そんなに難しい話ではないので、ご安心を。

 

SNSなどで動物倫理・環境倫理、あるいは各種社会問題についての意見が出ていると、しばしば見られるものがあります。

 

「そもそも、人間には、良いとか悪いとかの判断ができるのか?」「善や悪は存在するのか?」というような質問です。

 

これは動物倫理とか環境倫理、各種社会問題についての具体的な話ではなく「倫理そのものへの問い」といえるでしょう。

 

 

倫理学には

 

・規範倫理学

・応用倫理学

・メタ倫理学

 

と3つの分野があります。※昔には、そんなはっきりと分かれていたわけではありません。

 

規範倫理学では、どのような行為が悪いのか、人間はどのように行動すべきかなどを考えます。別に「学」とつけなくても、日常、「こういうときはどうしたら好ましいんだろう?」と考えることや、スポーツのペナルティについて考えるなども、広義ではこれに似た営みでしょう。

 

つまりそこでは、人間が善悪判断をできるとか、ある程度はできるとか、良いこと悪いことがあるなどは、前提されている(している)のです。

 

応用倫理学は、おおよそどういう分野か把握するのはそう難しい話ではなく、生命倫理や、環境倫理、あるいはそれこそ動物倫理やスポーツ倫理など、現代の諸問題について倫理学的に考えようというものです。

 

…難しくないとは書きましたが、仮に規範倫理学の何らかの学説をもととするなら、それは何故なのか、実際の問題からのフィードバックがきちんとあるのかなど、厳密にはそう簡単な話ではないのですが。

 

メタ倫理学では、そもそも人間に善悪の判断ができるのかとか、善や悪といった分け方が可能なのかとか、非常に根源的・哲学的なことを考えます。「そもそも論」です。

 

メタ倫理は、非常に難しい部分があり、専門的な勉強・あるいは独学ならば適切なガイドに従い相応の読書などをしないと、なかなか分かりません。「おおよそこれらが有用だろう」とされる代表的考えなども、未だに整理がついていません。

 

昔の論者は、規範倫理を説きながら、独自のメタ倫理説明をしていたりしました(メタ倫理という言葉は使わずに)。しかし20世紀に入ったあたりから、これを独立して研究する人達が現れ、独立した分野のようになっています。

 

 

今回書きたかったのは、「規範倫理学や応用倫理学の話(いわゆる社会問題の話など)をしている時に、メタ倫理学的な質問をするのは、あまり良くない」ということです。

 

倫理系をある程度学問として学んできた人なら、「あ、この質問、メタ倫理の話だな」と気づくので、自分なりに返すなり保留するなり判断できます。しかしそうでないと、「うーん」と考え出してしまい、実際に起きている問題から離れていってしまうのです。質問した側もメタ倫理をほとんど知らないケースも多く、非生産的なやり取りが続いていたりします。

 

メタ倫理という「ややこしいもの」が分からなくても、いわゆる「規範倫理」「応用倫理」は一般レベルで論じることができます。「メタ倫理的な問いですか?それには答えられません」としても良いのです。