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私は足を抱えていた腕に目一杯の力をこめました。
そうしないと、胸の奥にできたヒビから得体のしれない何かが噴出してきそうだったのです。

やりすごそうと別のことを考えました。珍しく私から話題をふろうともしました。
必死に抵抗したのです。しかし、それは無駄な努力に終わりました。

「だから、なに……」
「えっ?」
声を強めて「おもしろくともなんともない。もういい加減にしてよ、迷惑なのよ。
あなたは私に電話をかけてきてなにがしたいのよ!」
「中谷さんなにを怒って――」
「ほおっておけばいいでしょ! 哀れだとか惨めだとか勝手に思ってればいいわ。偽善者ぶって関わってこないでよ!」
「違います。おれは……」
「やめてよ……もう……私は、もうだめなの」

孤独になりたい、他人に干渉されることなく朽ちて死んでいきたいの。
発作がおきるのが怖くて、夜眠れなくて、寂しくて辛くて痛くてもいい。

死ぬこともだれかに嫌われることも、
こうやって全部を人のせいにしてだれかを嫌いになることも――。

心の中で話しているつもりでした。
でも、私の心はすでに決壊していて、とめどなく溢れてくる涙とともに黒くて汚い言葉が吐き出されていたのです。
それは、電波を通して彼のもとへと伝わっていました。

これでいいのです。電話なんて二度とかけてこないでください。
嬉しそうに怪談を話さないでください。私と話すのが楽しいなんて言わないで――
私のことを嫌いになってください。お願いします。

一時の沈黙がありました。
切れるだろうと思っていた電話は繋がったまま、
針のむしろにすわらされているかのような緊張感だけがふたりを包んでいます。


「誕生日と血液型と好きな映画」


彼が唐突にそう言い、私は嗚咽を繰り返すばかりで返事をすることができませんでした。

「俺と中谷さんの共通点です。サークルの名簿を見たときびっくりしたんですよ、こんな偶然あるんだって。
だから、最初は遊び半分で電話したんです。でも……話していくうちに楽しくなって、気づいたら毎日連絡していました」

私は鼻をすすり、息をできるかぎり整えて。
「わかったでしょ……私のこと。こんな世の中を恨みまくってる女と話してても楽しくなんてないじゃない」
「そんなことありません! 絶対にない!」彼は怒鳴るように答えました。
「……なんでよ」


「中谷さんは優しい人です。
人の痛みが分かるから。分かりすぎるからそうなってしまっただけです。

俺は同情でも哀れみでもなく、君の優しさを好きになった。

大事にしたい、守りたいと思ったんです!」


大声で笑ってばかにしてやりたいぐらい恥ずかしい、
だれかが彼の近くにいたのなら噴出してしまうようなまっすぐで純粋な言葉。
私は何も言えず、携帯電話を握りしめたまま、ただ泣いていました。


優しくないこの世の中が嫌いです。

他人が嫌いです。

それら以上に、自分が大嫌いです。

でも――彼だけは、嫌いになることができないのでしょう。


「……ばかじゃないの」
「重々承知してます」

私は立ち上がり、閉めきっていたカーテンを開けました。
朝から降りつづいていた雨は止み、遠くの空に夕日が沈んでいきます。

もうすぐ夜がくるでしょう。
そうしたら晩御飯に好きなものを食べ、お風呂に入り、身支度を整えましょう。
戸棚からお気に入りの服をだし、アイロンをかけておきましょう。

枕元にアラームを設定した携帯電話をおき、私は布団に入って眠るのです。
夢と現実のまどろみを繰り返しながら――



希望に満ちた朝を待つのです。

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