信教の自由を賭けた闘い@早稲田祭
テーマ:宗教今回は幸福の科学、学生部の話題ですが、これは政治にも密接に関わる問題なので、ここに書きます。宗教と政治がいかに密接に関わっているか、さらにいえば近代民主主義の源流に宗教があるということを理解いただければ幸いです。
幸福の科学の学生部では毎年、さまざまな大学の学祭で「心のエステ」という企画をしております。幸福の科学の教えをベースにした心理テストで、お客さんの生き方や考え方、また恋愛のパターンを分析して、いろいろなおしゃべりをしながら、何か参考になるアドバイスをします。
今年も早稲田大学の学祭で心のエステをやろうとしているのですが、学祭のスタッフ側から、幸福の科学に関係することをやったり、本やチラシなどを配布したりするのを禁止しようとする圧力がかかっております。
理由としては、学祭の決まりとして宗教の勧誘など一切禁ずるとしてあるからです。
早稲田は他の大学と比べても割と宗教活動や政治活動にはゆるい大学です。
大学内で政治活動や宗教活動をするのを禁じてません。
しかし、学祭となると別なようです。今年はなぜか例年より宗教に対する監督の目が厳しくなっております。
私は、企画の責任者の一人として徹底的に闘うつもりです。
なぜなら、これは信教の自由をかけた闘いであるからです。これは自分たちの信じる幸福の科学のためだけでなく、世界の宗教を代表して、この地上の宗教的良心を守るためにも、そこから派生した基本的人権の価値を守るためにも闘わなければなりません。
信教の自由、すなわち思想・信条の自由は憲法に規定された国民の権利です。
信教の自由とは宗教選択の自由であり、それが担保されるためには、人々が自由にさまざまな宗教が選択できる環境が整っていなければなりません。
たくさんの選択肢が提供される環境があるからこそ、宗教選択の自由が生まれるのです。早稲田祭における私たち(WASEDA LIBERTY)の企画「心のエステ」も早稲田祭に来られる方がに対して一つの選択肢としての幸福の科学をお伝えする機会です。宗教選択の自由を守るための重要な企画です。
「心のエステ」を勧誘活動と認定するかどうかは、早稲田祭スタッフ、早稲田大学当局の勝手ですが、私には一宗教者として、宗教選択の自由を守るために闘い続ける義務があります。
信教の自由、宗教選択の自由が大切である理由を早稲田祭スタッフや早稲田大学当局は理解していないように思います。
はっきり言って早稲田大学は宗教に対する認識が非常に甘いのです。
彼らは人類の歴史は宗教の歴史とともに存在するという国際的にスタンダードな認識を持っておりません。
古来より人々に倫理や道徳、善悪の価値判断を教えてきたのが宗教です。釈迦やイエス、孔子、ソクラテスの四聖の教えは色合いは違っていても人類に共通した善悪の価値観を示しております。
世界にはさまざまな宗教や思想が存在し、神や仏、あるいは天やイデアなど呼び名は違っても何らかの尊き存在が示されることによって、人々は調和し向上を目指して生きていくことができるわけです。
この信仰の本能こそ、人類とその他の動物を分ける重要な点です。これが国際的に最もスタンダードな考え方です。
例えば近代に生まれた基本的人権の尊重という考え方もプロテスタントの信仰から生まれた価値観です。
神仏の子としての人間の本質、神仏によって繁栄を許された存在であるということが基本的人権の尊重の根拠です。
実際、「宗教はアヘン」であると考えたマルクスの教義をもとに建設された国々(ソ連や中華人民共和国など)では、人間を機械やロボットであるかのようにみなし、粛清に次ぐ粛清が、弾圧に次ぐ弾圧が起こっております。
いくら民主主義を標榜していても宗教の繁栄を認めない国家では机上の空論です。宗教なくして、民主主義も基本的人権の尊重も機能しないのです。信教の自由のないところに、真の自由は存在しません。
このように正しい宗教の繁栄が民主主義の繁栄、そして国家の繁栄を導いているということは、ここ百数十年の歴史を見れば明らかです。
ですから、宗教というものを一思想団体や一セクト、圧力団体のようにみなすのは間違いです。
政治哲学者のトクビルが示している通り、宗教的良心が社会を安定させ、民主主義や基本的人権の根拠にもなっているのです。
その辺に日本の大学の宗教認識の甘さがあることを指摘させていただきます。
さらにもう一点、指摘しなければならないことがあります。
宗教の勧誘を禁ずるという学祭の規定の背景にあるのは「宗教は悪なるものである」という考え方ですが、これも一つの思想です。それも世界的に見れば非常に少数派の非主流とされている思想の一つです。
はっきり言えば、先程の「宗教はアヘンである」といったマルクスの思想、あるいは「神は死んだ」といって超人思想を説いたニーチェの思想です。
マルクスの思想はレーニンやスターリン、毛沢東などによって継承され共産主義国の建国へとつながりました。一方ニーチェの思想はヒトラーによって継承されドイツ帝国の建国へとつながりました。
二つの無宗教の思想は、右と左の違いはありますが、20世紀に億単位の人類を抹殺しております。
「宗教は悪なるものである」という思想がいかに危険で世界で嫌われているかということは、しっかりと説明すれば日本人にも理解いただけることだと思います。
日本だって、宗教は悪なるものであるという考え方がマスコミやアカデミズム、教育の世界で力を持ったのは戦後からです。しかもこの戦後の宗教政策は、アメリカが日本を弱体化させ、もう二度と立ち向かわせないためにやった政策の一つです。
なぜ我々はこんな考え方に縛られなければならないのでしょうか。
このような狭小な価値観を押し付けることが早稲田祭スタッフの人たちが言う早稲田精神なのでしょうか。
私たち幸福の科学への信仰を持つ早稲田生(WASEDA LIBERTY)は真なる早稲田精神の体現者として、既存の価値観と徹底的に闘うことをここに宣言します。
天動説を盲信して、押し付けたカトリック教会のように、早稲田祭スタッフや早稲田大学当局の方々が世界の笑い者になることを私たちは学友として望みません。
宗教は素晴らしいものです。わずか二十数年間で大発展した「幸福の科学」は素晴らしい宗教です。
世界に人材を輩出する教育機関として、早稲田大学は宗教に対する理解を深めるべきです。
川辺 賢一





