正しい名前を忘れたが、1992年の晩秋頃、RCで大きな自信をつけたのが渋谷のこのレースだった。

 

クラス分けがなく、A4用紙を縦に三枚と言うぐらいのエントリーがあった。

 

本格的にオンロード(舗装路)レースに取り組んでまだ2ヶ月ぐらいではなかったかと思う。RCレース経験自体はそれ以前にも有ったが、あまり手応えがなかった。

 

車は実質ワンメイクだがF101とF102があり、F102にマクラーレンのボディだったと思う。タイヤは多分だがリアにタミヤキャップドラバー、フロントはクロスのハイグリップ何とかだったかと。

 

予選は二回あったが、この一回目でなんとトップ10入り。左から右に進む感じのS字コーナーがあり、ここは誰よりも速いと言うぐらい自信があった。90度以上「曲がりこむ」コーナーは車の仕上がりが微妙に悪いと絶対にかなわないし、立ち上がりでのパワー差も出やすいのだが、S字はテクニックで何とかなるのである。

 

一回目の順位がどうだったか厳密には忘れたが、Aメイン(予選TOP10)に残ったのは海野さん兄弟、北澤君、フトシくん、+ユーロのチャンピオン三名など今考えても恐ろしいメンバーだ。

 

結局Bメイン(11位以下~20位)に落ちてしまい、総合で1○位(忘れた)となったが、それでも今考えたら素晴らしい成績である。怖いぐらいだw

 

☆★

 

僕は前年までやっていたカートレースではそれほど手応えがなく、RCのほうが向いているというわけで「転向」したのだが、今思うとやはりカートによる「勢い」があったのではないだろうか。雨でも平気で練習に行っていたのもカート(雨天は中止が基本のRCと違い、該当コースのレインセットが取れるとあらば遠方から駆けつける人も少なくない)の勢いがあったと思う。意味もなく縁石を踏むのも好きだった。

 

1992年の冬辺りには珍事件もあり、たしか夜間で多人数でのRCF1練習中、ストレートでクラッシュしてしまうという失態を見せてしまった。まあ何かステッカーを踏んだとかそんなのだったと思うが。これは相応に迷惑だが、謝った僕に対して「わかるけど、OT君いまの別にそこまでのことじゃないよ」と訝しがるような声が飛んできて、「あ、自分はカートと間違えていました」と笑い話になったのだ。それだけ夢中になっていたということ。

 

「なぜ自分がけっこう速いのか?(92-94あたりの自分は申し訳ないが速いと言わざるをえないと思うw)」を客観視することがまだできておらず、1993年は獲れたはずのシリーズや優勝なども随分落としてしまった。まぁそんなもんなのだがチト悔しかったりはする。

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