度も乗り越えることなのか。それで成長できるなどと言われても、絶対的孤独感は溺れる涙のため池から抜け出すことさえ拒んでしまう。いったいどれほどの、またどんな苦しみや痛みを繰り返し、克服すれば、喪失の後の安らぎを得られるというのだろう。いっそうのこと、人生という砂浜に倒れたまま、この傷つき疲れ果てた心と体を、波に打たれ続ける岩のように、少しずつ削られてしまいたい。しかし、人はその一つ一つを、ただ受け入れてはまた立ち上がり、歩き続けていく。オールを無くした小舟を、波では消せない文字が刻まれた砂浜に打ち上げたまま残して。どうか教えて欲しい。嵐にも大波にも微動だにしない永久の大船はいずこにあるのか。生死の大海を渡る船を探し、探し、探し求めて、彷徨う心。人生がまだ始まったばかりの頃、悲しみなんて知らなかった。生まれるだけ生まれて、周りのものすべてが永遠の風にそよぎ、揺らめき、幸せに微笑んでいた。いつか次第に消え去ることなど知る由もなかった。はじめて人の死に遭遇したのは、京都の親戚のおじいさんの葬式だった。まだ、幼稚園か小学1年生くらいだったと記憶する。自宅での葬儀で、母親に言われるままに、亡くなったその人の見覚えのない顔を見つめて、最後のお別れをさせられた。不思議な気がした。だけど、動かなくなることが死なんだと気づかされた。その後も当時飼ってた猫や犬の死。中学時代の同級生の自死。世話になったおじさんやおばさんの旅立ち。病気で亡くなった人や突然の事故でこの世から去った人もいる。ここ五年ほどでも、若い頃のバイト先の奥さんや、あまりにも若くして、愛する家族を残したまま無念の死を遂げた同級生たち、人と同列にすべきではないかも知れぬが、いつもトレッキングに付き合わせていた相棒だった愛犬、そしてその犬をもっとも愛していた、私を生み育ててくれた母親、店のお客さん、まだまだ、数え上げれば切りが無いほどの命が天に召されてしまった。何もない平凡で幸せな日常とは、空気のようにいつもそこにある命が今日も同じように存在し続けているということだ。それが、たとえペットなどの小さく思われる存在であったとしても、長年当たり前のようにあったのが突然消え去ると、まさに心の中にぽっかり穴が空き、喪失感が半端ではない。意識が創造したであろう自分の世界が脆くも崩れ落ちる。モモが死んだ。

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      テーマ:
  • 28 Nov
    • 故郷

      故郷は遠い遠い記憶の中の黄昏色。 カラスがでっかい夕陽を掠めた空に立つ蜃気楼。 思い出なんか残らない。 山の向こう、微かに輝く湖面に映るあの笑顔。 今、優しく包み込む光の粒子に閉じ込めたこの思い。 故郷を、そのすべてをひと思いに吸いこみ、吐き出した。

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      テーマ:
  • 27 Nov
  • 26 Nov
    • 霧の命7

      モモの生きた証を残してやりたい。そんな思いもあり、書き始めた追悼記。書き始めると、次から次へと思い出が蘇り、いつ終わるのか分からなくなるくらい過去を追体験している思い。私が夢想したチワワ犬メリーとモモの戯れは、泡沫の夢に過ぎなかった。メリーはお袋と暮らしてたし、モモはしばらくは我が借家にいたから、一緒に暮らす頃にはモモは大分大きくなっていた。そしてモモがメリーに遊ぼうとちょっかいを出したりしつこく誘っても、メリーの方は相手にせずにいつも避けていた。ところが、モモより少し後に我が家にやってきたメスのシーズー犬ハイドの時は逆だった。「ハイド」のネーミングは前飼い主が命名したものだった。メスのくせにジキル&ハイド氏のハイドを取ってある。対するオスの「モモ」は、白毛に肉球や目の上がアイシャドウを塗ったようにピンク色だったからか、長女が名づけ、当初は桃太郎がフルネームだったのが、いつしか略された。さて、このハイドがやたらにモモに纏わり付いた。普段おとなしいくせに、モモと会うととにかくちょっかいを出し、尻尾を甘噛みしたり、体を手で引っ掻いたりと、モモの周りを前後左右に動きながら小忙しいったらありゃしなかった。迎え撃つモモも負けじと猫パンチの応酬。それは、端の私たちから見たら実に微笑ましい光景だった。会うたびに家中をドタバタ追いかけっこをしてひと騒動したのも懐かしい記憶だ。ここ最近はモモが大人になったというか、慣れたのか、相変わらずかまって貰いたくて手を出すハイドを、モモは軽くいなしていた。抜け毛がほとんどなく、壁や柱を傷つける鋭い爪も持たないシーズー犬は新築に住まわせ、正反対のモモは前にも書いたように、店の二階と店舗のごく周辺を棲息地とされていた、まさに差別扱い。後から来たくせに、お前らだけ快適な場所に過ごしやがってと思っていたかも知れない。ともかく、片思い。間違いなく、ハイドはモモのことが好きで好きで仕方なかったはずだ。

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      テーマ:
  • 25 Nov
    • 霧の命6

      モモとはじめて出会ったのは、8年ほど前のある晴れた暑い夏の朝、その頃毎日のようにトレッキングに出掛けてた箕作山の林道だった。「どこかで子猫の鳴いてる声がしてたよ」瓦屋寺に至る林道の途中の見晴台で町を見下ろし、ウォーミングアップをしていた私に、ここで顔見知りになった初老の紳士がいつもの柔和な笑みを浮かべ、歩いてきた道をスティックで指してそう言った。彼とのいつもの立ち話もそこそこに、気になった私は様子を見に行くことにした。すると、太郎坊宮と瓦屋寺方向の分岐点の水のない側溝で、アスファルトが強い陽射しを照り返す中、今にも干涸らびそうな真っ白な子猫が声だけ大きくミャーミャーと懸命に生きたいと泣き叫び続ける、あまりにも小さく弱々しい姿がそこにあった。捨て猫なのは違いなかったろう。あるいは山に住む野良猫が生み、親からはぐれてしまったのだったろうか。ともかく、このままでは死を免れないと悟ったので、側溝に被せられた溝蓋を取り外して救助した。そっと両手で抱き上げた時、そのあまりにも軽く、縫いぐるみのように骨がないようなぐにゃっとした感触を今も忘れない。そしてふっと思いついた。この子が元気を取り戻したあと、当時飼ってたチワワ犬と一緒に遊んでる微笑ましい情景が鮮やかに脳裡に浮かんだ。そう、最初から半分は、自分が愉しみたいがために命を救ったのだ。捨て猫から一変、拉致した猫を車に乗せて我が家へと連れ去った。

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      テーマ:
  • 24 Nov
    • 霧の命5

      大切な人、大切なものはみんなどこかへ消え去ってしまう。いくら自分が強くなって守ろうが関係ない。泣き叫んでも帰っては来ない。永遠の別れをただ受け止めるしかない。だが、心の中に残る思い出、この温もりだけは失われることはない。忘れない限り。愛する人、命に呼びかける間は。私たち家族はその一員であるはずのモモに冷たかった。私などは拾ってきただけで、殆どの世話はかみさんや娘に任せっぱなしだった。しかし、当時は借家暮らし。規則で本来は動物など飼えなかった。やがて、周囲の目も気にして、次第に大きくなったモモをいつまでも隠れて飼うことはできず、親しく付き合い見て見ぬふりしていた大家さんにも申し訳なく、自宅兼店舗のお袋の住居で飼うことになった。モモの主な居住区は私の部屋である事務所兼書斎と、自由に出入りできるようにしていた敷地の中だった。目の前の国道を頻繁に車が往来し、道路に飛び出すかも知れぬとの心配は杞憂にすぎなかった。元々臆病というか、用心深いというか、精々両隣や店の駐車場をウロウロするくらいだった。部屋の机の前に座っていると、そばに寄ってきた。机の上に飛び乗り、それから喉を鳴らせながら私の膝の上にはじめて乗ってきたのは、昨日のことのように覚えている。だが、いつもそうさせるわけにはいかなかった。なぜなら、仕事がら、モモの抜けやすい白く細かな毛は、躰に付き、商品の食材に付着する危険性が高かったからだ。次第にモモの愛情の印であるスリスリをも拒み、どこか遠ざけるようになった。それを察したのか、段々躰を擦りつけてくる回数は減っていった。油断すると「ひとこすり百本毛」がズボンに着くのをただ嫌った。膝に乗ろうとするとその度に払いのけた。子供が甘えてくるのを拒むみたいに。さらに3年前、店舗の隣に完成した新築の自宅には、柱や壁で爪研ぎをしたり、毛だらけになるなどの理由で、一度も中に入れてやることができなかった。まさに猫を飼う資格などまったく無かったのだ。それでも常時開け放たれた店の二階の私の部屋の隣室が、モモ専用の部屋となった。書斎へは、普段簡易の鍵を掛け、私がいる時にだけ開けて入室を認めるようになった。というのは、やんちゃなモモは、私がいない間に机の上を歩き回って抜け毛まみれにしたことがあり、精密機器であるPCにも悪影響すると判断し、それ以外は部屋に入ることを禁じたのだ。

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      テーマ:
  • 23 Nov
    • 霧の命4

      京都夜間どうぶつ診療所で緊急処置後の愛猫モモを後部座席の酸素ボンベの酸素を注入したキャリアバックに入れたまま、帰路を京滋バイパスから名神へ乗り換えた後、霧がまた濃くなった。ヘッドライトに照らし出された白い霧がクネクネと不規則に幾筋も流れ、まるでこのままどこかへ連れ去られそうな異空間に迷い込んだみたいな外の風景。診療所を出た後、京滋バイパス入口までの僅かな距離の道を間違えた私に、スマホのGoogle Mapsを使いナビをしてくれてた長女もいつしか黙り込んでいた。が、突然霧を破り、堰を切るように喋り始めた。「お婆ちゃんもメリーもみんな、みんな、息が出来なくなって、あんなに苦しみながら死んだやない!」二年前に肺炎で亡くなったお袋、四年前にそのお袋が可愛がっていたチワワ犬が乳癌で死んだことを思い出し、そう叫びながら助手席で長女はワンワン泣き続けた。どんな生き物にも寿命というものがある。魂はそれで終わりではない。生きているうちにどれほど幸せだったかどうか、それが大切。そんな長女を慰めるために色んな言葉を探していた。あんなに日々、命について考えては学び、このブログでも分かったかのように偉そうに書いていたはずなのに、何を言えば良いのか、何を言っても何の説得力も無いと思えた。かける言葉が思いつかない。泣きたいのは私もだ。今までそばに生きていた、そこにいたはずの身近な存在が予想だにせずに突然姿を無くする。その不条理、理不尽さに茫然と立ちすくむ。広大な砂漠にただ一人残されて、涙枯れ果てる。そんな思いが同じような経験をするたびに長い間去来した。それはいつまで経っても忘れ去られることなく、乾いた砂に降り注ぐ太陽のように、チリチリと肌を干からびさせ、挙げ句心の底に悲しみを焦げ付かせた。ただの飼い猫なんかではない。それは娘の中では掛け替えのない重みとして受け止められていた。命に理由はあるのか?死に、死ぬことの意味、自他とものこんなに大きな悲しみと引き替えにするそれだけの意義は果たしてあるのだろうか?白い小さな躰に宿る命の重さが、ようやく八日市に戻り高速を降りたばかりの車のタイヤを軋ませた。

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      テーマ:
  • 22 Nov
    • 霧の命3

      スマホの時計を見ると午前三時を過ぎていた。少し冷え込んできた待合室でもう一時間以上待たされていた。 ようやく呼び出されて再び診察室に入ると、お腹周りが幾分すっきりしたモモが先ほどと同じように寝かされていた。そう言えば、二年ほど前に生まれてはじめて散髪しにやったペットサロンのトリマーが、二人掛かりでも暴れて大変だったと言っていた。そんな元気な時ならとっくに暴れ出しているところだ。静かに横たわっているほど体力が弱まっているということ。診察台のモモの傍らには、300ccほどの薄紅色した液体が入ったビーカーが置かれていた。 「これほどもの胸水が溜まっていました。これで呼吸が大分楽になったと思います。」 治療検査してくれた女性獣医師がそう報告してくれた。 (動物は痛かったり苦しくっても、声に出して訴えられない)昔、獣医師を目指してた知人がその理由を語っていた言葉を思い出していた。本当にそうだ。しかし、その声なき声を聴き分けることが飼い主としての役目だろう。その愛情さえ持ち合わせていやしなかったのだ。 獣医師の詳細な説明を受け、そんなに苦しかったとは夢にも思わなかった。いったいどこを見てたのだろう。無慈悲な自分を嫌悪した。 それでも額を撫でてやると、目をつぶったまま気持ちよさそうにするモモが哀れ。 獣医師は検査結果をプリントした紙を示しながら、モモの容態をさらに詳しく説明してくれた。それによると、数値のいくつかは若干の異常は診られたが、他は正常値を示していたのに安心できた。 「でも」 と獣医師。 「一時的に良くなっていますが心臓の機能が大分落ちています。収縮力が殆どなくなっています。すると、血液を体内に送ることができず、循環機能が働きません。毛細血管まで行き届かず、その結果体内に血塊ができると詰まらせて心筋梗塞になる可能性が高いです。その上、排尿がしにくいですから、すぐにまた胸水が溜まるのは間違いないです」 「じゃ、どうしてやったらいいのですか?」 長女が溜まりかねたように質問した。 「はい、利尿剤をお出しします。それである程度防ぐことができるでしょう。餌に混ぜてうまく飲んでくれればの話ですけど」 「それで、どのくらい良くなりますか?」 と訊くと、 「数週間か、良くもっても2、3カ月くらい……」 と真剣な表情で教えてくれた。 突然の宣告に肩を落とした長女。茫然自失する私。 「あと、酸素ボンベは使用されませんか?モモちゃんを入れてこられたバッグの窓にラップをして酸素を送ってやれば、簡易の治療室になり、呼吸が楽になりますから」 無論頷き、お願いした。 「但し、今日の午前中くらいしか持ちません。地元に帰られたら午前中に病院に行かれますよね?その時までは大丈夫ですから」 心の中に深い霧が掛かったみたいに、その風でも払拭しきれず、ただわずかな間だけ命を繋ぐ酸素ボンベとモモを乗せ、夜間どうぶつ病院のスタッフに見送られながら帰路に着いたのが早朝の四時を大分過ぎていた。辺りはまだ暗く、明けきれない高速に霧だけ晴れていた。 前だけ見つめる運転席の私に黙りこくった虚ろな長女。もはや先の見えない曲がりくねった長いトンネルに差し掛かっていた。        

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  • 21 Nov
    • 霧の命2

      ようやく霧の晴れた京滋バイパスを降り、京都夜間どうぶつ診療所に到着したのは、午前二時をとうに過ぎていた。 玄関に入ると誰もいなかったが、受付の奥の方で人声がし、すぐに動物看護師らしき女性が現れ、電話で長女が粗方話した症状以外の質問に答える用紙を手渡された。 それを書く間に呼び出されて、モモを抱いた長女が診察室に先に入っていった。用紙を慌てて書き終えて後に続いた。   診察台のマットの上に力なく横たわったモモの全身をくまなく診察する看護師が言った。 「胸水がだいぶ溜まっているようです。かなり息が苦しかったはずで、よく頑張っていたと思いますよ」 頭をハンマーで殴られた感じがした。いつも寝てばかりだったけど、そばにいたくせに、モモのことをちょっとも見てなかったことへの自責の念に駆られた。 いや、大分前から気づいてたはずだ。時折、咳き込み、苦しげにするときがあった。しかし、すぐに止み、私の横のいつもの椅子ですやすや寝ていたし、餌も食べ、健康そうな排便もしてたので安心した気になっていた。 少しでもそう気づいていたら、もっと早く病院に連れて行けば良いのに、こいつは丈夫だから大丈夫だと勝手に思い込んでいた。自分に思い込ませていたといった方が良いかもしれない。つまりは面倒くさかっただけなのだ。 悪魔のような冷たい心が己の中に存在していることに、隣で今にも泣きそうな声で看護師にモモの容態を質問する長女を横目に思いを致す。 「ともかく、胸水を抜き、呼吸を楽にしてあげますので、しばらく待合室でお待ちください」 40歳前後の生真面目そうな女性獣医師さんがそう言うと、直ちに別の診察室へモモを運んでいった。 

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  • 20 Nov
    • 霧の命1

      霧の夜のハイウェー。午前1時過ぎ。 あまりの白さに先行きが見通せない。すぐ前のセンターラインすら消えそうになり、一瞬どこをどう走っているのか見落としそうになる。前を行くトラックのテールランプを頼りに走ってみた。それでも時折深い霧に包まれると、見失いそうになる。1番ましなのは、前方の比較的明瞭なサイドライン。これに従っている限り、道を踏み外すことはない。 助手席には不安げに長女が乗車していた。ヘッドライトに照らされた幻想的な霧の世界を見つめながらぽつりと言った。 「天国の入口みたい」 そして時間に追われて先を急ぐ私に、心配そうに大きな声を掛ける。 「そんなに飛ばさんといて!時間に遅れるのは知ってやぁるから」 後部座席には、毛布に包まれキャリーバッグに入れられた猫のモモが乗っていた。 これから電話で予約を取っておいた京都の夜間どうぶつ診療所に連れてゆくのだった。   ここ最近食欲を取り戻していたモモ。昨日の昼の給餌のキャットフードもしっかり平らげたのに、その後、パソコンに向かう私の隣の椅子にいつものように寝てたのだが、階下から部屋に入ってきた姪っ子の小学生になる次男が来るまで、様子が急変したことを知らなかった。 「何これ!?椅子にうんち……」 彼の声に驚いて横を見ると、椅子の黒いビニール皮の上に大きなそれが乗っかっていた。視線を下ろすと、床にこれまでこんな粗相をしたことなど1度もなかったモモが息苦しそうに横たわっているではないか。 ただ事ではないと直感した。 

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  • 19 Nov
  • 18 Nov
    • 冬が来る前に

      春になれば、太陽の下で子供に戻り、広大な草原を飛び跳ね戯れているだろう。懐かしい人たちと微笑み交わし、愛を感じているだろう。春になれば、透き通る本物の笑顔の雫が額に落ちるだろう。数え切れない花々に包まれるだろう。冬が来る前に。トンネルを抜ければ、雪の華は枯れ、新たな鼓動を生んでいるだろう。春になれば、百花繚乱の畔の川を渡るだろう。燃えて雲になり、自由奔放に無限の海を越えるだろう。謎が解け、瞳輝かせ。冬が来る前に。春に溶けてゆく。

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  • 17 Nov
    • 量子論にみる生命の謎

      流れるのは時間だけではなく、抗うことも出来ないまま生命もまた、生まれては死に、人の記憶からもやがて消えゆく運命。すべて流れているのなら、それは大いなる川の流れともたとえられよう。水が干からびることさえ無ければ、川は勢いや水量、曲がりくねり方は変えようとも消滅しはしない。川は人類であり、生きとし生けるもの皆を包含するものといえる。大いなる流れる生命とは、いったい何なのだろう。科学が発展するに連れて、生命が宿るのは肉体という物質であると決めつけるのには無理が来てる。あらゆる物質の極小は素粒子。少し前までのそれである原子核の周りを電子が回っている。両者間の距離は驚くほど離れている。原子核と電子を合わせた原子の99.999………%が空っぽの状態。つまりはスカスカ。人や物質、そして世界が見えていること自体が不思議なことになる。仏教の「色即是空、空即是色」そのままに、私たちは幻想を見させられているだけなのかも知れないのだ。やはり、何千年も前に説かれた仏教の方が科学を超えていて、現代科学はその教えに徐々に接近し、証明してゆくかの様相に、襟を正す思いがする。現代科学の最先端をゆく量子論は、この生命や世界の秘密にもっとも近づいているのではないか。森羅万象の基となっているそれら果てしないミクロの物質を扱っている。そしてこれらの素粒子が集まって物質や肉体が形成されているのは間違いが無い。そして、ここに量子力学最大の謎がある。それは、素粒子は元々波動や流れであるエナジーのようなもので、人が意識してはじめて物質だと認識するという。人が意識していない時はただの波であり、エナジーに過ぎないというのが事実として観測されているのだ。認識するということは、また錯覚するのは、脳の働きである。五感を働かせるのもこの脳の働きによる。夢に見るように、リアル世界でも、見る、聞く、嗅ぐ、触れるなど、そのイメージや体感はすべて脳が処理している。夢でも匂いを嗅げたり、暑さ、寒さ、冷たさを感じることがある。催眠術だってそうだ。実際にはそこになくても、脳が感じればそうなる。つまり、この世界が本当は空っぽで、自分や他者も存在しなくて何もなくても、脳がすべてを創り出していると言えまいか。「あなたは存在しませんよ〜」という怪しげなスピリチュアルな発言も、あながち嘘っぱちとは言えないのだ。死の世界も謎だらけと言えるが、そう考えると何やら到底ほどけそうもない知恵の輪がほどけそうな気もしてくる。その脳でさえもが物質だと言われてきた。だとすれば、本当の本体は、どこか別の場所にあるのかも知れない。あるいは、それもまた、エナジーとして、宇宙全体に遍満し、私たちを見渡しているのかも知れない。闇は人々から希望を奪うためにあるのではなく、僅かな光も見落とさないためにあるのだろう。その最たる死は生を極限まで輝かせながら。

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プロフィール

店長

性別:
焼肉屋の親父
誕生日:
1961年10月8日8時頃
血液型:
O型
お住まいの地域:
滋賀県
自己紹介:
歳を重ねるほどに失うものより積み重なってきたものへのいたわりと感謝の念が増えていく。 見るもの聞く...

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