3月11日。
あの東日本大震災から一年です。
まだ一年。
もう一年。
やっと一年。
人それぞれ感じ方は色々だと思います。
あの日を境に、世の中がガラリと変わってしまった。
これまで見えなかったモノが、見たくなかったモノが、見ようとしてこなかったモノが、一気に噴き出して、不安とか心配とか色々なモノが溢れ出して、どうなってしまうのかわからない時があった。
皮肉にも、震災二日前の2011年3月9日、私のブログにはこう書かれていた。
http://ameblo.jp/723strawberry/day-20110309.html
「見えなくても良いものなのか、見えた方が良いものなのか」
見えているものが良いものでも、それが真実とは限らない。
何よりもまずは疑ってかかるべきなのかもしれない。
見えた方が良いのはわかっているんだけど、見てしまうとガッカリする。
見えた方が安心なのだろうけど、見えたからといっても安心できない。
見てしまったことによって、取り返しのつかない嫌悪感を持たざるを得ない状況になる。
2011年正月に騒がれた「スカスカおせち事件」に関して書いたものなので、震災とは全然関係ないものなんだけど、本当に皮肉にもこの二日後に震災が起こり、その後の原発事故や風評被害、デマや批判を無責任に行なう人たちなど、見たくないモノをたくさん見ることになってしまった。
いわゆる、「負の部分」というやつだと思う。
これまで見ないようにしてきた、「負の部分」。
見えたことが良いことなのか、悪いことなのか、そんなことは誰にもわからないし、正解なんてない。
ただ、あの日を境にして、世の中が変わってしまったことだけは確かだと思う。
一年前の今日。
勤務先の銀行では、窓口担当だった。
ちょうど金曜日だったこともあって、時計を見て「ああ、あと15分で今週も終わりだなぁ」って気を抜いていた。
銀行は15時に閉店するから、あと15分くらいかぁってとこだった。
15時に銀行閉まって、そこから出納係が現金をしめて、片づけして、18時前には帰りたいなぁって。
翌日は後輩と一緒に自主研修会に行かなくちゃいけないけど、そのあとは、前に同じ支店で仕事してたメンバーと久々に会って飲もうって話になってたし、週末に向けて、ちょっと、いや、かなり気が抜けていた。
翌週には、大学時代のメンバーとも飲み会やるって話になってて、楽しみだなーなんて思ってた。
下を向いて仕事をしていたら、少し頭がぐらぐらしたので、「あれ?めまいかな?」と思った。
「ああ、私、疲れてるなぁ」なんて一瞬思って、すぐに揺れていることに気付いた。
「揺れてる?」「地震!?」と隣の窓口に座っていた先輩と顔を見合わせて、「逃げなくちゃ」って思ったけど、「私は窓口だし、ロビーにいるお客さんを残して自分だけ逃げるわけにはいかない」って一瞬思った。
しばらく続いた揺れが収まって、営業の男の子がすぐに「宮城で震度7らしいです」と調べてくれて、ようやく何が起きたのかがわかった。
でも、まさか、こんな大きな被害になるなんて夢にも思わなかった。
食堂のテレビを付けて、お台場が燃えている映像が映し出されて「東北じゃなくて、東京が燃えてるの!?」とびっくりした。
その後の津波被害や原発事故は、まだ起きていなかったけど、それでも「大変なことになった」「日本はどうなっちゃうの」と不安になった。
あの日、私は、地震の直接的な被害をほとんど受けていない。
私は帰宅困難者にならなかったし、家族全員無事だった。妹の住むマンションが8階だったのでテレビがひっくり返ったり冷蔵庫の中身が飛び出したりして部屋がめちゃくちゃになったけど本人は職場にいて怪我もなかったし、弟は帰宅困難者になって何時間もかけて車で当時の会社があった練馬から世田谷に帰ったけど日付が変わる前には無事に帰ることが出来た。
テレビで映し出される映像は、ドラマとか映画とかそういうレベルではなくて、現実かどうかもわからなくて、何が起きて何がどうなっているのかが理解できなかった。
被災地から遠く離れた場所にいる私は、暖かい部屋も食事もあって、でも、同じ狭い日本の中では、暗闇で助けを待っている人がいる。凍えながら不安と闘っている人がいる。
夢と現実がわけがわからなくなっていた。
でも、夢と現実がわからなくなっていても、所詮は、私は温かい場所で食事も出来ている。
被災地では、夢と現実がわからなくなっていても、それは現実として、目の前で起きていることなのだ。
家を流され、家族を亡くし、大切な人やかけがえのないモノをなくした人たちが現実に大勢いる。
夢なんかじゃない。日本で起きている現実なのだった。
今日も一日、震災関連の特別番組が放送されていた。
児童の7割が亡くなったという大川小学校で奇跡的に救出された「てっちゃん」という当時5年生だった男の子がとても印象的だった。てっちゃんは、祖父、母、妹を亡くし、友達もたくさん亡くした。
でも、元気で頑張っている。明るくて本当に良い子。ちょっと無理しているのかもしれないけど、お父さんがそれをわかってくれている。お父さんも辛いだろうけど、きっとてっちゃんがいるから頑張れているんだと思う。てっちゃんは「将来は警察官になりたい」って言ってたけど、本当に頑張ってほしい。応援したい。
この一年で世の中が大きく変わった。
今年は「復興元年」と呼ばれている。
家族を亡くした人にとっては「復興」なんて簡単じゃないと思うし、事実「復興という言葉だけが独り歩きしている」と言っていた被災者も多くいるらしい。
でも、少しでも、少しずつでも、前に進もうとしている人もいる。
何をもって「復興」と呼べるのかわからない。
まだ一年。
もう一年。
やっと一年。
一年前の「あの日」より前には、もう誰も戻れない。
東日本大震災で被災された方に心よりお見舞い申し上げます。
亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
行方がわからない方の一日でも早い発見をお祈りします。
そして、一日も早い復興を願ってやみません。