先日のつづき http://ameblo.jp/7a7a4o/entry-11258519154.html
芝丸山古墳 ⇒ 芝東照宮
芝東照宮ご由緒
御神体は慶長六年(一六〇一)正月、六十歳を迎えられた家康公が
自ら命じて彫刻された等身大の寿像で、公は生前、駿府城において自らこの像の祭儀をを行っていた。
死に臨んで公は、折から駿府城に見舞いに参上した増上寺の僧侶に、
「像を増上寺に鎮座させ、永世国家を守護なさん」と仰せになり、
この像を同寺に祀るよう遺言していたもので、
安国殿の創建の時に造営奉行であった土井大炊助利勝
(後の大老・土井大炊助利勝)の手により駿府から護り送られたのである。
http://www.shibatoshogu.com/html/0001.html HPより
東京タワーと増上寺。
家康公は今、なにを感じ、なにを思っているのか・・・・・
家康公が願った永世国家を守るため、家康公等身大の寿像を
おもてに出す時なのかもしれない。
あの東京タワーのてっぺんにご鎮座、っというのもありかもしれない![]()
家康公とともに江戸を築いた天海僧侶は
明智光秀だったっと言う説があるけれど・・・・・
じつは織田信長公であったいう説もある。 わたしもそう思う。
信長公誕生と天海の寿命(107才)を付き合わせても、つじつまが合うそうだ![]()
織田信長公と徳川家康公は、底知れぬ強い信念で、江戸・東京を築いた。
っというより、そうせねばならぬ隠された理由があった。
東京タワーに 徳川家康公ご鎮座。
スカイツリーに 織田信長公ご鎮座。 う~ん なかなか良い案だ![]()
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織田信長公も気に入りそうである。



































