君子危うきに近寄らず
テーマ:演劇1/14の奥州エフエムの番組、
ポランの広場
で、
小野寺専務が、胆江日々新聞の編集長さんに、
3月の市民劇、
私はナレーターで参加するけど、
編集長は監修でしたね、って水を向けたら、
演劇にはフィクションが付き物、
それに時代考証については地元の作家さんが担当しているから
自分には責任はない、とのご発言。
流石に知恵者だけあって、
公演終了後の非難の矛先を見通していましたね。
感服しました。
かつて、
この演目の題材は
、奥州胆沢劇場でも取り上げられました。
その時のタイトルを考えれば、
およそ
ありえない仕掛けで物語は進行します。
最初、
この台本をもらった時に、
その内容の
その余りにもの馬鹿馬鹿しさに。
正直、
私は、
セリフを覚えることができませんでした。
演出が大真面目に稽古をつけようとする度、
笑いをこらえるのに必死でした。
でも、
私が台本を頂いた時には、
プロジェクトは既に後戻りできない所まで
来ていたので、
流れに竿をさすわけにもいかず、
後は沈黙を守るのみ。
淡々と
自分の仕事をこなし、
時の過ぎるのを待つだけです。
こう書いても
なんのことやら、
判らない方ばかりでしょう。
皆さん、
小学校の社会科の時間に
地図記号を習いますね。
銀行の記号覚えていますか?
あの記号の形が、
江戸時代に
重さを計る「分銅(ふんどう)」の形です。
重さの単位は、
両(貫)と匁(もんめ)です。
今で言う、Kg、gです。
当時の
年貢であるお米等の穀物の単位は、
石(こく)、升(しょう)、合(ごう)です。
今で言う、リットルやccです。
枡で計るのは、
そのはるか以前から、
歴史上の言わば常識です。
江戸時代初期に、
分銅、秤、枡は、幕府の規格が厳格に制定され、
勝手に作ること自体がご法度でした。
とくに、
分銅と秤については
制作出来る者は、
幕府公認の特定の者(座)にだけ許され、
その家の家紋が
偽造できないように
これでもか、という位につけられていました。
分銅だと座頭の鈴木家の「五三の桐」が周囲にびっしりと、
あるいは、
枡だと削られたりしないように20か所近く焼印が押されたものが
今でも残されています。
そんなものに
大名家の紋所を入れたら
それだけで幕府からお取り潰しの口実を与えてしまいます。
だから、
当時の庶民は
そんなことは常識となっていたので、
一揆ものの芝居は、
「枡」と絡めて
どうやってヒーローが
不正を暴くのかという筋立てを作っているのか、というのが
芝居の見所でした。
3月に行われる、
Zホールでの大芝居。
さて、
今回のお芝居は、どういう筋立て、仕掛けなのか、
これまで
申し上げた事を踏まえて
御覧くださいな。
是非とも、
チケットを買って会場においで頂き、
最初に書いたように、
編集長がなぜ、
あれほど力説してまで逃げを打ったのか、
その理由を
とくと探してみてください、ませ。
で、
私ですか?
そんな猿芝居を大真面目に演じたい
と
思っております。
なんせ、
成功すれば、役者の技量、
ですからね。
ではでは










