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それはドアを背にして右奥の暗がり、何者かの気配がしたところから発せられたようです。
彼女も――梓も無事だったのです。

「梓……。梓なんでしょ! あなたも無事だったのね」

この時、いくつか疑問が浮かんでいましたが、
だれかと話せる喜びのほうが大きく、私はすぐにそれを頭の隅に追いやりました。

「梓は大丈夫なの?」
「右足はたぶん折れてる。他はすり傷くらいよ」
「うん。でも、命にかかわるような怪我じゃなくてよかった」
「そうでもないわ。今はまだ、生きていられるみたいだけど」
「大丈夫よ。みんなで協力すれば絶対に助かる――」


「協力なんてできるわけないじゃない!」


梓がヒステリックな口調でそう叫んだ瞬間、場の空気がしんっと凍りつきました。
身震いひとつで体が砕けてばらばらになってしまうような極度の緊張と恐れが、
足の小指から毛髪の先までじくじくとまとわりついているのです。

動くことはもちろん喋ることさえできません。
しばらくそうしていると、梓が沈黙をといて話しはじめました。

「晃が、晃が悪いのよ。あんな犬なんて助けるから……だからおかしなことになったんでしょ」

犬と格闘する彼を助けようとしてだれかに突き飛ばされ、気をうしなった。
私の記憶はそこで途切れています。梓の口ぶりから察するにあの後になにか恐ろしいことが起こったのでしょう。
どういうことなの、と私が返答をもとめると彼女はしどろもどろになりながら事の顛末を語りました。

「あの後、晃が急に発狂して暴れだしたのよ……。
小夜は気絶してたから知らないだろうけど、私たちはすぐに彼を押さえつけて落ちつかせようとしたの。

そしたら……

そしたら……」

「こ、耕太は、留衣は無事なの?」
「留衣は知らない。耕太は……」

梓は私の問いかけに最後まで答えず「晃くん。あなた、まともになってるの?」

「自分のしたことは覚えてます」
「そう……。だったら私があなたを信用できないってことは分かるわね」
「はい」
「小夜に見せるわ」
「かまいません……。俺はここから離れます」



部屋の正面奥にむかう足音が聞こえました。

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